AM5:40 自宅
スマホから目覚ましのアラームがけたたましく鳴る。
ディスプレイには5:40と表示されている。外はまだ薄暗く普段であればまだあと1時間以上は夢の中なのだが今日からは少し早起きしなければならない。軽く憂鬱になりそうだ。
いやいやながらベッドから体を起こし学校へ行く準備をする。昨日の残りの米でおにぎりを2つ作って、机の上に置いてある昼ご飯代の500円玉を財布にしまい「行ってきます」そう言って俺は玄関を出る。
オーディションまで残り約2週間、宗人と相談して今日から朝練に参加することにした。
「おっす」
宗人は既に集合場所に来ていた。
「おっす、いや無理すぎん?眠いんだが…」
欠伸をしながら宗人に挨拶する。
「拓海がこの時間って言ったんやろ?」
「いや、まぁ,,,そうやけど」
「もう朝ご飯は食ったんか?」
「いや、まだ…おにぎり2つ持ってきたから学校着いたら食べるつもり」
「その手があったか!俺も明日からそうしよ」
宗人は手をポン!と叩き納得する。
「その方が睡眠時間確保できるしな」
そう愚痴りながら登校時間を短縮するために小走りで駅に向かった。
校門を抜けると、サッカー部など運動部が既に練習を始めている。
下駄箱で靴を履き替えていると楽器の音がどこからか聴こえてくる。
「俺らも結構早く来たはずやのにもう練習してる人いるんか…」
宗人が声を漏らす。
音楽室に向かう途中の廊下を歩いていると先ほどの楽器の音が近くなってくる。
「おはよ」
傘木先輩がいち早くこちらに気づき挨拶すると隣にいた鎧塚先輩もリードを口から離しこちらに向かってコクリと小さく会釈する。
「おはようございます」
2人して先輩に挨拶する。
「先輩方早いですね、何時に学校来られたんですか?」
宗人が尋ねると傘木先輩が明るい声で返答する。
「うーんと6時過ぎくらいかな?」
「はやっ!?」
俺は思わず言葉を漏らしてしまった。
「まあ、南中やった生徒は学校から結構近いしね」
「2人だけですか?」
「多分音楽室に優子たちおると思うで?」
「そうですか、分かりました」
そう言って俺と宗人は再び音楽室に向かう。
もうすぐ着くというところで音楽室から久美子先輩と高坂先輩が出てきた。
「あ、先輩おはようございます」
「あら、おはよう」
「拓海君、宗人君おはよ」
「朝練?めずらしいやん」
基本吹奏楽部の朝練と居残り練は参加自由な形式なので普段朝練に参加しない人は別段珍しくはないがこの2人はほとんど毎日この時間には既に学校に来ているようだ。
「はい、オーディションも近いのでちょっと詰めようと思いまして」
高坂先輩の問いに宗人が答えた。
「そっか頑張りや、あんま無理したらあかんで」
「じゃあね~」
そう言って2人は階段を下りていった。
ドアを開けずとも音楽室の中からはよく通る大きな声が聞こえてくる、姿が見えずともその声の主は分かってしまう。今日も朝っぱらから元気に言い合いをしているようだ。
改めて音楽室のドアを開け、挨拶する。
「お、2人とも早朝出勤ご苦労さん」
「おっす!優子…早朝出勤ってなんやねん」
「おっはー」
吉川部長、夏紀先輩、加部先輩が出迎えてくれる。
3人はなにやら机を囲んでルーズリーフに色々書きながら話し合いをしているみたいだ。俺は定位置に荷物を置いて尋ねた。
「あのー、なんの話し合いしてるんですか?」
「あぁ、夏の合宿の件でちょっとな、今週中に決めないとまずいみたいなんよ」
夏紀先輩が頬杖をついて眠たそうに答える。
「へ~、どこ行くかは決まってるんですか?」
「一応滋賀の合宿所の予定やけどまだ確定はしてへんからあんまり広めんといてや」
宗人と吉川部長が会話に入ってくる。
