現実世界で艦これやってみた   作:築宮

5 / 16
Hello

 工廠を出て、しばらく港沿いを歩く。輸送船を降りて司令部に向かう途中で通り過ぎた、レンガ造りの建物に向かった。

 若葉はポケットから、鍵の束を取り出した。

「ここがドックだ」

 重そうな鉄の扉は、太い鎖と大きな南京錠で施錠されていた。

 陸軍の火器保管庫を思い出す。

「アタシもここに来るのは久々だねぇ。滅多に艤装使わせてもらえないし」

 隼鷹が、少し楽しそうに目を輝かせている。

「艤装はドックに仕舞っているのか。メンテナンスはどうするんだ」

「週に一度だけ、整備のために開放されるんだよ。でも、月に一度の訓練の時じゃないと使うのはダメなんだ。予備泊地ではね」

 言われてみれば、本来出撃しない泊地で武装する必要はなにもないのだ。

 ここにいる艦娘は戦力外、いわば謹慎という立場にあるわけで、そんな連中に無駄な弾薬や資材を浪費されてはかなわない。そのために、ここでは艤装の使用には特別な制限がかけられているのだろう。

 若葉は鍵で南京錠を外し、何重にも巻き付けられていた鎖をほどく。

 扉は、耳に痛い金属音を響かせて開いた。

 真っ暗な空間に若葉が先行し、壁に取り付けられていたレバーを下ろした。

 高い天井に吊るされていたハロゲンランプがジジジと白熱し、広い室内を照らし出す。

 ドームのような施設の中心に、プールのような設備があった。水は入っていないが、深さはだいたい三メートル弱といったところだろう。一辺が目測で五メートル四方の正方形をしていた。

