休みが明けた月曜日の朝は、激しい雨が降っていた。昨夜のうちに台風が近づいてきていたようで、雨だけでなく風も強かった。そのおかげで、リーナもジュリアも、傘は差していたものの、学校に着くまでにすっかり体を濡らしてしまった。
リーナは階段でジュリアと別れると、タオルで髪や肌を拭きながら自分の教室に入った。彼女が一番乗りで、電気すら付いていない。リーナは電気を付けて自分の席に着くと、制服の上着を脱いで椅子の背もたれにかけた。
リーナは、風紀委員会ないし生徒議会の仕事がない日や、日直ではない日も、このように一番に教室に入る。これに特に意味があるわけではない。先に挙げたようなことがある時には早く学校に行かねばならないため、もう習慣にしよう、と考えてのことだ。このことも、リーナが凄い同級生として見られることに拍車をかけているのだが、リーナはそのことに気づいてはいない。
勉強でもしようかと、問題集とノートを取り出して開いた瞬間であった。ドアが開かれ、入ってきたモノと目が合った。それだけならどうということもないが、そのモノが問題であった。
「あ、リーナさん。今日もお早いのですのね」
それは、恭しく、優美な笑みをたたえてリーナに話しかけた。それはコードΣ40シノン。外装パックであらゆる戦闘に対処する、というコンセプトで作られた戦闘用のアンドロイドである。
「ああ、そうですね」
リーナは素っ気ない返事をして、問題集に視線を戻した。リーナはシノンが苦手だ。原因は、それの個性にある。明治か大正の上流階級の娘のような口調で話すことは、解し難くはあったがまだ問題とすることではない。問題はそれの興味の対象物で、それが自然ということなのだ。白の世界出身の人間が、自然に興味を持つことには違和感は無い。白の世界では、植物や野生動物で出来ることは全て機械で出来てしまい、また食事も元素から作ることができるために、植物や野生動物は遥か昔に駆逐されて、生物と呼べるのは人間しかいない。そのため、緑豊かな青の世界に来て、自然に興味を持つというようなことは珍しくない。しかし自然の調査を目的とせず、しかも純然たる戦闘用のアンドロイドであるシノンが自然に興味を持つことには、リーナは嫌悪感を感じずにはいられない。他にも、戦闘用アンドロイドなのにお淑やかな性格という矛盾した点もあり、戦闘には邪魔となる人間性を持っていることが、リーナには理解できなかった。また、アンドロイドならば、人工知能に情報を容易に書き込めるため、機械であるアンドロイドが人間と同じ学び舎で学習するということも、リーナが反感を抱くひとつの要因となっている。
シノンやアナベルの他にも人間的なアンドロイドは近頃多くなり、次々と青蘭学園に入学している。アンドロイドの動かし方を決めるのはEGMAであるため、白の世界でアンドロイドが市民権を得たことも合わせて考えると、EGMAがアンドロイドを積極的に人間社会に溶け込ませようとしている、ということになる。リーナはそのことに至りながらも、EGMAがその先に何を見ているのかは、全く分からないでいる。しかし、何か危ない気がする、ということだけは直感的に感じていた。
「よう、リーナ」
「リーナ、やっほー」
リーナが思考にふけっている間に、カールとアイリスの二人が教室に入り、真っ先にリーナに挨拶をし、カールがリーナの右隣の席に、アイリスが彼の前の席に着いた。
「おはようございます、アイリス、カール」
「お、ブラ透けてんじゃん」
リーナがカールたちの方を向いて挨拶したところに、彼はリーナの胸元を覗き込んで呟いた。リーナはすぐ腕で胸を隠すと、カールを睨みつけて怒鳴った。
「不潔! 不潔です!」
「そうだよカール。私にならいいけど、リーナにセクハラはダメだよ」
珍しくアイリスがリーナの側に立って、カールを非難した。流石のカールもアイリスに言われるのには弱いようで、ばつの悪い表情を浮かべる。
「悪かったな。不快にさせてすまない」
カールはリーナの目を見て、いつになく凛々しい表情で謝罪した。リーナは、先程言われたことも忘れてその顔を見つめていたが、我に帰ると目を背けて、小さな声で答えた。
「いいですよ、別に。次から気をつけてくれれば」
「おう」
カールは短く返事をした。リーナは、先の自分の行動が不可解で、カールと目を合わせることができなかった。数日前に口説かれたことをまだ引きずっているのか、それとも世界水晶の強奪まで数日しかないことが気になっているのか、今のリーナには判別できなかった。
しばらくすると、ぞろぞろと教室に人が入って来て、そのうちの何人かがリーナに挨拶をするが、それはどれも学友に対するものとしては、互いによそよそしいものであった。
***
学年の半分のクラスで合同で行われる異能の訓練は、体育科の授業とは別だが、それを受け持つのは体育科の教師だ。リーナたちの担任は父親のアルフレッドである。肉親が教科担任であるというのもおかしな話であるが、彼は軍隊でもリーナを娘としてではなく部下として扱っているため、リーナはそれでもいいかと考えている。実際、これまでリーナが特別扱いされたことはないため、他の生徒も納得しているようである。
本日は雨の中だが、どのような状況でも対処できるように、ということで普通に外で行う。リーナは軍の幼年学校からこのようなことはよくあったので御構い無しだが、他の、特に一般人出身の者は文句を垂れている。
また、訓練は模擬戦の形式で行われるが、個人によってかなり実力が異なるために、リーグ戦方式を採っている。更に馴れ合いを防ぐために、最上位リーグ以外の者は予め決められた対戦表を元にチームを組む。最上位リーグの者は好きな者同士で組めるが、これは向上心を持たせるための餌のひとつであり、また、そのリーグに行けるだけの実力者なら、好きにチームを組んでも馴れ合わないだろう、という判断によるものだ。
この日は二対二の形で模擬戦をすることになったが、リーナがその時にいつも組んでいるメルティ=ロウは、軍の用事で白の世界に戻っており、組む相手がいなかった。途方に暮れるリーナに声を掛けたのは、他でもないアイリスだった。
「リーナ、今日私たちと組もうよ。いつも組んでる子、休みでしょ?」
リーナには断る理由が無い。カールがαドライバーになるが、ペアが組めないよりはよっぽどいい。
リーナたちは、すぐ試合のコートの初期位置に立った。その中にはカールも含まれていたが、特に誰も注意をしない。二対二というのはプログレスに限った話であり、αドライバーが乱入しても問題はない。とはいえ、生身でプログレス並みの戦闘能力を持ち、更にプログレスが本来感じるはずの痛みを受けて十分な戦いができるαドライバーなどはかなり希少なため、本来の役割である司令塔として、プログレスの戦いを指揮するのが普通だ。カールはその希少なαドライバーの一人で、並みのプログレスでは彼に全く太刀打ちできず、その戦闘能力は超人の域だ。彼の好戦的な性格も考えると、最上位リーグで進んで乱入するのも頷ける。
