現実世界で艦これやってみた   作:築宮

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Advice

 西郷提督をお見送りした後、俺はさっさと執務室に戻り煙草をふかした。

 あきつ丸以外の連中には、一一〇〇まで自由時間を言い渡してある。

 彼女は運び込んだ小さな執務机について、西郷提督から受け取った書類を整理している。

「将校殿、西郷提督とはどのようなお話をされたのでありますか?」

 テキパキと書類を優先度の高い順に整えながらも、訪ねてくる。

「提督とはどんな仕事かをお教えいただいた。それと、一か月後の総合演習の内容だ。全艦娘の参加が義務だそうだ」

 たとえ予備泊地とはいえ、有事の際は戦うこともある。ゆえに定期的な演習は必須らしい。

「とはいえ、俺に艦隊指揮の経験はないんだがな。お前はどうだ?」

「経験から、どういった艦隊行動をとればよいか判断することは可能であります。しかし、実際に指揮を執ったことはないのであります」

 当然といえば当然か。揚陸艦は艦隊戦で旗艦に据えるようなものではないしな。

 書面で確認する限り、提督が艦隊の指揮を執る際の方法は二つある。

 一つは、執務室から遠隔で指揮を伝達する方法。旗艦に無線機器で戦況を伝えさせ、必要があれば陣形や撤退の指示を行う。ゆえに艦隊行動の主な判断は旗艦が行うため、海上戦略に関してある程度以上の経験と教養のある艦娘でなければ務まらない。

 もう一つは、提督が戦線に同行して直接艦隊指揮を執る方法だ。堅牢で遠洋航行能力のある装甲巡洋艦を運用し、従来の艦隊戦と同じく目視や計器の情報を用いた戦況判断、司令を行う。

巡洋艦は艦娘の整備を行う機能や居住性もあり、こちらは主に長距離の海域攻略に用いられる方法だ。

 今回の演習では後者の形式で行われる予定だが、俺が艦隊戦の指揮を行うよりも艦娘に任せた方がいいだろう。

仮に指揮を任せるのであれば、あらゆる意味で艦娘として経験豊富な若葉が適任ではないだろうか。

「なら、他に艦隊指揮の執れそうな者を確認しておくべきか……」

 西郷提督からは、演習に先駆けてドックの艤装の使用許可を頂いた。

 艦隊戦の経験がなく、かつ普段は艤装をつけることさえない予備泊地の艦娘を指揮しなければならない状況から、特別に泊地海域内での艤装運用訓練を命じられたのだ。

 もちろん演習で用いられるペイント砲弾等の非殺傷武器に限られているが。

 それらの在庫量も、あとで若葉に確認しなければいけない。

 そう考えると、途端に憂鬱な気分になってきた。

 演習どうこうではなく、艦娘(あいつら)と顔を突き合わせて対話しなければいけないという事に抵抗があった。

 西郷提督より提督についてご教授頂いてから、俺は改めて自身の提督としての適正の無さを痛感している。

 三日前の夕立とのやりとり一つ取ってもそうだ。あの時は彼女の清二との思い出に救われたようだが、一歩間違えれば取り返しのつかない所まで信頼を失う可能性もあった。

 俺個人だけの問題で済むなら大した事ではないのだが、西郷提督にあれだけ釘を刺された今となっては、提督への忠誠心を維持する事は何より優先度の高い任務になってしまった。

 提督業務の中で、事務仕事はさほど多くはない。

艦娘の内心評価や整備状況を日報に記す作業など、所属艦艇の管理に関する机仕事は通常の司令部と変わらない。しかし、定期的に下ろされる任務や訓練のない予備泊地では、なおさら処理すべき案件が発生しないのだ。

それらさえこなしてしまえば、俺は暇になる。だが艦娘(あいつら)は、個人日報を提出する以外は丸一日こなすべき業務がなく、俺以上に暇をもてあますことになる。

定期任務でもあればそちらに気を向けてもらい、俺は極力艦娘と関わらないようにいられるのだが……。

ここまで空き時間が多いとなれば、あいつらの勤務態度を放置しておくわけにもいくまい。その結果が、非番でもないのに昼間から酒盛りを始めるような奴がいるのだ。連中の暇を管理するのも、提督の仕事であろう。そうでなければ、本当に俺は何のためにここに呼ばれたのか分からなくなる。

