現実世界で艦これやってみた   作:築宮

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Fire In The Sky

 食堂に向かう。

 扉を開けると、みそ汁の香りが俺を出迎えた。

 長テーブルには北上以外の者たちが並び、先に昼餉を始めていたようだ。

「あ! 提督さん、おかえりなさいっ」

 夕立が俺を見るなり、席を立って厨房へ駆け出す。

「おうお帰り。どうだった?」

 隼鷹がみそ汁の椀を片手に、声をかけてくる。

「話はついた。問題ない」

 問題がなかったわけではないが。

 はぐらかす意味でも適当に報告し、空いている机につく。あきつ丸の隣だ。

「申し訳ありません将校殿。お先に頂いております」

「そうしろと言ったのは俺だ。それより、隼鷹とは話をしたのか」

 向かいに座る隼鷹は、ニヤニヤと笑っている。

「……はい。完了致しました」

 極力それを見ないように、きっぱりとあきつ丸が絞り出した。

「しっかりと謝ってもらいましたぜ。〝この度は申し訳ありませんでした。後生ですので許してください〟ってな感じで」

「あぁ?」

 ギロリとあきつ丸は隼鷹をにらみつける。

「そんな言い方じゃなかっただろう。火に油を注ぐのはやめてくれ。俺にこれ以上心労をかけないでくれ」

 夕立が、俺の分の飯をお盆に載せてやってきた。

「後ろから失礼しますっぽい」

 俺が教えた断りの文句とともに、お盆から俺の前に昼食を並べる。

 今日の昼食は、みそ汁と握り飯が二つ。その横にたくあんが二切れ並んでいる。

「これから運動なので、軽めにしましたっぽい」

「ご苦労。旨そうだ」

 みそ汁には小ぶりなしじみがのぞいている。

「やっぱ夕立の飯は最高だよ。いつでも嫁げるね。アタイの嫁にほしいくらいさ」

「隼鷹さん、まだ酔ってるっぽい」

 あははと笑いながら、夕立も席に戻る。

「そうだ! 提督、まだ未婚? 夕立もらっちゃえよ」

 酔っている、というより空気を軽くしようとでもしているかのように、隼鷹は

まくしたてる。

 おそらく、これから来る北上のためにできるだけこの場を明るくしたいようだ。

「え⁉ えっと、その……」

 その点察しのない夕立は本気にしたようで、顔を赤らめる。

「だってさ、こう見えて提督は軍医総監の御子息、しかも長男ときた。優良物件もいいとこじゃないか。夕立、いらないんならアタイが立候補しちゃおうかな?」

「こう見えてってなんだよ」

「て、提督さんに失礼っぽい! 私なんかじゃ釣り合わないっぽいし」

「はーん? ほんじゃ、本気でアプローチしちゃおっかなぁ?」

 隼鷹が笑いながら身を乗り出してくる。

「お前はもっと釣り合わないだろうに」

 握り飯をかじっていたあきつ丸が唐突につぶやく。

「なにぃ? んじゃ、お前さんはどうなんだよ」

「なぜ私の話になる」

「同じく釣り合わない奴が言えることじゃないだろ? アタイより自分が釣り合うってんなら、理由を訊いてみたいね」

「……妻としてのつつましさはお前に勝っている自信はあるのであります」

「お、言うねぇ。どうよ提督、この中で誰をもらう? よりどりみどり。いっそ妾でもアタイは文句ないぜ」

 みそ汁の味を楽しんでいたところで、恐れていた振りがきた。

 心の準備はできている。北上が来るまで、俺は道化になる。

「そうだな。色恋沙汰にはとんと疎い人生だったが、この際ここで嫁さんを探してみるのも悪くない」

 ニヤリと笑ってそういうと、夕立はみるみる顔を赤くし、隼鷹は目を輝かせ、あきつ丸は咳き込んだ。

「いいね! 艦娘の提督は、退役後の艦娘を嫁にもらう人も多いって話だし? 悪くないと思うぜ?」

 隼鷹がはやしたてる。

「て、て、提督さん。今のところ、誰がいちばん可能性高いっぽい? お、お嫁さんの」

 チラチラと様子を伺いながら、夕立が訪ねてくる。

「ふむ……若葉だな」

 そういうと、皆がそれぞれに疑問の声をあげた後、若葉を見る。

