「……ハァ」
俺は机に両肘をついて手を組み、考えた。
連中との交流は最低限にとどめる?
もはやそんな選択肢はなくなった。
こうなってしまった以上、事を収められる立場にいる俺が積極的に動かなければ、司令部は本当の意味でゴミ溜め同然。使えない人材が隊も組まずに寄せ集められただけの愚連隊になってしまうだろう。
思えば、あきつ丸へ他の連中に対する態度を多少なりと咎めていれば、こうはならなかっただろうに。
見通しが甘かった。だが、それ以前に泊地本部からの司令を真っ向から拒否する者がいると誰が予想しえただろうか。言い訳にすぎんが、常識の隔たりだとかそういう問題ではない規模の行動だ。
自責の念と、事態をどう収拾すればいいのかまるで分からない焦燥感が頭の中を回って混乱してきた。いっそ辞表でも出したくなるほどに。
「……て、提督さん? 大丈夫っぽい?」
知らぬ間に目をきつく閉じていた。
夕立に声をかけられて目を開けると、心配そうにこちらをのぞき込む彼女と目が合う。
あきつ丸に目を向けると、彼女は彼女で申し訳なさそうな顔で俺に向き直る。
「……大丈夫じゃないな。疲れたよ俺は」
夕立へ、無理やり笑って見せる。
「夕立」
「は、はい!」
「すまないがお茶を持ってきてくれ」
「す、すぐ用意しますっぽい」
硬く敬礼し、一目散に執務室を出て行った。
夕立が離れたのを確認し、重くため息をついてあきつ丸をにらみつけた。
「お前、やってくれたもんだ」
「申し訳ありません……」
「お前の主義や思想をどうこう言いはしない。だが、あの物言いはないな」
「……しかしっ」
「〝しかし〟もへったくれもない。ここにいるのは艦娘として戦力外の連中であることは知っているだろうが。個々にどういう形であろうと、それなりの致命的な欠陥があるからここにいるということが分からないのか」
「理解しております」
「いいや、していない。技量不足か精神的疾患か、球磨のような負傷のせいで戦線に立たせられない連中なのは分かっているかもしれないが、分かっているだけで何も理解していないじゃないか。でなけりゃあんなことを言うか。その上で、お前は重大な思い違いをしている」
俺も昨日まではそうだったが。
「艦娘は軍人じゃない。先ほどお前自身は軍人であるべきとのたまったが、それは艦娘にとってはあくまでも理想論にすぎん。上官の命令に恭順し、それを至上の行動基盤に据える事は艦娘の基本的な在り方じゃない。プラスアルファなんだよ」
西郷提督の受け売りだが、本部の上官から〝そうあれ〟と言われたからには思想も同じくあらねばならん。俺はこいつらと違って、きちんと軍人だからな。
「基本からして欠陥品の連中に、プラスアルファが満たせない事を叱りつけて何の意味がある。それに北上もわかっていたはずだ。これが軍規に抵触する発言であると。それを押しても演習を拒む何らかの理由、欠陥があるのかもしれない。それを予想できない時点で、連中を理解しようともしていない証拠だ。理解せず、己の理想にそぐわない行動を指摘して怒り散らすなど、子供の癇癪と何が違う?」
「……」
あきつ丸は押し黙って、険しい目で俯いた。
「お前の主張は確かに正しい。だがそれ以前に、お前は艦隊勤務で最も重要な協調性を欠いていることを自覚しろ。わかったか」
「……承知」
短く返答し、再び俺に向いた目には、これっぽっちも理解の色がうかがえなかった。
「……ハァ。まあ、お前が怒ったのは上官である俺への配慮でもあっただろう。その点については、苦労をかけたな。すまなかった」
目頭を指で揉んで、煙管に手を伸ばしながら言った。
なぜこんな子供の躾のような指導をしなければいけないのか。
図らずも、先ほどの話の通り教師になった気分だ。こんなことを繰り返していては、俺の精神はもたん。
「い、いえ……自分こそ、大人げない部分があったかと。申し訳ありませんでした」
狼狽した様子で、改めてあきつ丸は頭を下げてきた。
「ああ……」
たった数分の出来事だが、俺はかなりの疲労感を味わっていた。
ここに来た当初は、まさか共だってやってきたあきつ丸に対してさえ気をもむことになるとは夢にも思っていなかった。
