現実世界で艦これやってみた   作:築宮

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fairytale

 司令部の三階には、艦娘たち個人の私物を収納するための物置がある。

 窓のない縦長の狭い室内には、簡素なクローゼットやタンスが壁を埋めるように置かれている。

 若葉は速足に、両脇の収納には目もくれず部屋の奥へ進む。

 薄暗い部屋の突きあたりには、外套類がビニールをかけて吊るされていた。

 それを横にずらすと、番号式の鍵がかけられた木箱が現れる。

 埃の積もった箱を抱えて引っ張り出し、床の上に置く。乱暴に鍵を外し、木箱を開いた。

 箱の中から、灰色の布にくるまれた棒状の物を取り出す。

 それを箱の外に置き、中に残っていた物を指でつまみあげた。

 くしゃくしゃに丸められた、真っ黒に汚れた絹の塊だ。

 震える指で丁寧に開いてゆく。

 まわりに施されていた刺繍は、黒く固まった血のせいでただのほつれにしか見えなくなっていた。

 その中心に縫いこまれた菊花紋は、茶色く変色している。全体の半分は燃えてしまい、既に腕章の体を成していない。

「……また、この手を――」

 若葉は腕章を握っていた手を、ゆっくりと開く。左腕だけが震えていた。

 はらりと腕章が落ち、乾いた音を立てる。

「――汚せと言うのか」

 

