偽典アンジュ・ヴィエルジュ【刻】   作:黒井押切町

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エゴイストのカプリッチョ
破滅への秒読み


 五月上旬、衣替えも間近という季節の夕暮れ。放課後に入ると、各人はそれぞれ教室を出て行く。リーナも、この二年次にクラスメイトとなったリーリヤ、ルルーナと別れて指定された教室に向かう。

 リーナたちが進級したこの四月と五月、反EGMA派もEGMAにも、動きは全くなかった。四月の頭あたりでは、新入生歓迎の余興でリーナの名前を覚えてもらうために、ジュリアの魔神鎧とリーナのL型改で大掛かりなエキシビションマッチを行ったりしたが、そういった活動の縮小は余儀なくされた。存在が予言されていたウロボロスが、ついに姿を現したことが原因だった。

 それは、生物なのか、知性があるのか、何で出来ているのか、そもそも目的は何なのか。その全てが不明である。捕獲を試みたこともあるが、ウロボロスの自爆によりその悉くが失敗に終わった。今ウロボロスについて分かっていることは、人ほどの大きさから数メートルほどの大きさで蛇、または人間のような外観の小型種、全長が5~10メートル程で、ペニスに酷似したシルエットで全身が黒い大型種のふたつに大別できて、それらは何故か青蘭島を狙って攻めてくるということ、精神を乗っ取ることが可能なこと、そして対人兵器または戦闘系の異能による対処が可能、ということくらいだ。

 学園生徒がウロボロスに精神を操作された際、彼女らはみな各世界の世界水晶を狙った。それらは阻止されたものの、これによりEGMAの警戒の姿勢が強まってしまったのは、リーナらにとって不利益であった。

 他には、今のところ、ウロボロスがαドライバーを氷漬けにしたことを除けば、それらは全て青蘭島の沿岸で撃退できている。移動速度がそこまで早くないので、出現を感知してから出撃しても間に合うのだ。そしてその迎撃にあたるのは青蘭学園の、高等部以上に在籍するプログレスと、残った一部のαドライバーである。青蘭島に駐屯している軍隊も戦闘を行うが、あくまで主力はその両者である。その理由は発表されていない。推測される理由には、ウロボロスが青蘭島しか攻撃対象にしていないことや、αドライバーがプログレスのダメージを肩代わりできることなどが挙げられているが、どれも納得し難いものである。ウロボロスと戦うか否かは志願制なのだが、その数は志願できる生徒全体の三割ほどしかいないことは、ろくに説明がなされないことへの不信を物語っているといえよう。

 今回の作戦では、今夜、ウロボロスの発生源のひとつに殴り込みをかける。リーナたちS=W=E軍第八機動小隊の仕事は、突入部隊がウロボロスの巣に侵入するまでの護衛と援護、その後ウロボロスが外に出てきた場合、それを撃破することである。その詳細は、リーナがこれから聞きに行くブリーフィングで説明される。

 

「あの、リーナさん」

 

 道中でリーナの名を呼ぶのはシノンであった。それだけで、リーナは胸を掻き毟りたくなるくらいの激情を覚えた。春休みとこの二ヶ月間で、リーナのアンドロイドに対する悪感情はかなり肥大化していた。しかしその感情を表に出せば、今の自分の役目であるいい意味で名前を売る、ということが台無しになるのは明白だ。それ故に人目のつくところではアンドロイドと関わるのを極力避け、また必死に感情を抑え込んでいたのだが、今目に見える範囲には、リーナとシノンしかいなかった。人気の無いことに対する安心感で、リーナは自制することを忘れてしまっていた。それで、ありったけの憎しみを込め、シノンの顔を見ずに歩きながら言う。

 

「話しかけないでください。迷惑です」

 

「でも、最近のリーナさんはなんだか無理してらっしゃるようで、とても心配です。私にできることなら何でもしますわ。もしよろしければ――」

 

「話しかけるなと言ったでしょう! 何でもするというなら、私に関わらないでくださいッ!」

 

 あしらったにも関わらず食い付いてきたシノンに、リーナは激昂し、立ち止まって振り向き、明王の如き顔で怒鳴りつけた。それにシノンは怯み、歩を止めて萎縮してしまった。それを清涼剤に、いくらかいい気になったリーナが再び歩き始めると、階段の方にチームメンバーの四人と一緒のナイアが見えた。

 

「ナイア!」

 

 リーナは思わず駆け寄って、その名を叫んだ。ナイアは四人に断りを入れてから塊から外れ、リーナの方に近づいてきた。服は特務隊の制服ではなく、一般兵の制服を大胆に着崩したものとなっている。本人からリーナが聞いたところによると、三月末でナイア自身の希望で特務隊から降りて、階級の降格処分を受けた上で予備役に編入されたらしい。予備役であれば本国に大事がない限りは一般部隊と作戦行動を共にすることはないため、今の彼女のように、対ウロボロス戦でも他の一般生徒とチームを組むことができる。

 

「よおリーナ。これからブリーフィングか?」

 

「はい。ナイアのブリーフィングはもう終わったんですね」

 

「ああ。今夜は援護、よろしく頼むぜ」

 

 ナイアはそう言いながら、リーナの肩を叩く。ナイアとそのチーム、そして美海ら生徒会と三年生の実技成績の上位層が突入部隊のメンバーである。一年生であるナイアらのチームが突入部隊に含まれるのには、三年生の実力者をウロボロスの精神支配から救った功績からなのだが、それでも「一年生のくせに生意気だ」という声は絶えない。リーナも同じく、少なからず不満を持っているが、それを本人に漏らすのは気が引けるのと、ナイアに関してはその実力を認めているため、それを表に出すことはない。

 

「任せてください。でも、ナイアほどの実力者なら私たちの助力なんていらないでしょう?」

 

「はっはっは。こそばゆいこと言ってくれるでないの。ま、あたし一人ならリーナの言う通りだな。でも他の青二才連中もいるから、そいつらのお守りはよろしくな」

 

 ナイアは大変機嫌が良さそうに胸を張った。しかし、ナイアがこのような面を見せるのは、今となっては統合軍の同僚と、他にはリーナとジュリアくらいなものとなってしまった。他の人と接する時は無気力で怠惰な人柄しか見せないと聞いた時は、リーナは心底驚いたものだった。しかしそういった面をリーナが見ることはないため、以前と変わらぬ付き合いを気兼ねなく続けられる。

 

「いいんですか。チームメンバーを青二才だなんて」

 

 リーナは冗談めかして訊いた。対してナイアは、頭の後ろに手を組み、壁にもたれかかってから答える。

 