いや、俺が提督という仕事にここまで適性がないとは夢にも思わなかった、という方が正しい表現なのかもしれない。
適性があれば、この後すべき事も気安く遂行できるのだろう。
煙草を吸い終えた頃、夕立が急須と湯飲みを盆にのせて帰ってきた。
「ご苦労。隼鷹の様子はどうだ?」
「はい……えっと……」
夕立は、傍らのあきつ丸をチラリとみて言いよどむ。
「気にするな。何を言っても許す」
俺が言い、あきつ丸に視線で念押しした。観念した様子で、首を小さく傾けた。
「ぽ、ぽいっ! えっと、怒ってました。けど、なんだかすごく寂しそうっぽい? というか、気が沈んでるような感じっぽい。食堂の椅子に座ってたんですけど、お茶を勧めようと思って近寄ったら、〝屋上に行く。飯はいらない〟って言って出て行っちゃいました」
しどろもどろな報告に耳を傾けながら、煙管に煙草を詰める。
「そうか、分かった。では、夕立は昼餉の支度に戻ってくれ。できたらここへ戻るか、若葉に伝えろ。放送で伝達する」
「了解っぽい……」
夕立は、何か言いたげな目で頷いて執務室を後にした。
お茶をすすり、先ほどから傍観を決め込んでいる若葉に目を向ける。
「若葉。北上が演習の辞退を希望した理由は分かるか?」
少々の思案を挟んで、若葉は口を開いた。
「分からない。だがあいつは、ここに来てから今まで一度も演習には参加していなかった。何かと理由をつけて辞退していた」
「清二はそれを許していたのか?」
「はじめのうちは何度か話をしていたが、結局黙認するようになっていた」
これが初めてではないなら、やはりそれなりの理由があるらしい。
「隼鷹は、その理由について何か知ってそうだったな。北上とは長い付き合いなのか?」
「ほとんど同時期にここに来た。仲は悪くないと思う」
「そうか。では、まずは隼鷹と話をしなければいけないか」
席を立って、コートを羽織る。
「あきつ丸。お茶を飲んだら食堂へ行け。俺は二人と話をしてから行く。もし飯までに戻らなかったら先に食ってるよう食堂にいる奴らに伝えろ」
「了解であります……お手数煩わせてしまい、申し訳ありません」
「そう思うなら、後で隼鷹に謝罪しておけ」
「う……」
あきつ丸の苦い顔を執務室に残して、俺は屋上に向かった。
屋上のドアを開けると、刺すように冷たい風に襲われた。
コートの前を閉じて、屋上に出る。
隼鷹は初めて会った時と同じように、欄干にもたれて空を見上げていた。足元に置かれているカップ酒は、今回はまだ空いていなかった。
「寒くないのか。そんな恰好で」
背中に声をかけると、手に持った酒を一口飲んでからため息をついた。
「艦娘の義体は、極度の冷気、熱気、外傷から得る痛みの感覚を一定以上は伝達しないンだよ。カエルと一緒。暑くても寒くても苦痛にはならないけど。イキすぎると気づかないうちにオダブツってね」
「変温動物ってわけか」
言葉を交わしながら、どう話を転がせばよいか迷った。
喧嘩の仲裁は経験があるが、女同士の喧嘩でははたして同じ対応で問題はないのか。
黙っていると、隼鷹は欄干に身を預けたままこちらをチラと振り返る。
ぼんやりと赤らんだ目が俺に向けられた。
こんな目をした隼鷹は初めて見る。酔いが相当回っているのだろうか。泣き上戸ではなかったはずだが。
「ごめん」
すねたように結ばれた唇を割ってそう言うと、再び空を見上げた。
「何がだ」
「……酒、こんな時間に飲んでます」
ぶっきらぼうに紡ぐ言葉は、しりすぼみに聞こえる。
「そうだな……」
俺は余計に対応に困った。女なうえに、涙で武装している。
「……何か、ご用ですかい」
言外に「用がないなら一人にしてくれ」と背中で訴えられている。
俺は意を決した。
酒が入れば、男も女も関係ないだろう。
「命令違反だ。こいつは没収する」
彼女の足元からカップ酒を一つ取り、蓋を開けた。
一息で半分ほど飲む。出来の悪い米酒は酸味があり、思わず鼻の頭に皺を寄せた。
「おい……あと何杯あるんだこの安酒」
「あと少し」
「捨てろ。こんなものを飲むくらいなら、みりんでも舐めていた方がマシだ」