「まぁ、これはうちらの仕事やから気にせんと2人は練習してきいや、せっかく朝早くから来てんから」
夏紀先輩にほらほらと手を払われ、俺たちは音楽室をあとにして楽器室へと向かった。
楽器を取り出しながら宗人が口を開く。
「なあなあ、滋賀って琵琶湖以外なんかあったっけ?」
「う~ん…特にはないんちゃう?一応けいおん!の聖地ではあるけど」
「流石オタク!そういうのはすぐ出てくるよな」
宗人はケラケラ笑う。
「オタクに言われてたくないわ、そもそも合宿なんやから別に観光せえへんし滋賀に何があるかとか関係ないやろ」
「それよりどこで練習する?朝練だから教室は使えんし廊下も邪魔やろうし…」
「屋上に向かう…」
俺はそう言いかけてやめた。あそこのことは秘密にしておこう。
「なんて?屋上?」
「あ、いや…渡り廊下とかでいいんちゃう?」
「まぁ~無難なとこやな~」
練習場所が決まったところで2人は目的地へと向かった。
AM8:30 教室
教室に入って席に着くなり俺は鞄からおにぎりを取り出して食べる。
「なんや、学校来るなり早々おにぎりなんか食って…早弁か?」
前に座る小野が驚く。
「いや、朝練で朝ご飯食べる暇なかったから…今日から5時40分起きやで5時40分起き!地獄やわ、まじで」
「うわ~…お疲れ様」
ホームルームまではあと10分弱しかないので急いで食べる。
1限目は英語なのだがこの時間は通称内職の時間とも言われていて基本何しても先生から注意されないのでみんな課題やらなんやら自由に時間を過ごす生徒が多い。普段俺も適当な事して授業を受けているのだが今日は眠すぎるので机に突っ伏して寝ることにした。
「悪いけど1限目終わったら起こして」
「おう、分かった」
小野に告げて俺は夢の中へと旅立った。
2限目は体育なので男子は全員更衣室へと移動する。
着替え終わると宗人はトイレに行くから先に行っておいてくれと言い残す。俺と小野は先にグラウンドへ出るとタカとさっちゃんが声をかけてくる。
「おっす!」
「おはよー」
週に1回この日の体育は隣の4組との合同授業であり、この2人は同じ4組なのだ。ちなみに3組は吹部の部員が4人で、1年のクラスの中では1番少なく、隣の4組は9人で1番多いクラスである。この時間は何かしらの球技で授業丸々使うので俺にとっては結構嬉しい授業でもある。
「拓、めっちゃ眠そうやな」
「ん?あぁ…朝練行ってたからな~それで1限目寝てたから寝起きやねん」
「朝練か~俺も行くべきだよな~…次日本史やろ?今のうちに目覚ませとかんなヤバない?」
タカはそわそわと心配そうに言う。
隣のクラスということもありよく教科書の貸し借りをしているのでタカは自然とこちらのクラスの時間割をなんとなく覚えてしまったらしい、ちなみに俺は隣のクラスの時間割など覚えていない。
日本史の担当の教師と言えば通称「ボス」と呼ばれている野球部の顧問だ。タダでさえ怖い教師なのだが怒るとそれはもうおっかない…。普段ヘラヘラしている宗人でさえビビっている教師なのだ。
「ほんまにあの先生怖いよね~うち怒ってるところ1回見たことあるけど半泣きになったもん」
「ははっ!間違いないわ」
さっちゃんの言葉に笑いながらタカが同意する。
「もうそろそろ整列しといた方がええんちゃう?」
「せやな」
それからまもなくして2限目開始のチャイムがなる。
昼休み
いつものごとく俺、宗人、小野でご飯を食べている。
いつもは弁当なのだが朝練で朝が早いということで弁当を作る時間がないと親に言われ昼ご飯代を握らされた。
「はぁ~おまえら2人はいいよな~S7の4人と距離近くて…ほんま羨ましいわ」
突然小野がため息混じりに言う。
「?…エスセブン…?なにそれ」
「なんや、拓海知らんのか?最近噂になってるやんか」
