盆休み前日
府大会で北宇治高校A編成、B編成は共に金賞を獲得し、A編成は関西大会へと駒を進めた。
府大会から約1週間が経過した今日、練習は午前だけ行い昼食のあと、午後からは吹奏楽部全員で普段練習で使用している教室の大掃除を行うことが毎年恒例となっているみたいだ。
俺、みっちゃん、さっちゃん、求君の4人の担当は低音パートの練習教室3年3組である。
「はぁ~終わり、終わり」
俺は椅子にドカっと座り声に出した。
「まだちょっと時間あるね」
みっちゃんは教室に備え付けられている時計を見ながら呟いた。相変わらず、高身長からくるスラッとした身体はモデルを思わせるようなルックスをしている。
「教室掃除するのにそりゃ1時間半もあったら時間も余るわな」
求君は椅子に座り机に頬杖をついて気だるそうにしている。
大掃除の時間は1時間半設けられており、窓を拭いたり、普段やらないようなところも掃除をしたのだがそれでも時間が余ってしまったのだ。
「あ~明日からお盆休みか~もっと練習したいな~」
「まじか……」
俺はさっちゃんの言葉に思わず声を漏らしてしまった。
「だって、Bでも金取れてどんどん上達してるのを感じれるから楽しいんやもん、それにこの前、梨々花ちゃんにも褒められちゃって、それがきっかけで最近仲良くなったんやで」
「へ~剣崎さんって入部した時から誰とでも仲良いんやと思ってたわ」
だってあの人コミュ力の鬼だもん。
2人はあまり接点がなさそうだったが同じB編成になって関わる機会が増えたのだろう。
「俺、あいつ苦手やわ」
「でしょうね…」
俺も最初苦手だったし……。まあ求君は苦手な人だらけな気がするけど……。
「ねえ、このあと2人は暇?うちとみっちゃんと奏ちゃんとで遊びに行くんやけど…どう?」
「あ~ごめん、今日はもう先約が入ってんねん」
「俺もパス」
「そっか~せっかくやから低音の1年で揃って遊ぼうと思っててんけどな…ほら!まだ1回も揃って遊びに行ったことないやろ?」
そう言ってさっちゃんはニカッと笑う。
おそらく気を使ってくれているのだろう。
「悪いな…また今度改めて日程決めようよ」
「うん!」
「神木君、先約ってもしかしてバンドの練習?」
みっちゃんが素っ気なく聞いてきた。
「そうそう……って、なんで知ってんの?」
「さっちゃんから聞いてんけど…」
視線をみっちゃんからさっちゃんへと移す。
「うちは梨々花ちゃんに聞いたんやけど…もしかしてあかんかった?」
ま~た剣崎さんか……。
「あ~、いや、別に隠してたとかじゃないからええんやけど」
「そもそも練習後に櫻井たちと視聴覚室でコソコソしてたらバレるやろ」
求君が横から付け加えてきた。それにしてもコソコソって……。
「文化祭で披露するんやろ?めちゃめちゃ楽しみにしてるから詳しく分かったら教えてや」
「ありがとう、楽しみにしてて」
その時、ポケットに入れているスマホが振動したのを確認し、サッと隠すように取り出し中身を確認するとLINEの「吹奏楽部1年男子」というグループからの新着メッセージがあった。
新着メッセージの送り主は猫のアイコン、隣には櫻井宗人という文字が並んでいる。この猫は櫻井家の愛猫だ。
『緊急!今日部活が終わり次第、早急にピロティに集合すること!円卓会議を行う。以上』
なんかやけにウザいテンションだな…。
「……っち!」
求君も確認したのかスマホを見て軽く舌打ちをかましている。
「どうしたん?」
2人が同時にスマホを見ながら微妙な顔になっているのが気になったのかみっちゃんが声をかけてきた。
「櫻井からのしょうもないLINE」
求君はサッとスマホをポケットに直し淡々と答え、机に顔を伏せた。さてはもう会話する気ないな?
「ふうん…男子たちは仲いいよね、よく一緒にご飯食べてるし」
「まぁ悪くはないかな~こういう時は女子と違って人数少ないほうが楽かもな」
「そうやね、女子は多すぎていまだにまともに喋ったことない子だっているからね」
まあ女子の方が圧倒的に人数が多いから男子の権力はほぼゼロに等しいんですけどね……。
それからしばらく3人で話していると、突然ドアが開き、久美子先輩がひょっこり顔を出す。
「掃除終わったー?音楽室ももう終わったからそろそろ移動してね」
久美子先輩の言葉にさっちゃんとみっちゃんが「終わりました」と返し、全員が移動する準備を始める。
「そうだ、拓海君、明日夜ご飯食べにウチ来るんだって?」
その瞬間、周りの空気が凍りついたような感じがした。なんか視線がこちらに集中されているような気がするけど気のせいですかね?