リーナたちの相手は、シノンと、ツインテールにした白髪の特務隊の制服を着た少女、すなわちナツナ・トオナギだ。ナツナはブルーフォール作戦の内容を学園側に流出させた三人のうちの一人で、リーナは、風紀委員として僅かながら面識がある。とはいえ戦ったことはない。しかし、だからといって彼女に狙いを付ければ、シノンとアイリスたちが戦うことになる。シノンは風紀委員ではないが、戦闘型アンドロイドということで戦力になるので、青蘭学園の防衛をすることになっている。数日後には敵になる彼らに少しでもアドバンテージを与えるようなことはしたくなかった。リーナがシノンに狙いを付けたことを口にする前に、アイリスが口を開いた。
「私たちはナツナを相手取るよ。リーナはシノンをお願いね」
アイリスの口調は早口気味だった。リーナにとって願ったり叶ったりだが、彼らは自ら敵の一人の今の力量を測られる機会を放棄したことになる。これは大変不自然なことだが、かといって文句を言うわけにもいかない。リーナは深く考えないようにして、シノンに向いた。
リーナが今着ているのは、戦闘服も兼ねたジャッジメンティスのパイロットスーツだ。裸身にぴったりと張り付いているために、体のラインがくっきりと出てしまうために羞恥心を感じずにはいられないが、そのおかげでリーナの動きを制限しないというメリットもある。また、外部からの衝撃を吸収するバリア・フィールドを発生させたり、刃物などで破れないような丈夫な素材でできていたりするため、制服やジャージで戦うよりもよほど安全でよく動ける。
このような服を着ていれば、雨に濡れていることもあってカールに何か言われるだろうし、事実リーナは、彼と知り合ってから今までは異能の訓練でセクハラじみた発言を浴びせられていたのだが、カールは何も言わなかった。胸や股間を注視することもしない。どうにも、今朝アイリスに言われたことを気にしているようである。意外と義理堅い性格なのかもしれないと、リーナは少しだけ彼を見直した。
「バトルスタート!」
アルフレッドの号令がかかり、リーナは我に帰った。その瞬間に真っ先に動き出したのはナツナで、一足飛びにアイリスに飛びかかる。
「エンドブレイザー」
「ならこっちだって。ブルーティガー・ストースザン!」
ナツナが諸刃の片手持ちの剣を、アイリスは太刀を召喚し、鍔迫り合いに入る。その時、ナツナの瞳には、明確な殺意があった。無論、ブルーミングバトルフィールドが働いている中なので致命傷は負わせられても殺すことはできないが、そんなものは関係ないと言わんばかりであった。
一方で、リーナとシノンの戦いも始まっていた。シノンは空中からレールガンで地上のリーナに砲撃を加えるが、リーナはそれを紙一重で躱してゆく。一方で、シノンに、リーナの投げるナイフも掠りもしない。しかし、そのようなことはリーナは百も承知だ。敢えてそのような攻撃を加えたのは、距離とシノンの反応速度を測るためだ。四本も投げれば十分それを掴めた。それで、五本目のナイフを取り出し、シノンに投げた。シノンがそれを避けた瞬間、ジャッジメンティス
リーナの予想通り、相手方のαドライバーはその場に倒れた。授業で行うブルーミングバトルは、どちらかにαドライバーがいなければならない。彼が倒れた時点で、リーナたちの勝利だ。
「おいおいおい、何もう勝負付けてやがる。俺まだ何もしてねえぞ。せっかく気配を消して、トオナギに奇襲かけようと思ってたのによ」
お互いに試合場から退いた後、カールは不服な様子でリーナに詰め寄った。勝利の余韻もつかの間、リーナは非常に申し訳なくなった。一瞬で決めてしまえば、彼が欲求不満に陥るのは目に見えていた。リーナは、それを失念していた己を恥じそうになったが、何故彼に配慮しなければならないのかとも思い直した。
「実際の戦闘じゃ、そんなことを言ってる余裕は無いでしょう」
「だからこそ、こういう模擬戦は楽しみたいんじゃねえか。常に実戦のように、なんて優等生的なことは真っ平御免だしな」
リーナは、カールの言うことに納得は出来なくはないが、彼女の美学からは大きく外れる考えであるので、やはり同意はできない。
「お互いに同意することは無理ですね。この議論は止めましょう」
「そうだな。生真面目なところだって、お前の大事な魅力だしな」
「あなたって人は! からかわないでください! 全く!」
リーナは、カールの言葉に怒りを表しながらもどこか心地良さを感じ、同時にブルーフォール作戦のことが思い出され、心に針を刺されたような痛みを感じた。
とめどなく降り続ける氷雨が、リーナにはこの上なく鬱陶しく感じられた。
***
木曜日の夜、自然な風を装って、ブルーフォール作戦に従事する統合軍の兵たちは学園裏の森の中央付近に集まった。そこには密かに構築された本陣があり、その中央でいくつかの部隊が点呼を終え、規則正しく並んでいる。カールの目の前にはナイアの背中がある。彼女曰く、裏切り者の見当は既に概ね付いており、昨日その報告書をミロクに送ったとのことだ。
皆の前に今回の作戦の総指揮官、ラン・S・グリューネが現れると、より一層引き締まった空気になった。ランはグリューネシルト王家の王女であり、その嗜みとして軍事教練や士官としての教育は受けているが、実権はその副官としてこの作戦に参加しているミロクが握っており、彼女は、王族は必ず戦場に赴くべし、という王家の伝統を守り、兵の士気を上げるための飾りに過ぎない。しかし、今訓示に臨む彼女の姿は威風堂々としており、王者の風格は確かに備えている。
「この作戦は皆も分かっている通り、我が国、グリューネシルトだけでなく、緑の世界全体の希望を背負った、史上最も重大な作戦です。そして、一次作戦が失敗している以上、私たちには後がありません。本作戦の失敗は、私たちの自己同一性を失うのと同義です。しかし、我が勇敢な将兵の方々なら、必ずやこの作戦を成就させるものと信じています。私は、グリューネシルト王家の名を以ってこの戦いの正義を確約し、この戦いで武功を立てた者の一族の繁栄を約束します。あなた方の獅子奮迅の活躍を期待します。グリューネシルト、万歳!」
ランの訓示の後、兵たちによる万歳参照が行われる。それが止むと、次に長めの黒髪を生やした四十半ばの男、ミロクがランに変わって前に立った。
「さて、この土壇場で申し訳ないが、作戦の内容と配置の変更がある。詳細は各部隊の指揮官に参照してもらうとして、ここでは変更の要点を伝える。変更点は、ティルダイン中佐の率いる強奪特別隊の進軍経路の変更と、本陣の護衛の任に就いている第一中隊のザクシード中尉、ゼンティア中尉の両名と強奪部隊のジェミナス中尉、エクスアウラ少尉、トオナギ少尉の配置を入れ替えることだ。尚、この変更に対する質問は一切認めない。疑念を口にしたものは、国家反逆罪でその場で死刑になる。私からは以上だ。各員、配置につけ!」
配置が市街地であるカールとアイリスは、ミロクの号令で即座に踵を返し、全力の疾走で道路まで出て、用意してあったバイクのサイドカーにアイリスを乗せ、カールがバイクに乗って市街地へ急いだ。
カールは、先のミロクの発言について、上手いなと感じた。裏切り者が出ているとなれば、その者を殺すか、泳がすかしかない。今回後者を取ったのは、裏切り者の存在を知らない兵たちが不安がるのを抑えるためだろう。そして、知っている者からすれば先の発言で裏切り者が誰なのかは簡単に見抜ける。そして、その配置もまた巧妙だった。本陣の護衛となれば、それはそのままランの護衛も意味することになる。この命令に違えば、国家反逆罪どころの問題ではない。王族を危険に晒したとして、捕まれば大逆罪により死刑は間違い無く、更に逃げようとしても、統合軍とレジスタンスの両方の標的になる。本陣の守備を放棄して、裏切り者のアインス、ユニ、ナツナの三人がこれを免れるには、世界水晶を防衛した上で統合軍を敗走させる以外に方法は無い。三人とも知勇兼備の兵だ。カールには、幾ら何でも彼女らがそのような大博打に出るとは考えられなかった。