「いくら素の能力が高くて闇堕ちした先輩方を助けてきたとはいえ、命懸けの戦いをまだ二ヶ月くらいしかこなしてないからな。元特務隊少佐のあたしからしたら、経験不足のヒヨッコさ」

 

「新兵で二ヶ月も生きられたら、大したものじゃないですか。ベテランとは言えませんがヒヨッコとも言えないと思いますよ」

 

「相手が人間じゃないからな。ウロボロスなんか何万匹ぶっ飛ばそうが人を闇堕ちから助けようが何の自慢にもなんねーよ。国益のために体張るのが軍人の本分だがよ、理性で人を殺せるのも軍人だよ。ウロボロスを討伐すれば目の前の危機は去るからやらなきゃならんのは分かるけどよ、ウロボロスを殺すにゃ覚悟は要らねえから、その辺の使命感がちょっと強い子供に重火器持たせるだけで対処できる。だからな、ウロボロスをどんだけ狩ってもいまいちパッとしないんだ」

 

 窓から差し込む夕日が、ナイアに陰を落とす。満ち足りぬ表情を見せる彼女に、リーナはかける言葉を見つけられなかった。リーナも軍人であるがゆえに彼女の言い分がわかる一方で、リーナが売名のネタにしていることのひとつにウロボロスの討伐スコアもあるため、おいそれと肯定することができなかった。

 

「つかリーナ、あたしと立ち話なんかして大丈夫か? ブリーフィング、これからなんだろ?」

 

 考え込むリーナに、ナイアが見兼ねたように声をかける。言われてリーナが時計を見てみると、集合時刻の数分前にまでなっていた。

 

「あっ、いけないいけない。すみませんナイア。これで失礼します!」

 

 リーナは大慌てで、ナイアの返事も聞かずに廊下を走り出した。今の自分は、S=W=Eの英雄となることを求められた存在だ。些細なことでも、名前に傷がついたら困る。リーナは誰かに見られていないかを意識しながら、超特急でブリーフィングの教室に向かうのだった。

 

        ***

 

 ナイアは廊下を爆走していくリーナを見届けると、彼女がリーナと話している間、ずっと柱の影に隠れていた人影の方を見やった。

 

「リーナは行ったから、もう出てきていいんじゃないか?」

 

 そちらに声をかけて出てきたのは、やはりシノンであった。彼女の表情は、分かりやすいくらい明らかに沈んでいた。ナイアは彼女のことを知らぬわけではないが、話したことはなかった。しかし、リーナと話している間、彼女の気配が気になって仕方がなかったので、素の自分を出して話しかけることにしたのだった。

 

「詳しくは言えないがな、最近のリーナがああなっちまったのには深い訳があるんだ。勘弁してやってくれ」

 

「そんなことは分かっていますわ。でも放っておけませんの」

 

「善意の押し付けはよしたほうがいいぜ。あいつのアンドロイドに対する憎しみの苛烈さは分かるだろ。あんたのやることは神経を逆撫でするだけだ。分かってないことはないだろうが、リーナはどんどん不安定になるし、あんたの心配の種も増える。いいことなんて何もない」

 

 強情を張るシノンを、ナイアはいくらか厳しい口調で諭す。シノンは見て取れるくらいに明らかな苛立ちを表情に滲ませていたが、声は発さなかった。

 

「じゃあ、あたしはもう行くからな」

 

 居心地が悪くなって、ナイアはそう言って蒼月紗夜らチームメンバーの後を追って、そこから離れた。

 

「私が人間でしたら、よかったのに」

 

 数歩歩いてから微かに聞こえたそのシノンの呟きが、ナイアの心に引っかかった。ナイアはそこではその言葉に反応を示さずに、階段を降り始めた。何段か降りてから、シノンが見ていないことを確認して、大きくため息をついた。

 

「ったく、そう言いたい気持ちもわからんでもないけど、口にはしてくれるなよな。気分が悪い」

 

 舌打ちを交えて悪態を吐くと、ナイアはひとつ下の踊り場で、紗夜ら四人が溜まっているのを見つけた。それで苛立っていた意識を切り替えて、彼女らに声をかけた。

 

「お、待ってたのか」

 

「ナイアだけ放って、私たちだけどこか行くわけにもいかないよ。特に今夜は大事な作戦があるしね」

 

「そうそう、紗夜の言う通りだよ。そういえばさ、さっきナイアに声をかけた人ってリーナ先輩だよね。あのでっかいロボットに乗ってる」

 

 紗夜に続いて口を開いたのは、淡い桃色の髪を持つ赤の服を着ているT・R・A(テラ・ルビリ・アウロラ)の天使、エルエルだ。

 

「ナイアがリーナ先輩と友だちだったなんて知らなかったぁ。ね、今度私たちにも紹介してよ」

 

 エルエルは能天気な様子でナイアに言う。ナイアは悩んだ。エルエルのことなので、チーム全員とリーナで親交を結ぼうなどと思っているに違いない。そうなると、チームメンバーの一人で、オッドアイのアンドロイドのステラの存在がリーナの心を刺激することになる。そう考えているうちに、ナイアの視線は自然とステラの方に向いていた。それを見て、D・Eの吸血鬼でチームメンバーのアルマリアが、何か悟ったように唸った。

 

「リーナ先輩、あっち側の人ですのね」

 

「あっち側?」

 

 紗夜とステラが納得した様子を見せる一方で、エルエルは本気でわからないようで、首を傾げていた。その様に呆れつつも、ナイアは簡単に説明する。

 

「アンドロイドの存在を敵視してるってことだ。S=W=Eにはそういう人もそこそこいるんだよ」

 

「へえ。S=W=Eではアンドロイドと人間はみんな仲良しだと思ってたけど、違うんだね。学園じゃみんな分け隔てなく接してる感じだしさ」

 

「アンドロイドを敵視してる人はアンドロイドと関わろうとしないし、この学園だと少数派だから目立たないだけ。S=W=Eの軍人には結構多いみたいだけど」

 

 ステラが淡々と説くが、エルエルはまだ微妙に納得がいかない様子であった。

 

「ちゃんと話し合えば分かってくれるんじゃない?」

 

「そんな単純な話だったら、そもそもそういう人たちが出てくることもないと思うけど」

 

 エルエルの言葉に、紗夜がボソッと突っ込む。それでエルエルは言葉を詰まらせてしまった。ナイアはやれやれとため息をつき、紗夜の言葉を捕捉する。

 

「あの人らはアンドロイドが人間並みの情緒を持ってることに一番不満を持っているからな。話し合ったらむしろ逆効果だ」

 

「うーん、どうにもならなさそうだね。難しい!」

 