小野の聞き覚えのない単語に俺は首を傾げると宗人が呆れたように言う。そして小野が説明するように話す。
「あれ知ってる?花より男子」
「一応知ってるで、昔やってたドラマだけの知識やけど」
「それのF4をもじって3年生の美少女7人をS7って呼んでるんや、ちなみに男子はM7やな」
「あ~なるほどね、ちなみにその7人って?」
「7人のうち4人は憎いことに吹奏楽部に在籍してる先輩たちやで?吉川先輩、中川先輩、傘木先輩、鎧塚先輩の4人な」
何故か小野は得意気に話す。
「まあなんとなく想像はついてたわ…」
想像通りだったので特に驚くこともなかった。
「じゃあこれは知ってた?吉川先輩、この3ヶ月で3人から告白されてるみたいやで」
「まじか!?てか、どっからそんな情報仕入れてくるん?」
「そりゃ~企業秘密よ」
予想外のことにひっくり返る、確かに吉川部長は可愛いし演奏も上手いし料理もできるらしくかなり女子力は高いようだが普段部活中に見る彼女は可愛いよりも先に怖いの方が少し勝ってしまう。
「ちなみに小野、拓海は中川先輩と下の名前で呼び合ってる仲なんやで」
それまで黙っていた宗人はニヤニヤしながら余計なことを口走る。それを聞いた小野はすごい形相になる。
「は…?まじか!?それまじか!?」
「まじやで、な?」
「す~ぐ余計なこと言うやんけ…ほんまに」
「S7と話せるだけでも羨ましいのになんなん?名前で呼び合うって…失望したわ!あ~俺も吹部に入ればよかった、高校生活やり直して~!」
「別にええやろ、同じ楽器の先輩なんやから…ちなみに残りの3人って誰なん?」
こちらに話を振られるのが面倒になったので慌てて話を進めた。
「残りの3人は野球部マネージャーの小宮先輩とバスケ部部長の南條先輩と生徒会副会長の悠木先輩やで」
「へ~竜ちゃんのお姉さん入ってるんや」
「悠木家はホンマに美男美女揃いやんな、ズルいわまじで」
「まさか悠木先輩とも顔見知りとか言わんよなぁ?」
小野が興奮気味に問うてくる。
「顔見知りってほどちゃうけど竜次の家には何回か行ってるからその時挨拶くらいは交わしてるで?」
小野を煽るようにして宗人は自慢げに話す。
そんな話をしていると竜ちゃんがやってくる。噂をすればなんとやらだ。
「なに?姉さんの話?拓、これありがとうな、めっちゃ続き気になるんやけど」
以前俺が貸した漫画を返して話に加わる。
「案外読むの早いやん、明日続き持ってくるわ。いや、今S7とかいうのを小野から熱い語りを聞かされてるんよ」
「なるほど、それで名前出てきてたんやな」
竜ちゃんも既に知っていたようだ。
「おいおい、なんか俺がS7オタクみたいな言い方やめてくれん?」
「だってめっちゃ詳しいやん」
「普通やし!拓が知らなさすぎるだけやし!」
小野がムキになって反論してくる。
「そもそもS7とかM7って誰がどういう基準で選んでるんや?」
竜ちゃんが素朴な疑問を投げかける。
「確かに、あくまでF4は自らが「F4」と言っていてそれが自然と広まったって感じやろ?」
宗人が続く。小野がう~んと困ったような顔つきになる。
「俺も噂でいつのまにか知ったってだけやしな~出処が掴めへんねん、多分2年か3年の誰かやとは思うんやけど…」
「北宇治の七不思議とかにありそうやな」
そう言いながら時計を確認する。
次の授業まで残り10分を切っていた。それに気づいた宗人は
「そろそろ移動するか~」
と言って支度し始める。5限目の授業は音楽、美術、書道の3つの選択科目で隣のクラスとの合同授業でもある。
音楽には俺、小野の2人で宗人と竜ちゃんは書道だ。音楽の教師はもちろん滝先生である。部活以外の先生は嘘のように優しいが吹部からすれば部活の時の滝先生の印象が強いので普通の授業でも緊張してしまう。