隼鷹の隣に立ち、同じように欄干にもたれた。
今日の空は晴れ、小さな雲が青空を横切っていくのが見える。
「みりんって……ひひ」
隼鷹は小さく笑うと、手に持った酒に目を落とした。
それから俺たちは、手持ちの杯を空けるまで言葉を交わさなかった。
最後の一杯の封を切り、いつもの空気を取り戻した隼鷹に話を振る。
「先ほどは、悪かった」
「何の話?」
「北上が辞退を申し出た時、つい語気が荒くなってしまった。あれがなければ、あきつ丸が激高するような空気にはならんかっただろう」
隼鷹は鼻で笑った。
「提督のせいじゃないよ。てか、きちんと止めてくれたじゃん。こっちこそ、あのまま言い合ってたらマジで喧嘩してたよ。ありがと」
「なら、貸し借りはナシでいいな」
「おいおい調子に乗るなよなぁ……ひひひ」
「……フン」
鼻で笑い返し、杯をあおる。
「ま、遅かれ早かれアイツとはこうなるって感じだったし、いいんじゃないの。殴り合いで生まれる友情ってのも悪くないしサ」
「それは男の特権だ。第一、艦娘同士で殴り合いなどやめてくれ。司令部を壊す気か」
「ひひ――そうだよな」
その言葉は、何となく俺へ向けられたものではない気がした。
隼鷹の目は相変わらず空を見上げていたが、ふと悲しげに細められた。
あるいは、眺めているのは空ではなく、そこに何かを見出そうとしているかのようだった。
「……なぁ、提督」
酔いが醒めたように、小さなつぶやきは確かな意思を感じさせた。
「空は好きか?」
「……なんだ、藪から棒に」
言葉に込められた力とは裏腹に、奇妙な質問だった。
「アタイは、子供の頃から空が大好きでさ。ずっと空を飛ぶのが夢だったんだよ」
俺は黙って杯を傾ける。
「ガキの頃は毎日毎日、親父が集めた航空雑誌に載ってる外国の飛行機を模写したり、自分がそれに乗って空を飛ぶ妄想してたもんだよ。まあ、外国語読めないから機体の名前とかわかんなかったケドね。ひひ」
「親父さんも渋い趣味してるな」
「仕事だったしね。航空機の製作所で働いてたんだ」
そう言って隼鷹は俺に向き直り、自慢げに胸を張った。
「戦闘機の設計もやってたんだぜ。あたいも図面引きの手伝いとかやっててさ」
「ほう」
関心を示すと、彼女は満足げに再び空を見上げる。
その実績は、彼女にとって誇りのようだ。
「なるほど。戦闘機好きが高じて、艦娘になったのか?」
設計だけではなく、実物でなくとも自身で航空機を扱ってみたくなったのだろうか。
「……まぁ、そんなとこ、かな」
ひどく歯切れ悪い返事をした隼鷹は、欄干にもたれるのをやめて踵を返した。
俺は彼女を振り返るが、俺に背を向けており顔を見ることはできなかった。
「んで! 提督は北上のこと聞きたいんでしょ。あいつが演習嫌いな理由をさ」
振り返った隼鷹は、勝気な笑顔の仮面をかぶっていた。
だめだ。これ以上この話題に触れるな。
俺の感が酔いを押しのける。
幸いにも隼鷹から話を逸らしてくれた。俺も何食わぬ顔で話を続ける。
「ああそうだ。北上は、なぜ演習を拒む? 特別な理由があるようだが」
本人に直接訊くべきかもしれないが、この際なりふりかまっていられない。
隼鷹も気が進まないのか、腕を組み言いよどむ。
「北上が、ここに来た理由に触れる話だ。軽々しく口に出せないんだよなぁ」
「分かっている。だが、今のままあいつに会ったところで、何も解決できん。知っての通り俺は、提督としちゃ無能だ。この司令部を円滑に運営するにあたって、できることといえば艦娘個々人の管理くらいしかない。それを遂行するために、協力してほしい」
「……あいつを、演習に参加させるのか?」
隼鷹の目が険しさを帯びる。
「無理やりってのは、ないよな?」
「飛躍させるな。別に演習に出てもらいたいわけじゃない。ただ、このまま何も知らずに俺が黙認したとして、今後あいつは俺やあきつ丸と距離を置くことになるだろう。同じ司令部の中でそんな隔たりを作るわけにはいかない」
最後の一口を飲み干して、空いた杯を隼鷹に投げてよこした。
「俺は、あいつを理解したいだけだ。その上でなければ、面と向かって演習の辞退を受け入れてやれないからな」