 床も壁も全面が白いタイルで作られている。入口の向こう側の壁には、艤装が格納されていると思われるコンテナが並んでいた。

「ここがドックか。艦娘の整備を行うと聞いていたが、思っていたより大雑把な施設だな」

 艦娘の体調をモニタリングする装置や、その他の精密機器が必要なのかと思っていた。

「いえ、将校殿。自分のいた舞鶴鎮守府はもっと本格的な医療施設を備えていたのであります。これは、本当にドックとしての機能を果たせるのでありますか?」

 驚きというより、ある種の絶望感を感じさせる表情で若葉に尋ねた。

「安心しろ。このドックは高速修復材を使う時だけの設備だ。通常時の休息、回復に使うドックは、司令部の一階にある大浴場に設けられている」

「そ、それならいいのであります……」

 風呂の心配をしていたようだ。

 だが、確かにこんな屠殺場のような場所で入浴しなければならんと思うと、気が重くなるのもわかる。

「しかし、出撃はないのだろう? 高速修復材の用はないと思うが、使った事はあるのか」

 若葉に尋ねる。

「ある。五年の間に二度だけだが」

 隼鷹が手を上げ、答える。

「アタシはないよ。でも、たまーに泊地本部の艦娘が使ってたのを見たな」

 本部のドックがいっぱいになった際には、ここを使うのだろう。

「なるほど。俺の任期中は使う事もないだろうな。一応訊いておくが、高速修復材の備蓄はあるのか?」

「ある。あと一〇個ほどだ」

 若葉はそう言って、コンテナの方を指差した。

「艤装を格納しているコンテナの向こう側にもう一つ格納庫がある。高速修復材と弾薬、使っていない艤装が格納してある」

「わかった。では、ここはもういいか。最後の一人に会いに行くとしよう」

 すると、若葉の表情が陰った。

 隼鷹も同様に、困ったような目で若葉を見る。

「どうした」

「もう一人は、病室にいると思うんだが……」

 言いにくそうな若葉に代わって、隼鷹が続けた。

「あいつは、ちょっとなぁ。徘徊癖があるというか、よく敷地内をうろうろしてる奴でさ。医務室にいなかったら、こっちからみつけるのは難しいんだよ」

「仕事もせず、散歩ばかりしているのでありますか。あなたに劣らず自分勝手な艦娘でありますな」

 あきつ丸の軽口に、隼鷹は笑うかと思った。しかし裏腹に、さらに困ったような表情で「うーん……」と頭を振った。

「それも仕方ない奴なんだよなぁ……」

「は? どういう意味でありますか」

 いぶかしむあきつ丸に、若葉が答える。

「会えばわかる。行こう」

 そう言って踵を返した。その足取りはやけに重そうに見えた。

 司令部に戻り、コートをあきつ丸に渡す。

「医務室は、階段を上がってすぐの部屋だ。その隣が病室になっている」

 若葉は歩きながら説明し、医務室のドアを開けた。

 目の前に事務机と回転椅子があり、その向こうにはガラス張りの戸棚がある。戸棚の中には、わずかながら消毒液や包帯などの医療品が納められている。

 棚の横には、カードスロットのついた妙に厳つい金庫が置いてある。

 部屋の奥には、病室に繋がっていると思われる扉があった。

 若葉が扉のノブを握り、ゆっくりと押し開く。

 部屋に一歩踏み入れると、小水とよだれの臭いが充満していた。

 中は広く、並んだ六つのベッドがカーテンで区切られている。

 窓も全て遮光されているため、薄暗かった。

 淀んだ空気の中、若葉に続いて部屋の奥に進む。ふと振り返ると、あきつ丸含め他の者は部屋に入ろうともしなかった。

 確かに、用がなければ入りたいとは思えない空気だ。

 カーテンで仕切られた一角。もっとも奥まったベッドの前で若葉は立ち止った。

 その中から、何者かが呼吸している気配がする。

「おい。開けるぞ」

 若葉はカーテンを掴み、横に流した。

 ベッドの上には、入院着姿で枕を胸に抱いた少女があぐらをかいていた。

 寝ぐせだらけの伸ばし放題な茶髪頭で、抱いた枕に噛みついたまま若葉と俺に目を向けた。枕はよだれでべっとり濡れている。

「……んふぅ」

 少女は枕を咥えたまま四つん這いになり、口で枕を若葉に差し出す。

 若葉は無言で受け取り、ベッドの隅に置いた。

「……彼女は?」

 俺に興味を示したのか、獣のように四足でベッドの上を動きながら俺を見つめる少女について尋ねる。

「大日本帝国海軍保有艦艇、単冠湾予備泊地所属。軽巡洋艦、球磨だ」

 球磨。名前が出たとたん、彼女は飛びかからん勢いで俺に迫ってきた。

「ッ!?」

 ベッドサイドの柵にしがみつき、身を乗り出して俺に顔を近づけようとする。

「球磨! 球磨だ球磨! 提督! 球磨だッ! 球磨!」

 柵をガシャガシャと体ごと揺らし、球磨ははしゃいで名前を連呼した。

 キャッキャと笑う彼女を止めようと、俺も自己紹介をする。

「今日着任した、本間清一だ。前の提督、清二の兄だ」

 ゆっくりそう言ってやると、球磨は笑顔のまま首をかしげる。

「あぁ? ……清二、おしっこ」

 言うやなや、球磨はベッドの上に黄色いシミを作り始めた。

「ん……うぅ……うぇえええッ!」

 放尿が済んでぶるっと肩を震わせると、唐突に大声で泣き出した。まるで幼児のようだ。

 若葉が球磨の体を支えながら、泣き叫ぶ球磨をベッドに横たえる。

「すまない提督、少し時間をくれ」

 言いながら、カーテンを内側から閉めた。

「……わかった、俺は執務室に戻る。終わったら来い」

「助かる」

 病室を出ると、あきつ丸が口を半開きにしたまま俺を見た。

「……何も言わなくていい。戻るぞ」

「……は、はい」

 扉を閉じると、隼鷹はため息をついて後に続いた。

「球磨さん、昔はタウイタウイ泊地で旗艦はってたらしいよ」

「優秀だったのか。どうしてここに?」

「詳しくは知らない。無茶な遠征作戦に参加して、球磨さん率いる艦隊が全滅したんだってさ。死んだ仲間全員分の応急修理薬剤を使いながら泊地に帰還したらしいんだけど、あれって劇薬じゃん? 体も大破どころじゃない大怪我だったらしいし、薬が頭に回ってああなったって話を聞いたよ」

 指先を頭の横でクルクル回して。隼鷹は言った。

 艦娘の間で「女神」と呼ばれるその薬は、中枢神経に作用して一時的に消耗を忘れさせる。義体を構成する過縮細胞を活性化させて外傷を塞ぎ、大破状態であっても全力のポテンシャルを強引に引き出すことができる。