 エルエルは完全に根を上げてしまったが、彼女自身それが悔しいようで、頬を膨らませていた。

 

「そういうわけですから、リーナ先輩と私たちが友だちになるのはやめといた方が良さそうですわね。どうしてもステラとの関係が生まれちゃいますし」

 

「そうそう。この話もやめにしとこう。大事な作戦の前に景気を悪くしたくないし」

 

 アルマリアに続いて、ナイアはその場の全員に促した。皆ナイアの言葉に同意して、作戦前の最後の食事に向かう。その四人の背中が、ナイアにはどうにも貧相なものに見えてしまっていた。

 

        ***

 

「本作戦の我々の任務は、皆知っての通り突入部隊の護衛と援護だ。我々は、時刻一九三○に突入部隊に先行して出撃、進行ルート上、及び構造物の外の大型種を殲滅し、道を作る。予定では二一○○までに突入が終了する。それからは、ウロボロスが新たに出現した場合にはこれを各個撃破。なお、小型種の掃討は統合軍第一大隊所属第一中隊と第六学徒隊が当たる。また、突入部隊が全滅、又は時刻が二四○○を過ぎても構造物から脱出しなかった場合は作戦は失敗と見なし、我々は戦域から離脱する」

 

 明かりを落とした教室で、戦域マップをスクリーンに映し、ポインタで色々と指しながらアルフレッドが説明していく。統合軍の第一中隊とはリーリヤとルルーナが所属している部隊で、第六学徒隊には夏菜やシノンが所属している。

 この第八機動小隊のブリーフィングにはジュリアも参加している。彼女がリーナと一緒に居たがったため、アルフレッドに頼み込んで、対ウロボロス戦では特別に参加させて貰ったのであった。リーナのことを抜きにしてもジュリアは非常に高い実力を持っているため、彼女の参加はマイケルや整備班の面々にも受け入れられた。

 

「この作戦の目的には、発生源のひとつの根絶と共に、構造物の調査も含まれている。事前の偵察では内部構造を把握することはできなかった。我々が突入しないのはそういうことだ。くれぐれも、勝手な真似は慎むように」

 

 アルフレッドは、隊員一人一人の顔を順に見ながら、釘をさすように言った。その中で、彼がリーナを見る時間は、他の人よりも若干長いように、ジュリアには思えた。

 

「概要は以上だ。質問が無ければこれで解散し、時刻一九○○までに各自で食事を済ませ、格納庫に集合だ。質問のある者は?」

 

 アルフレッドが尋ねるが、挙手する者は誰もいない。そのようなわけで、その場は一旦解散ということになった。アルフレッドが退出した後、リーナはそれを待ちかねていたように大きく伸びをした。

 

「ふーっ。いよいよですね。私たちが突入できないのは残念ですが、その分雑魚相手に大暴れしましょう」

 

「いい意気込みだな、リーナ。その調子だぜ」

 

 嬉しそうに言ったリーナの肩を、マイケルが軽く叩いた。彼は今やウロボロスに凍結されなかった貴重なαドライバーとして、各チームから引く手数多となっている。その中で、軍人としての立場ゆえとはいえ、ずっと第八機動小隊に居てくれていることは、彼とリンクするリーナとジュリアには心強いことであった。しかし、彼の妻はアナベルである。リーナがそれを気にする様子は見受けられないが、ジュリアにとっては、いつか大変なことにならないかと、気が気でなかった。

 ウロボロスとの戦いが始まってから、リーナはそれ以前とは打って変わって明るい表情を見せることが多くなった。夜な夜なしていた自傷行為や自慰も完全にしなくなったわけではないが、頻度は減った。どうやらウロボロスを蹴散らすことがいいストレス発散になっているようで、それと戦うことに関しては戦闘狂かと思えるくらいの様子も、戦闘中にはよく見受けられる。何はともあれ、リーナの精神が安定してきているのでジュリアの心労も減って、カールが死ぬ前のように、素で余裕に満ちた笑みを浮かべられるようになってきていた。

 

(まあ、リーナが元気なら問題ないかしらね。そんなに不健全なストレス発散法でもないし)

 

「ジュリア、早く食堂に行きましょう。リーリヤとルルーナも待っていますし」

 

 考え込んでいたジュリアの手を、リーナは引っ張った。夜の出撃の時はご飯を作る暇が無いため、そのような日は学食で食事を取っており、また今日は出撃がリーリヤ、ルルーナと同じ時刻なので、一緒に食べよう、と約束してあったのだった。

 

「急かさなくても分かってるわよ。せっかちさんなんだから、全く」

 

 ジュリアは目を細めてそう言った。そうして立って、マイケルに軽く会釈をしてからリーナと共に教室を出て、食堂に行った。

 

「おーい、こっちこっち」

 

 食堂に入るや否や、真ん中あたりのテーブルに座ったルルーナが、大きめの声で呼んだ。夕飯にはまだ早い時間のため、人はまばらだった。それでジュリアとリーナは早足でそちらに向かうと、隣り合うリーリヤとルルーナに向かい合うように、並んで座った。

 

「じゃ、揃ったことですし食券買いましょう」

 

 リーリヤがそう言いつつポケットティッシュを椅子の上に置いて立ち上がった。それに追随して、各々席に何かしらの私物を置いて、四人揃って食券の自動販売機に向かう。

 

「ウロボロスの撃破スコア、競いたいもんだけどさ、掃討する種別が私らとリーナたちじゃ違うのが嫌だねー。純粋な競争ができなくてさ」

 

 歩き始めのところで、ルルーナがそのようなことを言い出した。その発言に、リーリヤは呆れた様子でため息をついた。

 

「何言ってるんですか全く。意思のない敵とやりあって何が楽しいんだか」

 

「なんか話が微妙にズレてるわね。あと、その言い方だとリーリヤは人殺しが楽しいっていう風にも聞こえるわよ」

 

 ジュリアがリーリヤの言葉に突っ込みを入れると、彼女は言葉を詰まらせてしまった。少しの間言葉を探して唸っていたが、やがていい弁解の言葉が見つかったようで、やや興奮した様子で話す。

 

「人殺しが楽しいなんてことはないですよ。ウロボロスは個体ごとの強さがどれも変わらなくて単純な作業をしているみたいでつまらないと言っているのです」

 

「人相手なら、個人個人で強さが全然違うものね。それで一筋縄じゃいかないから色々策を巡らせて、最後に殺すのが楽しいのね」

 

「だぁぁぁぁああ! そういうこと言ってませんてば!」

 

 ジュリアのからかいに、リーリヤは大声を出した。その彼女に対し、ジュリアは唇に立てた人差し指をつけて、小声で告げた。

 