 倉庫に野戦砲を置き、俺と三人は食堂に向かった。壊れかけのドアを押し開くと、暖房のきいた部屋の空気が出迎えてくれる。

 厨房では、夕立がこなれた手つきで鍋に野菜を入れていた。

「あ、提督さん。おかえりっぽい」

 彼女は振り返り、笑顔で声をかけてきた。

「……ああ」

 ぽい、とは何なのだろう。いつかその由来を聞いてみたいものだ。

 床に打ちつけられた長テーブルにつくと、前の席に隼鷹と北上が座る。

「なぁなぁ提督、さっきは格好よかったぜ! ちょっとヒヤヒヤしたけどさ」

 隼鷹が身を乗り出してくる。

「あいつは、いつもあんな調子なのか」

「おうよ。着任して三年くれぇしか経ってねぇくせに、いけすかねぇガキさ。あたしら艦娘を、奴隷か何かと勘違いしてんじゃねぇのかな」

 そういえば、名前を聞きそびれていた。

「名前は?」

「岡田シンヤ。第五泊地提督。いつか爆撃してやろうかと思ってんだ」

 隼鷹は手をポキポキ鳴らして、鼻息を荒げる。

「あの無様な体たらく観たか? 最高だよな北上ぃ」

「まぁ、悪くない見せ物だったけどねぇ……」

 北上は苦笑いを浮かべた。

「そういえば、皇宮憲兵って言ってたね。なにそれ?」

 二人の視線が俺に向く。

 あまり説明したくはなかったが、流せる雰囲気ではなさそうだ。

「それは――」

 言いかけ、あきつ丸がまだ座っていないことに気付く。

 彼女は俺の後ろに立ったままだ。

「……あきつ丸。席につけ。そんなことも命令しなきゃ動けないのか?」

 振り返ると、あきつ丸と目があった。なぜか慌てた様子でそっぽを向く。

「了解であります。隣に失礼します」

 俺の右隣りのパイプ椅子を引き、ぎこちない動作で座った。

「どうした」

「! いえ、別に……」

 帽子のツバを指で押さえ、机を見下ろす。

「あれあれぇ~? 秘書官どのは赤面しておりますな」

 隼鷹がからかうように目を細める。

「分かるよその気持ち! 男に身を呈してかばわれるなんざ、乙女冥利に尽きるってもんさね!」

「黙れ酔っ払い! そんな浮ついた話ではないわ!」

 あきつ丸は机を叩いた。

「将校殿、こやつの戯言は艦隊の指揮に害を成す恐れがあるのであります。注意をお願いするのであります」

「どんな害だ」

 どの道、指揮を取るような日は来ないだろう。

「……皇宮憲兵ってのは、皇室直属の憲兵隊の通称だ」

 俺の言葉に、隼鷹と北上が驚いた顔で乗りだしてくる。

「うそ!? それってかなりスゲェじゃん!」

「こんなところで提督やるような人が、入れる部隊じゃないんじゃないの?」

「かなり昔で、しかも一時だけだ。辞退したんだよ」

「なんでさ。もったいない」

 理由は、言いたくなかった。皇宮憲兵の〝主な仕事〟に触れることになるからだ。

「理由は……機密情報に触れるので言えない」

「うわー、特殊部隊ってわけだ。表ざたになっちゃマズい要人警護とかやってたんだろうなぁー。ますます惚れなおしたぜ!」

「清二提督のお兄さんがそんな凄い人だったなんてねぇ。意外だね」

 目を輝かせて語る二人から、厨房の夕立の背中に目をそらした。

 仕事内容を聞けば、そんな目はできないはず。

 表向きは陸軍憲兵隊の特務官だが、陸軍どころか海軍からも選抜された人員で構成されており、ある意味第三の軍事組織と言える。

 皇室直属。裏を返せば、その任務行動は大元帥の意向その物である。ゆえに、陸軍省と海軍省どちらも彼らの任務行動に口をはさむことは許されない。

 そんな立ち位置の部隊がすることと言えば、今の時代を鑑みれば分かる。

 艦娘という時代の寵児がもたらすのは、平和だけではない。世界を大きく変えてしまった彼女らを政治的に〝英雄〟として維持し続けることは、多大な犠牲が伴われるのだ。

 彼女らは兵器だが、元人間である以上――心という物を宿している以上、どれだけ予防をしても起こりえる事象がある。それが公になる前に処理するための組織が、どうしても必要だったのだ。

「……凄い事はない。宮内省の管轄する要所を護衛していたにすぎん。深海棲艦が本土に上陸しようがない今となっては、無意味な部隊だ」

「あぁ、岡田提督の言ってた〝お飾り部隊〟って、そういう意味?」

「そんなところだ。撃つ機会のない野戦砲を皇居の前に並べた俺たちは、一部の連中には〝キク科の素槍花〟なんて仇名で嘲笑されたもんだよ」

「素槍? おぉ、かっけぇじゃん」

「いやいや隼鷹、それはちと素直すぎない?」

 頭に疑問符を浮かべる隼鷹に、北上が苦笑いを浮かべた。

「はぁ?  なんかの謎かけ?」

 この言葉遊びを理解しているらしい北上が、遠慮がちに俺に目を向ける。

 まぁ、北上が説明するわけにもいかんだろう。

「……素槍花ってのは、〝座り花〟とかけてんだよ。つまりは活花。〝お飾り〟ってことだ」

 自分で説明するのもおかしな話だが。

「あぁ! なるほど。上手い事言うもんだねぇ」

 隼鷹は納得して、膝を一つ叩いた。

 厨房から、お盆に湯飲みを六つ乗せた夕立がやってくる。各々の前にお茶を置く。

「どうぞ」

 香ばしいほうじ茶の香りが、湯気と共に俺の前を横切る。

「あれ? 若葉ちゃんは?」

「さっき、走って司令部に入ってったけど。どうしたのかね」

 北上が、年寄りのようにお茶をすする。

「もうすぐ肉じゃができるっぽい。ちょっと呼んでくるね」

「ああ、頼む」

 夕立が厨房を出た後、あきつ丸が口を開いた。

「そういえば、あの艦娘はなぜ逃げたのでありますか」

 北上と隼鷹に目を向けた。

「さぁ? どうも、腕章を怖がってたように見えたけど」

「確かに」

 隼鷹が、懐から腕章を取り出す。

「心当たりはないのか?」

「ぜんぜん。でも、ここの艦娘ってわりとトラウマ抱えてる子多かったし、若葉にも何かしらあるんだろうかねぇ。これに由来する何かが」

 隼鷹は、菊花紋を指で撫でた。

「あんまし、突っ込んで聞くのはヤボだろうね」

 腕章を差し出す。

「あんたが持ってた方がいい。あたいだと、見える所に置きっぱにしちゃうかもしれないし、あんたの栄誉でもあるわけだしさ」

 俺は、腕章をコートの懐に押し込んでお茶に手を伸ばした。

栄誉、ね。今となっちゃ、昔の制服の一部でしかない。

 あの時の制服は、任務の汚れを落とせなかったので宮内省に返還してしまった。腕章も返そうとしたが、恩賜にあたる物なので自主保管を命じられた。

 腕章にも、目には見えない帰り血が染みついているのだ。

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