現実世界で艦これやってみた   作:築宮

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ホープランド

 気を取り直して、待機していた夕立と若葉に声をかけた。

「次は駆逐艦だな。射撃位置まで移動しろ」

「了解!」

 若葉と夕立が、俺のいる波止場から離れていく。それぞれインカム無線機を持たせており、俺の握っている無線機から二人の会話が漏れてくる。

「ねぇ若葉ちゃん、先に撃つ?」

「私は後でいい」

「じゃあ私からね」

 所定の位置につく。数十メートル沖に出た形で、俺から二人は斜め左に位置し。その先の的とともに視界に収まる形になる。

 双眼鏡を覗き。一キロ先の列の左端のブイに焦点を合わせた。ブイの大きさと距離から、双眼鏡に切られている目盛りの一が約一メートル程度の縮尺に換算できる程度に倍率を調節する。

「標的、前列左の一つ目。試射、始め」

 無線機に吹き込むと、夕立が「了解!」と元気に返してくる。

 直後、砲撃音が俺の全身に沁みた。本物の艦砲射撃の衝撃には届かないが、この距離で骨身に響くだけの火力を彼女らは片手で制御していることを思うと、やはりまともではないと再認識させられる。

「着弾――今」

 狙わせた的からおよそ七メートル外れた位置で水しぶきが上がった。ペイント砲弾なので、黄色い蛍光色の水柱が立つ。

「あぁー……ご、ごめんなさいっぽい」

 あからさまに気が沈んだ声が届く。

 しかし常人が目測で火砲を撃ったと仮定すれば、この距離でこの結果は十分正確な射撃と言える程度の誤差ではある。

だが、艦娘の想定する砲撃戦では論外だろう。初弾で当てられるものでもないだろうが、もう少しは近い位置に当てられてしかるべきではないだろうか。

「……実戦じゃもっと遠くから撃つんだろう? それに艤装には射撃管制機能があるんじゃないのか?」

「え、えっと、久しぶりだから、撃つ瞬間に腕がブレたんだと思うっぽい」

「ここに来る前の訓練では、もっとマシだったのか」

「……はい。少し」

 今更何も言う気は起きなかった。

 ふと、思いついた。

「なあ。観測砲撃の経験は?」

「それって、弾着観測射撃の事っぽい?」

「そうだ。その艤装がお前の得た情報をもとに自動で射撃管制を行うなら、着弾座標修正値を俺が伝えればある程度は命中率も上がるんじゃないかと思ってな」

「でも、それって深海棲艦がはっきり見えない距離にいる時、空母が観測機で敵を見ながら私たちに敵の位置を教えてくれながらやる方法っぽい。こういう時にも有効かは分からないっぽい」

 遠洋の海域で深海棲艦と戦う際、神出鬼没の相手に対して常に海域座標図面を見ながら観測射撃を行えるとは限らないし、そもそも的が人間大の大きさで動き回るのだから図面を頼りに正確な射撃などできるはずがない。

おそらく観測機を通した情報を頼りに憶測した距離や方角へ一斉射撃し、修正射を繰り返して当てているのだろう。というより、それ以外に視界外から深海棲艦へ砲撃を浴びせる方法はないのではないか?

「物は試しだ。ま、半分俺の遊びみたいなもんだから、付き合ってくれ」

「了解っぽい! 今から夕立、提督さんの浮き砲台っぽい」

 若干楽しげに返事が返ってくる。

「陸軍の砲撃戦術では、まず砲撃支援要請の上がってきた座標へ基準砲による試射を行う。着弾点と標的のズレを観測班が測定し、算出された修正値を受け取った基準砲はその値に従って射角を再照準して次の試射を行う。これを修正射という。これを繰り返し、最終的に目標に当たる射角を見つけ出すんだ」

 揺れ動く海上では、一発の砲撃の正確性など望むべくもない。だが修正射完了後の効力射では、複数門の一斉射撃を行うことが前提である。ゆえに、たとえ修正射が命中していなくともある程度標的に肉薄していれば、標的を破壊するには十分な成果と言える。実戦で修正射など、そう何発も撃つわけにはいかない。

「本来は座標情報を図面で確認しながら行う射爆撃理論だが、この距離で相手も動かないなら俺の目測で十分機能するだろう。なので、次から砲撃を行ったら俺がいいというまで砲撃体制を崩すなよ。一回崩したら修正射もやり直しになるからな」