あいつらの上官……いいや、あいつらの提督が何なのか俺はまだ把握しきれていないが、ここにいる間はそれらしく仕事をこなさなければいけないのだ。

ゆえに不本意ではあるが、今後はあいつらに対する態度を改める必要性に駆られている。

 西郷提督のお話を頂いた後、現在所属している艦娘の経歴資料の写しを頂きたい旨をお伝えした。快諾頂き、単冠湾泊地本部に保管されている資料を後日お届け頂ける事となった。

 俺の部下に対する対応力では、またあいつらの信頼を損ねるのが目に見えている。

 艦娘どころか女友達との交流さえ毛ほどの経験もない俺には、その辺り改善の余地などない。

 だからせめて、あいつらの経歴を確認しておかなければいけないと考えた結果だった。

 資料に目を通すまでは、できる限りあいつらとは接触しないようにしたい。

 ……あきつ丸に、それとなく清二がどんな提督であったかを面々に確認させたいが、難しいだろうな。

「……あきつ丸。お前がいた舞鶴の提督は、どのような態度で艦娘と交流していた?」

「……」

 尋ねると、「なぜそんなことを?」と言いたげに目を細めてから口を開いた。

「教師、といったところであります。女学院に準ずる環境に居た経験はありませんが、そうした民間寄りの教育機関に籍を置く指導者というような態度が最も近いかと」

「先にそれを聞いておくべきだったな……」

 非常にためになるヒントだ。俺には真似できない事実を教えてくれた。

「……将校殿、今後の艦娘に対する対応についてお悩みなのでありますか?」

 書類を脇に置いて、あきつ丸は席を立った。

「差し出がましいかもしれませんが、今のままで問題ないかと」

 俺に向き直る。何かを訝しむように、目は細められたままだ。

「なぜそう思う?」

「私見でありますが、将校殿の上官としての振る舞いに非の打ちどころはないと感じているのであります。軍人としての正しい見識から物事を判断、行動されておられる。上官として、必要な物は全てお持ちであると思うのです」

「ありがとよ……だが西郷提督には、艦娘は軍人と考えるなと言われたものでね。どうしたもんだか」

「……少なくとも、私は軍人として見ていただきたく思うのであります。西郷提督の提督論がどのような物かは存じ上げませんが、艦娘も人の心を持つのでありますから、考え方もそれぞれであります。一括りにして対応方針を変える必要はないのでは?」

「さすがに俺も全員に対して教育者のように振る舞うつもりはない。だが、〝上官〟のままでは手も足も出ない小娘もいる」

「そのような輩は放っておけばいいのであります。兵卒にもなりきれない艦娘など、短い生い先。いっそ辛辣に突き放して解体させてしまうのがお互いのためになるのであります」