 夕立の隣でポリポリとたくあんを噛み続ける若葉は、取り合う気はないと言わんばかりにみそ汁椀に手を伸ばした。

「その心は?」

 隼鷹が、興味津々な様子で問う。

「俺は静かな家庭で余生を過ごしたい。だから物静かな女がいい。もちろん、家事を優先すれば夕立に軍配が上がるがな」

「おおっとぉ、思わぬ伏兵ってやつですなぁ」

「若葉ちゃん。提督さんのお嫁さんだって! 家事、できる?」

 夕立が若葉の肩をゆする。

「家の事は何もできない。他を当たってほしい」

「あちゃー、提督、轟沈!」

「じゃ、じゃあ、今のところ、いちばんは私っぽい?」

 にぎやかな空気冷めやらぬうちに、やっと北上が食堂ののれんをくぐってきた。

「ずいぶん盛況だねぇ。何事?」

 安堵のため息とともに、北上と目を合わせる。

 北上は、どこか気まずそうに眉根を寄せながらも笑顔を浮かべた。

「おう北上ぃ、ちょうどいいとこで来たな。提督が嫁さん探してんだってよ」

 隼鷹が隣の椅子を引いて北上を手招く。

「提督は部下に手を出すタイプなの? うわー引く」

「隼鷹、誤解を与える表現はやめろ」

 北上が席に着くと、夕立が再び厨房に走る。

「えー? さっき若葉を嫁に欲しいって言ってたのは誰だったのかねぇ」

「うわ! しかも少女趣味ですか提督。うわー……」

 露骨に北上が俺から遠ざかる。

「嫁に取るとしたら誰かと尋ねられたので、性格面での候補を述べたまでだ。それに、若葉はお前らの誰よりも年上の可能性もあるだろうが」

「それは若葉ちゃんに失礼っぽい~。でも、若葉ちゃんの見た目くらいでもギリギリ縁談来る年頃っぽい?」

 北上の前に食事を並べながら、夕立が抗議してくる。

「んじゃ、いっそアタイら全員の実年齢ここで公開してみる?」

 隼鷹が調子に乗り始めたので、俺は気を締めるつもりで遮る。

「待った。それは艦娘の運用規約違反だ。なんのために艦娘が艦艇名や容姿を規定しているか忘れたわけじゃないだろう」

 作戦運用時の利便性も理由の一つだが、軍務在籍中に個人情報を隠蔽する目的もある。艦娘には、在任中は己の出自に関する情報を必要以上に口外してはいけない規約があるのだ。

 なぜなら、他国の諜報活動によって艦娘の家族が人質にされ、その艦娘に政府要人を攻撃するよう強要されることもありうるからだ。そのような事を避けるために、艦娘はそれまでの身分を秘匿することが求められる。無論、艦娘になる以前の個人情報は鎮守府でも安易に扱うことができない極秘情報だ。

親類や軍務に関わりのない友人との接触さえ禁止されているのは、そうした理由からだ。文通は、鎮守府で一旦預かり内容を検閲されたうえでのみ許されている。

艦娘とは大量破壊兵器でありながら人間という、政治上では非常に不安定な立場にある。

 本物の軍艦であれば、動かすだけでも多数の人員を要するうえに行動範囲は海上に限定される。しかし艦娘であれば、建物の一つや二つ簡単に吹き飛ばすような兵器を陸地のどこでも振り回すことができる。たった一人の意思で。

 その一例を、俺は知っている。

「アハハ、冗談だってば。ま、恋に歳は関係ないさね。というわけで、まずはアタイとイイ仲になってみる?」

「隼鷹、昼間に呑むなと何回言えば分かる」

「シラフだよ! 釣れないねぇ」

 

 昼餉を終えた俺たちは、ドックに向かった。北上だけは途中で分かれ、工廠に行ってしまったが。

 殺伐としたドックの奥に積まれた、棺桶のような鉄のコンテナを眺める。

「大量破壊兵器とは思えない保管状況だ」

 その気になれば、車で持ち出せそうだ。

 若葉がコンテナの一つに歩み寄り、うっすらと積もった埃をはらう。

「艤装は仕様上、個々に定められた艦娘でないと使えないようになっている。銃と違って思念で撃つからな。一つの艤装が全ての艦娘の思念に反応してしまったら、誤射や暴発の危険がある。だから盗まれたとしても、その艤装を扱える艦娘がいなければ意味がない。内部機構に関しても、分解して改造できないような構造にされている」