「しーっ。声が大きいわ。ここは公共の場よ。静かになさい」

 

「誰がそうさせてると思ってんですかもう!」

 

「いやー、完全に手玉に取られてるね、リーリヤ」

 

 ジュリアに弄ばれるリーリヤを眺めながら、ルルーナは呟いた。その言葉はリーリヤに届いていたらしく、彼女はますます眉をひそめた。

 

「その辺でやめといたほうがいいですよ、リーリヤ。早く引かないとジュリアが満足するまでからかわれますから。あともう食券の券売機の前ですし。早く買っちゃいましょう」

 

 見兼ねたリーナは、爆発寸前のリーリヤを諌める。彼女は不服そうにジュリアからそっぽを向くと、食券を買ってそそくさとカウンターの方に行ってしまった。

 

「思ったよりあの子、からかわれるのに慣れてないのね。昔のリーナみたいだわ」

 

 ジュリアは食券を買いつつ軽い調子でそのようなことを言った。彼女に続いてルルーナも食券を選びながら、苦笑して答える。

 

「私はリーリヤにじゃれつきはするけどからかいはしないからねー。統合軍じゃエースとして尊敬される立場だし、生徒の多くとは距離置かれてるから、案外からかわれる機会がないんだよね」

 

「へー、そうなんですね。後でジュリアと接する時のいろはでも教えてあげましょうかね」

 

 リーナはリーリヤの方を一瞥して呟いた。それから三人は、リーリヤの話題で軽く盛り上がりながらカウンターに食券を出して、取って置いた席に戻った。あまり人がいないということもあり、料理はすぐに届いた。ジュリアとリーナはとんかつ定食で、ルルーナがカルボナーラの大盛り、リーリヤがきつねうどんの大盛りであった。

 

「そういえばアルドラが氷漬けにされてから一ヶ月くらい経ちますけど、まだプログレスが主力というのも、変な話ですよね。私たちやリーナは生徒とはいえ軍人ですから全然問題ないですけど、なんだかんだ言って軍人じゃない生徒の出撃回数の方が、地球の駐留軍のよりも多いですし」

 

 うどんを一口すすってから、リーリヤがそのようなことを言い出した。ルルーナもカルボナーラを頬張りつつ、相槌を打ってから言う。

 

「そう言われてみればそうだね。あと、アルドラがいないならうちのエンハンストもコンバーツも無償で貸与するって統合軍も言ってんのに、学園側が拒否るのも不思議だよね」

 

 彼女の言うエンハンストとはαドライバーが居なくても居る時並みにエクシードを強化できる装置で、コンバーツとは受けたダメージをエネルギーに変換する装置である。このふたつの装置のおかげで統合軍はαドライバーが凍結されても、大した問題にならず戦えているのであった。

 二人の言うことは、ジュリアも気になっていたことではあった。青蘭学園の動きには色々と不可解なものが多い。志願制とはいえ、地球の駐留軍を差し置いて生徒を優先的に戦闘に駆り出すのは、学校組織としては正気の沙汰ではない。

 

「そうね。あと、うちの司令官がアウロラってのも納得いかないかしら。T・R・Aの最高権力者としての記憶を取り戻したとかなんとか言っても、現場で戦場の指揮を取ったことはあまり無いらしいし」

 

「確かに、統合軍には任せられないとしても、てっきりS=W=E軍で指揮系統を固めてくると思ってましたから、私もその気持ちは分かります。それどころか、指揮官ではなくミハイル博士が入りましたからね。何を意図しているのか全然分かりません」

 

 ジュリアの言葉に、リーナは箸を止めて続けた。視線を下に落とす彼女を一瞥し、ジュリアは焦点の定まらぬ目で、ぼんやりと呟く。

 

「もしかしたら、私たちが想像もできないような思惑が、裏にあるのかしらねえ」

 

 ジュリアはとんかつを一切れ、口に入れて咀嚼する。そのさくさくという音だけが、ジュリアの頭に響いた。

 

        ***

 

 いよいよ、時刻は19時となった。リーナたちはジュリアを除いてパイロットスーツを着込み、アルフレッドの前に整列している。アルフレッドは咳払いをして、大きく息を吸い込んで訓示をする。

 

「よいか。諸君らの今日の働きが、明日からの青蘭島、ひいては我らが祖国の運命を決定づける。作戦が成功すれば我らに多大な利益をもたらすことは間違いないが、失敗すれば地獄だ。粉骨砕身、命の限りに作戦に尽くせ!」

 

 リーナたちも、アルフレッドに負けじと声を張り上げて「了解!」と返した。アルフレッドはそれを聞き届けると、一瞬だけ、微妙に目尻を下げたが、すぐに戻して再び大声を発する。

 

「いい威勢だ。では、各員配置につけ!」

 

 リーナたちは先程と同じほどの声で応答し、各々の機体に乗り込む。リーナの機体は、碧き巨神との戦いで大破したL型を修復ついでに大幅にパワーアップを施した、ジャッジメンティス(リーナカスタム)改だ。L型よりもさらに出力を上げたスラスターに加え、左腕は変わらないが右腕は前腕部が差し替えられており、パイルバンカーを廃した代わりに、ドリルに変形できる機構が組み込まれており、手の平から出すエネルギー球の要領で、エネルギーをそのドリルに纏わせることもできる。また、OSは引き続きメルティオリジナルの、EGMAのバックアップを必要としないものを使っている。更に、頭部のメインカメラにはカールから譲り受けた義眼が取り付けられており、これにより物をカメラ越しに透過して見ることもできる。また、今回の作戦に限り、爆弾を投下するための爆弾倉もオプションで装備している。

 

「リーナ。分かってると思うけど、撃破スコアを伸ばすのを意識し過ぎて、スタンドプレーに走らないようにね。評判落としちゃ元も子もないんだから」

 

 コクピットシートに着座した直後に、メルティが秘匿回線で話しかけてきた。リーナはボトルの水を一口飲んでから、チョーカーを触りながら答える。

 

「分かってますよ。そっちも、ボロを出さないように気をつけてくださいね。じゃ、切りますよ」

 

 リーナはそう言ってメルティとの通信回線を切り、ひとつ深呼吸をした。しかし心は休まるどころか、さらに高揚していく。少し外に出てシャドートレーニングでもしたくなるほどであった。

 

「ああ、早くウロボロスを八つ裂きにでもしたい」

 

 リーナが小声で漏らすと、テレパシーでジュリアのくすくすとした笑い声が、頭に響いてきた。

 

「随分と物騒なこと言うのね。あと20分と少し待てば出撃なのにね」

 

「いいじゃないですか別に。誰かに迷惑をかけるわけでもありませんし。それに、ウロボロスは敵なんですから。何体潰したって問題はないでしょう」

 

