黄前久美子2年生_____入学式当日
「やばいやばいこのままじゃ遅刻だよ~」
時刻は7時ちょうど、通学時間は約40~50分、そして今日は入学式で演奏するため8時集合なのである。久美子は慌てて家を出て、走って駅に向かい電車に乗る。
(なんとか時間には間に合いそう…。)ふぅ…とため息をつき電車に揺られ北宇治高校を目指すのであった。
同日、AM7:15
「行ってきます」
「忘れ物はない?大丈夫?」
「うん、多分…」
そう言って家を出る。
俺は今日から北宇治高校に通う新1年生の神木拓海。
身長は160cmと男としては小さいがまだ高校生ということでこれから成長期が来ると信じている。
マンションを出てすぐ近くの公園に1人同じ制服を着て待っている人がいる、彼は小学校からの幼馴染の桜井宗人、身長が180cm弱と大きく短めの髪に赤縁の眼鏡をかけている。
「おっす!」
「おう」
付き合いも長いので挨拶も随分とそっけないものだ。
「あ~今日から高校生か~めっちゃうきうきしてきたべ」
と、言いつつ真顔で俺に話しかけてくる。どこの田舎もんだよ。
「一緒のクラスになれたらええけどな」
などど、他愛のない会話をしつつ高校を目指す。
時刻は8時すぎ、初日ということで少し早めに登校したのだが、既に学校は人だかりができていた。
「あー、やっと着いたー!」
北宇治高校の門には入学式と書かれた大きな看板が立てかけられている。
今日から3年間ここでお世話になるのか…としみじみ思いながら門をくぐると様々な部活が勧誘していたが自分は既に入る部活を決めていたので早々とクラス表が張り出されているところに向かう。
「ええと、自分の名前は…」
独り言を発しながら自分の名前を探していると隣から宗人が話しかけてくる。
「おい、俺たち同じクラスやんけ!」
「まじ!?」
そうして指差す方を見ると3組の一覧には2人の名前が書かれていた。
互いに拳を合わせ、2人して「いいね~!」と笑い合う。
下駄箱に向かうとその前で3年生2人がクラスごとに分かれ1年生に花形のリボンを配っていた。
「あの先輩めちゃくちゃ可愛くないか?」
列に並びながら興奮混じりで言ってきた。
こいつ朝からテンション高いなと思いながらも答える。
「確かに…やっぱポニーテールだよな」
「それ!」
大きな声が返ってきた。声大きすぎて前の人たち驚いてビクッとしてるじゃん。
一番前に来ると3年生から「おめでとうございます」と言われ、少し緊張した声で「ありがとうございます」と返した。
一旦、教室へ行きすぐに体育館へと移動することとなる。
入学式、校長の長い話と在校生代表、新入生代表の挨拶が終わり吹奏楽部の歓迎の演奏が行われた。
長い入学式を終えて教室に戻るなり宗人はいきなり俺の席まで来た。
ちなみに俺の席はよく主人公が座っているようなポジション、つまり窓側の一番後ろの席なのだ。
「やっぱこの学校にして良かったよな」
「うん、人数少なくなった分音の圧は落ちてるけど関西大会の時よりも断然上手くなってた!」
「せやな!でもえらい人数減ってなかった?3年生が相当多かったんやろうな?」
「まあ…でもこれから1年生も入るし問題ないでしょ」
そんなことを話していると急に隣の席の女子が話しかけてきた。
「ねえねえ、もしかして吹奏楽部の話?」
「うん…そうだけど…」
恐る恐る返事をする。
「私も吹部入る予定なの!経験者?あ、ごめん私は小松ひかる」
彼女は窓際の一番後ろの席である俺の右隣の席の小松ひかる、女の子の中でも小さめでショートヘアのいかにも元気っ娘という感じだ。
「そう!俺は桜井宗人でこっちが神木拓海、小松さんはなんの楽器担当するん?」
勝手に紹介されてしまい、どうもと会釈する。
「これからよろしくね!私は中学でもフルートやったからフルート希望やねん。2人は?」
「俺はトロンボーン希望で拓海は…」
「一応ユーフォ希望」
即答すると小松さんはほうほうと頷く。
「なあ良かったら明日一緒に部活見学行かん?」
「そうやなせっかくだし一緒に行こか!」
少し打ち解けたところで担任が教室に入ってきた。それからホームルームが始まりクラスメイトの自己紹介から学校のこと、プリントの配布などがありそうこうしているうちに終業のチャイムがなった。