市街地に着くと、カールたちはバイクを乗り捨てて大通りに出た。青蘭学園側が戒厳令を発令していたらしく、いつもなら多くの人で賑わっている通りには人一人おらず、ただ乾いた風が吹くのみだった。
「アイリス、やるぞ」
「うん。ブルーティガー・ストースザン」
カールとアイリスがリンクした後、アイリスは太刀を召喚し、その刃で自らの肌を切り、刃を血で濡らした。続いて、カールの肌も切り、二人の血が刀身で混ざる。それをアイリスは天に掲げ、カールがアイリスの手の甲に彼の手を添えたところで、二人で大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「出でよ! 碧き巨神よ!」
二人の叫びは天に届き、緑の
カールは基本的な部分に問題が無いことを確認すると、前を見たままアイリスに尋ねる。
「今日の碧き巨神はどうだ?」
「調子いいみたい。やる気になってるよ」
碧き巨神は言葉は持たないが意思を持つ。しかし、その意思を感じ取れるのは巨神に選ばれた者だけだ。本来は操縦もその者の役目なのだが、カールはアイリスとリンクして同調し、更にブルーティガー・ストースザンの能力の、あるものに刺した時、刃に付いていた血の持ち主がそれを操ることができる、というものが働いているために、操縦だけは行えるのである。それで、操縦席は元からあったものだが、後部座席は統合軍が後で勝手に付けたものなのである。
「いいじゃねえか。ジャッジメンティスを引きつけねえと暴れられんのが、巨神に申し訳ないな」
「でも、いいの? 多分、リーナもこっちに来るよ」
「ふん、その時はその時さ。あいつがたまたま生き残れば掻っ攫って妾にする。だからといって手加減はしないぜ。俺の私情と俺の大恩ある祖国の命運とでは優先順位に雲泥の差があるからな。戦闘になったらリーナだろうと誰だろうとブッ殺すまでだ」
カールはそう言いながら、モニターを通じて丘の上にある学園を見つめた。その眼光は、さながら獲物を狙う鷹のようであった。
***
リーナは、格納庫へと走っていた。市街地に出現したら謎の大型の人型兵器に対処するため、アルフレッドを隊長とし、マイケルとリーナがパイロットとして所属し、青蘭学園に駐屯しているS=W=E軍第八機動小隊に出撃命令が下ったのだ。
「急げ伍長。一刻の猶予も無いぞ」
格納庫に着くと、ジャッジメンティス
G型は基本的な部分は通常のジャッジメンティスとは変わらないが、通信性能が通常のものよりも強化されていたり、全てのジャッジメンティスに共通の動力である反陽子エンジンの出力が高かったりと、若干ながら元のものよりも高級な機体となっている。アルフレッドの機体はそれに外付けでビーム・ライフルを装備した中距離戦仕様の機体となっている。
対して、リーナの乗るL型は、殴り合いによる近接格闘戦に特化してチューンした機体で、そのため装甲の堅牢さと推力が通常型のジャッジメンティスよりも上で、特に推力は通常機の約二倍あり、重装甲ながらその機動力は通常型をはるかに上回る。また、両腕にはパイルバンカーを装備し、脛と爪先にはブレードを装備し、遠距離武器は各機共通の、額から放つジャッジメント・ビームしかない。
「リーナ。整備はばっちりしたからね。派手にやっちゃっていいよ」
自機の足元まで来たリーナにそのように言うのは、油で汚れた白衣を着ている短い白髪の少女、メルティ=ロウだ。彼女はリーナと同い年ながら、天才的な頭脳を持ち、それを以ってわずか十の時にジャッジメンティスの設計図を作成した。それで軍に技術将校として幼くして抜擢され、今は第八機動小隊の整備班長も兼任している。本来なら技術将校がやるような仕事ではないが、彼女の好意と希望でその職に就いている。とはいえ技術将校としての任務を優先しているために、しばしば白の世界に行っているのである。
彼女とリーナは友人同士にある。というのは、お互いに波長が合うということもあるが、アンドロイドの捉え方が似通っているからである。メルティもまた、アンドロイドの過剰な進出に疑念を抱いている一人であり、その点でリーナが同調できる少ない人のうちの一人だ。
「ありがとうございます、メルティ」
リーナはそう言いながらコクピットの中に入り、席に座ってシートベルトを締め、ハッチを閉じた。ジャッジメンティスのコクピットは球形で、三百六十度全ての内壁に外の風景を映し出す、所謂全天周モニターを採用している。
リーナの出撃の準備が整うと、格納庫の天井のハッチが開き、マイケルとリーナでリンクをしてから、三機のジャッジメンティスが射出された。G型が先頭に、その後ろにM型、L型が続いて空を行く。するとその飛び立った直後に、ひとつの大きな影が飛来してきた。その土偶の頭を西洋甲冑の頭にすげ替え、大きな蝙蝠のような羽をつけた影の正体を、リーナはよく知っている。
「アルフレッドさん。私もこの魔神鎧で作戦に参加したいのだけれど、よろしいかしら?」
「私の命令には従ってもらうぞ」
「もちろん。リーナとペアを組んでもよくて?」
「私は構わん。伍長はよいか」
「ええ。問題ありません」
リーナがそう言うと、魔神鎧がL型の隣についた。その肩には、案の定ジュリアが乗っていた。しかし、彼女と言葉を交わす暇は無かった。夜の闇の中でも目視できる範囲に、謎の大型兵器が入ってきたからだ。それは十メートルほどの頭の高さで、全身を粘菌のようなものが覆った歪な形をしており、その隙間からかすかに碧玉のような輝きを放つ何かがあった。また、五芒星のような形をした頭部にはゴーグルアイがあり、その肩は塔のように天に伸びていて、腕の先にはかすかに拳のようなものが見え、人と同じような腕をしていることが分かった。
「あれが例の大型兵器ですか。我々のジャッジメンティスのようなメカニズムには見えませんね」
「ああ。どちらかといえばオーガニック的なものだろう。今生体反応を確認しているが、あれ全体から微弱な生体反応がある。中に一際強いのがふたつあるみたいだがな。今から一応勧告はしてみるが、曹長、ロックオンはしておけよ」
「了解です、中尉殿」
アルフレッドの指令で、マイケルの乗るM型が少し後退し、ビーム・スナイパーライフルを大型兵器に向ける。M型は、中遠距離戦に特化した機体で、ビーム・スナイパーライフルの他、両肩に装備されたビーム・キャノン砲や、背中に装備したミサイル・ランチャーを駆使し、サポートに徹した戦いをする。
「その巨大兵器のパイロットに告げる。即刻武装を解除し投降せよ。さもなくば攻撃するものと思え」
アルフレッドが勧告するが、その巨大兵器は、不気味なほど静かにそこに佇んでいた。
***
ランは、強奪部隊が学園内への侵入に成功したという報告を聞いても、心が休まることはなかった。裏切り者の三人を敢えて本陣の守りにつけるというのを発案したのは他でもないラン自身であるが、彼女らの刃がランに向くかもしれないと考えると、自分が情けなく思えてくる。