「舞鶴にも、そういう奴はいたのか?」

「いいえ。舞鶴はむしろ優秀な艦娘を集められておりましたので、そのような者はおりませんでした。予備泊地とは雲泥の差であります」

「ふむ……」

 あきつ丸の言っている事も正しい。

 だが、彼女の理論はあくまでも〝軍人としての常識、軍隊にとっての常識〟だ。

 西郷提督の、艦娘を軍人と捉えない考え方とは対極にある。それに、彼女の求める上官が他の連中と同じであるかは疑問が残るところだ。

 言ってはなんだが、彼女は艦娘の中でも異質な考え方の持ち主のような気さえするのだ。

「それに加え、ここの連中は艦娘の中でも最底辺であります。これ以上甘やかしてもつけ上がるだけで何の得もないのであります」

 それはお前の主観が大いに反映された意見ではあるまいか。

 しかし、正直に言って俺も同意見だ。

 もちろん今のままであろうと何の得もないがな。

「そうだな。艦娘に対する態度については、今まで通りでいいかもしれん。だが指導方針については一考の余地があると俺は思っている」

 艦娘が普通の兵卒と大きく異なる見識の中で軍務に就いているという点において、俺と艦娘の間には大きな常識の隔たりがある。

そのおかげで、俺が当たり前としている部下への指導論は完全に裏目に出てしまう。

それは、あの時の夕立が証明してくれた。

幸いな事に、夕立の〝ぽい〟ほど初見で理解に苦しむ習慣を持つメンツはいないようだ。

だが、今後司令官として艦娘に指導を行う際、指導すべき物事とそうでない習性を選別できなければ、思わぬ墓穴を掘るだろう。

もっとも、艦娘としての特性的な部分は今すぐ勉強できる物でもないので、これは注意して連中から学び取っていくしかない。

今できる対策としては、連中の個々人の経歴から触れてはいけない領域を予測しておくしかないのだ。やはり、経歴資料が届くまでは連中との付き合いはほどほどにすべきだろう。

「……まあいい。今は深く考える案件ではないな。ひとまず、総合演習の件を周知しておかなければ」

 机の上に置いた懐中時計が一一〇〇を示してから、司令部全体に届くよう設置された放送機器で執務室への招集命令を艦娘たちへ伝えた。大掃除の際に若葉に教えてもらった設備の一つだ。

 

 煙草の煙で執務室の空気が白く濁る頃になって、ようやく全員が集まった。

 最後にやってきた北上は、ドアを開けるなり露骨に嫌な顔をして窓に向かう。

「提督さぁ、煙草吸うのはいいけど窓開けてよ。年頃の娘もいるんだよ?」

「汚い空気を吸いたくなければ、次はこうなる前に窓を開けに来るがいい。遅刻するような奴に俺は遠慮しないぞ」

 部屋には既に、北上以外の連中が集まっていた。

 最も早くやってきた夕立は、今はいつものセーラー服に着替えている。

 心なしか、三日前よりも表情に緊張はない。むしろ少し楽し気な目をしていた。

 次にやってきた若葉は、相変わらず機械じみた無表情を貫いている。というか、こちらは逆に以前より増して人間味が薄れたような気がする。

ノックと入出の挨拶、ドアを開けて中に入り、机の前に歩いてくる。〝そういう仕掛けのからくり人形〟とでもいえようか。

次に来た隼鷹は、比較的にまともな入出を果たした。腹を一発でも小突いてやれば、さっきまで飲んでいたであろう酒を吹き出しそうな顔をしていたが。

背後に立っているあきつ丸は、もはや連中を同じ艦娘とさえ思っていなさそうに、白けた目で仏頂面だ。

一つ咳払いを置いて、空気を改める。

「先ほどはご苦労だった。急ごしらえだが、皆の協力のおかげで単冠湾予備泊地はまだまだ現役のゴミ箱として機能していることを西郷提督に証明できたと思う」

 背後であきつ丸がクスと笑う声がする。

 夕立は単に褒められただけのように思ったのか、元気よく「ぽいっ」と返事をした。

 隼鷹と夕立は苦笑いを浮かべるにとどまる。若葉は何も言わない。

 ちょっとした冗句のつもりだったが、あまりこの手の冗談もあきつ丸以外には通じないか。

「……上官の司令とはいえ、会って間もない男から無茶のある大掃除を命じられた事自体、諸君らには抵抗感のある任務だったかと思う。そんな中で、申し分ない成果を上げてくれた事に礼を言おう」

 付け加えた言葉を終えると、若葉を除く皆は一様に驚いたような表情を見せた。

「へえ、提督は人に感謝しないタイプかと思ってたわ」

 調子づいた隼鷹が茶々を入れてくる。

「やかましい。さて、今回お前らを招集したのは、今後の艦隊勤務についての周知だ」

 あきつ丸に目配せすると、彼女は机の真横まで前に出た。手に持ったボードに目を落とし、資料を読みながら口を開く。

「この度行われる、単冠湾泊地の月例総合演習に予備泊地の参加要請を受けた。期日は一か月後。本日より、この予備泊地では演習までの期間のみ艤装の使用を許可される。泊地指定の海域にて、演習に臨むための訓練を行うのであります」

