現実世界で艦これやってみた   作:築宮

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Used To Get High

 荷台をあきつ丸に引かせて倉庫へ向かっていると、一台の黒いハマーが山間からの車道を走ってきた。

単冠湾の山側は青々とした芝に覆われた丘になっており、そこを走るいかつい車体はひどくアンバランスな光景だった。

 この道は、確か第五泊地まで続いていたはずだ。

 泊地からの客だろうか。

 ハマーは倉庫の前を塞ぐように停車すると、エンジンを切って運転席のドアを開いた。

 運転していたのは、黒髪をボブカットにした艦娘だった。白シャツの上に紫紺のスーツのような上着を纏い、首元にはリボンタイをつけている。軍艦のイメージにまったく不釣り合いな、清楚なお穣さんだ。

 艦娘は一度俺たちを見たが、すぐに視線を外して後部座席のドアへ駆け寄る。

 恭しくドアを開くと、中から白い制服に身を包んだ痩身の男が現れた。提督の正装だ。

「相変わらずカビ臭い所だな。……おい、お前が今日着任した奴か? なに突っ立ってんだ。こっち来て挨拶くらいしろよ」

 男は俺にガンをくれて、顎をしゃくった。

 男の階級は分からないが、少なくとも一昨日まで海軍籍ですらなかった俺よりは上だろう。

 それに、この予備泊地は単冠湾泊地の付属だ。予備泊地の司令官とは、すなわち泊地を管轄する提督の部下という立場になる。

 強いて言えば、の話だが。

そもそも予備泊地の運営、管理は、着任した司令官に一任されるものだ。したがってこの男には、予備泊地の司令部へ気安く命令を下せるような権利はないし、俺の直属の上官というわけではないのだ。

 目の前まで歩み寄り、敬礼して口を開く。

「……本日付で、単冠湾予備泊地に着任した――」

「ンなこと分かってるんだよ。訊いてもねぇのにしゃべんな。……へぇ、〝陸〟の出身って聞いたから、どんな山猿かゴリラが来るかと思ったら……ハハハッ! 清二の兄貴ってのは本当なんだな。似てるぜ、その景気悪そうなツラ。だよな羽黒ぉ」

 男は笑いながら、傍らの艦娘に同意を求める。

「……は、はは」

 とても居心地が悪そうに、眉根を寄せて無理やり笑っている。

「こいつ、僕の秘書官の羽黒ってんだ。もう改二まで済ませてるんだぜ? お前のはどうだよ。そこの地蔵が秘書官か?」

 男は俺の背後を指差す。

 目を向けると、すぐ後ろにはあきつ丸が直立不動で随伴していた。

 あきつ丸は俺と並ぶと、今度は海軍式の敬礼を取る。

「揚陸艦、あきつ丸であります」

 極力、抑揚を殺した声色で自己紹介した。

「なぁるほど。山猿はやっぱ土くせぇ艦娘が好みってわけか。お似合いだけどさぁ、まだ改にもなってないんじゃないの? あきつ丸って確か、改二まで義体できてたよね? 羽黒?」

「は、はい……」

「ダッセェ! 今時、改にすらなってねぇ雑魚が秘書艦とかマジありえねぇよ。つーかさ、お前、提督業ナメてる? ムカつくんですけどー」

 ニタニタと笑いながら、男は俺の肩を殴った。

 それを見たあきつ丸は目を丸くしたが、何も言えずに唇を固く引き結ぶ。

 俺は敬礼を解き、息を吐いて男と視線を合わせる。

「……何のご用でしょうか。わざわざ、カビ臭い空気を吸いにここまで? それとも、秘書艦を自慢する相手が欲しかっただけですかな」

 男は笑うのをやめ、俺を睨んでツバを吐いた。

「ケッ んなわけねぇだろ山猿。僕は忙しいんだ。わざわざ貴重な時間を割いて、誰がこんな廃墟でサルの相手を好きこのんでするかよ」

 俺との距離を一歩詰め、低い声で男は言う。

「てか、今のお前の態度マジでムカついたわ」

 男は、俺の胸倉を掴んで揺さぶってきた。

 さすがのあきつ丸も見過ごせず、割って入ろうと男の手を掴む。

「お、おやめ下さい提督殿! 上官とはいえ、そのような行いは――」

「あ? 揚陸艦風情が指図すんの? てか、この手なに? おい羽黒!」

 呼ばれた羽黒は、背部に装着されている艤装に手をかけた。

 悲痛に細められた眼差しをあきつ丸に向け、首を横に振っている。

「上席の提督に、部下の艦娘が手をあげちゃダメだろ? 特にそれが、弟が憲兵に銃殺された奴の艦娘だったらさぁ。なおさらマズくね? だよな山猿」

 男の手を離したあきつ丸は、歯を食いしばって一歩下がった。

「素人のために一応言っとくわ。お前らみてぇな雑魚、改二の羽黒一人で全員ぶっ殺せるんだからな。つってもサルにはわかんねぇか? 僕の邪魔できる奴は、ここにはいねぇんだよ」

 男は、俺の右頬に拳を振るった。

 つむった目の中に火花が散り、口の中に血の味が広がる。

「何とか言えよ。山から降りてきた気分はどうだ? 海軍ってのはな、陸と違って資本は図体じゃなくてオツムなんだよ。僕ですら散々勉強して、ようやくなれんのが提督だ。お前みてぇに小汚いコネで滑り込んできた奴見るとよ、虫唾が走るってんだ。オマケにそれが陸軍将校だって? 面の皮が厚いにも程があンだろうがよ!」