裏切られたということは、ラン達王家に徳がないことの証明だろうと彼女は考えた。いくら統合軍の傀儡とはいえ、ランや他の王族は、王としての役目を果たしているつもりだった。指揮官としてでなく、兵として剣をとって戦ったこともあった。各地を視察するときも、治安が最悪で、いつ身ぐるみを剥がされてもおかしくないような地域の土を、自ら踏んだこともあった。外国に赴いた時の晩餐会などでも、王族として恥じない振る舞いをしてきた。しかし、裏切り者を出したという事実は、それらが全て無駄だったと思い知らされるようで、この上なく悔しく感じた。
「王女殿下。決して気を落とさぬよう。あなたが毅然としていらっしゃらなければ、兵たちが不安がります」
ランの心情を察してか、隣に座るミロクが囁く。その言葉でハッとして、ランは気を落ち着かせてから表情を引き締めた。確かに彼の言う通りだ。自らには王族としての自覚が足りないのかもしれない。ランは、再び悔しく思ったが、それを顔に出すことはなかった。
「ミロク少将。忠告、感謝します」
ランは、自分がミロクの下に見られないように気をつけながら礼を述べた。ミロクは「いえいえ」と恭しく言いながらも、その表情は満足げだった。その時であった。通信要員の一人が、血相を変えてランとミロクに向いた。
「女王殿下、少将殿。エクスアウラ少尉、ジェミナス中尉、トオナギ少尉の三名が離反! 監視役に重傷を負わせ、学園に向かったとのことです!」
その報告に、ランは足元が崩れ去るような気分になったが、踏み止まって凛とした態度を保つ。
「追っ手を――いえ、あの三名を少数で倒せるのは強奪部隊にしかいませんね。ラピュセア少佐に繋いでください」
ランの要請通り、手元の通信機がナイアの物と繋がると、厳しい口調で告げた。
「ラピュセア少佐。今そちらに、ジェミナス中尉、エクスアウラ少尉、トオナギ少尉が向かっています。この三人の逆賊と一人で互角に渡り合えるのは、あなたにおいて他なりません。速やかにかの者らの討伐に向かいなさい」
「ご命令、しかと賜りました。必ずやその任、果たしてご覧に入れましょう」
ナイアのその言葉を聞いて、ランは通信を切った。そしてミロクに目配せをすると、彼は軽く頷いた。
「現状では最上の判断でしょう。よきご決断でした」
ミロクの言葉に、ランは救われた心地になった。しかし、完全に安心はできない。今はナイアが上手くやってくれることを祈るだけだ。ランは、無意識に両の手を絡ませていた。
***
ランからの通信の後、ナイアは強奪部隊から一時離脱することになり、来た道を引き返していった。その後ろ姿を見届けると、スレイ・ティルダインはリーリヤに目配せをした。それを合図に、リーリヤは腕をすっぽり覆ってしまえそうなほど巨大なランス、ヴィヒター・リッタを召喚した。今、彼女は異能と身体能力を底上げする水晶の小さな結晶のようなかけら、エンハンストを両の手の甲と胸元、両頬に額にそれぞれ一個ずつ、計六個装備している。これで得られる力は、αドライバーとリンクするよりもずっと強大だ。その分身体にかかる負担も大きいが、リーリヤは根性でそれを抑えていた。
「いきます! でぃやぁぁああッ!」
リーリヤは、一旦飛び上がり、ランスを床に突き刺した。するとその瞬間、一気にその周囲二メートルほどの床が破壊され、世界水晶のある大部屋へ続く円筒状の穴ができた。リーリヤはその穴を開けた勢いでそのまま穴の中に入る。数秒も降下すると、大部屋内の人が見えた。αドライバーと思しき男子生徒がが二名ほどと、日向美海、ソフィーナ、ルビー、コードΩ00ユーフィリア、コードΣ46セニア、マユカ・サナギ、アゲハ・サナギ、そして見知らぬ緑髪の女の計十名だ。さらに、その部屋は世界水晶を中心に半径十メートルほどの円の形をとっており、遮蔽物になりそうなものは水晶以外に全く無い。また、蛍光灯などの明かりは一切なく、光源は青の世界水晶が放つ青の光だけだった。
落ちる途中で魔法による防護結界と思しきものが展開されるが、リーリヤのランスはそれを軽々と破って、勢いを落とさずに突っ切る。
リーリヤは、マユカとアゲハのはっきりとした姿を見るなり、激しい怒りを覚えた。彼女らが裏切り者であるのは公然の秘密で、二人を殺すことが軍隊内で黙認されていることも、リーリヤの殺意に拍車をかけた。
(あの売国姉妹め、作戦から外されたことをいいことに、待機命令を無視してまた売国行為を働くつもりですか! なんと破廉恥な!)
一度でもそのように思ってしまえば、リーリヤは止まらなかった。少し角度を変えて、マユカにランスの先を向ける。流石に気づいたのか、マユカとアゲハは大きく飛んで、角度を変えても向かえない場所に立った。それを見たリーリヤは、ランスが床に衝突した瞬間、その鍔を踏み台にしてマユカに飛びかかった。その速度にマユカは対応できず、簡単にラリアットを食らった。リーリヤはその次にマユカの背後に回り、彼女を締め上げ、壁に背を付けてマユカのこめかみに銃口をつけた。その直後あたりに、三十名ほどの強奪部隊の兵が大部屋に降下してきた。
「動くと撃ちます。マユカ・サナギを殺されたくなければ、今すぐ世界水晶を明け渡しなさい」
「自国の人間でしょ? それを人質に取るなんて正気なの?」
リーリヤの勧告に、ソフィーナが狂人を見るような目でリーリヤを見る。しかし、その言葉にはリーリヤだけでなく、降下した強奪部隊全員が笑い出した。
「その非国民姉妹の命なんて、私たちが守るものではないわァ。グリューネシルトの石ころひとつよりも価値の無いものを、私たちが守るわけないじゃない」
スレイがそのように告げると、マユカとアゲハの顔が急に青ざめた。特にマユカは、助けを求めるような目をリーリヤに投げかけた。しかし、リーリヤはそれを一笑に帰した。
「何ですかその目は。呪うなら売国行為を働いたあなた自身を呪うことです」
「酷い、酷いよ。何でそんなことを平然と言えるの!? マユカちゃんもアゲハさんも、悩み抜いて決めたことなんだよ!? それを――」
「非国民という扱いを受けて当然の行いをしたのです。一時の気の迷いならともかく、考え抜いて決めたことなら救いようがありませんね」
美海の非難を、リーリヤは途中で遮って一蹴した。マユカはまだ顔を青くして呆然としていたが、アゲハは納得するところまでいったのか、顔色が戻っていたが、深く俯いていた。
「さて、平行線の意見の言い合いをしても仕方ないわね。水晶を引き渡すかどうか、早く決めなさいな」
スレイが催促する。すると、これまで黙っていた緑髪の女が、一歩前に歩み出ようとした。
「動くと撃つと言ったでしょう。答えるならその場で答えなさい」
「あなたたちにはマユカは殺せないはずだよ。冷静に考えればいい分かるはず。激情に囚われるから、マユカを人質に取るなんて判断ミスを犯すんだ」
「何を言いますか。非国民の命など屑同然です。何を寝ぼけたことを」
「水晶の強奪に失敗したら、今分かってる範囲ではマユカを世界水晶に取り込ませる以外に、緑の世界を生き長らえさせる有効な手段が無くなるでしょ。殺したらそれすらできなくなるって分からない?」
緑髪の女の言葉に、リーリヤはハッとし、怒りに目が眩んだ己を呪った。彼女の言う通りで、人質を取るなら同じ非国民でもアゲハを人質取るべきであった。
「ああ、ティルダイン中佐、我が祖先、王女殿下、国王陛下。申し訳ありません」