「敵、ね」

 

 リーナの返しに対するジュリアの口調は、何かを含んだような風だった。その反応を訝しんだリーナは、無意識のうちに小声で話すように、彼女に思念を飛ばした。

 

「どうしたんですか?」

 

「いやね、去年の秋にはウロボロスを危機だなんて言い方をしたけど、最近よく分からなくなってきたのよ」

 

「話が見えません。敵対してる以上、危機じゃなけりゃなんなんです?」

 

「確実なことは私にも分からないわ。でも、私たちを出し抜いてアルドラを氷漬けにしたり、マインドコントロールで学園生徒を洗脳できるってことは、ウロボロスが知性を持っているか、もしくはそれを後ろから操ってる存在があるってことでしょ。それに、いくら美海やソフィーナ、アインスが優秀と言っても単独での世界水晶の破壊なんて不可能だし、EGMAを機能停止させたところで、水晶が力を失うのはありえないわ。もし本気でそれがやれると思っていたなら、世界の破滅を目的にするには浅はかにも程があるわよ」

 

 ジュリアは持論を展開していく。わざわざ今その話をしなくても、との思いが頭によぎったが、出撃までの暇つぶしにはちょうどいいかもしれないと思い、リーナはそのまま聞くことにした。

 

「破滅をもたらす存在とか、世界の敵だとかと予言されたから世界の破滅を目論んでる、なんて言われてるけれど、もしかしたら世界の破滅が目的でないかもしれないわね。ま、予言した私が言うのもどうかと思うけど」

 

「結局、ジュリアは何だと思いますか?」

 

 ジュリアの言い方がどうにも回りくどかったので、リーナは少し苛ついて、結論を急かした。対して、彼女はリーナの苛立ちを感じていないかのような風で答える。

 

「そうねえ、例えば、五世界の融合を加速させようとしてるとかどうかしら。ウロボロスの出現も異変の一種と捉えれば、まだ世界接続直後の状況が続いていると考えられる。もしも世界接続が今以上に進行するとしたら、最終的には五つの世界が融合する、と予測するのは容易いでしょう?」

 

「でもそれが、なんで私たちを攻撃するんですか?」

 

 リーナが深く考えずに聞いてみると、ジュリアはわざとらしく大きくため息をついた。

 

「あなたねえ。青蘭学園の存在理由、何だったか忘れてない? 世界各地で起こっている、異変と呼ばれる一連の異常災害の原因の究明と解決を目指してるんでしょうが」

 

「あ、そうでしたそうでした。でもジュリアの説の通りだとしても、なんで世界をひとつにしようとするんでしょうかね」

 

「もともと世界はひとつだけだったけど、人為的に、何らかの目的があって五つの世界に分割されたって言う線はどうかしら。で、その分割に無理があって、自然と元の状態に戻ろうとしている。ウロボロスは、それをまた分割された状態に戻そうとしている私たちを排除するための、自浄作用みたいなもので、ウロボロスに触れたらば、その自然の意思によって、そうね、正気に戻る、みたいな感じかしら」

 

 ジュリアの声は、明らかに興奮したものだった。自説を語るのが楽しくて仕方ないようである。リーナもアンドロイドの存在に対する考え方を言うときは高揚するので、ジュリアが高まってしまうことにも頷けた。

 

「ジュリアの言い方ですと、まるで私たちが狂人みたいですね」

 

「そうねえ。ま、自然からしたら狂人でしょうけど、私たち的には常人だから、気にしないでいいんじゃないかしら。私の説が事実だとしてもどうにもできないんだし。私の言ったことは忘れて、気楽に、いつも通りのことをやりましょう」

 

「まあ、そうですね」

 

 ジュリアの言葉にリーナも同調し、彼女の言葉は一旦心の片隅に追いやることにした。それから暫く、出撃までの時間を、リーナとジュリアはたわいもない雑談で潰した。

 そして、遂に19時半となり、リーナたちは格納庫から出撃した。海上に出た辺りで、リーリヤらの部隊と合流し、彼女らをアルフレッドの指揮下に組み込んで、そのまま進む。

 掃討部隊のうち、飛べないプログレスは、統合軍所属ならG・S製の、学徒隊所属ならS=W=E製の飛行ユニットを使用して海上を飛行している。G・S製のものは馬に乗るように跨って使う。見た目も金属でできた木馬といったようなもので、統合軍人も木馬と称している。これは統合軍兵が騎乗戦闘の訓練も日々行なっているので、その研鑽を十分活かす目的で木馬状の形なのである。対してS=W=E製のものは飛行機のような翼が左右についたスラスターパックを背中に装着し、四肢や腰に姿勢制御用のブースターを取り付けたもので、こちらは地上で戦うのに近い感覚で戦える。

 

「6キロメートル先に敵を感知した。大型種が94に小型種が263だ。亜音速で、徐々に速度を落としつつこちらに向かってきている。ジャッジ03、04は我々に先行して敵機を各個撃破。私と02は敵が射程範囲内に入り次第、03と04の援護を開始する」

 

 アルフレッドから、そのように入電があった。ジャッジ03などは第八機動小隊のコールサインであり、01から順に、アルフレッド、マイケル、リーナ、ジュリアである。リーナは了解、と応答しつつ、スラスター出力を上げながらボトルの水を勢いよく飲んでそれを空にした。

 

「ジャッジメント・ドリンガー、ブレイズアァァップ! さあ、狩りです狩り!」

 

 リーナはL型改の右前腕部をドリルに変形、それにエネルギーのヴェールを纏わせると、嬉々として敵陣に吶喊していき、ついでに爆弾を落として先行してきていた小型種の数を減らしていく。L型改を認知したらしいウロボロスが、触手を伸ばして攻撃してくる。リーナはそれを全て、速度を全く緩めずに手動操作で回避し、最も近くにいた、5メートル級のウロボロスにドリルで大穴を開けた。その敵はすぐに沈黙し、海へと落下した。

 

「くくく、そんなんじゃ私は止まりませんよ。さあ、もっと来なさいバケモノども!」

 

「リーナ、はしゃぎすぎよ。少し落ち着きなさい」

 

 リーナの気持ちがハイになっていっている途中で、ジュリアが窘めた。しかし、リーナは依然として気分が高揚していた。

 

「少し無理がありますね、それは! だぁぁぁッ!」

 