「了解!」

 改めて双眼鏡の焦点を標的につける。

「再度同じ的へ。試射、始め」

 轟音が響く。今度は少し的に近寄っていた。

 夕立と的の距離。的に対する俺と夕立の位置の違いから生じる照準のズレ。それらを目測し、暗算する。少し前まで、新兵にこういった経験を積ませるのが俺の仕事だった。

「……遠し、右三。三左へ、引け五。あー、標的の奥五メートル、右三メートル地点に着弾している。お前と標的の距離からどの程度砲塔を動かせばいいのかは、その連装砲の精度が分からんから何とも言えん。とりあえずその状態から撃つと右に三メートル、奥に五メートルだいたいずれるので、射角を適宜修正しろ」

「了解っぽい。弾着観測射撃とけっこう似てるっぽい!」

 自分で言っておいて、なんとも正確性の欠けた指示だとは思う。

 しかし艦娘の射角管制機構は、それこそ艦娘の五感にゆだねられた物だ。ともすれば、たとえ曖昧な情報であっても艦娘自身がニュアンスとして認識すれば、それを感知できる艤装の射角にも反映されるのではないか?

 ならば、むしろ感覚的な指示であるほど有効である可能性は高い。

「よし、撃て」

 今度は夕立に双眼鏡を向ける。

 片手で保持された連装砲は、まっすぐ伸ばされた腕の先で火を噴く。不思議なことに、反動で立ち位置が下がらない上に滑走機も沈む様子がない。

 よく見ると、砲撃の瞬間に背負った艤装が逆噴射していた。なるほど、無反動砲と同じ要領で衝撃を相殺しているわけだ。

 艦娘の強靭な肉体でこそ成り立つ力業だろう。生身の人間がやれば、砲撃と噴射の圧力に耐えきれずペシャンコになるに違いない。

 反動による砲撃位置の変化を計算に入れずに済みそうだ。

 再び標的を確認する。既に着弾していたが、黄色い水しぶきの跡が着弾位置を物語っている。

 ブイから手前側、左一メートル弱の位置に着弾している。先ほどの着弾位置と挟む形――挟叉弾である。

「近し。左一、挟叉弾。一右へ、増やせ二」

「また外れっぽい」

「修正射は必ずしも当たらなくていい。挟叉弾ということは、このまま撃てばいずれ当たる精度に達したと考えられる。もっとも、艦娘の場合ならもう少し修正の余地があるかもしれん。あと二メートル奥へ、一メートル右へ当てるように撃ってみろ」

「微妙すぎるっぽい……気持ち修正で撃つっぽい!」

 幸いにして、今は波も穏やかだ。当たらずとも少しはマシになるかもしれない。

「よし。効力射、撃て」

 三度目の爆音。双眼鏡越しに、白いブイが黄色く色づいて旗が吹き飛ぶのが見えた。

「着弾――今。標的に命中」

「やったっぽいー!」

 どうやら、思った通りニュアンスでの射角修正は有効らしい。

 しかし俺が今教えたのは、あくまでも固定砲台を用いた射撃理論だ。主な標的は、基本は動かないトーチカや塹壕、敵の固定砲台や拠点等の施設。または侵攻中の敵歩兵の占領地点爆撃や鈍重な大型兵器の破壊を想定する運用だ。航空機を狙うケースもあるが、それは威嚇の意味合いが強い物となる。

 およそ一~三キロの相対距離で撃ち合う艦娘ならではの砲撃戦においては、どちらかと言えば対人の銃撃戦の方が経験としては役立つのではないかと思われる。駆逐艦の扱う武器は火砲にしろ魚雷にしろ、艦娘が五体で認識できる距離の敵でなければ照準を合わせられないのだから。

 有視界戦闘で真価を発揮する武装であり、かつ小さな相手がちょこまか動き回る。ならば座標指示による間接照準よりも、敵に対して直接照準で水平射を行う方が効果的であろう。実戦では、極力水平射が行える距離まで接近を試みるのではないだろうか。

「よくやった。次は若葉だ」

 無線機に吹き込むと、無機質な「了解」が返ってくる。

 双眼鏡を彼女に向けると、夕立とは連装砲の構えが異なっていた。

 彼女も火砲は二つ持っているが、その片方は背負った艤装の側面に吊るしたままだ。

 右手の連装砲を肘をまげて正眼にかまえ、左手は右腕を掴んで固定している。

 夕立のように片手で構えるよりは、人間の俺から見ればより信頼性のありそうな構え方ではある。

「標的の指示を頼む」

 機械的な要請が届く。

「前列右端の一つを狙え。撃っていい」

「了解」

 双眼鏡は若葉につけたまま、指示を出す。

 旧式の艤装を運用している彼女が、対照的に新型を使う夕立とどのような違いがあるのかを見たかった。

 砲撃の瞬間、夕立の連装砲よりも少し高い音が響く。持っている連装砲は、二人とも12.7ミリ連装砲だったはずだ。

 よく見ると、砲撃後の砲塔が射撃直前と比べて上に跳ね上がってしまっている。砲撃していない片方の砲塔と比較すれば歴然だった。

 夕立の場合は、未砲撃の砲塔とぴったり並んだまま射角が上がった様子はなかった。これが新旧のポテンシャルの差らしい。

「次の標的の指示を頼む」

 撃ってすぐ、砲撃音が耳に残っているうちに次の指示を要請してきた。

 次だと?