ホームルームが終わるなり小松さんは笑顔でこちらに向き直り元気よく話しかけてきた。
「なあなあ神木君せっかくやし連絡先交換せえへん?」
「お、いいよ!じゃあこっちがQRコード映すわ」
「ありがとう!私急ぐから櫻井君に連絡先教えといて、じゃあまた明日!」
「おっけい!了解」
小松さんは手を振って早々に教室を出て行った。
その入れ替わりで宗人がやってきた。
「何話してたん?」
「あ~連絡先交換してた、急ぎの用事があるから宗人にも教えといてって」
「へ~そっか、1日目から女の子の連絡先聞けるなんてツイてるな」
「まあでも吹部入ったらどうせいっぱい聞けるよ多分…。」
ガハハと笑う。
この日は部活見学もなく特にすることもなかったのでそのまま帰ることにした。
翌日
今日も授業という授業もなく委員長や委員会、係など半日かけて決めた。その後はホームルーム中に少し話して仲良くなった俺の前の席の小野翔平と宗人の3人で昼ご飯を食べた。
食べ終わり談笑していると教室の外から小松さんの声が聞こえてくる。
「そろそろ音楽室行く?」
教室に設置された時計を見てもうそんな時間かと思い、小野にまた明日と告げ教室を出た。
音楽室の前まで来ると
「あーなんか緊張してきたー」
棒読みで言ってる宗人を無視して扉をノックして「失礼しまーす…」と遠慮がちに挨拶する。
「お!待ってたで1年生!君たちが最初の見学者や」
よく通る声をした3年生の先輩が迎い入れてくれた。
「ちょっと優子1年生そんなビビらすなや」
「はぁ?別にビビらせてへんわ」
2人の先輩が言い合いしている途中小さな声で宗人が話しかけてくる。
「おい!あのポニーテールの先輩リボン配ってた人やんな」
耳打ちしてきたので首を縦に振って肯定した。
「あーごめんごめん、うちは吹奏楽部の部長の吉川優子って言うねんよろしく」
「それでうちが副部長の中川夏紀よろしくな」
自己紹介をされた3人は各々自分の名前を名乗っているうちにまた何人か見学者がやってきた。
教室の隅で待機していると3人の2年生の先輩が挨拶して入って来ると吉川部長は待ちくたびれたかのようにその2年生の1人に声をかけた。
「黄前やっと来たか!もう1年生来てるで」
そう言われ1年生が並んでるところに目を移すと
「げっ…」
と声を漏らす姿が見られた。
「ん?久美子どうしたん?」
中川先輩が首をかしげている。
「あ、いえなんでも…ちょっと顔見知りがいたので」
「ふーん、そうなんや。じゃあまあ始めての仕事で緊張するかもしれんけど1年生の指導係頼むで」
吉川部長が腕を組みながら言った。
「分かりました」
相槌を打つと俺たちは視聴覚室へと案内された。
現時点での見学者は24人と中々に多かったが、去年全国行ってるしまあ当然か。と心の中で呟いた。先輩は見学者の1年生がそれぞれ席に着くのを確認する。
「えーとはじめまして1年生の指導係を任された2年生ユーフォ担当の黄前久美子ですよろしくお願いします」
「もう、黄前ちゃんくそ真面目か!堅すぎるやろー!」
もう1人の先輩がケラケラ笑いながら指をさす。
「もー緊張してるんですよー!それより自己紹介して下さい!」
「あーすまん、えっと3年生の加部友恵、黄前ちゃんと同じ1年生の指導係でトランペットやらせてもらってますみんなよろしくな!」
それから吹奏楽部の1年の行事を簡単に説明されどんな楽器があるのか経験者なのか第一希望が通るかをざっくりした説明を受けた後、質問会が行われて自由行動となった。解散してすぐ久美子先輩は俺と宗人のところにやってきた。
「本当に北宇治に来たんだ」
「お久しぶりです!久美子先輩、ちゃんと会話したのは関西大会ぶりですかね?」
「そうだね、高校入ってからは毎日忙しかったから…」
「え!?なになに黄前ちゃんの知り合い?」
加部先輩が興味津々に聞いてくる。
「あー、この2人小学校からの幼馴染なんです、家が近いし中学でも吹部だったので」
「ふーん、なるほど2人はもう吹部入るの確定なん?」
「あ、はい。そのために北宇治に来たようなものなんで」