「じゃあ行きますか!」
そう言って各自の教室に向かった。
オーディション前日 放課後
廊下を歩けば四方から楽器の音が聴こえてきた。
1年生にとっては初めての、そして3年生にとっては最後のオーディションがすぐそこまでやってきていた。
少し遅れて、いつもどおりパート練習教室のドアを開け挨拶する。
普段の和やかな雰囲気もこの日は存在しなかった。張り詰めた空気に無意識に息を止めてしまう。静かに席に座りマウスピースを取り出し唇に押し当てる。マウスピースだけで音階を鳴らして口がちゃんと動くことを確認し楽器を取り出して軽く音を出し、基礎練習を一通りやっていく。
しばらく練習した後、休憩時間になったので飲み物を買いにピロティに向かっている途中でなにやら話し声が聞こえてきた。
「あの、久美子先輩」
「どうしたの?奏ちゃん、こんなところに呼び出して」
いつもとは少し違う真面目なトーンで話す2人に後ろ髪を引かれながらも盗み聞きは悪いと思いその場を離れようとしたところ後ろから手を引っ張られる。驚いて振り向くとシーッ!と人差し指を立てている剣崎さんがいた。
「なに?どうしたん?」
俺は近くにいる2人にバレないように小声で問いかける。
「せっかく面白そうなことになってるのに聞かんでもいいの?」
2人を指差して剣崎さんが答える。そんなやりとりをしている間にも何も気づいていない2人の会話は進む。
「先輩、今日は黄前相談所空いていますか?後輩が困ってるんですから夜少しお時間いただけますよね?」
「いや、まぁ少しくらいなら大丈夫だけど…」
「ありがとうございます!こんなにも優しい先輩を持てるなんて私は幸せものです」
久石は先ほどとは打って変わって笑顔をパーっと覗かせていたが久美子先輩は小さくため息してるようにも見えた。
「じゃあ練習終わったら駅前のファミレスでいい?」
「はい、お願いします」
話が終わり2人はこちらに向かってくるので俺と剣崎さんは慌てて隠れる。
「うーん、肝心の相談内容は聞けんかったな~…神木君!今日練習終わったらファミレス行こ!ファミレス!」
「え…?嫌や、気になるんやったら1人で行ったらええやん」
「え~、こんな美少女にデート誘われてるのに断っちゃうの?もったいないな~1年生のみんなに神木君にデート断られた~って言ったらどうなるんやろ」
ニヤリとして脅し始めてきた。自分で美少女って言っちゃってるよ…と心の中でツッコミを入れる。
最悪だ…普段久石とツルんでるだけあってこういうところはちゃっかりしている。
「分かった、分かった…じゃあ練習終わったら校門前集合でいい?」
「ありがとう!やっぱり神木君は優しいな~」
「はは…ホンマに思ってるんかよ」
ついつい心の声が漏れてしまう。
「やだな~思ってるよ、私が神木君以外の吹部の男子と仲良く話してるところなんてみたことないでしょ?」
「仲良くって…あんま変なこと言わんといてや、いろんな意味で誤解されるで」
「そう?本当のことやん」
「まあいいや、じゃあまたあとでな」
そう言って手を振りピロティへ向かった。思わぬところで時間を費やしてしまい休憩時間も残すところあと10分を切っていた。
PM7:30 ファミレス
俺と剣崎さんは久美子先輩と久石に気づかれないようにして久石が座ったボックス席に対して背中合わせになるようにボックス席を確保する。
「あの…剣崎さん?俺の隣じゃなくて正面に座ってくれませんか?」
「向き合うように座ったら向こうにバレるかもしれんでしょ」
「左様ですか…」
こういう席で2人が同じ方の席に座るととても違和感を覚えてしまう。
「それで相談したいことってなんなの?」