リーリヤは、天を仰いで己の不明を嘆いた。しかしそれを終えると、すぐ緑髪の女に向いて、毅然とした態度で訊く。
「あなた、何者ですか」
「シルト・リーヴェリンゲン。緑の世界水晶の意思の体現者」
「戯言を。あなたの言う通りならなぜブルーフォールを拒むのですか」
「私は、他の世界を滅ぼしてまで生きようとは思わない」
「そうですか。やはりあなたは偽物ですね」
リーリヤのその言葉に、シルトが眉をひそめる。
「緑の世界の生きとし生けるものすべてを巻き込んで死のうなどと私たちの母なる大地が考えるはずがありません! そうでしょう、ティルダイン中佐!」
「ええ。ザクシード中尉、あなたの言う通りよ。それと、サナギ少尉をそのまま捕縛しなさい」
リーリヤは彼女の命令通り、マユカに麻酔を打って昏倒させ、その手首に手錠をかけ、スレイたちの所に運んだ。そして、ルルーナが首から下を覆ってしまえるほどの盾、シュッツ・リッタを五個召喚し、それで立方体を作ってマユカを閉じ込めた。
そこまで終えると、スレイは一歩前に出て、腰に下げたサーベルを鞘から抜き放ち、天に掲げた。それを合図に、リーリヤたちは即座に隊列を組み、臨戦態勢に入った。
「我々の行く手を阻むものは全て敵である。ましてや、裏切り者や母なる大地の意思を騙る者などはただの敵以上の存在だ。勇敢なる兵たちよ。今我々に牙を剥く者を皆殺しにし、世界水晶を見事奪ってみせよ!」
最後の言葉と同時に、スレイはサーベルを美海らに向けた。その瞬間、リーリヤたちは突撃を開始する。遮蔽物になるものが全く無く、狭い部屋の中である以上、白兵戦以外に取る手段が無かった。
「αドライバーを狙います。リーリヤ、サポートはお願いしますよ!」
「了解了解。リーリヤの背中はあたしが守るから、前の敵は自己責任でね」
ルルーナの口調は軽いものだったがリーリヤには彼女が真剣そのものであると分かっている。無条件に背中を任せられる親友のことは、最大限に信用しているのだ。
リーリヤがαドライバーの一人まであと数歩というところで、その間にシルトが割り込む。そして彼女が召喚したのはルルーナの盾、シュッツ・リッタだった。そのことに心底驚いたリーリヤは、一瞬だが突撃の勢いが弱まった。その隙をシルトは逃さずに突き、その盾でリーリヤの体を弾き飛ばした。
リーリヤはルルーナに受け止められた後、態勢を整えてシルトがなぜルルーナの武器を使うのかということを頭から抜くために頭を振った。
「細かいことはもう気にしません。まずあなたから再起不能にする必要がありそうですね」
リーリヤはシルトにランスを構え直して呟いた。勝利への近道はαドライバーを二人とも殺すことだが、それをシルトは許してくれそうにない。その事実をリーリヤは心の中で咀嚼し、盾を構えるシルトに突進していった。
***
「中に人がいるのは分かっている。大人しく投降の意志を示せ」
五度目となるアルフレッドの勧告を聞いた辺りで、世界水晶での戦闘が開始されたことを、カールは碧き巨神の力で知った。碧き巨神の力は超常のものだ。通信に限れば、いくらジャミングが働いていても、敵味方両方の通信を傍受でき、敵の位置も手に取るようにわかる。今相対している敵が、リーナの一家とジュリアであることも、カールとアイリスには分かっている。
「さて、もういいか。アイリス! 光の剣を使うぞ。目標はあの狙撃型のジャッジメンティスだ!」
「うん。巨神も良いって言ってるみたい。でも、市街地への被害は極力抑えてね」
「言われなくても!」
カールは、碧き巨神の左腕をM型に向けた。そして、その手から、真っ直ぐ直線状に、白い光が放射された。M型は左腕を向けられた瞬間から回避運動に入っていたため撃墜とまではいかなかったが、その右腕と、持っていたスナイパーライフルは破壊できた。光の剣が消えると、すぐさまジャッジメンティス隊は行動に移った。それは、カールを挑発するように中距離から弱い攻撃を加えていくというものだった。
「やつが動くまで近づくなよ、伍長」
「了解です、中尉殿」
アルフレッドとリーナのやり取りが聞こえた。カールにはこれが誘いであり、学園から引き離そうとしていることは分かっていた。そして、カールたちの任務は青蘭学園が持つ巨大兵器群を学園から引き離すことであり、敢えて誘いに乗らない理由が無かった。しかし、リーナの不服そうな声を聞くと、カールはより一層、誘いに乗ってやろうという気分になった。
「アイリス、こっちもミサイルを小出しにしながら海の方まで下がるぞ。奴らは誘いに乗ってくれたと思ってくれるだろうし、連中の常識からすれば、巨神のミサイルの小出しは、小出しには見えねえだろうしな」
「うん、私は賛成だよ。巨神もそうみたい」
アイリスの言葉を聞いて、カールは巨神を飛び上がらせ、敵の四機全てに対して照準を定め、両腕、両肩、両脚、背中の計429基のミサイルランチャーの約四分の一からミサイルを発射した。今の巨神の大きさゆえに、そのミサイルも小さいものとなっているが、このミサイルは巨神が自らの力で作り出したものであり、破壊力は普通のミサイルと遜色ない。
敵には一機あたり数発ほどは当たったものの、致命打にはなり得なかった。カールはそれを見ると、すぐさま巨神をG型に向けて動かした。
「誘いに乗ってくれたか。では」
向かってくる巨神を見てアルフレッドはそのように言うと、牽制するような射撃を巨神に加えつつ、次第に海の方に進み始めた。カールはそれに乗ったふりをして、その後をミサイルを少しずつ撃ちながら追う。やがて、その場の全機が海上まで出ると、急にL型が突撃を仕掛けてきた。
「数値では知っていたが、こりゃ想像以上だな。しかも少し動きがぎこちないところを見ると、リーナの野郎、全く異能に頼ってないな。こりゃあ面白いぜ」
「んなこと呑気に言ってる場合? 少しくらい避けようとしなよ」
面白がるカールに、アイリスが小言を発した。しかし、カールは口角を上げたまま告げる。
「避ける? バカ言え。あれだけのスピードだ。避けたら翻弄されるだけだろうが。真正面から受け止めて奴を止める方がいいに決まってんだろ。久しぶりの巨神で馬鹿になったんじゃねえのか?」
「馬鹿になったなんて、そんなことはないよ!」
アイリスがムキになって反論する。その言葉を聞いてカールは大声で笑うと、正面を見据え直した。
「だったら、俺のすることを見てな。大丈夫だ。俺を信じろ」
「……うん、分かった」
アイリスは小さく頷き、それ以上は何も言わなかった。それで、カールは心置きなくL型の動きを見られた。間も無く接触するという時に、L型は右半身を引いた。その前腕部のパイルバンカーで、杭を撃ち込むつもりというのは見て取れた。
「はあっ!」
リーナの気合とともに、L型の拳が打ち出される。カールは、そこから突き出た杭に自ら巨神の掌を突き刺させると、L型の拳を掴んだ。そして、リーナは余った方の手でも殴ろうとするが、その拳もカールは巨神の手で掴み、L型の動きを止めた。両腕が塞がれ、また互いにかなり接近しているこの状況では、L型の刃のついた脚で蹴りを繰り出しても、大した攻撃にはならない。また、リーナ機を巻き込む恐れがあるため、他の敵機も迂闊に巨神に攻撃を加えられない。
しかし、リーナは馬鹿ではない。ぐずぐずしていては、両腕をパージするだろうとカールは予め踏んでいた。ゆえに、カールはリーナの攻撃を受け止めると同時に、全ての敵機に照準を定め、ミサイルの発射準備をしておいた。
