現実世界で艦これやってみた   作:築宮

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ナミダライフ

 昼餉を済ませ、俺とあきつ丸は執務室に戻った。

 煙管に煙草を詰めながら、定期補給に刻み煙草を頼めるか心配に思っていたところ、あきつ丸が口を開いた。

「将校殿。岡田提督からお預かりした封書であります」

 差し出された封書をもらい、開かずに眺める。白い封筒には日本海軍公式を示す印字と、明け口に単冠湾泊地本部の押し印がみられる。

 引き出しに転がっていたペーパーナイフで封を切ると、中には二枚の書面とIDカードが入っていた。

 手に収まる大きさのカードの表には、菊の御紋が記されている。鈍色の背景には桜の花びらのような装飾が散り、四隅には歯車のような意匠を配されていた。

 裏返すと、一辺に磁気テープがついている。その上には名前の記入欄があり、既に「本間清二」と記載されていた。

 俺のような臨時の提督のために、わざわざ新しいカードを発行する必要などない。

 経費節約。結構なことだ。

鼻で笑ってカードを懐に仕舞い、書面に目を通した。

「面倒くせえな」

 

〝単冠湾予備泊地提督 本間清一殿

この度の帝国海軍就任、並びに提督への着任を心より歓迎申し上げる。

経緯はどうあれ、単冠湾泊地へ提督として着任されたからには、我々先任の提督と同

じ艦隊勤務に従事する仲間として迎えさせていただく。

同封したIDカードは、提督の個人データを管理する目的のほかに、艦娘たちへの指揮を行うためのモジュールにアクセスするためのカードキーであり、くれぐれも厳重な保管を願う。

………

……

 〟

 手紙の最後は、「単冠湾泊地本部総合艦隊提督 西郷克己」の署名で締められていた。

 手紙の内容はIDカードについての説明と、三日後に簡単な挨拶もかねてこの泊地に来訪されるというものだった。

 西郷克己提督。単冠湾では最も古株の提督で、北方の対深海棲艦作戦では多くの功績を残したと聞く。

「……このボロ屋に西郷提督が来訪されるとしたら、あと三日で何ができると思う?」

 煙管を吹かしながら天井を見上げる。一匹の小さな虫が這いまわっていた。

「……大掃除であります。それと、できれば給仕の手配を。早急に」

 あきつ丸は大きなため息をついた。

「若葉を呼べ。西郷提督と面識のあるヤツがいないか聞きたい。大掃除の計画もな」

「了解」

 あきつ丸は敬礼し、執務室を出た。

 

 鋭い海風が吹く中、防波堤の端に腰掛ける若葉の姿があった。

 後ろから、前掛けをしたままの夕立が声をかける。

「若葉ちゃん。何してるっぽい?」

 ぼんやりと水平線を眺める若葉の隣にかがんで、その視線の先を追う。

「なんにもないっぽい……どこにいたの? 探したのにどこにもいなかったから、先にみんなご飯食べちゃったっぽい」

「……すまない。考え事をしていた」

 時折、思い出したかのようにまばたきをしながら、水平線の向こうを眺め続ける。

「ふーん。考えてたのって、新しい提督さんのこと?」

「そうだ」

 風に踊る前髪に手をやり、夕立も防波堤に座った。

「どんな人だと思うっぽい?」

「……清二の兄だ」

「でも、お兄さんっぽくないっぽい。なんか、中身は正反対だよ」

「そうだな」

「兄弟って、そういうものなのかな。若葉ちゃん、わかる?」

「さあ」

「怖いよね。私たちどうなっちゃうんだろう……」

「そうだな」

「……ねぇ若葉ちゃん。お話しようっぽいー」

 唇をとがらせて、上の空な返事ばかりする若葉に訴える。

「……夕立は、どうして艦娘になろうと思ったんだ?」

 ぼんやりとしたまま突拍子もない質問をされ、夕立は言いよどんだ。

「……そりゃあ、御国を守るためっぽい?」

「今は、どうだ?」

 夕立の目に陰りが差した。

「……わかんない。でも今更、戻れないよ」

 自分の手を見て、もう片方の手でつねってみる。つねった肌は、一瞬だけ赤くなるもののすぐに元の色に戻った。痛みは、ある程度から先は感じない。

「私の家さ、昔はおっきな地主だったっぽいんだけど、最近は借金が増えて困ってたっぽい。艦娘ってお給金いいでしょ? 私が死んだら、家にいくらか入るっぽいし……」

 笑って、若葉に視線を向ける。

「でもおかしいっぽい。模擬演習で落第して、毎日のんびり海を眺めて、お友達とおしゃべりしてばっかりで……。ぜんぜんお金、もらえてないっぽい」

 若葉も視線を夕立に向けた。

「でも、これでいいんだよね。深海棲艦がいなくなって、世界が平和になって。私もいつか解体されて。……家に帰れたら、稼ぎが少ないって怒られるのかなぁ」

「……帰りたいか?」

「……帰りたい」

 二人は、どちらともなく海へ視線を戻した。

「ねぇ、私も聞きたいな。若葉ちゃんは、どうして艦娘になったっぽい?」

 少し大きな声だったのは、潮騒にかき消されないようにというより、滅入りかけた自分の気持ちを入れ替えたかったようだ。

「……さあ。忘れてしまった」

「えー、それはさすがに嘘っぽい」

「本当だ。覚えてないんだ。一〇年以上も前のことだぞ」

「確かに昔っぽいけど、けっこう大事なことじゃない? だって、そのころの艦娘って、それこそ命がけの仕事だったっぽい。若葉ちゃん、すごく真面目だから、きっと本気で日本を守ろうって思って艦娘になったと思うっぽい! どうせ、言うのが恥ずかしいんでしょ? 私は教えてあげたのに、ずるいっぽいー」

 若葉は、そんな夕立の様子に小さく笑った。無理やり絞り出したため息のような、何かひどく悪い物を吐き出したいような、そんな笑いは夕立に聞こえることはなかった。

「言えないよ。私には」

「え? 今なにか言ったっぽい?」

「何も。波の音だろう」

「そう?」

 それきり二人は、あきつ丸が呼びに来るまで海を眺め続けた。

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