1 パラオ泊地
人間狩りを超える狩りはない。
武装した人間の狩りに長年たずさわり味をしめた者は、他の獲物への興味を失う。
――アーネスト・ヘミングウェイ
「IED-ッ!!!」
荒廃した人気の無い市街に誰かの絶叫のような声が響き渡った直後、路肩に駐車していた自動車が爆発した。
爆発の次の瞬間には、自動車の傍にいた4、5人の兵士が、巨大な炎に包まれた。車の残骸や爆発の衝撃で粉々に粉砕された建物のガラス片が、辺り一帯に飛び散った。
この爆発で5人が即死し、10人前後の重軽症者が出たが、これに対応している暇は無い。混乱に包まれたこの爆発の現場に、今度は機銃弾が間髪入れずに降り注いだ。
「正面右の3階からだ!隠れろ!!」
居合わせた誰かがそう叫んだが、隠れる暇もなく2人がこの銃撃で斃れた。力なく倒れ落ちる戦友を後目に、他の者達は近くの銃弾を防げそうな遮蔽物に隠れた。
しかし、道路上には先ほどの爆発で負傷した者が野ざらしで倒れていた。銃弾は彼らにも容赦なく降り注ぐ。
「畜生共め!撃つならこっちを撃て!!」
軽機関銃を持ったある兵士は、大声で罵りながら敵がいるであろう建物に向かって仕返しとばかりに撃ちまくった。
負傷した者の絶叫、敵の容赦ない銃撃、それに応戦して滅茶苦茶に撃ち返す者達・・・戦場の混乱は凄惨を極めた。
――こちら4歩連第3大隊3中隊、敵の激しい抵抗を受けている。直ちに海上からの火力支援を要請する。
――了解、目標コードは?
――目標コード、ワ―23。繰り返す、ワ―23だ。部隊と敵の距離は近い、正確に頼むぞ!!
――了解、ワ―23をこれより射撃する。付近の者達は遮蔽物に隠れるように。
前線から後方に位置する艦隊司令部へと火力支援の要請が伝達される。前進を阻まれ、出血を強いられている第4歩兵連隊第3大隊第3中隊の要請は、司令部を経由して海上に展開している少女達に伝わった。
――目標コード、ワ―23。鉄コンの6階建ての建物だ。榴弾で火力支援を行え。
――ただいま確認。これより射撃を開始します。
海上に立っているセーラー服を着ている少女達は、皆先ほどから始まった銃撃戦に釘づけになっていた。その中に一人、淡々と射撃の準備をしている娘がいた。傍らには双眼鏡を除きながら指示を送る、少し年上に見える娘がいる。スナイパーのスポッターのような役割をしているのだろう。
射手である、黒髪のセミショートで、どこか垢ぬけない雰囲気のする彼女は、その小さな手で抱えた12.7cm連装砲を陸に向けた。微調整のために砲身が上下に少しばかり動く。視線と砲口の先は、未だ爆発の時の粉塵が舞う銃撃戦の現場だ。
――吹雪、初弾撃ちます。
次の瞬間、彼女の持つ砲から一発の12.7cm弾が放たれた。平射に近い軌道で飛翔した砲弾は、目標の建物に命中した。
砲弾は鉄筋コンクリートの壁を難なく撃ち破ると、建物の中で炸裂した。猛烈な爆風が建物の外へと向かって放出され、先ほどまで狂ったように唸っていた銃声は、着弾の轟音と共に消え失せた。
「戦場の女神のお出ましだ。」
自動車の残骸に隠れていた者が呟いた。
この後、ダメ押しとばかりに2発目、3発目と次々と砲弾が撃ち込まれ、間もなく建物は歩兵に制圧された。もっとも、制圧したそれは建物と言えるほどの形をしていなかったのだが。
――制圧完了。協力に感謝する。
海上から砲弾を放った件の少女は、仕事を終えると深いため息をついた。
この戦闘によって22人の死傷者と引き換えに6人の敵を排除し、97メートル前進することができた。
2020年 4月