 再び拳が向かってくる。

 流石に二度目は、腕で受け止めた。

「おっしゃる通り、恥知らずなタチで申し訳ありません。ですが俺は、あんたと違って〝メンツ〟で軍人やってるわけではありませんので」

 男の眼がさらに釣り上がる。

 胸倉を掴む手に力がこめられ、怒りに震えだした。

 少しの間そのまま硬直していたが、やがて細い息を吐き、突き飛ばすように手を離した。

「はっ、低能のサルに何言っても時間の無駄だよな。わかった。用件だけ済ませてさっさと帰るわ。おい羽黒!」

 羽黒はビクッと肩を震わせ、懐から封筒を取り出して男に差し出した。

「単冠湾泊地本部からの伝令だ。正式な赤印書類だから、僕が直々に受領確認しなきゃならねぇ」

 受け取ろうと手を出す。だが男は、俺の手に渡そうと差し出したところで、わざと地面に落とした。

「おっと手が滑った。さっさと拾えよ、落ちてる物を拾うのは得意だろ?」

 ニヤリと唇を釣りあげて、男は言う。

「し、将校殿、宜しければ自分が……」

 あきつ丸が横合いから、落ちた封筒にかがみこんで手を伸ばす。

 男はその頭に、片足を乗せた。

「痛ってぇ! 足つったわ。最近デスクワークばっかで足がナマっててさ。悪い悪い」

 あきつ丸の掴んだ封筒に、深くシワが寄った。

 帽子のツバの影に見えた唇は、きつく噛まれている。

 体重を乗せて踏まれており、立ち上がれずにいた。

「ちっと動かすとまだ痛いからさぁ、しばらくこのまま――」

 俺はさりげなく、あきつ丸の横をすり抜けて男に近寄った。

 男の視線がこちらに向いたところで、男の重心を支えている方の足を払った。

 呆けたような声をあげながら、男は受け身も取れずに肩から落ちた。

「痛ってぇッ!」

「て、提督っ!?」

 羽黒が駆け寄り、抱き起こす。

打ちつけた肩を抑えながら起き上り、俺を睨みつけた。

「テメェ……やりやがったな」

「喧嘩なら、俺はいつでも買います。だが。あきつ丸に手を出すなら、〝提督〟としての筋を通さなきゃならんでしょう? 先にやったのはアンタですよ」

「学のねぇサルが、ぬかしてんじゃねぇよ!」

 羽黒の手を振り払い、俺に向かってきた。

 顔めがけ放たれた拳を、体を横にそらしてかわす。ガラ空きになった鳩尾を、膝で突きあげた。

 大して力は入れていないが、向かってくる勢いが乗ったせいで思ったより威力がついた。

「う、おえぇ」

 男はその場に膝をついて嘔吐する。

 後ろに退いて、それを避けた。

「やめた方がいい。時間の無駄ですよ」

「ぶ、ぶっ殺す……羽黒! やれ!」

 羽黒は艤装に手を伸ばしかけたが、俺を見て思いとどまった。

「そ、そんな……無理です! いくらなんでも、それは……」

 泣きながら首を振り、男に懇願する。

「艦娘が、生身の人間に手を出すなんて……提督、お考え直しになって」

「うるさい! 僕の言う事が聞けないってのか――ぐッ」

 男の胸倉を掴んで無理やり立たせた。

「いいか、今なら提督同士の痴話喧嘩で済む。用が済んだなら、さっさと帰ってくれ」

 男が口を開きかけ、何かを言う前に続ける。

「この場には、お前を黙らせる権限を持ってる奴はいないんだよな? ってことは、俺がお前をブチのめすのを止める奴もいないってわけだ。せいぜいお前ができる事といえば、羽黒を盾にして、その後ろで喚いてるくらいだろうよ。もちろん羽黒が俺をどうこうしようモンなら、俺はタダじゃ済まないだろうがね。あいにく彼女には、その気はなさそうだ」

 男を、羽黒の方へ突き飛ばす。

「俺を痛めつけたいなら、お前が自分でやるこった。女の影から悪態つくのが海軍式のやり方なら、好きにしろ」

 男は制服の袖で口をぬぐい、支えていた羽黒の手をどかして自分の足で立った。

「上等だよ。そんなに海軍式が見たけりゃ、いい舞台があるぜ」

 ギラついた目を、あきつ丸や後ろにいた北上、隼鷹に向けた。

「近いうち、月に一度の泊地総合演習がある。予備泊地の連中も駆り出されるからよ、テメェ、そん時覚えてろよ。演習だからって怪我しねぇと思ったら大間違いだ。ぶっ壊してや――」

 男の視線が、隼鷹の持っていた腕章に向いた。

 途端、口を半開きにして目をしばたかせる。続いて喉をゴクリと鳴らし、額に汗を流した。

「――おい……おいっ! そいつをよく見せろ!」

「え、お、おう」

 突然の事に慌てながら、隼鷹は腕章の菊紋が見えるように両手で広げた。

「三十二弁菊花紋……てめぇ、皇宮憲兵か!?」

 男の視線が、腕章と俺の間を目まぐるしく行き来した。

 何度か繰り返した後、視線は荷台に積まれた野戦砲に定められた。

「……なるほど。噂のお飾り部隊がいい様になったもんだな」

 含み笑いをこぼしながらそう言って、男は羽黒の肩を殴った。

 よろけた羽黒に怒鳴りつける。

「帰るぞ!」

「は、はい」

 羽黒の手で開かれた後部座席につき、ドアが閉められるまで、男はじっと俺を睨みつけていた。

 ドアを閉めた羽黒は俺に振り返ると、悲痛な表情を浮かべて頭を下げた。

「申し訳、ありませんでした」

 羽黒は小走りで運転席に向かう。草原でUターンして車道に戻り、あっという間に走り去った。

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