「えらい気合入ってるやん、まあ去年全国行ってるし部員も増えるか!即戦力はこの部にとってもありがたいことやし、楽器は?」
「はい、僕がユーフォで」
「僕がトロンボーンでした」
「なんや黄前ちゃんの直属の後輩やん」
加部先輩は笑顔で久美子先輩の背中をバシバシと叩く。
「はぁ…まだ正式には決まってないですけどね…それより背中痛いです。」
「おっと、そろそろ時間やしうち、そろそろ行くわ!じゃあまたね」
「賑やかな人でしょ、あぁ見えても周りのことは常に見てるから凄い頼りになる先輩なんだよ、私もこれから練習だけど2人はどうするの?」
「あー…帰ります」
「分かった、じゃあまた楽器決めの日にね!お疲れ」
「お疲れ様です」
挨拶をして2人寄り道をしながら帰路についた。
正式入部当日
「はい、注目!」
黒板の前で吉川部長が大きい声を出した。
入部を決めた1年生たちがぎゅうぎゅうになって列を形成させていた。
「皆さん、こんにちは」
「こんにちは」
1年生が一斉に挨拶をする。
「うちの吹奏楽部に入部してくれて本当にありがとう!私はめちゃくちゃ嬉しいです!しかも今年は48人も新入部員がいるようでビックリです、大豊作です!」
吉川部長は言い放ち笑顔を振りまく。そこで1年生の緊張は少し解かれていった。
それから部長、副部長の簡単な紹介を済ませたあと楽器の紹介へと移る。
「では、次に楽器の紹介です。初心者の人たちもいると思うのでひとつずつ紹介していきます。その後皆さんにはそれぞれ楽器を決めてもらいます。既に説明は受けていると思いますが楽器には限りがあるので全員が第一希望というわけにはいかないと思いますがご理解ください。じゃあまずトランペットの方よろしく!」
「はい!」
高坂麗奈先輩だ。関わりはあまりなかったが同じ中学で同じ部活だったのでもちろん知っている。向こうは覚えているかどうか分からないが…
それからはスムーズに楽器紹介を終えた。
「はい!では紹介も終わったのでこれから各楽器にバラけて先輩たちがスタンバイしてもらっているので自分の希望するところに行ってください。担当が決まったら私のところに報告に来るようお願いします」
自由行動と同時に1年生同士がどうするか?と相談したりする話し声が聞こえてきたが俺を含む半数の生徒は真っ先に希望の楽器へと向かった。
「こんにちは」
「早いね、他に楽器見なくてもいいの?」
久美子先輩が返してくる。
「もうユーフォって決めてたので大丈夫です」
「了解」
「え~ユーフォもう一人獲得したん?ええな~、あっ私2年生チューバ担当の加藤葉月っていうねん、よろしく!」
「あっ…どうもよろしくお願いします」
挨拶したところで後ろから大きな声が聞こえてきた。
「あー!みっちゃん、みっちゃんだよね?」
周囲にいた部員たちの目が一斉に声の主へと向けられる。小柄な女の子が長身の女の子に勢いよく抱きついていった。
「みっちゃんも北宇治なん知らんかった。一緒の高校で部活できるなんてほんまに嬉しい」「そ、そうやな」
「みっちゃんもチューバ希望?うちと一緒やん!」
にこにこと話しかけているところにいつのまにか加藤先輩が乱入していった。
「もしかしなくても、2人ともチューバ希望?」
「い、いえ…」
「そうです!」
長身の女の子の台詞にかぶせるように小柄な女の子が元気よく答える。
「1年生チューバ2人確保―!」
キャッキャと戯れあってこっちに戻ってきた。
「まあまあ落ち着いて葉月、ほらまだ名前も聞いてないよ?」
「そうやった!ついテンション上がってしまった…自己紹介してもらってもいい?」
小柄な女の子が元気よく自己紹介する。
「鈴木さつきです、東中出身でチューバやってました」
「え?東中なん?うちも東中出身やで!」
「うおーまじっすか!?」
「同じ中学の後輩なんて嬉しいわ~よかったよかった」
そう仲良く会話している隣には憮然とした表情の女の子が立っている。
身長はおそらく170cm以上に長い脚、アシンメトリーなショートヘアは小柄な彼女とは正反対に見えた。高身長が羨ましすぎる。
「隣のあなたもチューバ希望?」
「まあ…そうなりますね…鈴木美玲って言います、南中で3年間チューバやってました」