「ミサイル一斉射撃! 全員まとめて、死ィねよやぁぁぁああッ!」
巨神の429基のミサイルランチャー全てが火を吹き、それぞれ各敵機を襲う。咄嗟に両手をパージして避けたL型だけでなく、他の敵機にも相当数が命中したようで、辺りは爆炎に包まれた。カールはそれで全て終わったと感じたが、アイリスが驚きの声を上げる。
「嘘、まだ全機残ってるって!? カール、早く巨神の力で煙を取り払って!」
「おう、分かった!」
カールはアイリスの言う通り、衝撃波を放って煙を散らした。すると、見えたのは、海上に機体を浮かばせているもののコクピットはどれも目立った損傷の見られない、半壊状態の三機のジャッジメンティスだった。
「魔神鎧がいねえな。どこ行った」
「カール、右下!」
アイリスの声を聞き、カールは右下に巨神のカメラを向けた。すると、無傷の魔神鎧が、肩にジュリアを乗せて猛スピードで突っ込んできていた。そして、それは巨大な拳へと姿を変え、巨神に迫る。
「避けられねえな。バリア・フィールド全開! アイリス、衝撃が来るぞ!」
「大丈夫! そのために鍛えた体だから!」
アイリスのその言葉に安堵し、カールは落ち着いて魔神鎧を受け止める準備をした。直後、魔神鎧がバリア・フィールドに衝突した。衝撃波が回折し、その一部が巨神を揺さぶる。そして、それと同時に頭の中にノイズが入ったような感覚がした。
「やはりそこにいるのはカールとアイリスね。戦うことができて光栄だわ」
ノイズが解消された直後に聞こえたのは、ジュリアのその言葉だった。聴覚に訴えているのではなく、脳に直接伝えているようである。それを受け、カールは余裕ぶった笑みを浮かべて脳内で言葉を思い描く。
「ジュリアか。テレパシーなどと粋なことを。ジャッジメンティスが全機生き残ってられたのもテメエの仕業だな。しかしよくもまあ、あのスピードの中を魔神鎧にしがみついていられたもんだ。あんたの握力には感服するよ」
「ご明察。ま、ミサイルの速度と密度が想像以上だったから、私くらいしか無傷でいられなかったけどね。それと、お褒めに預かり光栄の極みだわ。でも、敵とこんな会話していいの?」
「餞別ってやつだ。できればこれが今生の別れにしたいからな。お前の死という形でなあッ!」
カールはバリア・フィールドを解除し、衝突していた勢いそのままの魔神鎧を横合いから殴って吹き飛ばした。
「まずはテメエを叩き潰す! いくぞおッ!」
カールは咆哮し、人型に戻り態勢を立て直した魔神鎧に、巨神の体を突進させた。
***
ナイアは、来た道を少し遡って、廊下の角でアインス、ユニ、ナツナを待ち伏せていた。風紀委員などは、陽動部隊がうまく働いてくれているようで、ナイアのいる辺りにはほとんど現れなかった。そのような中で、とうとうアインスらの三人が視界に入った。
ナイアは少し待って、罠を仕掛けた場所の手前を三人が通った時、その罠を発動させた。天井と壁に仕掛けた爆弾が炸裂し、ちょうどその真下にいた三人に瓦礫が降りかかる。流石に三人ともそこを抜けたが、退路は塞いだ。
「ま、それじゃ仕留めらないか流石に。怪我のひとつやふたつでも負ってくれれば良かったんだけどな」
ナイアはそう言いつつ、三人の前に姿を現した。三人はナイアの姿を見ると、一層顔を引き締め、各々武器を構えた。
「やっぱ調べ通りだったな。特務に非国民が混ざっていたとはとんだ誤算だったよ」
「否定はしない。我ら三人、既に国賊の汚名を一生背負う覚悟だ」
右眼に眼帯をしたユニは一歩前に出て、毅然とした態度で言い放った。それに対し、ナイアは訝しみ、眉をひそめて尋ねる。
「納得できないんだが、なんであんたが裏切るんだ? トオナギ少尉は元はこの世界が故郷だし、学園に姉ちゃんまでいる。エクスアウラ少尉も、境遇を考えりゃ愛国心が芽生えなかったのも納得がいく。だがジェミナス中尉。あんたは何なんだ。守る家も、故郷もある。全く理由が分からんし、罪をあんた一人が背負えると思ってるのか? 家名に塗った泥は末代まで残るんだぞ」
「それも厭わん。故郷も、この世界も両方救う。それが私の決めたことだ」
「ゲロ吐きそうなくらい甘々な考えだな。じゃあその具体的な方法を言ってみなよ。ああ、予め言っておくが、マユカ・サナギを人柱にするのは無しな」
ナイアのその言葉で、ユニの表情が凍りついた。ナイアはその顔を見ると、彼女を嘲笑しながら言う。
「おいおいマジかよ。あんたらの立場的に、マユカを使えるわけないだろ。あんたとマユカは、今や同胞だ。あんたらはマユカを守る立場になる。そして戦後、学園もマユカを保護するに決まってる。あんたらはマユカの命を使える立場にないんだよ」
ナイアがそう言うと、アインスの短剣、ミリアルディアが何本も飛来して来た。ナイアは籠手型の武器、アヴェンジェリアを召喚し、それを振るった衝撃波で短剣を全て弾いた。
「やれやれ。やっぱこうなるか。反論出来なくなるとすぐ得物を取り出しやがる。血気盛んなのは兵としてはいいことだがな」
ナイアはポケットの中のボタンを押した。すると、先程までナイアがいた曲がり角と、ナイアの後ろの廊下で爆発が起こり、瓦礫でその道が塞がれた。
「さて、三人とも殺してやるから、覚悟しな」
ナイアはそう呟くと、アインスに狙いを定めて走り出した。アインスに狙いをつけたのは、彼女の能力が最も厄介と考えたからだ。ナイアの武器であるアヴェンジェリアは、その籠手で受けた攻撃の威力を吸収し、それが一定量溜まると、それを一気に放出する。アインスは手数で攻めるので、溜まる速度も当然大きくなる。アヴェンジェリアの放出量が尋常でないため、もし放出されては、少なくとも今ナイアのいる辺りが倒壊してしまい、生き埋めになってしまう。だからと言って、アヴェンジェリアの攻撃無効能力が無ければ、三人の攻撃を捌き切るなどは到底不可能だ。そう考えてのことだった。
ナイアが動き出すと、ユニは眼帯を取り払い金色の眼を晒し、光の鞭、フラゲルムノウンをナイアに振るい、またナツナは、片手剣、エンドブレイザーを振りかぶり、更に、アインスが短剣を大量に召喚する。
ナイアは走りを止めず、鞭を素手で払い、短剣は無視してアインスに迫る。その時、ナツナが片手剣を振り下ろした。それと同時に、刀身が分割され、蛇腹のようにうねりながら大きく伸びる。これこそ、エンドブレイザーの真価である。初見ではまず対処不可能で、バラバラに切り刻まれるのが関の山だ。しかし、ナイアはナツナの手の内は知っている。足元を狙って来たその刃を、ナイアは軽く横に跳ぶことで回避した。しかし、その直後、先端がナイアの方に曲がって来、再びナイアの足を狙う。だが、それすらもナイアの計算の内だった。ナイアは上に跳び、その先端を靴の裏で踏むと、更にそこから跳躍し、一回壁を蹴ってからアインスとの距離を詰め、左腕を振りかぶった。
アインスはそれを躱すために右側に回り込むが、ナイアはそれをチャンスとばかりに、右手でアインスの首を掴み、そのまま着地して彼女を引きずり倒した。
「捕まえたあッ! 窒息だけじゃ済まさない。このまま首の骨をへし折ってやる!」