久美子先輩が話を切り出し俺たちは耳を傾ける。
「なんなんですかあの人!」
「あの人って?」
久石が珍しく声を荒らげていた。
「何かあったの?」
「今日、久美子先輩練習に来るの遅かったじゃないですか、その間、いつもどおり練習していたんですよ、そしたら中川先輩が私のところに来たんです。それであの人、私に教えてくれって言ってきたんです」
「それで?」
「久美子先輩は変だと思わないんですか?先輩が後輩に教えてもらおうとするなんて!」
「夏紀先輩は自分より奏ちゃんの方が上手だって認めてるんだよ」
「それって変ですよ、普通プライドってものがあるでしょ。私なら絶対無理です」
「夏紀先輩にとっては無理なことじゃないんでしょ?何をそんなに怒ってるの?」
そう言われたあと久石は少し沈黙していた。隣の剣崎さんの横顔を覗くといつになく真剣な顔で2人の話を聞いている。
「べつに…それが嫌なわけじゃないんです」
ポツリと久石は呻くように呟いた。
「じゃあなんで…夏紀先輩のことが嫌いになれないから?」
「何言ってるんですか」
「奏ちゃんは夏紀先輩のことが嫌いなんじゃなくて嫌いになろうと努力してるんじゃないの?」
「そんなこと…」
「最初ね私、奏ちゃんって去年卒業した尊敬している先輩に似ているなって感じたの、でもずっと一緒にいたらやっぱり全然違うって思った。奏ちゃんは甘いよ、詰めが甘すぎる。利己的な性格を演じているのはそれがかっこいいと思っているから?」
「久美子先輩って意外に攻撃的なんですね…驚きました」
「こういうことあまり言いたくなかったけど奏ちゃんがあまりに意地張ってるからさ、本当は自分でも引っ込みつかなくなってるんじゃない?確かに先輩より上手な後輩って微妙な立場だとは思うよ、その相手が3年生なら特にね、だから申し訳ないって感じる自分に嘘をついてるのかなって思ったの」
「嘘ってなんですか?私は中川先輩のこと本当に何も思ってないですよ」
久石は必死に反論する。
「そうやってムキになっているところが夏紀先輩を気にかけている証拠だと思うな、ほかの人相手ならもっと上手く立ち回れるはずなのに夏紀先輩のこととなるとすぐ攻撃的になる。本当は心苦しく思っているんじゃない?」
久美子先輩の怒涛の攻撃に久石が大仰にため息をついた。
「やっぱり夏紀先輩と仲良くなれない…?私ね、中学の時に先輩を差し置いてAになったことがあるんだ、その時の先輩が結構キツイ性格でね、酷いこと言われてそれがトラウマになっちゃってて、だから去年のオーディションの時も結構ドキドキしてたの、でも、そんな人じゃなかった…夏紀先輩は高校生から吹奏楽部始めたの、だからずっとBにしか出たことなくて、それでも周りをよく見てるし人望もあるから副部長に指名されたんだよ。だから私は奏ちゃんに夏紀先輩のこと好きになってほしいな…夏紀先輩はいい人だよ」
「分かってますよ、そんなこと…」
観念したように久石がポツリと呟く。
そして店員をボタンで呼び出して注文する。
「季節のフルーツ特大ジャンボパフェ1つ」
「え、今から食べるの?奏ちゃん大食いだね」
今までの緊張感は溶けて驚いたように久石に聞いた。
「何言ってるんですか、久美子先輩も一緒に食べるんですよ」
「嘘でしょ…」
そうして他愛もない会話を始めだした。
隣にいた剣崎さんも久石の注文に便乗して私も同じの食べたいと言い出す。
「まじで言ってんの?」
「マジもマジ!神木君手伝ってくれるよね...?」
「はぁ~なんでこのコンビはこうも我が儘なんや…」
剣崎さんはニコリとして店員を呼び出しパフェを注文した。
しばらくしてパフェがやってくる。ジャンボパフェと言うことだけあって想像していたよりもなかなか大きい。それを見て剣崎さんは目をキラキラさせているが俺はげんなりしていた。