熱帯の照り付ける日射しの真っただ中、一人の若者が船に揺られていた。真っ白な士官用の制服を着こみ、手元の書類をペラペラとめくりながら読んでいるかと思ったら不意に思い出したかのように窓の外を見る、という行動を繰り返していた。どうにも落ち着かないようだ。それも無理はない話で、なんと彼はこれから司令官となるのだ。艦娘という兵科で構成された、一部隊の長となるのが、彼に与えられた任務であった。
憧れの存在だった司令官という職務だったが、それは数日前に降って湧いたように彼に言い渡されたものであった。
数日前、彼は勤務地の横須賀から市ヶ谷の軍令部へと呼ばれた。
人事局の一室に通されると、そこには式典か何かで顔を見たことがあるようなないような気がする、とにかくお偉いさんがいた。そこで彼は、自身が少佐へ昇進することと、パラオ泊地へと赴任することが知らされた。急な知らせですまないと偉い人は言ったが、彼は適当な言葉で社交辞令を言うのが精一杯だった。
話を聞くと、この彼の赴任のきっかけは、今井少佐という人物の推薦ということが分かった。彼はその人物の名前を久しぶりに聞いた。それは懐かしい名前であった。
今井少佐は士官学校時代の彼の教官であった。戦争真っ只中の今日この頃、教官でさえも折からの人員不足のお陰で前線と内地とを行ったり来たりはよくあることであった。
なるほど、確かに今井さんにはよくお世話になった。自分でいうのも難だが、年上の人との付き合いも苦手ではないし、顔ぐらいは覚えていてくれたのかもしれない。肝心の士官学校の成績も、なんとか上から数えた方がはやい位の位置にはつけていたから、印象は悪くなかったはずだ。
更に話を聞くと、どうやらこの今井少佐は、前線で”名誉の負傷”を負い、内地に後送されることになったのだという。そこで空いたポストへ就くように今井少佐から推薦を受け、めでたく昇進人事によって赴任することになった、という次第であった。
窓の外には真っ青な海が広がっていた。その青い海原の中にポツンポツンと点のようなものが動いているのが見えた。艦娘だ。
よく見ると長い髪が海風を受けてなびく様子が見えた。髪の長い娘は少々うっとおしそうにしているのも見て取れた。艤装を身に付けていることを除けば、本当に小さな少女達であった。その少女達が、今まさに自分と、泊地へと送られる物資を積んだ船団の海上護衛をしているのだ。知識としては知っていても、なかなか奇妙な景色である。
艦娘達をしばらく見ていると、その一団のなかでも背の高い、リーダー格の艦娘が何か相図を送ったのが見えた。
すると、艦娘たちの動きが目に見えて慌ただしくなった。合図を送ったリーダー格の艦娘を筆頭に、何人かがグッと航行するスピードを上げた。ひっきりなしに耳に手をあて、何かを聴き取ろうとしているようだ。
そして先頭にいた艦娘が何かを投げた。それに続いて後続の艦娘たちも、次々と何かを投擲した。その様子に、彼は思わず窓を開け放ち、身を乗り出して様子をみた。
数秒か数十秒か、暫くすると、突然真っ青なはずの海の一部が真っ白に染まり、山のような水柱を立てた。そしてさながら打ち上げ花火のように、少し遅れて、爆発音が彼の耳にも届いた。うお、と少しばかり声をあげ、彼は乗り出していた体を窓の奥へと戻した。これが彼が生で見た、初めての艦娘達の戦闘であった。対潜水戦だ。
彼女たちが投擲したのは爆雷であった。そのサイズは、当然手で投げるものなのだから、陸軍の兵士が使っている手榴弾と大差はない。しかしその破壊力は恐るべきものであった。サイズは手榴弾並みであっても、その爆発力は確かに一般的な、軍艦に据え付ける何トンもあるようなものと遜色は無かった。