ナイアはそのまま締め上げる力を強める。アインスの抵抗する力は次第に弱まり、目から段々と生気が失われていき、その顔色は紫がかっていく。だが、ユニとナツナがそれを見逃すはずもなく、光の鞭と分割された刃がナイアを襲う。ユニの鞭は、金色の目の動きと連動するため、かなり細かい動きができる。対してナツナは彼女の技巧で操っているだけなので、籠手で防ぎやすいのはナツナの方だ。
そう考えたナイアは、剣の刃を籠手で防いだ後、それをはめた方の手で鞭を掴んだ。そしてそれを引っ張り、ユニの体を浮かせる。それと同時に、アインスの顔を蹴って方向転換し、ユニの方に跳躍した。彼女の体は依然として宙に浮いている。ナイアはその鳩尾の辺りに籠手に付いた鋭い爪を突き刺し、それを抜いてユニの体を掴み、彼女の傷口に膝蹴りを食らわせた。
「まだだ、もう一発!」
ナイアはナツナの攻撃を籠手の能力で防ぎながら、一歩下がって、倒れようとするユニのうなじに踵落としをした。ナイアの身体能力に加え、硬い軍靴の踵で与えるその一撃は尋常でない。事実、それでユニの体の力はほぼ完全に抜けたようである。ナイアは駄目押しとばかりに更にそこから後頭部を踏みつけると、ナツナの方に向いた。ユニは血溜まりの中に倒れ伏し、アインスは泡を吹いて気絶している。
「さあ、あとはあんた一人だな、ナツナ・トオナギ。今更詫びを入れたとしても容赦はしないからな」
「私は、今は遠薙夏菜として、日本国民としてこの場に立っている。グリューネシルトには恩義を感じてるけど、私に生を与え、お姉ちゃんのいるこの土地への愛の方が優ってる。詫びを入れることなんてない。玉砕したって戦ってみせる!」
ナツナは、ナイアの言うことはまるで意に介さず言い放った。その言葉を聞いたナイアは、思わず大きくため息をついた。
「やれやれ。やっぱりあんたは素性が判明した時点で除隊すべきだったな。あたしたちの失策だったよ」
言い終えると、ナイアは腰を低くしてすぐ跳躍できるように構える。対し、ナツナは左手にもエンドブレイザーを召喚し、それを伸ばして一回床に叩きつけ、勢いをつけてから飛ばした。その勢いは想像以上に強く、右から放たれた一撃は籠手で受けられたものの、左の方は防御できなかった。腕に巻きつかれないように必死に体をひねるが、その刃は右肩に深々と突き刺さった。更に、ナツナはその刺さった方の剣を元に戻し始めた。ナイアに刺さったままであるので、その勢いでナツナは一気にナイアとの距離を詰める。そして、右手の剣も元に戻し、そちらの方でナイアに斬りかかった。
その斬撃は籠手で受け止められたが、その状態で、ナツナが左の剣を一旦ナイアの肩により押し込んでから、再び伸ばし始めた。しかし、それはナイアとの距離が大して開かないように少しだけ伸ばしただけだった。ナイアがその意味を訝しむと、急に肩に刺さっていた刃が蠢き始めた。
形容しがたいほどの激痛が、ナイアを襲った。あまりの痛みに、右の剣を受け止めていた左腕の力が抜けてしまった。これをナツナが逃すはずがなく、すぐさまナイアの左袈裟を斬りつける。ナイアは何とか上体をそらして肩口から真っ二つにされるのは回避したが、斬られた傷は深く、失血多量で意識が朦朧として来た。ナイアは歯を食いしばり、何とか意識を失うことだけは回避した。そして、ナツナの斬撃後の隙を突き、精一杯の力で右肩に刺さった剣を籠手をはめた手で引き抜いて、ナツナから離れた。
ナイアは、いつになくナツナに危機感を覚えていた。普段なら圧倒できる相手にここまで押されてしまっている。アインスやユニはすぐ倒すことができただけに、その危機感は尚のことであった。
(あの二人にはまだ後ろめたさがあったが、こいつには無いってことか。引くことを考えない奴の相手は厳しいな、本当に!)
ナイアがそう考えている間にも、ナツナは迫ってくる。今なら確実に殺せるという自信があるからか、剣を伸ばしはしなかった。その行動を見て、ナイアは普段冷静なナツナが熱くなっていると感じた。ならば、ナイアに勝機はある。
ナイアは深呼吸をし、わざと棒立ちになった。それを見たナツナの口角が、わずかに上がった。そして、片方の剣を捨て、残った一本を両手持ちにして、ナイアの心臓をめがけて一直線に突いてきた。
「甘い! あたしの勝ちだッ!」
ナツナは勝ち誇ったように言った。ナイアは突かれる寸前に横に飛んで、心臓は外したが右胸に剣が突き刺さる。しかし、それはナイアの想定通りだった。ナツナがそこからナイアの体を斬り裂こうとするより前に、ナイアは自らその刺された深さを大きくし、そのままナツナと体が触れ合う距離まで詰め、籠手の爪をナツナの背中に突き刺した。
「何をする気!?」
「あたしだって、負けらんねえんだぁぁぁぁッ!」
ナイアは上体を逸らし、戸惑うナツナの眉間に己の頭をぶつけた。失血多量の上、脳を激しく揺さぶられたために意識が飛びそうになるが、ナイアは何とか堪えた。ナツナはというと、不意打ちということもあってか、額から血を流して昏倒していた。ナイアは彼女の背中から爪を抜き、その体を蹴飛ばすと、廊下の壁に寄りかかった。
ナイアにとって、かなり危ない戦いだった。ナイア自身の打たれ強さと、ナツナが感情を昂らせたことが無ければ今頃死んでいたことだろう。しかし、相手方を全員殺せた訳ではない。三人とも、まだ息がある。今のうちに殺さねばならない。ナイアはそう考え、懐の銃に手をかけた。が、そうしている間に、ナイアはユニが立ち上がったのを目撃した。彼女は、ナイアが塞いだ、スレイたちが突入した穴に続く廊下の天井を見ている。そこには、人一人が無理をすれば入られそうな空間があった。そして、ユニは光の鞭を召喚した。鞭を利用してその空間に入るつもりだろう。止めねばとナイアは思うが、体は動かなかった。もはや限界であった。ナイアの意識は、無力感と共に闇に沈んだ。
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ルルーナは、とにかくリーリヤの背中を守ることに専念していた。様々な者から攻撃を受けたが、ルルーナの盾はそれを悉く弾き返し、時に銃や手榴弾で反撃した。誰もが彼女に手をこまねいていたが、特にユーフィリアは、他の者よりも一層困惑していた。その理由を考えている余裕は全く無いが、これはルルーナには好都合で、全員で七人が攻撃してくるのが、六人半になっているようなものだった。
そしてルルーナには、攻撃を防ぐ中でひとつ分かったことがある。個々では確かに強く、また互いに全幅の信頼を寄せていることもよく分かる。しかし、その動きは全く洗練されていなかった。その点において明らかに訓練不足だった。そして、本気で殺そうとしているのはアゲハただ一人で、他の六人は出来るだけ殺す事の無いように、急所は狙わない戦いをしていた。これなら勝てると、ルルーナは確信した。統合軍は、敵が疲弊するまで適当に攻撃を受け流すだけで良い。リーリヤを含め、他の隊員もそれを悟ったのか、積極的に攻める姿勢から、攻撃をやり過ごすような戦い方に変わった。増援が来るとしても、別働隊がうまく阻んでいるとの戦況報告が入ったことから、敵が疲れるまでの余裕は十分にあると思われた。
しかし、ルルーナがそう考えていた時であった。不意に、風を切る音が天井の方から聞こえたのだった。その辺りには、学園側の人員は配置されていなかった。しかも、その音は小さく、一人であることも予想された。
(まさか、ナイアが阻みきれなかった!?)