 ただし、この薬はドックと違って義体部分にのみ有効なため、義体化されていない生身の肉体部分にはすさまじい負担をかけることになる。

 球磨の場合は、過剰摂取のせいで生身の脳に後遺症が残ってしまったのだろう。

「任務中の負傷が原因なら、名誉除隊するもんじゃないのか。あんな状態のまま、なぜ解体されない」

「それは、提督たちみたいなれっきとした軍人の話。アタシら艦娘は、広義の兵卒とは扱いが違うのさ」

 両手を頭の後ろに組んで、隼鷹は答える。

「解体は、艦娘と司令官の合意があって初めて成立する契約なのさ。球磨さんは見ての通り、自分の意思で解体を望める状態じゃないだろ?」

「ああいう状態の艦娘についてのルールはないのか」

「ないね」

 少々ぶっきらぼうに答えると、速足に俺とあきつ丸を追い越して先に行ってしまった。

 清二が上申したという艦娘の待遇改善案には、この事も含まれているのだろうか。

「あきつ丸。後で艦娘の管理に関する資料を探しておいてくれ」

「了解であります。……将校殿」

 一拍置いて、あきつ丸は足を止めて俺を呼んだ。

 立ち止り、振り返る。

「将校殿は、清二元司令官の意思を引き継ぐようなことを、お考えになられますか?」

 思ってもみなかった質問だった。彼女の目は、どこか不安の色をたたえている。

「それについては、お前と初めて会った時に話したはずだ。俺は、弟と同じ轍を踏む気はない」

「わかっています。しかし、こうして弟様の残された部下たちと顔を合わせ、弟様が何を変えようとしていたのか実感された今となっても、そのお気持ちに揺らぎはないのでありますか?」

 彼女の言葉は切実さを伴い、俺に何かを確かめようとしているように聞こえた。

 はたして、質問通り俺の意思の在り方を尋ねているのか。

 それとも、確かめたいのは彼女自身の意思なのか。

「……何が言いたいんだ」

「……」

 あきつ丸は何も答えず、唇を引き結んだ。

 なぜ何も言わない。自分の腹の内を明かさずに、俺の腹を探るつもりか。

 彼女に歩み寄り、鼻先が触れあいそうな距離で睨みつけた。

「上官の質問にだんまりか。さっきお前の言っていた礼節はどこへ行ったんだ。え?」

 彼女の表情が、恐怖心に染まる。

「い、いえ、あの――」

「もう一度だけ訊く。言いたい事があるなら、はっきり言え」

 彼女は視線を泳がせた後、キュっと目を閉じる。

 数秒の後、意を決したのか。目を開く。

震える唇を割って言葉をつむいだ。

「……将校殿が、心配なので、あります」

 俺は一歩身を引いて、黙って続きを聞いた。

「将校殿がもし、弟様の無念を晴らそうとお考えになり、大本営に異議を申し立てる活動に奔った場合、陸軍省から執務補佐として遣わされた自分には、それを止める責務があります」

 そこまで言って、俺の目を覗きこむ。

「……よくできた言い訳だ」

 俺は、そのすがるような視線を鼻で笑った。

「お前は俺の心配をしてるんじゃない。自分の立場を心配してるんだろう?」

 そう言うと、あきつ丸は息を飲んだ。握りこんだ拳が震えている。

「お前は舞鶴鎮守府で働いていたようだが、最近までは陸軍船艇管理部にいたというじゃないか。管理部は余所の鎮守府から艦娘をヘッドハントするような組織じゃない。つまり、最初から勤めていたのは管理部の方で、舞鶴は出向先だった……。管理部はお前にとって〝予備泊地〟だったんじゃないのか?」

 図星らしく、あきつ丸の膝が震えはじめた。

「舞鶴は、お前を不要と判断して管理部に返還したわけだ。状況は違っても、お前はここにいる連中と同じ廃棄物ということだ。管理部が使えない艦娘をどう処分するのかは預かり知らんが、イレギュラーな上官の付き人として泊地への復帰が決まった時、お前は安心したんじゃないか? これで解体されずに済む、と」

 あきつ丸は目を見開いて、まっすぐ立っているのも辛そうに俺を見ていた。

 やがてその目に、涙が浮かんだ。

「……その通りであります」

 震える膝をそろえ、敬礼した。

「申告いたします。自分は、将校殿の補佐任務を承るまで、上位士官の方々の慰安秘書官を務めていたのであります」

 慰安秘書。そんなものは聞いたこともないが、隠語のようなものだろう。意味は字面で想像がつく。

「女の身でも、兵員として御国のために命をかけて戦いたい。それが、艦娘として生まれ変わった自分の本懐でありました。舞鶴にてその宿願を果たすべく、闘いに身をささげて参りました。しかし……」