その後も、艦娘達は何回か同じように船団の周りに爆雷を投げ込んだ。耳をおさえているのは、ソナーで敵の潜水艦の位置を探っているからだろう。
加速して、爆雷を投げて素早く離脱、そして少し場所を変えて、加速し、爆雷を投げては離脱・・・彼女たちは全く手慣れているようで、一糸乱れることなく、あっという間に潜水艦という厄介な敵を撃沈したか追い払い、船団にとっての脅威を消し去った。
百聞は一見に如かず、彼はその眼で、改めて艦娘という兵科の特殊性を認識させられた。果たして自分に、このような力を持つ娘達を率いることなんて出来るのだろうか?そんなことを考えながらぼんやりと窓の外を見ていると、視界の中に艦娘の一人が目に入った。
彼女は黒いセーラー服に身を包み、長い茶髪の髪をポニーテール状にまとめていた。まだまだ全体的に幼さが残る容貌であったが、その手にはしっかりと主砲が握られ、腰には件の爆雷が吊り下げられていた。
その服装と背格好から、彼はその艦娘が睦月型駆逐艦の誰かであることが推測できた。なるほど、火力や防御力は標準よりも劣るが、燃費が非常によろしいこの型の艦娘は、確かに船団護衛にはうってつけの娘達だ。
するとその艦娘も窓から自分を見る彼に気づいたようで、顔を綻ばせて人懐っこそうな笑顔を作りながら彼に向って手を振った。こんなに可愛らしい笑顔で手を振られたら、振り返さない訳もなく、彼も笑顔でその艦娘に手を振った。
あんな小さな娘が、先ほどのような働きぶりで、ストイックに、冷徹に、躊躇なく、彼に向って振っている小さな手を使って、日々敵を片付けているのだと思うと、彼は自分の笑顔が少し歪んだ気がした。
彼を乗せた船団はその後何事もなくパラオ泊地に到着した。船から降りようとすると、船着場はあっという間積み荷をおろす人達で溢れかえった。
なんとか人混みと荷物の山を脱出したのは良かったが、彼にはここの土地勘がない。早く上官に挨拶に行きたかったが、どこに何があるのか皆目検討もつかない。困り果てた彼は辺りを見渡すと、自分と同じようにきょろきょろと辺りを見回して落着きがない人が・・・正確にいうと艦娘がいた。
「ねえ、ちょっと君・・・」
「うぇ!?はい、何でしょう!!」
彼女はひどく動揺していた。そして彼は声をかけてから彼女に声をかけたのはちょっと失敗したかな、と思った。
彼はてっきり彼女のことを、自分のことを迎えに来てくれた今井少佐の指揮下にあった艦娘なのかと思って声をかけた。しかし近くで見てみると、彼女も自分と同じように重そうな大きいバッグを持っていることに気付いた。
「ここの艦隊の司令長官にご挨拶に伺いたいんだけど、場所は・・・」
「・・・すみません、私今日ここに来たんで分かりません・・・すみません。」
ですよねー、と言うしかなかった。しかし周りを見渡しても皆忙しそうに作業をしている。しかもどこを見渡しても緑色の迷彩服・・・つまり陸軍の兵士の姿しか見えない。海軍の制服を着た彼と、セーラー服を着た彼女らは、妙なアウェー感を勝手に感じていた。
暫く待っていると、今度はちゃんとこの泊地に所属してる艦娘が迎えに来てくれた。どうやら向こうも向こうで彼らを探すのに苦労していたようだった。
「鶴岡務、ただいま着任しました。よろしくお願いいたします。」
「認識番号DD11252、吹雪着任しました。はじめまして、司令官、よろしくお願いします。」
それからあっという間に長官の執務室に通された。執務室の中には二人の将校が椅子に座っていた。どうやら片方が海軍の、つまり艦隊の司令長官で、もう片方は陸軍の将校であるようだった。