中学の頃の秀一君の気持ちが理解できたような気がする。
「はい?何それ、初耳なんですけど…」
「そうなの?さっきお母さんから明日、拓海君の親出かけていないから夜ご飯お願いされたって連絡あったよ?」
「……まじっすか、初めて知りました。ていうかお邪魔していいんですか?」
ウチの親、毎度毎度急過ぎるでしょ…というより何故、子どもの俺より先にご近所さんが知ってるわけ?
そこのさっちゃんとみっちゃんこっち見ながら何ヒソヒソ話してるの?
「え、別にいいよ小、中の時も来てたじゃん、お母さんも久しぶりに拓海君来るって喜んでたし」
「なるほど、じゃあお言葉に甘えてお邪魔させてもらいます」
「オッケー、了解」
そう言って久美子先輩は教室を後にすると俺たちも続いて音楽室へ向かった。
部活終了後 ピロティ
大掃除が終わり最後にミーティングを終え解散すると俺と求君は宗人に言われたとおりピロティへと向かった。
俺たちが着いた頃には宗人とタカは既に円形の机に椅子を囲んで座っていた。
俺は自動販売機でコーヒーを買って椅子に座ると宗人が本題を話し始める。
「え~コホン、皆さん集まっていただきありがとうございます」
「テンションうざ…」
「ええやろ別に~!それよりこの話聞いたら泣いて感謝することになるで?求」
「もったいぶらず早く教えてや~」
タカが机をバンバンと叩き宗人を急かすと宗人は低姿勢になり声のトーンを落として話し始める。
「実は…S7の4人と2年’sカルテットと久石、剣崎ペアの計10人で明後日、太陽公園のプールに行くという情報を得た」
その言葉を聞いて3人が各々の反応を示す。
「なん…だと…」
タカが仰々しく呟く。おいおい、よくバトル漫画で聞きがちなセリフだな…。
「………」
求君は全くの無反応。
「なるほどね~」
俺はこの時点でなんとなく先の展開が分かってしまった。
「つまり、ドキッ!?俺たちもプールに行って偶然鉢合わせてしまった大作戦を決行しようと思う…!行く人!」
「はい!はいはーい!」
まず初めに勢いよく反応したのはタカだった。
「貴裕隊員、行くぞ!楽園(パラダイス)へ」
「一生付いて行きます宗人隊長」
「それで2人はどうする?」
「俺は行くよ」
内心結構楽しみにしているが平静を装って答えた。
「ムッツリーニ…」
「おい!」
宗人がニヤリとして小声で言ってきた。
どうせ家でゴロゴロするしか予定がないのだからこんなおいしい水着イベントがあるなら行くよ、だって男の子だもん。
「いや、俺はいいや…」
「え~なんで?なんか予定あんの?川島先輩の水着姿が拝めるんやで?」
「……………。ないけど…俺、泳げへんし」
うわっ、何故か間が空いた、こいつ川島先輩の水着姿で心が揺れているぞ。
「泳げへんのなんて関係ないで、こいつだって泳げへんねんから、ほら行こ行こ」
そう言って俺を親指で指す。
「へ~意外」
「悪かったな泳げなくて!」
北宇治を志望した理由にプールの授業が無いからってのも含まれているんだぞ!ここ、拓海的にポイント高い。
「……。分かった、行くわ」
求君はついに折れてしまい一緒に行くことを決意する。
うわぁ、宗人がめちゃめちゃしてやったりみたいなドヤ顔になっているの腹立つな。
「よし、決定!じゃあ明後日朝イチ現地集合な」
そうして俺と宗人は練習のため視聴覚室へ、求君とタカは帰路へと着いた。
自宅
自然と目が覚め、スマホのホーム画面を覗くと時間は朝の9時を少し回っていた。
快晴で部屋に降り注ぐ日差しが眩しく、二度寝するのは厳しそうだ。
仕方なくベッドから身体を起こして起き上がり、洗面所で顔を洗い、歯磨きをしてリビングに向かうと家には既に誰も居なくて静まり返っていた。
俺は冷蔵庫から昨日買っておいたサンドイッチとコーヒーを出し、テレビを点けて朝食を取る。
「お、甲子園やってるやん、しかも立華高校やし…」
高校野球は毎年そこそこ観ていたが今年は今日が初めてになる。
「1回くらい甲子園で楽器吹きてえよな~」
北宇治の野球部は大して強いわけではない。毎年、府大会ベスト16か8みたいだ。そして京都の常連として立華高校が挙げられる。
野球にサッカー、吹奏楽と立華は部活に力を入れているのか強い部活が結構多いらしい。
普通、高校野球の公式の試合には吹奏楽、ブラスバンドの演奏で応援するのが一般的だと思われるが北宇治は全国大会、つまり甲子園からじゃないと吹奏楽部の応援が付かないらしい。