「今日は私の我が儘聞いてくれてありがとね」
「なんや、我が儘って自覚あったんか…」
「でも、神木君も珍しいよね、私にデート誘われたのに全然嬉しそうにしてないやん」
「剣崎さんも久石もよくもまぁそんなに自分に自信持てるよな、小日向さんに少し分けてやりたいわ…そもそも盗み聞きするためにここに来ただけでデートちゃうやん」
「もう~そんな細かいことはええやん、そう言えば小日向さんとは同じ中学なんやっけ?」
「よう知ってんな~流石コミュ力の塊やわ」
「そんなことないよ、普通やで普通」
「そうっすか…」
「同じ低音パート同士奏とは仲良くしてあげてね」
少し沈黙したあと剣崎さんは唐突にそんなことを言ったので少し驚いた。
「まぁ、向こう次第かな…俺だって別に久石を嫌ってるわけちゃうし」
少し照れくさくなってパフェのアイスの部分をすくって食べる。
「あ!今ちょっとドキッとしたでしょ!」
意地悪そうな顔でこちらを見てくる。
「してへんわ!」
隣の2人が帰るのを確認したあと俺たちも席を立つ。
会計を済ませて外に出ると剣崎さんが振り返って言う。
「今日はホンマにありがとね、明日オーディション頑張って絶対Aに入ろな!約束」
「せやな、送った方がええか?」
「いいよいいよ、すぐそこやし」
「そっか、じゃあまた明日!気をつけて帰ってや」
そう言ってハイタッチをする。
「バイバイ」
剣崎さんは笑顔で手を振って帰っていく。
見送って駅まで行き改札をくぐると壁にもたれかかってスマホを弄っている久美子先輩がいるのを目撃して焦ってしまう。
「拓海君、おつかれさま」
「お、おつかれさまです…どうしたんすか?」
「どうしたじゃないよ、ファミレスでずっと話聞いていたでしょ?」
「えっと、それは…」
予想してなかったことで冷や汗を流す。
「幸い奏ちゃんには気づかれてなかったけどこういうことしちゃダメだよ?まあ多分剣崎さんに言われて渋々着いてきたって感じなんでしょうけど…」
「すみません、気をつけます。さっき話聞いていた時も思ったんですけど久美子先輩、中学の頃と比べてだいぶ鋭くなりましたよね…色々と」
「はぁ…まぁ、去年色々とあったからそのせいかもね」
今年とは違って去年はかなり苦労していたようだ。
「それより、拓海君は明日のオーディション大丈夫なの?」
「分からないですけどやれることはやったと思いますよ」
「そっか…なら心配いらないね、悩み事も無さそうだし」
「特にないですけど…なんかそれはそれで失礼じゃないっすか?」
「良い事じゃない?さっき聞いてたなら分かると思うけど私はユーフォ、もっと欲を言うなら低音パートのみんなが仲良くしてもらいたいの、だから拓海君も協力してほしい。それでこっそり聞いていたことは許すから」
「まぁ、ぼちぼち努力しますよ、夏紀先輩といい求君といい結局のところ久石次第みたいなところあるし…黄前相談所もなかなか大変ですね、色々考える事があって、もし困ったら声かけてください。出来そうなことなら手伝うので」
「ありがと、相変わらず世話焼きというかお節介だよね、今日もわざわざ梨々花ちゃんに付いてきてたし」
「そうですかね?あんまり自覚ないですけど…それより秀一君とはうまくやってるんですか?」
そう聞くと久美子先輩はむせ返った。
「な、なんで知ってるの?まさか秀一から聞いたの?」
「正式な入部の日に聞きましたよ、人のことばかり心配せずに自分のことももっと考えてあげてくださいよ」
「アイツはぁ~」
顔を赤らめてボソボソ秀一君に文句を言っている。
そんな話をしていると電車がやってくる。俺と久美子先輩は電車に乗って帰路に着いた。
第六章 着々と 完