「少し待て」

 双眼鏡を標的ブイに向ける。

 右端のブイは黄色く色づき、旗は根本で折れていた。

 ブイの表面がえぐれて沈みかけていることから、直撃したことは明白だった。

「馬鹿な……」

 先の夕立でもそうだったが、海上での砲撃は初弾命中など期待しない。

先も述べた通り、海上では波により敵味方の位置が常に変わるために有効な照準を保つことができず、「当たりそうな射角で当たるまで撃つ」ことを繰り返すことになる。

それに陸上であっても、限りなく正確な地形情報や座標を記した図面、観測されたばかりの気象情報を参考にしたとしても初弾で当てることは難しい。砲身内腔の摩耗や砲弾に付着した埃、さらにはその場の湿度さえ精度を狂わせる要因となりうる。

 それらの予防、測定不可な条件を乗り越えて初弾を当てるなど、神の思し召し以外の何物でもない奇跡だ。

 だが、そうした精度の不安要素はあくまでも従来の火砲に対し当てはめられる理屈だ。艦娘の火砲に関しては、俺の想像も及ばない先進的な科学技術でもってそのあたりをクリアしていても驚くほどのことではないかもしれない。隼鷹の艦載機を見た後では、そう思える。

「若葉ちゃんすごーい!」

 夕立の呑気な称賛が届く。

「……あきつ丸。艦娘の砲撃は、およそ一キロ先の標的に対して初弾を当てるのは普通か?」

 双眼鏡を下ろして、傍らのあきつ丸に尋ねた。

 あきつ丸は腕を組み、黄色くなったブイを眺めながら答えた。

「できなくはない、といったところであります。駆逐艦に関しては、もう少し近づいて水平射を行えれば、七割がた命中で平均的でありましょう」

 ですが、とあきつ丸は付け加える。

「古い規格の艤装は、およそ射撃管制面で新型に劣るはずであります。新型は旧型で得られた情報をもとに、より安定した命中率を確保するよう設計されているはずでありますから。おそらく、若葉の場合はその面を経験で補っているのではないでしょうか。聞くところによれば、実験初期の艦娘は大口径の対人火器で深海棲艦と戦闘していたことがあるとか」

 あのような自立管制制御のない、目で照準をつけなければならない銃器で戦ったというのか。

 深海棲艦相手に、小銃など豆鉄砲にすぎない。あの筋力なら備え付けの機銃を無理やり持たされていた可能性もあるが、それでも艦載機を追い払う程度のことしかできないだろう。

 そのような圧倒的不利な戦場で生き抜いてきたのなら、確かに古い艤装でこの精度を捻出できるだけの経験となろう。

「もしアイツが人間の斥候兵なら、出世しただろうな。惜しいもんだ」

 ……いや、あまりにも不自然な話だ。

 当時はまったく手探りの技術でしかなかった兵器の実験体として人生を捧げ、対深海棲艦戦略の先駆けとして戦い続けてきた。現在主流の義体や艤装は、いわば彼女らの功績あっての物であり、ひいては終戦間近のこの平穏を手に入れる土壌を作ったともいえる。

 これだけの武勲を考慮すれば、もう実戦に出られずとも大本営なりで顧問官に召し上げられてしかるべきではないだろうか。

 そうでなくとも、これだけの経験と腕前があるなら教官職にもなれるはずだ。

 海軍省とてバカではない。この泊地の若葉の存在は、認知されていなければおかしい。たとえ要職をあてがうつもりがなくとも、ただでさえ不要な艦娘や泊地が続々と処分される今の時代なら、真っ先にやり玉に挙げられる存在だろう。

もし理由があって若葉をここに置かざるをえないなら、彼女の扱いについて何らかの特別な措置を取るよう指導が入ってもおかしくない。だが、俺はそのような指示は一切受けていない。

 いったいなぜ、彼女は予備泊地に在籍しているのか。

 あるいは、この単冠湾という僻地だからこそなのだろうか。

 下手に民間人が接触することなく、そして連絡船も限られており、泊地本部では歴戦の司令部と艦隊が目を光らせ、艤装もめったに使えない。

 艦娘を逃がさずに置いておくには絶好の環境ではないか。

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