 あきつ丸は、帽子の鍔をつまんで引き下ろし、目元を隠した。脱力したように敬礼が解ける。

「御国のために戦った報いが、老人介護と男竿を握る事だなどと……納得できるわけが、ないのであります」

 目元は見えないが、その頬に一筋涙が流れた。

 元々プライドの高い性格のようだ。命懸けで国に尽くしたのにも関わらず、なぜ功績に見合わない仕打ちを与えられるのか。そんな葛藤を常に抱いていたのかもしれない。

「将校殿のおっしゃるように、自分は新しい任務に安心していました。もう一度這いあがれる機会を得られたのでありますから。だから、将校殿……」

 袖で涙をふいて、もう一度俺の目を見た。

「弟様の後を追い、自身の立場を貶めるようなことは絶対にわきまえていただきたく存じます。自分は、あの場所に戻りたくないのであります」

 大本営に異議を唱えるような行動に出れば、海軍籍でもない外様の雇われ司令官の首なぞ簡単に挿げ替えられてしまう。

 そうなった場合、ある意味でお目付役であるあきつ丸の監督責任も問われることになる。

 再び慰安秘書に戻るか、最悪解体を迫られることになるだろう。

「……わかってるよ。部下の立場を考慮してやるのも上官の仕事だ」

 まっすぐな視線に、改めて向き直る。

「はっきり言っておく。俺は今になっても、清二の思想はこれっぽっちも理解できない。する気も起きない。なぜなら――」

 言葉を切って、ゆっくりと息を吐いて続けた。

「俺も、お前らと同じ廃棄物だからだ。このクズカゴに放りこまれた中で一番偉いゴミだ。いつかリサイクル屋に拾われるか、清掃屋に焼却されるのを待つことしかできん。そして、それがゴミのまっとうすべき責務だ」

 きっぱりと言い放つと、あきつ丸は半分安堵したような、半分苦笑いするような顔になった。

「確かに、おっしゃる通りであります」

「俺がここに来たのは、他に食いぶちがなかったからにすぎん。清二の尻拭いをするつもりも、弔いをするつもりもない。だが一人の軍人として司令官の任を受けたからには、部下に対して通すべき筋は必ず通す。それが、今の俺の意思だ。わかったな」

 あきつ丸は、「了解であります」と力強く敬礼した。

 俺は踵を返し、再び執務室を目指して歩き出した。

 歩きながら、頭の中で自分の言葉を反芻する。

〝清二の思想はこれっぽっちも理解できない。する気もない〟

 言葉では完全に否定した。しかし実を言えば、判断に迷うところはある。

 清二が本当に守りたかった物。清二の命を奪った思想の片りんを、まだ俺は本当の意味では目の当たりにしていない。そんな気がするのだ。

 リタイア寸前の古参艦、情緒不安定な小娘、アル中命令無視の空母、正気を失った巡洋艦。

 清二が生きている間は、他にも多くの問題児がいた。こいつらよりもさらに重い問題を抱えた艦娘もいたかもしれない。

 同情してしまうのも、無理はない。

 しかしこいつらへの同情心が、直接清二の命を奪ったようにはどうしても思えなかった。

 国に尽くした艦娘に対し、国からもそれに見合う恩情を与えさせようとした。兵器うんぬんの深読みを省き、表だった主張を要約すればそのようなところだ。いくら頭の硬い大本営、総司令部もそれは理解していたはず。

普通なら、ただ兵器に情を移して余計な口をたたく哀れな男だと思われるだろう。そして、それ以上の扱いはされずにおしまいだ。

だが清二は、それが理由で銃殺刑に処された。

いったい、どれほど〝余計なこと〟をしたのか。

 案件を上に通したいがため、上官の弱みを掴もうとでも画策したのだろうか。

 清二の提唱した艦娘の待遇改善案について、内容は一切知らない。恐らく文書などの記録には残っていないだろうから、内容を知るにはここの艦娘に尋ねるしか術がない。

 それを知ったところで、やはり俺は任期満了を待つことしかできないのだが。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。