果たして、その予感は的中した。天井から幾つもの光条が降り注ぐ。それは次々と強奪隊の隊員の首に巻きつき、ルルーナは盾で弾けたが、リーリヤとスレイさえも、それに首を巻かれてしまった。
「これは、フラゲルムノウンか。ということは、ユニ・ジェミナス!」
パラシュートでゆっくりと降下し、床に降り立った彼女をルルーナは睨んだ。ユニは全身が血まみれで、息も荒く、打撲も多く見受けられた。そして、その手には先の分かれた光の鞭があった。
「武装を解除して投降し、マユカ・サナギを解放しろ。今の私でも、今捉えた者たちを窒息死させることくらいはできる」
そう告げられたルルーナは、隊員たちの様子を伺った。ユニの言葉に偽りは無いようで、既に何人かは、顔面を蒼白にして大変苦しそうにしていた。
更に、流石に手負いとはいえユニを含めた八人を同時に相手に取れる自信は、ルルーナには無かった。全員を見殺しにして死に花を咲かせるか、投降して僅かばかりの存在の可能性がある、次の機会に賭けるか。どちらが良いかは、火を見るより明らかだった。
「分かった。その言葉に従う」
ルルーナは盾と懐の銃、手榴弾、ナイフ等々を床に捨て、マユカを囲っていた盾を回収すると、両手を腕を上げた。それを見たアゲハたちが、一斉に息をついた。そして、彼女らは拘束された強奪隊の面々に手枷を嵌めていく。ルルーナとて例外でなく、後頭部に銃口を突きつけられながら、手を後ろに回されて拘束された。
「分かってくれたんだね、ルルーナちゃん」
美海が前に立ち、満面の笑みで告げた。恐らく、彼女に悪意は無い。心の底からそう信じて、口にしたに違いない。ルルーナはそう感じたからこそ、意図的にそう言われるよりも激しく、腹わたが煮えたぎる思いを抱いた。しかし、立場上直接口に出して反論することはできない。だから、無表情にして徹底的に黙した。そのようなルルーナの心中を、ユニは察したのか、美海を手で制しながらルルーナの眼の前に立った。彼女の哀れむような、申し訳なさそうな目は、ルルーナの苛立ちを一層加速させた。
「私を憐れもうっての? 勝者のヨユーってやつ?」
ルルーナは、ユニ以外の誰にも聞こえないほどの小さな声で言った。ユニは眉を僅かに動かしただけで、何も言わなかった。ただ、少しだけ悔しそうにしている。それだけでも、今のルルーナの溜飲を下げるのには十分だった。思わず、口角が上がる。対し、ユニの表情はますます沈む。
その二人の様を機械的に見つめるふたつのモノがあったことに、その場の誰も気に留めなかった。
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魔神鎧と敵機が繰り広げる一進一退の攻防を、リーナはL型のコクピットからモニターを通じて眺めていた。魔神鎧が剣を振るえば、敵機はそれを真っ向から殴り、叩き折ってその勢いで魔神鎧に突進する。対し、ジュリアは魔神鎧でそれを紙一重で避けると同時に、敵機に回し蹴りを入れ、更に肉薄して数が多くも鋭い拳を全て入れる。当然、敵機も黙ってやられず、閃光を発してジュリアの目を眩ませた瞬間にその機体を魔神鎧にぶつけ、距離を取る。
リーナはその光景に戦場ということも忘れて見惚れていた。出来ればジュリアに手を貸したかったが、自分の体と、機体のコンディションがそれを許さなかった。
ミサイルを出来るだけ回避しようとして、異能を用いて機体に無茶な動きをさせ、更にジュリアが彼女の異能で無理矢理に離脱させたために、ミサイルによるダメージも相まって機体に変な負荷がかかってしまったのだった。まず、両腕は敵機から離れるためにパージしてしまった上、両脚は完全に破壊され、脱出機構は故障し、推進剤も漏れを起こしてしまった。G型もM型も、程度は違えど似たような状況だった。おかげで自力または他力でも青蘭学園に戻ったり、対空することもできず、海上で浮かんだまま、二機の戦いを見守ることしかできなかった。
更に、リーナはミサイルを避ける時に操縦席の中を激しく揺さぶられ、その中で操縦桿に無意識に強くしがみ付いてしまったためか、左腕の肘関節を脱臼してしまった。これでは生身でも満足に戦うことは不可能だ。
「無力だ、私は」
何ともやり切れない気分になり、リーナがそう呟いた時だった。作戦本部から、世界水晶の防衛に成功したとの報が入ったのだった。それは敵機のパイロットにも伝わったようで、敵機はぴたりと動きを止めた。ジュリアは何やら喋っているようだが、結界でも張っているのか、ジャッジメンティスの集音機能ではそれを聞き取ることはできなかった。
やがて、敵機の胸部ハッチが開き、一組の男女が両手を挙げて生身を晒した。その姿を見たリーナは、開いた口が塞がらなくなっていた。その可能性はあったはずなのに、これまで無意識にそれを除外していた。そのような、私情で目を眩ますことは軍人失格と言ってもいい思考だった。しかし、今のリーナにはそこまで頭が回らなかった。
「アイリスに、カール。なんで、なんでそこにいるんですか。カール!」
リーナは叫んだ。リーナはカールとアイリスを殺そうとした。カールとアイリスはリーナを殺そうとした。これは事変であるから、軍人としては全く正しいことだった。だが、その事実の重圧は却ってリーナを押し潰した。何故かはリーナには分からなかった。今の彼女が考えても、ただ、胸を掻き毟りたくなるくらいの苦しさを感じるだけだ。
己が信条の何もかもが分からなくなったリーナの悲痛な慟哭が、コクピットの中で反響する。