 リーナは迫る触手を避けに避け、先程とは違って爪先のブレードで敵を切り刻んだり、他の敵にはジャッジメント・ビームで複数をまとめて薙ぎ払ったりと、様々な方法でウロボロスを駆逐していく。ウロボロスを倒すのが、楽しくて仕方がない。ウロボロスは文句を言わない。ましてや倒すべき敵なのだから、どれだけそれに感情をぶつけても、誰かに非難されることもない。もはや、リーナにとってウロボロスは、都合の良いサンドバッグでしかなかった。

 

「ふふ、さあもっと、もっと! こんなんじゃ私は満ち足りません。もっと来なさい!」

 

 昂る気分のままに、リーナは叫ぶ。その声に呼応するように、ウロボロスの勢いもより一層増した。それらにもまた、リーナは狂喜するままに突っ込んでいき、目に付いた敵を片っ端から倒していった。そうこうしているうちに、100体近くいた大型種のウロボロスは全滅してしまった。小型種はまだ100体ほどしか残っていないが、乱戦になっており、今のままではとてもジャッジメンティスで介入できる余地は無かった。

 生身で戦っている者らへの退避命令等もまだ出ていないので、リーナにはホッと一息つける暇ができたと言える。数分もしないうちにリーリヤらが全滅させるのは間違いないだろうと判断し、リーナは少し緊張を解いた。そしてコクピットの小物入れから短めのチョコバーを取り出し、それに齧り付いた。

 

        ***

 

 夜の闇を映す海の上で、木馬の探照灯を照らしながら、ルルーナは自動小銃の点射で一匹のウロボロスの注意を引き、誘導していく。ある程度引きつけたところでリーリヤが現れ、固有の召喚武器である巨大な槍、ヴィヒター・リッタでそれに見事な大穴を開けて爆散させる。しかしそれでひと息つく間もなく、二匹のウロボロスが、それぞれリーリヤとルルーナに襲いかかる。

 

「イヤァッ!」

 

 ルルーナは気合いと共に、小銃の先につけた銃剣でウロボロスを突き、それを引き抜いた後に傷口めがけて発砲した。弾丸は見事に命中し、ウロボロスは爆散する。この銃と銃剣は一般に配備されているもので、ルルーナの召喚武器ではない。とはいえ盾では攻撃を防ぐことくらいしかできず、ウロボロスを倒すのには不向きである。しかしながら彼女が使っているのは旧式であり、また弾丸の威力もそれだけでウロボロスを沈黙させられるものでもないため、小銃一本ではこのような手間のかかる手段を取らざるを得ないのである。

 

「全く、いくらこっちに回す兵器が足りないって言ったって、こんな型落ちの自動小銃じゃなくて、バズーカのひとつやふたつでも寄越してくれればいいのに。木馬のミサイルは二発しか撃てないしさ」

 

 ルルーナが愚痴をこぼしている間に、相方のリーリヤは自分の槍で、木馬の勢いが乗った一撃を食らわせてウロボロスを倒していた。

 

「いいではありませんか。ルルーナの銃剣捌きは大したものです。それに木馬に跨ってバズーカなんて撃っても、小型種への命中率なんて大したことないでしょう」

 

 リーリヤは彼女の木馬をルルーナの横につけて、軽口を叩いた。ちょうどその後、周辺のウロボロスの殲滅が終わったとの報告と、索敵は第八機動小隊が行うから一旦隊列に戻れ、との命令が下った。

 

「お、ナイスタイミング。これでとりあえずは落ち着けるや」

 

 そう言ってルルーナは木馬を合流ポイントへ向かわせながら、木馬の収納スペースからひと口サイズの干し肉を取り出して、口に入れた。

 

「あ、そうだ。リーリヤもこれ食べる?」

 

 干し肉を咀嚼しながら、ルルーナはリーリヤの物欲しそうな視線を感じ取って尋ねた。彼女は少しの間逡巡していたが、やがて顔を赤らめながら小さく頷いた。

 

「分かったよー。はい、どうぞ」

 

 ルルーナはそう言って、摘まんだ干し肉をリーリヤに差し出した。リーリヤは躊躇いがちに受け取り、思い切って口に放り込んだ。

 二人はまだたったの齢16であるが、強力な召喚武器のおかげでまだ十になった頃から戦場に放り込まれていた。その甲斐あって、殆どの敵に対して物怖じしない度胸もあり、戦いを楽しむような余裕も持ち合わせている。周囲の敵を倒したばかりとはいえ、先のような余裕のある振る舞いができるのはそういう訳である。しかし、その最中でもヘッドセットから入る情報には常に注意を傾けており、木馬のレーダーからも目を離していない。

 

「あ、ルルーナにリーリヤ。何体やってきたの?」

 

 第六学徒隊の面々が合流ポイントへの道中で一緒になって、そこの夏菜の近くまで来たときに、彼女が話しかけてきた。彼女は今は統合軍人ではないが、個人で統合軍の装備品を買ったらしく、他の者らのようにS=W=Eの飛行ユニットではなく、木馬に跨っていた。また、その側面の懸架ラックには地球にもよく似た物がある無反動ロケットランチャーがひとつと、もう片面に魔導砲があるのが見えた。どちらも統合軍製の最新型で、販売もされている。ロケットランチャーも高価だが魔導砲はその上を行くくらいである。曲がりなりにも造反の責任を取って除隊した者が買っていいものではないともルルーナは思ったが、それ以上に前線の兵士としては最高級の物ばかりを取り揃えている夏菜が羨ましくて仕方なかった。

 

「私たちは8体やったよ。私が誘導してリーリヤがトドメを刺すって感じでね。うち1体は私一人でやったけどね」

 

 本心を隠してルルーナが答える一方で、関心がないのかリーリヤは面白くなさそうに黙っていた。彼女のその様子に夏菜も気づいたらしく、それ以上話を広げようとせずに、何を話そうか迷っている風だった。しかし、夏菜の仕草にリーリヤは慌てて言う。

 

「あ、私のことは気にしなくていいですよ。思索に耽ってますからお構いなく話しててください」

 

 ルルーナはその言葉を聞いて間も無く、リーリヤの頭を小突いた。リーリヤは抗議の視線を向けるが、ルルーナは構わずに軽く説教する。

 

「ばか、そんなこと言われたら余計リーリヤの前で話しづらいじゃん」

 

 ルルーナだけでなく、夏菜も呆れたような目をリーリヤに向けていた。何故そのように言われるのか分からない、という彼女を放って、ルルーナは木馬の速度を上げ始めた。

 

「じゃ、長話もできないし、また今度ねー」

 

「うん、ばいばい」

 

 夏菜がそう言って手を振るのを尻目に、ルルーナは学徒隊から離れて、本隊の隊列へ急いだ。

 

「あーっ、待ってくださいよ」

 

