隼鷹に連れられ、俺たちは司令部を出た。
「ところでさ、そっちのおっかない顔した姉ちゃんは……提督のコレ?」
にやつく隼鷹が、小指を立ててみせる。
あきつ丸が目を三角にして口を開きかけたが、何か言う前に俺が答えた。
「執務補佐官のあきつ丸だ。ここで言うところの、秘書艦ってやつか」
あきつ丸に視線で「何も言うな」と念を押すと、さすがに唇を尖らせて目をそらした。
そろそろ堪忍袋の緒が切れそうに見える。
「なーんだ。さっきから慣れ慣れしくすると怖い目で睨んでくるもんだから、誤解しちまったよ。……で? 本当のところはどうなんだい」
そんな様子を見た隼鷹が、あえてあきつ丸の肩を肘で小突いて尋ねた。
「……」
あきつ丸はこらえるように唇を引き結んで、隼鷹から離れた。
「へぇ。だんまりってこたァ、アタシの感もそう外れてないってことでいいのかね?」
ひひひと笑う隼鷹に、あきつ丸は氷より冷たい視線で答える。
「……酒臭い口を閉じろ、酔っ払い」
「ひゃー、おっかねぇ」
隣に建てられているカマボコ型の施設に近づくと、中から溶接機の音が聞こえた。
大きく開け放たれていた入り口の奥、薄暗い室内に、小さなバーナーの火が灯っている。
入り口で立ち止まった隼鷹が、鉄製のドアをガンガン叩いた。
「おーい! 客だぞーッ」
防護マスクをかぶった人物が、溶接機を動かす手を止めてこちらを振り返る。
火を止めてマスクを取り、手招きしてきた。
「こっちきなよ。外よりはあったかいよー」
一歩踏み込んだあきつ丸が、空気の悪さに「うっ」と息を詰まらせる。
施設内は、確かに暖かかった。おそらく溶接機やその他の機械が発している熱のせいだろう。
だが、それだけに強烈な機械油の臭気まで籠っていた。
「おいおい、まぁた窓開け忘れてんぞ? 鼻ぶっ壊れてんじゃねぇのか」
隼鷹が鼻をおさえながら歩み寄る。
「うっさい。あたしは好きなんだよ、この匂い」
その人物は作業台を離れ、木箱の上に置いてあった電気スタンドのスイッチを入れた。
緑色のツナギを着た、二つ尾下げの少女だった。額に浮いた汗を、軍手をはめた手で拭う。
「で、どちらさん?」
少女は俺の顔を見ようと目を細めた。逆光でよく見えないようだ。
俺が答える前に、若葉が口を開く。
「北上、新しい提督だ。挨拶しろ」
北上と呼ばれた少女が、「あ~」と言って手をポンと打った。
「ごーめん、忘れてた。こっちから挨拶行くべきだったのに、来てもらって悪いね」
軍手を外しながら、俺に近づいてくる。
「――っ」
ようやく顔が見えたらしく、一瞬驚いた顔をして足を止めた。
「本日付でこの司令部を預かることになった、本間清一だ。よろしく頼む」
「ほん、ま……ってことは、まさか提督のご親族?」
安堵したような、少し落胆したような、そんな顔で俺を見上げてくる。
「清二の兄だ」
北上は一度視線を落として、「まぁ、そうだよねぇ」と呟いた。すぐに顔を上げると、しっかりと足を揃えて敬礼した。
「重雷装艦、北上。よろしく頼むわね」
「ああ」
俺も敬礼を返す。ここに来て初めての敬礼だった。
「ここで何をしているんだ」
施設を見回すと、そこかしこに鉄くずのような物が転がっている。
何かの部品に見えなくもないが、何に使われるのかまるで想像もつかなかった。
「ここは工廠。やる事といえば、建造か開発と相場が決まってるさね」
あきつ丸が、鉄くずの一つを拾い上げた。
「艤装の開発ができるのでありますか?」
乱雑な溶接でツギハギされた物体は、どことなく碇のような形をしていた。
「いやー、あたしは溶接で遊んでるようなもんでね。設計図とか読めないし、まともな装備は作ったためしがないよ」
「……資材の無駄遣いは、控えてもらいたいのであります」
北上は、あははと呑気に笑った。
「資材ねぇ。正直、ここじゃそこまで気にしなくていいと思うよ? どうせ出撃も任務もないし、さ」
工廠の奥には、埃をかぶったドラム缶や木箱が山積していた。
資材の備蓄は豊富なようだが、新しい物と入れ替えができていないようだ。痛んでいないか心配だ。
「資材の供給はないのか? 普通の鎮守府なら、定期的に大本営から送られてくるはずだが」
木箱の一つに触れ、埃を手で払った。色あせたタグが出てきて、〝単冠湾泊地本部行・ボーキサイト〟と書かれていた。郵送期日を見ると、四年前に運び込まれた物のようだ。
「ないない。欲しい時は単冠湾本部に分配してもらうらしいよ。もっとも、私の知る限り一度もなかったけどね」
「……もし出撃や任務があるとしたら、どういう時なんだ」
ふと気になり、尋ねる。
「んー、そうさねぇ……」
なぜか北上は言い淀み、ちらっと若葉を見た。
「……ちょっと思い出せないね。私は経験ないし」
軍手をはめ直し、溶接機をいじり始める。その表情は硬く、一瞬だけ何かを伝えたいような視線を俺にくれた。
「……そうか。思い出したら教えてくれ」
ここでは言いにくい。という意思表示だろうか。
「あぁ、そうだ。機械いじりができるなら、後で頼みたい事がある。時計は持ってるか?」
「あるよー」
「では、一二〇〇に執務室に来い。そこで話そう」
北上は溶接機の電源を落とし、「ふぅ」と息をついて手をはたいた。
「了解。じゃ、片づけたら行くねー」