 それに、と付け加え、コンテナの蓋の右端に備えられているカードスロットを指す。

「格納しているコンテナは、その艦娘の所属する艦隊の提督でないと開錠できない仕組みになっている」

 スロットの切れ目の横から横断する形で、安全装置のようなピンが刺さっている。これを抜いて俺のIDを読み込ませればいいわけか。

「錠前一つとっても最新鋭の技術だな。箱だけ盗まれただけで損失は計り知れん……」

 うかつに新しいIDカードを発行できない理由にも合点がいった

 安全ピンを抜くと、リーダーのスイッチも兼ねているらしくスロット上部のライトが青く点灯した。ピンは紛失防止のため、鎖でコンテナに繋がれている

 懐から取り出したカードをスライドさせると、ものものしい音をたててコンテナが開錠された

 若葉が、コンテナの蓋を持ち上げる。

 中には緩衝材と、それに埋まった小さな連装砲が入っている。脇には布巾やオイル、その他メンテナンスに用いられるであろう小道具が収められていた。

「なぁなぁ提督、アタイのもはやく開けてよ!」

 自身のコンテナを引きずり出してきた隼鷹が急かす。

 若葉の話の通り、それぞれ決まったコンテナを持っているらしい。

 積まれているコンテナの多くは、清二と心中した連中の遺品なのだろうか。

 隼鷹のコンテナを開けると、掛け軸のような物と複数の小箱が並んでいる。メンテナンスの器具も含め、いまいち使い方が分からない。

「へっへー。寂しかったかいアタイの愛機たちィ」

 小箱を開くと、ヒトガタに切られた紙のような物が何十枚と収められている。

「なんだそれは。それも艤装なのか?」

「もちろん! アタイの艦載機さ」

「無人機にはとても見えんが」

「んっふっふ。まぁ後で見せてやるよ。こいつらの真の姿をさ」

 

 皆のコンテナを開けてやると、それぞれ艤装の点検に入る。砲塔内部を清掃し、可動部にオイルを入れたり体に固定するベルトの長さを調節したりしている。

 あきつ丸の艤装は、この泊地に到着した時にはここへ運び込んであった。彼女のコンテナは舞鶴で支給された物らしく、他の面々の物と比べて一回り大きく、金がかかっていそうな重厚感がある。

 IDの認証も既に清二の物に書き換えられていたので、問題なく開けられた。

 中には、平時に用いている物とは違う赤い背嚢が収められている。その他、様々な器具や装備に関してはやはり使い方の想像がつかない。

「確か、揚陸艦の艦娘は軽空母型の艦娘と同じような艤装を扱うんだったか?」

「左様であります。しかし、観測機運用を想定した艤装を主に取り扱うので、輸送護衛任務の哨戒や着弾観測等の後衛が主な運用であります」

 少し意外に思った。攻撃とは別の運用のために作られた艦娘もいるらしい。

「なら、前衛は他のメンツに任せることになりそうだな。お前から見て、こいつらはどういった編成で運用すべきだと思う?」

「そうでありますな……。まず、艦載機運用を行う私と隼鷹は後ろへ。機動力のある駆逐艦二人が前衛を担当。制空権確保と砲撃戦を行いつつ観測機により敵の位置や進路を測定し、期を見て魚雷の一斉雷撃、あるいは爆撃を行う。といったところでしょうか」