「南中ってことは夏紀先輩や優子部長と同じやん」
「中川副部長のことは知らないですけど吉川部長のことは少し知ってます」
「まぁ、夏紀先輩中学は帰宅部やったらしいからな~、ちなみに同じ鈴木ってことは親戚かなにか?」
「あ、いえ、たまたまです小学校が同じで同じ鈴木だと言うこともあって仲良くなったんです、ちなみに先生からはW鈴木って呼ばれてました」
楽しそうに鈴木さつきが話す。
「積もる話もあると思うけど優子部長のところに担当楽器の報告3人で行ってきてね」
談笑しているところに久美子先輩が打ち切る。
「キミはユーフォ担当?」
「まあね、神木拓海、同じ低音パートとしてよろしく」
「うん!よろしく!これからめっちゃ楽しみやな~」
軽く自己紹介をしながら3人で部長のもとに向かう。
30分後には全員楽器の割り振りが終わり1年生は先ほどと同じく整列している。一番前ではハキハキと喋る吉川部長がいた。
「さて、ここからが本題です。去年私たちは悲願である全国大会に出場できました。ですが結果は銅賞…。すごくすごく悔しいことです。もしかするとこの1年の北宇治のイメージしかない人も多いと思います。滝先生がきて弱小だった北宇治がたった1年で強豪校になった。傍から見るとそういう印象になるかもしれませんが当事者である私たちからすればそんな簡単なことではなかったです。問題は山ほどあってそれをひとつずつ潰してようやくここまで実力を付けることができたんです。全国に行くということはそう簡単なことではありませんそれを胸に刻んで下さい。それを踏まえた上で今年全国金賞を取りに行くかそうでないかを聞かせてもらいます。全国金賞を目指す人!」
そう言われた瞬間全部員がパッと腕を上にあげた。
「ありがとうございます。では今年も全国大会金賞を目標に活動に取り組みたいと思います。先生これでよろしいでしょうか?」
「はい、部長ありがとうございます。それでは全国金賞を目標に皆さん頑張っていきましょう!」
「はい!」
その返事は音楽室が割れんばかり力強い声だった。
部員全員でのミーティングが終わりパートごとに分かれることとなった。
低音パートは3年3組の教室で練習をすることになっている。
低音パートの今年の1年生は5人だった。
「それじゃあ、まずは自己紹介から始めよか…俺はチューバ担当で低音パートのパートリーダー後藤卓也、よろしく」
パートリーダーの後藤先輩を皮切りに、それに続くように次々と自己紹介が行われる。
「私は長瀬梨子、同じくチューバでパート副リーダーだよ困り事や悩み事があるときは遠慮なく言ってね」
「さっき紹介したけど一応、中川夏紀ユーフォ担当です。副部長やらせてもらってるけど楽器は高校入ってからなのであまり先輩らしいアドバイスは出来ないと思うけどそれ以外なら全然頼りにしてや」
「え~、もうご存知だと思いますが黄前久美子です。ユーフォ担当で1年生指導係もやらせてもらってます。よろしく」
「次はうちやな!加藤葉月チューバ担当です。夏紀先輩と同じで高校生からの初心者やけど分からんことがあればどんどん聞いてきてや」
「はいはーい!今度は緑やな緑は川島緑輝。やけど緑のことは緑って呼んでな、担当はコンバスな!緑コンバスの後輩が入ってくれてめっちゃ嬉しい」
「じゃあ次は1年生の番ですね!うちは鈴木さつきチューバ担当になりました。先輩方が皆さん優しそうで安心しました。これからよろしくお願いします」
「えっと…チューバ担当になりました鈴木美玲ですよろしくお願いします…」
「次は私ですかね?ユーフォ担当になりました久石奏ですよろしくお願いします」
さらさらの黒髪に赤いリボン型のヘアクリップが添えられた頭をぺこりと下げる。
「あっ…僕ですね同じくユーフォ担当の神木拓海ですよろしくお願いします」
「僕は月永求、コントラバスですよろしくお願いします」
小さな身体に目元まで伸びた前髪、肌の色は異様に白く整っている顔立ちはそこらの女の子よりも可愛らしく学ランを着ていなければ女の子と間違えてしまうほどの容姿だった。
全員の自己紹介が終わりいよいよ新生北宇治高校吹奏楽部が始まるのかと期待と不安で胸が高鳴っていた。
第一章 邂逅 完