 慌てたような大声を上げて、リーリヤもスピードを上げてルルーナを追う。ルルーナがやれやれ、とリーリヤに合わせるために速度を落としていると、頭上を突入部隊が通過していく。その中には、分かっていたことだったが、ナイアを含めた一年生の何人かが堂々と、ルルーナの上を通過していった。

 

「あの中に、私も入りたかったなあ。ナイアはともかく、なんであんな一年坊主が。キャリアも実力も何もかも、私の方が上なのに」

 

 ルルーナは、自分以外には聞こえないような小さな声で呟いた。本当は大声で叫んでやりたかったが、誰かに聞こえてしまっては都合が悪い。誰もが思っていることなのだが、決してそれを表には出せなかった。

 

「あーもう、作戦はまだ終わってないのにイラつくなんて、私らしくない!」

 

 ルルーナはそう叫んで頭をぶんぶんと横に振ると、木馬から大きめの干し肉をひとつ取り出して、それに思い切り齧り付いた。

 

        ***

 

 突入部隊が構造物内に侵入してから30分ほど経った頃のことであった。コクピット内に響き渡る警報が、リーナの耳朶を打った。

 

「亜空間にてウロボロスの存在を感知した。正確な位置と数は不明だが、大小合わせて約400のウロボロスが、この海域に1分以内に出現する見込みだ。各機これに備えろ」

 

(亜空間!? ウロボロスが亜空間跳躍を使うなんて、これまで一度も無かったはずなのに)

 

 アルフレッドの言葉に、リーナは心底驚いた。不審に思いながらも、リーナは操縦桿を握り直してモニターの戦況図を凝視する。すると数秒もしないうちに、その図が、敵を示す赤の光点で染まった。リーナは慌ててメインカメラの映像に意識を向けると、四方八方を埋め尽くすウロボロスの群れが、リーナの目に入った。

 

「400なんて数じゃないじゃないですか! 1000は確実にいますよ!」

 

 リーナは思わずそのように嘆きつつも、すぐさまジャッジメント・ビームを薙ぎ払った。しかし、十数体は撃破したはずだが、ウロボロスの数のせいで、一体も撃破した気がしなかった。

 

「リーナ! ちょっと退いてなさい!」

 

 テレパシーで、ジュリアの声が頭に響いた。リーナが言われるがままに、ビームで突破しながら少し離れると、ジュリアが11体の魔神鎧を引き連れて登場し、それぞれが右の前腕部だけでなく、頭や肩、胴に腰に脚部などの身体の部位に変形した。

 

「魔神合体! 今こそ、真の姿を現しなさい!」

 

 彼女が叫ぶと、変形していた魔神鎧が全て合体し、ジャッジメンティスの15倍はあろうかという、巨大な鎧へと変貌した。リーナが呆気に取られている内に、それは腕を胸の前で交差させ、そのまま肩を広げて胸部を出したが、そこは赤熱して赤く激しく輝いていた。

 

「あんまり使いたくなかったけど、緊急事態だから仕方ないわ。——行くわよ真・魔神鎧。その業火を、ウロボロスに叩きつけなさい!」

 

 ジュリアが、張りのある、凛とした声で命令をする。すると、真・魔神鎧の胸から、扇状に広がる光線が放たれた。それは真・魔神鎧の前にいたウロボロス、約500体を消滅させた。

 

(す、凄い。ジュリアにこんな力があったなんて)

 

 リーナは息を呑み、冷や汗を垂らした。もしも彼女がウロボロスに精神を支配され、リーナたちに牙を剥いていたら、青蘭学園はひとたまりもなかっただろう。頼もしさよりも恐怖心を覚えたリーナだったが、当の真・魔神鎧は光線を放ってしばらくすると、力を失ったように分解され、ジュリアもまた、海に落下し始めた。

 

「ジュリア!」

 

 リーナは慌てて短距離での亜空間跳躍を使い、ジュリアをL型改の手のひらに乗せ、そのままコクピット内に運んだ。

 リーナがジュリアの額に手を触れると、火傷するかと思ったほどにそこは熱くなっていた。それに驚いた彼女は備え付けの救急キットを取り出そうとしたが、動く前にジュリアが荒い息遣いで話し出した。

 

「ああ、大丈夫よ。魔力の使い過ぎで、過呼吸みたいなものよ。特に処置をしなくても一回寝れば復活できるから。適当なところに転がして、私を寝かしといてちょうだい」

 

 ジュリアはそれだけ言うと、今が戦闘中であることを忘れさせてしまうほどの安らかな寝顔で眠ってしまった。

 

「ありがとうジュリア。あなたの尽力は決して無駄にしませんから」

 

 リーナはジュリアの髪をひと撫でして呟いた。そしてシートの後ろのスペースに予備のシートベルトで彼女を固定すると、再び戦場に意識を戻した。周囲の敵はおよそ150体いて、そのうち八割ほどが大型種だった。さらに、L型改にも敵は迫っており、そのうちの最も近かった一体は先端から大きく開いて、今にもL型改を飲み込まんとしていた。

 

「虫ケラどもめ。殲滅してやる!」

 

 リーナはL型改の手のひらにエネルギー球を作り、それを大きく開いて露呈していたウロボロスの内部に投げつけた。その球はウロボロスの体を貫通し、これを爆散させる。さらにそれは軌道上にいたウロボロスを破壊し、海へ落ちる。

 

「どう——ハッ!?」

 

 リーナが得意になったのもつかの間、いつの間にか一体の大型種が、L型改の背後を取っていた。レーダーの反応もなかったため、ステルス機能を備えた個体であることが推測される。しかしリーナはそのようなことを考える間もなく、咄嗟に短距離の亜空間跳躍を行おうとしたが、亜空間に入る寸前に、脚部をウロボロスの触手に掴まれてしまった。

 

「動くなよリーナ!」

 

 ウロボロスに捕まった直後にマイケルの声が聞こえ、M型のビーム・スナイパーライフルから放たれたエネルギー弾が、ウロボロスを撃ち抜き、沈黙させた。

 

「助かりましたあにう、いえ、曹長どの」

 

「気を抜くなよ。その機体は決して万能じゃあないんだからな」

 

 礼を述べたリーナに、マイケルは上官として厳しい口調で告げた。リーナが叱責されたことに恥じつつ改めてウロボロスに向かおうとすると、アルフレッドから通信が入った。

 

「伍長。学徒隊から救援要請が来た。大型種の乱入にあったらしい。数は二体らしいが、すぐに行ってくれ。ここは我々で保たせる」

 

「了解しました!」

 

 リーナは威勢良く返事をし、学徒隊の方に亜空間座標を合わせ、亜空間跳躍を開始する。この時彼女は、すぐに蹴散らしてすぐに戻れば良いと、救出任務を気楽に考えていたのだった。