 あきつ丸の淡々とした司令に、面々はそれぞれ違った反応を見せる。

 夕立は緊張から唇を引き結び、隼鷹は拳を上げてうれしそうに飛び上がった。

 若葉は相変わらず無感動。

 唯一、北上だけはひどく冷たい目で下を向いた。

「本日、一三〇〇よりドックを解放し、皆それぞれ艤装の点検を行え。完了次第、沖に出て訓練を開始する予定だ。若葉、何か問題はあるか」

 目の前の無口な人形に目を向けると、まばたきもせずに口を開く。

「ない。演習用の砲弾や魚雷、艦載機用の物も含めて在庫はある。しかし、点検は時間を要するかもしれない」

「わかった。詳しい在庫状況は後で確認させてもらう。あと、訓練の内容についてもここで各々に確認をしようと思う」

 まず、俺は艦娘の訓練内容など知らない。第一に艦隊戦の知識がない以上、陣形さえまともに指揮できない俺が訓練をどう仕切れというのか。

 こいつらの今までの訓練方法を参考に、反復させるしかないだろう。

 それぞれの訓練経験と内容を確認し、今日は艤装の稼働状態の確認もふまえて試射程度にとどめることに決まった。

「では、昼餉を済ませたらドックに移動しよう。夕立、簡単な物でいいので用意を頼めるか」

「了解っぽい!」

「よし。では、解散の前に質問のある奴はいるか」

 俺は言って、四人の顔を見回していく。

 誰も何も言わない。だが、未だ冷たい目をする北上に視線を向けると、北上の視線がだるそうに俺へ向けられた

「何か言いたいことはあるか」

「なんで?」

「何か言いたそうなツラをしている」

「……はぁ、申告します」

 北上は、あきらめたようにため息をついて敬礼した。

「私、重雷装艦北上は、演習への参加を辞退します」

 北上の言葉に、執務室の空気が重くなる。

「……何を言っている?」

 先ほどのあきつ丸や俺の司令をまるで無視した物言いだ。

咄嗟に出た俺の疑問は、思わず怒気を含んでしまった。参加は義務だと伝えた矢先に不参加の希望を、いや、はっきりと参加を拒否したのだから。

 しまった、と思った時には既に遅かった。

「貴様! 軍務を侮辱する気かッ!」

 あきつ丸がツカツカと北上に詰め寄ろうとする。

 俺が止めようと立ち上がったが、先に隼鷹が割って入った。

「まぁまぁ、そう怒らないでやってくれよ! コイツにもワケがあって――」

「邪魔だ酔っ払い! 貴様なんぞに指図される覚えはない!」

 あきつ丸は隼鷹の肩をつかんで強引に押しのけた。よろけて尻もちをつく。

「痛っつ」

「じゅ、隼鷹さん⁉ 大丈夫っぽい⁉」

 息を荒げるあきつ丸は、北上と隼鷹をにらみつける。

「どいつもこいつも、軍規もまともに守れない役立たずの分際でよくそんなことが言えたものだ! 辞退だと? 上位司令部からの命令に対してッ――」

「あきつ丸ッ!」

 後ろからあきつ丸の肩を掴む。彼女はキッと俺にさえ険しい目を向けた。だが次の瞬間には「あっ」とした表情に変わり、苦虫を噛み潰したように唇を噛んだ。

「……言わせておけばよぉ」

 隼鷹が立ち上がって尻をはたく。

「アタイらの事なんも知らねぇくせに、口がよく回るもんで。あんた、アタイらの上官気取ってるけどさぁ、はっきり言って迷惑なんだよ。いい気なもんだよなぁ。そんな勘違いしてられるうちが花だぜ? 同じ穴のムジナさんよ」

 はっきりと、隼鷹は怒りのこもった目であきつ丸と対峙した。

「貴様ッ……」

 再び目を吊り上げたあきつ丸だが、俺にまだ肩を押さえられておりそれ以上は言葉を飲む。

「……二人とも、その程度で控えろ。命令だ」

 あきつ丸を机まで無理やり下がらせる。

「……はいよ。んじゃ、先に食堂行ってまーす」

 隼鷹はあきつ丸にガンを飛ばし、さっさと執務室を出て行った。

「……あたしは部屋に戻ります」

 北上はそう言い残して、それに続く。

「ぽ、ぽい~……」

 戦々恐々とした表情の夕立と、北上の後ろ姿を見つめる若葉が残っていた。

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