「従来の海上戦闘と似たような戦術になるんだな。だが、戦況は軍艦同士のそれとは比べものにならん速度で変わるわけだ」

「おっしゃる通りであります」

 一通り点検を終え、艤装を身に着けた面々が準備を完了させる。

「若葉。訓練用の弾薬は問題ないか?」

「ああ。かなり余裕がある。というより、実弾の備蓄の方が少ない」

「使う必要もないしな。では、訓練用の標的ブイは?」

「準備完了だ」

 赤い旗を立てた白いブイが、手押しの荷台に積まれている。

「よろしい」

 波止場に向かう。

 面々は波止場のコンクリートに足を投げ出すように座り、水上滑走機を専用の靴に取り付けて海に降りていく。

「うーん、久しぶりだと気持ちいいっぽい」

 夕立が軽く水上を動いて見せる。まるでスケートのような動きに近いが、当然の事ながら脚力で進むわけではないようで地を蹴るような動作はない。

 時折、体制を安定させるために波の動きに合わせて膝や腰を使っているが、推進力はあくまで水上滑走機の出力に頼るらしい。

「速度はどの程度まで出せるんだ?」

 そもそもどうやって水の上に浮いているのか等も気になるが、原理までは当人らも知りはしないだろう。

「えっと、34ノット! 時速換算およそ64キロメートルっぽい?」

「本物の軍艦と同じか? さすがにそんなところまで引用する必要はないと思うがな。早ければ早い程有利だろうに」

 ぼやくと、隣で水上滑走機にスポイトで燃料を注入しているあきつ丸に補足される。

「これも防諜の一環なのであります。滑走機の具体的な速力は公にはされておりません。ただ、重い艤装を運用する艦娘は当然低速になります。それに艤装の制御機構上、思念的な滑走機に対する速度要請能力も艦種によって異なるため、どの程度の速力があるかはおおむね艦種で判断ができるのであります」

 ようするに、滑走機の性能は艦種により左右され、その最高速力は気合い次第ということか。

「……滑走機まで艦娘ごとにワンオフか」

 若葉の用いる艤装は、話を聞く限り五年前には既に廃番となった旧規格品のはず。なら少なくとも五年間は同じものを使いまわしていることになる。

「若葉、お前の艤装は大丈夫なのか? 海上で突然滑走機が機能停止でもしてみろ。あっという間に海の底じゃないか」

 滑走機は、艤装含めて100キロ近い重量の艦娘を海上で支えているのだ。それが止まった瞬間にどうなるかは想像に難くない。

「艦娘の義体は水に沈みにくい性質がある。それに、滑走機に異常をきたして沈没しそうになった際は、すぐに艤装を捨てて戦線を離脱するよう訓練されている」

 実際にそんな状況に陥ったら、おそらく戦線離脱の暇もなく殺されているだろうがな。

 海に出た若葉の足元に目をやる。他のメンツの滑走機よりもだいぶ色あせており、ガタがきているのか時折詰まったような音とともに若葉の体が上下に揺れる。

「大丈夫だって。今まで滑走機が急に止まって沈んだ奴なんて聞いたことねぇし」

 隼鷹が海に飛び出し、豪快に着水する。滑走機は着水の勢いを受け止め、唸るような音をあげた。

「じゃあ、行ってきますっぽい!」

 ロープで等間隔に結びつけられた五つの標的ブイを二列引き回しながら、夕立が沖に出ていく。

徐々に体勢を前に倒しつつ速度を上げていった。ある程度のスピードに達すると、背中の艤装が起動し空圧で夕立を押し始めた。

 沖合には航行経路指示のための旗を立てるブイがいくつかあり、それらに一列ずつ括り付けて戻ってくる。泊地からおよそ一キロ先と二キロ先に離れたブイに分かれている。

 これが、深海棲艦との戦闘で想定されるおおよその砲戦距離。

 艤装が艦娘の五感から情報を得て管制機能を発揮する都合上、有視界の戦闘が前提だ。それは深海棲艦も同じだ。

 夕立が戻ってくる。滑走中の動作を見ていると、時折は片足を上げることもあるようだ。おそらく、進路修正等を行うためにはそうした動作も必要なのだろう。

 そこそこの速度を維持して波止場に戻ってくると、前傾姿勢を解いた。その瞬間、滑走機の踵から上がっていた水しぶきが止まる。逆に、今度はつま先で数回水が弾け、速度が急激に落ちる。あとは慣性の勢いでゆるゆるとこちらに近づいてくる。