そんなことを考えながらサンドイッチを食べていると小野からLINEが一通届いた。
『今日暇?良かったら昼ご飯行かへん?ちなみに聡もいるで』
急だなぁ…と思いながらも親が出かけて居ないのでどのみち昼ご飯を買いに行くか食べに行くかしないとだめだったのでちょうど良いタイミングだと判断して短く返事を送る。
『オッケー!何時どこ集合?』
そうして時間と場所をサクサクと決めると野球を観ながらゆっくりとしたペースで準備して家を出た。
ファミレス
「いらっしゃいませ~」
女性店員が元気よく挨拶をしてきた。
お盆休みということもあってか店内は慌ただしい。
「あの、先に連れが来てると思うんですけど…」
そう言いながら辺りを見渡すと手を振っている小野を見つける。
「あ、すみません。見つかりました」
「ごゆっくり~」
笑顔で会釈されたのでこちらも軽く会釈で返して席に向かう。
おそらく学生のアルバイトだろうに愛想がよく好感が持ててしまう。
「お待たせ」
「ええよ、こっちこそせっかくの休みやのに悪いな」
「いや、親が出かけててご飯なかったからちょうど良かったわ、ナイスタイミング」
揃ったところで店員を呼んで各々が注文をする。
「宗人も誘ってんけどどっか行ってるみたいでさぁ~」
小野はドリンクバーで注いできたコーラを飲みながら残念そうにしていた。
「あ~、今日は奈良のおばあちゃんのところ行くって言ってたな~」
「お盆やししゃーないか、拓海はお盆予定ないん?」
「今日の夜と明日は1日あるけどそれ以外はないな~」
「翔平、そんなことより他に言うことタクにあるやろ?」
「え?なに?」
「え~やっぱり言わなあかん?」
「おいおい、ここまできてヒヨるんか?」
「めっちゃ気になるやんか、小野早く言って」
俺と聡君の押しで観念したのか言う気になったようだ。
「いや~実はひかるちゃんのことが気になるようになってしまいましてですね…」
「………はいっ!?」
突然の報告にちょっと変な声出たじゃん。
なに?一緒にバンドの練習しているうちに惹かれたってことですか?
「いや、だから…」
「そんないきなり暴露されてもな~小野と小松さんの仲取り持つの協力してほしいってこと?」
「まぁ…端的に言うと……。同じ吹奏楽部だし色々と詳しいかなと思って」
「いや~関わってる時間に関しては小野と大して変わらんで、部活じゃパートも違うからそんなに接する機会も無いし」
「そっかぁ~」
「悪いな…まあそれなりには協力したるけど…あ、誕生日は知ってるで!12月9日」
「まじ?あざっーす!覚えとくわ」
「とりあえず、今日の花火大会に誘ってみれば?」
スマホをポチポチ弄りながら聡君が提案してきた。
「え…」
小野が目をぱちくりさせて固まる。
「あ、今年の花火大会って今日やったんか」
すっかり忘れていた。
宇治川の花火大会は、毎年この時期に行われていて多くの人たちが集まり周辺は大混雑となるのだ。
「いきなり2人で花火大会はちょっとハードル高くない?」
「そんなんまずは誘ってオッケーもらってから気にしろよ、はいはいスマホ出して!」
「お、おい」
聡君は渋る小野からスマホを取り上げ何やら操作している。
「はい、代わりに誘っといたったで」
「うそーん!?」
そして、ちょうど注文していた料理がやってきたので返信を待ちながら食べることにした。
「文化祭まであと1ヶ月か~早いもんやな」
「実際俺たちの進捗的にはどうなん?」
「案外大丈夫そうやな、てかタクたち吹部が優秀すぎるわ」
「いや~それほどでも…あるよね」
「キタキタキタキタキタ」
俺と聡君が話している隣で小野は突然けたたましく興奮しだす。周りの客に迷惑だからやめてくれ。
「おっ!?なんて返ってきた?」
「………オッケーだってさ」
「やったやん、けど向こうもよく2人で行く誘いオッケーしてくれたな」
「だって、俺と翔平とひかるちゃんの3人でどう?って誘ったからな」
「え…?」
「まぁ心配せんでも俺は途中でこっそり抜けるからそのあとは自分で上手くやれよ」
こうして小野と小松さんのキューピット、マル秘大作戦が始まった。
黄前家
「お邪魔します」
約束の時間になったのでドアをノックして中に入る。
「いらっしゃーい、もうご飯出来てるよ、って言っても簡単なものだけどね」
「い、いえ気にしないで下さいよ。こちらこそ急にすみません。これしょうもないものですけど」
親から貰ったお金でファミレスから帰ってくるときにコンビニで買っておいた6個入りの箱に入ったハーゲンダッツを渡す。