「いえいえ、こちらこそわざわざ遠くへご苦労様。さあさあ座って。」
「そんなに緊張しなくていいよ。やっぱり陸軍の私がいると、みんな妙に緊張しちゃうんだよなぁ。」
二人の将校達の言葉を聴き、鶴岡と吹雪の二人は、とりあえず優しそうな上官で良かった、と同じようなことを心中で思った。どうやら二人とも中将のようだ。ということは、この泊地に駐屯する部隊の中でも最高位クラスの将校であることは間違いないだろう。とにかく何かと対立する陸海軍の仲は、ここではそう悪くはない印象で、二人は安堵した。
パラオ泊地に駐屯しているのは、陸海の統合部隊だ。正式名称は「日本国防軍統合第7遠征軍」だが、ほとんどこの長ったらしい名前で呼ばれることはない。ほとんどの場合、「パラオ兵団」や「パラオ泊地」、または単に「パラオ」と言えば、軍の関係者にはだいたい通じる。
このパラオ兵団は、海軍の「第7艦隊群集団」と陸軍の「第7軍」から成っている。
そして海軍の「第7艦隊群集団」は、指揮下に大きく分けられた3つの艦隊と、その他の諸々の部隊を有している。
第7艦隊群集団 司令長官 本多一郎中将
航空参謀 赤城
砲雷参謀 長門
情報参謀 大淀
▪第1艦隊 司令官 丹波弘少将
・第11航空戦隊 弾正達也大佐
・第12航空戦隊 〃
・第13航空戦隊 〃
・第14航空戦隊 〃
・第15戦隊 西川敏夫大佐
・第16重巡戦隊 高橋正洋中佐
・第17重巡戦隊 〃
・第18水雷戦隊 佐久間優輝少佐
・第19水雷戦隊 大角健介少佐
▪第2艦隊 司令官 武山寛人少将
・第21戦隊 波賀義史大佐
・第22戦隊 〃
・第23重巡戦隊 吉野海斗中佐
・第24重巡戦隊 〃
・第25水雷戦隊 木原海翔少佐
・第26水雷戦隊 福岡幸治少佐
・第27水雷戦隊 織元彰二少佐
・第28水雷戦隊 枝川昌雄少佐
・第29水雷戦隊 大河原真由美少佐
▪第3艦隊 司令官 齋藤昇一少将
・第31戦隊 椎崎忠雄大佐
・第32戦隊 〃
・第33航空戦隊 草間昌之大佐
・第34航空戦隊 〃
・第35重巡戦隊 池上明美中佐
・第36水雷戦隊 伊藤即史少佐
・第37水雷戦隊 鶴岡務少佐←NEW!!
・第38水雷戦隊 磯野信也少佐
・第39潜水戦隊 伊大知武正少佐
▪第7混成航空隊(基地航空隊) 河村保彦大佐
▪第7海上護衛隊群 北條功大佐
▪陸上警備大隊 落合要少佐
工廠チーフ 緒方健三特技大尉
そして陸軍の「第7軍」は、2つの師団を基幹とした諸隊で構成されている。
第7軍 軍司令官 仲村仁中将
▪第5師団 堤剛智中将
・第5歩兵連隊
・第13歩兵連隊
・第25歩兵連隊
・第5野砲兵連隊
・第5飛行隊
・第5工兵大隊
・第5戦車大隊
・第5高射砲大隊
▪第18師団 谷岡赳中将
・第9混成旅団
・第22混成旅団
・第18野砲兵連隊
・第18工兵隊
・第18戦車隊
・第18高射砲大隊
軍司令部直轄部隊
▪第7独立重砲兵団
▪第7野戦高射砲兵団
▪第7工兵団
その他多数
3つの艦隊、2つの師団、そして数百機の航空機を有する大所帯である。そしてこのパラオ兵団は、より大きな視野で見れば、西方軍集団に属していた。
南方軍集団
・統合第1遠征軍(トラック兵団)
・統合第2遠征軍(リンガ兵団)
・統合第3遠征軍(ラバウル兵団)
・統合第4遠征軍(ショートランド兵団)
・統合第5遠征軍(ブイン兵団)
西方軍集団
・統合第6遠征軍(タウイタウイ兵団)
・統合第7遠征軍(パラオ兵団)
・統合第8遠征軍(ブルネイ兵団)
北方軍集団
・統合第9遠征軍(単冠兵団)
・統合第10遠征軍(幌筵兵団)