 その間に何らかのスイッチ等を操作している様子はなく、やはり滑走機も手足の一部のように思念的な制御を行っているらしい。

「よぅし。んじゃアタイから初めていい?」

 隼鷹が肩を回しながら前に出る。

「好きにしろ。だが撃つのは指示を待て」

「了解ッ」

 持っていた掛け軸を勢いよく広げる。描かれていたのは、空母の甲板を模した発艦図だ。

 ただの絵ではないようで、細部が日光を反射する。電子回路のような機構が見て取れる。

 それほどの風もないが、掛け軸は重力に逆らってなびく。まるで猫の尾のように、隼鷹の意思に従い彼女へ発艦図を向けた。

 隼鷹は一枚のヒトガタを取り出し、発艦図に押し付ける。

 すると、ヒトガタが青白く発火した。

「九九式艦爆、発艦!」

 指先でヒトガタを発艦図に滑らせる。指が離れた瞬間、ヒトガタは膨張し形を変えた。

 大きく質量を変えながら、発艦図を走り空中へ解き放たれる。

 標的ブイめがけ風を切るその姿は、まさに小さな爆撃機だった。

「初めて見たが……呪術か何かと言われてもおかしくないな」

「ヒャー! やっぱイカしてるぜ! そう思うだろ提督!」

 俺の感想など耳に入っていない様子で、心底楽しそうに叫んでいる。

 既に俺からは胡麻のように見える距離で、爆撃機が宙返りやきりもみ飛行を行っている。

「器用に飛ばせるもんだな」

「アタイの得意技でね。モノホンの航空機でやるのは達人技さ」

「実戦で意味があるのか? あの動きに」

「戦闘機なら、後ろを取られた時ゃ減速宙返りで後ろを取り返したりすんだよ。複雑な動きは、空中戦で生き残るために必要な技術さ」

 隼鷹を横目に見ると、俺と話しながらも常に艦載機から目を離さない。

 裸眼では注意していても見失ってしまうほどの距離と大きさの艦載機だが、艦娘ならきちんと目で追えているらしい。

「常に動かすのに集中がいるのか。目を離すと落ちるのか?」

「ある程度は自律飛行するから落ちはしねぇよ。でもほっとくと旋回機動しかとらないし、障害物も避けないから落ちる時は落ちるぜ」

 「よ!」と声を上げ、隼鷹は片腕を招くようにに振る。

 艦載機が加速と減速を繰り返しながらこちらに戻ってくる。

「ちょっと見てな」

 隼鷹が波止場から離れていく。

 艦載機は隼鷹めがけ速度を上げながら突っ込んでいく。徐々に高度が落ち、水面と接触寸前の高度に到達する。器用なことに、その状態で背面飛行や横回転まで行っている。

 半ばヒヤヒヤしながら見ていると、隼鷹が飛び来る艦載機へ手のひらを向けた。何かをつかむように握りこぶしを作ると、真横へ振りぬいた。

 隼鷹から2メートルと離れていない距離で急旋回する。

 隼鷹が、踊るように一回転する。手綱を引かれるが如く、海面すれすれで飛ぶ艦載機隼鷹の周りを一周した。

 旋回機動でほぼ横倒しになった機体は、片翼で海水を巻き上げる。水のヴェールで包まれた隼鷹の拳が再び標的ブイを指すと、艦載機は元来た空へ戻っていく。

「ひゃっはぁー! 気持ちいいぜッ」

 爆撃機は再び飛び上がり、胡麻に戻った。

「相変わらずの曲芸飛行っぽい」

 横で夕立が感想をもらしている。

 確かに驚くべき小回りの利かせ方をしていたが……。

「おい。墜落したら責任は持てないぞ」

 感動より先に、艦載機を落とした場合の処遇が気になって仕方がない。

 あの大きさでありながら、実物と同じ速度で飛行する艦載機だ。まかり間違って、あの低空飛行時に波をかぶったが最後、水圧でバラバラに吹き飛ぶに違いない。翼がよく耐えたものだとさえ言える速度だった。

 隼鷹が自慢げに笑いながら戻ってくる。

「どうよ。アタイの操縦テクに勝てる艦娘なんざいないぜ」

「確かに凄いな。もうやらなくていいぞ」

「はぁー? なんでよ」

「逆に、なんでやったんだよ」

 思った以上の遺憾を示す隼鷹は、今は艦載機から目を離している。

 艦載機は、先ほどの話の通り標的ブイの上を旋回していた。

「艦載機を落としたらどうするんだ」

「どうもしないよ。そもそも消耗品なんだから」

「使いまわせないのか?」

「無理。発艦した艦載機は、時間が経つとアタイら空母との結びつきも弱くなってってね。最終的に機能停止するんだよ。だから、使った艦載機は海に着水させて回収する。それを工廠に持ち帰って、バラして大本営に返納する運用だよ。まあ、提督は知らなくて当然か」