「あら、ありがとう。そんなの気にしなくていいのよ、長い付き合いなんだし」
リビングへ行くと、ソファに座ってお酒を片手にテレビを観ているおじさんの姿があった。
「お久しぶりです、お邪魔します」
「おー!神木君、いらっしゃい。待ってたぞ」
「待ってた…?」
「これこれ」
おじさんは机の上に置いてある折りたたみ式の将棋盤を指差す。
「あ~、最近全然やってないのでたいしたことないですよ?」
「はいはい、将棋はご飯食べてからよ、はい拓海君どうぞ」
そう言って机の上に冷麺と唐揚げを出してくれた。
「ありがとうございます、それじゃあいただきます」
「ただいまー」
俺がいただきますと言ったと同時に玄関のドアが開いてただいまという声を耳にする。
「あら、遅かったわね、もう拓海君来ちゃってるわよ」
「あー、うん。ちょっと寄り道しちゃって…拓海君いらっしゃい」
「どうもっす」
「ご飯はもう食べちゃった?一応冷やし中華あるけど」
「食べる食べるー」
「今日はお世話になります。これ、母からです」
久美子先輩の後ろからひょこっと出てきておばさんに挨拶する高坂先輩を視認して口に入っていた唐揚げを吐き出す。
「ゴホゴホ…え!?高坂先輩なんでいるんですか?」
「いや、こっちのセリフなんやけど…」
俺と高坂先輩は同時に久美子先輩を見る。
「別に言う必要ないかな~と思って…」
「まぁ…別にええけど」
「2人の分もすぐ用意するから座って待っててね」
「はーい」
2人は一旦荷物を久美子先輩の部屋に置いてきてリビングに戻ってきた。
俺の隣に久美子先輩が座りその正面に高坂先輩が座った。
「で、なんで神木君がここでご飯食べてるん?」
高坂先輩が俺らにしか聞こえない程度の声で話しかけてきた。
「今日親出かけてていないからご飯呼ばれに来ただけっすよ」
「そうそう、だからいちいち言う必要ないと思ったの」
「そう、てっきり浮気してるんかと思ったわ」
はは~…そんなわけあるかいな。アホらし。
「ちょ、ちょっと麗奈!まだ秀一のこと親に言ってないんだから」
久美子先輩はキョロキョロと周りを気にしながらシッー!と人差し指を立てる。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
「いただきまーす」
「麗奈ちゃんの苦手なものとか入ってない?」
「大丈夫です、あまり好き嫌いはないので」
よかった~とおばさんはホッとしたような顔をしている。
「秀一君はトマトが嫌いでね。前に冷やし中華出したときに無理して食べて具合悪くなっちゃって」
「ゴホッゴホッ」
久美子先輩がむせた。分かりやすいな~と横目で見ながら思う。
「どうしたの、いきなり」
「いや、秀一がここでご飯食べてたのなんてどれだけ昔のことなの」
俺と高坂先輩は笑いを堪えるのに必死で肩を震わせているのを見た久美子先輩はキッと俺たちを睨みつけてきた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした、食後のコーヒーでも飲む?」
「あ、じゃあお願いします」
そう言って席を立ちおじさんのいるソファに座るとおじさんは無言で折りたたみ式の将棋盤を広げ始める。
「なに?神木君将棋やるん?」
「うん、ウチ来ると大体お父さんとやってるよ」
カチッ、カチッと駒を並べる。
「え~平手っすか…?」
「もうハンデ付けなくても神木君十分強いだろ」
「よろしくお願いします」
2人揃って挨拶をするとおじさんが先行でゲームが開始される。
「相変わらず、バチバチ攻撃タイプの居飛車なんですね」
「そういう神木君は今までとは違った戦術でくるんだな」
「えぇ…まあ」
「2人ともコーヒーと麗奈ちゃんが持ってきてくれたお菓子ですよ」
「ありがとうございます」
「拓海君は今日泊まっていく?」
「ぶっ…」
飲んでいたコーヒーが吹き出す。
「い、いえ流石に帰ります」
「そう、残念…」
え、なんで残念なんですか…?
少し驚かされるも気を取り直して対局に集中する。
このあとめちゃくちゃ将棋を指した……。
第十一章 マル秘大作戦 完
とうとう3月、花粉の時期がやってまいりましたね。
3月~6月までの約4ヶ月は本当に辛い時期です。
今、願いが叶えられるとしたらこの世からの花粉抹消ですね笑
さよならの朝に約束の花をかざろうを先日観に行きましたがとてつもなく良かったです。
皆さんももし気になっているのであれば観てください。