 

        ***

 

 ざらついた潮風が顔に吹き付けるが、夏菜にはそれに対する不快感を感じる余裕などなかった。小型種の集団を相手にしていたのが、突然の十メートル級の大型種の乱入に、24人いる学徒隊の約六割がパニックに陥ってしまっていたのだった。全員が冷静に対処出来れば、大型種はたった二体しかいないのだから十分に相手取れるのだが、撤退が許されず、更に冷静でいられたのが10人しかおらず、足手纏いが14人とあっては話が別であった。これが学徒隊でなく統合軍であれば撤退できないなら見捨てるまでだが、学徒隊の人員は軍人ではない。そうするわけにはいかなかった。救援要請は送ったものの、援軍が来るまでは持ち堪えねばならない。

 

「私がウロボロスを引きつけるから、他の人はパニクった子たちのお守りをお願い!」

 

「私も引きつけますわ。私と夏菜さんで一体ずつ相手した方が夏菜さんの負担も少ないでしょう」

 

 夏菜が声を張り上げたところに、シノンが提言する。確かに彼女の言う通りで、また判断を迷う時間もない。夏菜はその提案を受け入れることにした。

 

「分かった! お願いよ!」

 

 夏菜はそれだけ言うと、木馬を大型種の片方に向け、側面に懸けておいたロケットランチャーを構え、大型種に向けて発射した。小型種ならこれで木っ端微塵に出来る。だが今相対している大型種には、比較的攻撃が通りやすい胴部に命中こそすれ、表皮を抉った程度のダメージしか与えられなかった。当然致命傷足り得なかったが、注意は引くことができた。その敵は夏菜の方を向き、十数本の触手を伸ばして夏菜に突撃し始めた。

 

(あそこに連続して当てられればいいんだけど)

 

 夏菜はウロボロスの攻撃を避けながらそう考えたが、生憎の暗闇で、さらにウロボロスの体が真っ黒なため、命中した所の大まかな位置は把握できても、細かいところまではできなかった。探照灯を点けたいところであったが、今のように前後左右に動き回っている状態では、味方の真正面に向いた時に迷惑がかかる。そうするわけにもいかなかった。

 

「仕方がない、魔導砲を使おう」

 

 弾を装填してからロケットランチャーを再び懸けると、夏菜は反対側の魔導砲を木馬にケーブルで接続してから構える。夏菜自身は魔法を使えないため、木馬の魔力を使って撃つことになる。しかし、その消費量がかなり大きいため、木馬に貯められた魔力では二回撃てば木馬を使っての戦闘継続は不可能となる。更には、念じた場所に当てられる機能があるとはいえ、大型種は魔導砲の一撃で倒せるものでもない。倒すには工夫が必要だ。

 

「救援が来るはずだから、倒さなくてもいいんだけど、ね」

 

 夏菜はそのように独り言つが、未だに味方は混乱している。少しでも落ち着かせるためにも、せめて一体は倒そうと彼女は判断したのだった。隙を見て、夏菜はシノンの方を見やる。彼女はウロボロスを倒そうとはしておらず、ビットのビーム攻撃で触手を捌くのが精一杯なようであった。

 

(シノンがあの様子なら、いっそのこと私がやっとかなきゃ)

 

 夏菜は改めて決意すると、即座に魔導砲を発射した。淡い碧色に輝く魔力の塊が撃ち出され、弾道上の触手を焼き切りながら、先程当てた部位に向かって、軌跡を描きながら飛んで行く。

 

「そこかァッ!」

 

 夏菜はその軌跡から命中させるべき部位を見出すと、ロケットランチャーに持ち替えつつ、その方向に木馬を向けた。そして、魔導砲の攻撃が命中してウロボロスが硬直する時間を予測し、その時間にちょうど当たるようにそれを撃ち放ち、更に木馬のミサイル二発を発射した。それらは夏菜の目論見通りに命中し、ウロボロスは沈黙したのち、内部から爆破炎上した。

 

「よし!」

 

 かなりの消費があったものの、単騎で大型種を倒せたことは、夏菜の心に大きな達成感をもたらした。しかし、その喜びも長くは続かなかった。ふとシノンの方に目を向けた瞬間、先端から大きく開いたウロボロスに、彼女が触手で捕らえられたのだった。そして夏菜が声を上げる間も、シノンがビットでそれを焼き切る間も無く、ウロボロスの開いていた先端が閉じ、彼女はウロボロスに全身を喰われた。

 そして次の瞬間、待ちに待っていた援軍——L型改が、亜空間から現れたのだった。

 

        ***

 

 亜空間をくぐって救援のポイントに到着したリーナは、カールの義眼のおかげで、目の前にあるウロボロスの中にシノンが破壊のされていない、完全な姿で存在することが分かった。

 

(とは言え、ウロボロスの中から物を取り出す方法など知りませんし、このまま野放しにするわけにもいかない。何よりアンドロイドなのだから、データのバックアップも取って、スペアのボディも用意してあることでしょう。コストは高くつくでしょうが、まあいいでしょう)

 

 無感情でそのように判断したリーナは、右腕をドリルに変形させ、エネルギーを纏わせて最大限にブースターを噴射し、ウロボロスとの距離を一気に詰めた。そしてそのままドリルをそれに突き刺し、そこからエネルギーを放出して、その渦が敵の体を貫通する。

 沈黙したウロボロスを足蹴にして距離を置いて取ると、通常通り、ウロボロスは爆散した。そこからシノンが出てくるということもなかったが、リーナは特に思うこともなく、すぐに再び亜空間に入った。学徒隊の誰かから通信が入った気もしたが、亜空間に突入した直後だったために、ノイズだらけで聞き取れたものではなかった。救援に対する礼だろうとリーナはそれを気楽に捉えて、持ち場へと急ぐのであった。




今回からは第二部「エゴイストのカプリッチョ」です。今回の時系列的にはアニメで四世界の話やった後くらいのところですが、私はアニメの内容はそれを追ったブログでしか知らないので、話を作りやすいよう、また、ある程度自分が納得できる形で設定を改変したり話を変えたりしています。ご容赦ください。
また、第一部と第二部の話の間ではアニメと似たような話の運びになったとお考えください。原作と違ってナイアとアインスの仲が最悪ですが、それによって話が変わるわけでもございませんのでその辺は深く考えないでください。
では次回もよろしくお願いします。

追記:本文中では視点とするキャラクターの都合で詳しく書きませんでしたが、今回ルルーナが使った自動小銃はAK-74に似たもので、夏菜が使ったロケットランチャーはRPG-32に似たもの、という設定です。
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