 おそらく、元のヒトガタに戻すのは相応に特殊な設備でないとできないのだろう。

 紙ぺら一枚があの極小航空機に変化する事自体が信じられない技術なのだ。確かに自由自在に戻せるとは思っていなかったが、こんな代物を使い捨てで運用するとはな。

「艦娘ってやつは、想像以上に金がかかってるんだな」

「感想が庶民的だなァ提督ぅ」

 気を取り直して。次は肝心の威力を見せてもらうとしよう。

「さて、そろそろ撃ってもらうぞ。準備はいいか」

「いつでもいいぜ」

 旋回中の艦載機の真下にある二キロ先の列を右側から攻めさせてみるか。

「後列、右端のブイから爆撃を開始しろ」

「了解!」

 旋回していた胡麻が、無駄に器用な動きで反転し右のブイの上空へ移動する。

「他の艦載機も飛ばしていい?」

「何がある」

「艦攻と艦戦。武装は水雷と機銃だよ」

「よし。やってくれ」

「了解!」

 再び、二枚のヒトガタを発艦図に押し当てる。

「九七式艦攻、九六式艦戦、発艦!」

 解き放たれた二機の艦載機は、あっという間に爆撃機の後を追ってゆく。

「二機の攻撃目標は爆撃の後に選定する。では、攻撃開始」

 二機がブイ上空の旋回を開始したのを見計らうように、爆撃機が急降下を始めた。

 猛スピードで落ちてゆく胡麻は、ブイから数メートルの距離まで接近する。唐突に上空へ反転した次の瞬間、標的を中心に大きな爆発が起こった。

 高く上がった水しぶきに、爆撃機が一瞬隠れる。風に乗った雫がこちらにも届いた。

 かつて見た実物の急降下爆撃にも勝るとも劣らない破壊力に、少々あっけにとられる。

「豆粒のくせに……なんて威力してやがる」

 俺は持参した双眼鏡で標的を覗き、右から三つ分のブイが吹き飛んでいるのを確認した。

「次。艦戦にて左端のブイを狙え」

「了解」

 爆撃機が旋回に戻り、戦闘機が交代で機動を変えた。

 一旦ブイから距離を取ると、捻りこむようにブイへ狙いをつけた。

 徐々に高度を落としながら、左右に機体を揺らして接近する。

最中に戦闘機は光を発し、遠間から「トトト」と発砲音が聞こえてくる。

 発砲音が止むと、戦闘機が上空へ戻っていった。

 双眼鏡で確認すると、標的のブイは見事に真っ二つに割れている。

「いい精度だ。何発撃った?」

「四発くらいかなぁ」

「曖昧だな。残弾の管理はそれで問題ないのか」

 曖昧な答えに不安を感じ、隼鷹を見る。

 ふざけている様子はなく、むしろ見たこともない真剣な面持ちで艦載機を見つめていた。

 手を強く握りしめ、瞬きすらしない姿には必死さすらうかがえる。

 先ほどの豪快な艦載機さばきは何だったのか。

「……次。艦攻にて残りのブイを狙え」

「了解」

 戦闘機が旋回し、艦攻が降りてくる。

 艦攻も一度距離を取ってから、ブイへ鼻先をつける。戦闘機よりもさらに低空へ身を落とす。海面スレスレを滑空し、やがて今までの艦載機ほど接近せずに上空へ反転した。

 何秒もしないうちに、ブイが吹き飛ぶ。

 双眼鏡で確認するまでもなく、魚雷が命中したようだ。

「よし。艦載機を戻せ」

「了解」

 波止場近くまで戻ってきた艦載機は、速度を落としてゆっくりと着水した。隼鷹がそれを拾って戻ってくると、また機嫌がよさそうな顔をしていた。

「ニッヒッヒ。どうだい提督! さすがなもんだろう」

「ああ。思っていたよりもやるじゃないか。すべて初撃で仕留めるとはな」

「言っただろ? アタイのテクは日本一だぜ」

 日本一ならこんな泊地に追われるはずがないだろ。

 そう言いたくなった。しかし、操縦していたコイツの姿を思うと言葉にはならなかった。

 艦載機を繰ることにおいて、空母艦娘として何らかの障害を持っているのだろうか。そんな気がする。

 既にエンジンの切れた艦載機を抱えて、隼鷹は波止場のコンクリートへ上陸した。

 まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、一機ずつ外装を検分している。

 先ほど、隼鷹が自身の事を語った時の姿を思い出した。

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