波濤の彼方~炎の中の戦闘録~   作:ヨシ ヒロ

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2 太陽の元で

 本多中将と仲村中将に挨拶を済ませた鶴岡と吹雪は、執務室を後にし、再び外へ出た。さすが熱帯に立地するパラオ泊地とだけあって、とにかく暑い。

 ここで彼は吹雪と別れた。彼は第3艦隊の隷下にある第37水雷戦隊へ、吹雪は第1艦隊の隷下にある第19水雷戦隊へと向かった。各艦隊ごとに別々の兵舎を持っているのだ。

 「パラオ泊地」と一言で言っても、その実態は大小の島々で構成された島嶼群だ。そのうち軍事施設があるのは、コロール島、ペリリュー島、アンガウル島の3つの島々だ。海軍の施設は全てコロール島にあり、残りの島々には陸軍の部隊が散在して駐屯している。

 鶴岡は、コロール島の一角にある第3艦隊の兵舎に向かった。先ほどまで居たのは、食堂や大きな会議室や作戦指揮室がある本部棟で、陸海空軍が共同で使う施設だ。将校や艦娘達の寝室などのプライベートな施設は、各艦隊ごとの兵舎の中にあった。

 

「本日付で着任しました、鶴岡です。どうもよろしく。」

 

 やっと自分の執務室にたどり着くと、そこには6人の艦娘達が待っていた。パッと見たところ、軽巡の艦娘が2人と駆逐の艦娘が4人というところか。

 

「長良型軽巡洋艦、4番艦の由良です。こちらこそ、よろしくお願いしますね。」

「同じく長良型軽巡、5番艦の鬼怒だよ!よろしく~ねっ!!」

「綾波型駆逐艦7番艦の朧です。これからよろしくお願いします。」

「同じく8番艦、曙よ。名前で何かいじられるけどお相撲さんではないわ。よろしく。」

「特型駆逐艦の19番艦、綾波型でいうと9番艦の漣だよ!パラオへようこそ、ご主人様!」

「あの・・・綾波型10番艦の、潮です。えっと・・・よ、よろしく、お願いします。」

 

 鶴岡はうんうんと軽く頷きながら聞いていた。とりあえずみんないい娘そうで何よりだ。次にどうしようか悩んでいると、鬼怒が鶴岡の自己紹介をするように言ってきた。

 

「私たちの事は書類か何かで知ってるんでしょう?なら司令のことをもっと教えてよ!」

 

 なるほど、と鶴岡は自己紹介を始めた。しかしこんな年頃の女の子たちに自己紹介をする、というか会話をするのはひどく久しぶりのことだった。何だか妙に気を遣いながら喋った気がした。

 

「えー、名前は鶴岡務。出身は千葉県で、士官学校76期生。前の勤務地は横須賀で・・・」

「ちょっと待ってよ、面接じゃないんだよ!?もっと普通の自己紹介してよ!!」

 

 漣に突っ込まれてしまった。やはり若い女の子の感覚にはついていけない。と言っても、恐らく自分も将校としてはまだまだ若造の方のはずだ。しかし士官学校は男だらけだったし、いくらか女子もいるにはいたが、”そういう所”に来るような女子の訳だから、話の内容も、恐らく世間一般的な内容からはやや遠いものになっていたのかもしれない。

 それからは主に鬼怒と漣からの質問攻めだった。とにかくこの2人はよく話すということは把握できた。こういう性格の女子は、ある意味心強い存在であった。

 

 

 「ここが司令室です。第3艦隊全体でのミーティングや作戦指揮などの時に使用します。食堂は本部棟にありまして・・・」

 

 とりあえず秘書艦は由良にした。理由は単純なもので、部隊のメンバーの中でも特に大人びていて、落ち着きがあり、”らしい”感じだったからだ。

 第3艦隊の、というか艦隊ごとの兵舎には3種類の部屋がある。

 1つは将校の執務室兼寝室。彼が先ほど部下の艦娘達と挨拶を済ませた部屋だ。2つ目は艦娘達の部屋。2人~4人で1つの部屋を使っている。3つ目は司令室、これは各艦隊ごとの兵舎に1つづつしかない部屋だ。艦隊単位で作戦を指揮したり、会議を行ったりする時に使う部屋だ。

 

「今夜は本部の食堂で歓迎会のようなものがあるそうなので、1800時頃にいらしてください。将官や艦娘の皆さんが一堂に集合するようなことなんてなかなかないので、この機会に是非ご挨拶を。」

「うん、了解。えーっと・・・何か注意した方がいいこととかあるかな?」

「と言いますと?」

「失礼かもしれないけど、癇癪もちでキレやすい人とか、変な人とか・・・」

「大丈夫ですよ、みんないい人たちです。」

 

 鶴岡は由良の言葉に一瞬安心したが、すぐに考えを改めた。

 この娘はとてもいい娘だ。と言っても、会ってまだ数時間も経っていないのだが、それでもその振る舞いや、言葉遣いの端々から、その実直な性格を読み取ることは容易だった。

 しかし、それだけに変に気を遣っているのではないかと鶴岡は勘ぐった。これもいわゆる社交辞令というものではないかと。そこまで考えて、彼は自分のことが少しばかり嫌になった。自分が任命した秘書艦のことをこうも簡単に疑ってどうするんだ?

 

「そうか、それは楽しみだ。」

 

 

 その夜、本部棟の食堂で歓迎会が開かれた。主役はもちろん、鶴岡と吹雪の2人だ。最初に簡単な挨拶を済ませた後は、盛大な宴会だ。

 

「鶴岡・・・務くんだっけ、今日からよろしく、僕は第2艦隊の吉野だ。こっちは足柄、うちのエースだ。」

「またまた・・・。足柄よ、砲雷撃戦が得意なの。24戦隊の所属よ、よろしくね。」

 

 まず鶴岡のところにやって来たのは吉野中佐と、彼の部下の足柄だ。吉野中佐は、見た感じ、歳は鶴岡とそれほど離れていない、若手将校だ。物腰は柔らかく、話もしやすそうで一安心だ。

 そして鶴岡は、彼から将校や艦娘の面々の事情を聞いた。人のいい吉野中佐と足柄は、気前よくこの食堂にいる人たちのことを話した。どうやら二人ともそれなりにこの泊地で勤めているようで、なかなか参考になる情報を多くくれた。

 

「そうだねぇ・・・とりあえずあの人、空母組のところにいるあの人、丹波少将って言うんだけど、知ってる?」

 

 鶴岡はその名前を聞いて驚いた。横須賀にいた頃、『南方戦線に丹波あり』と散々噂を聞いていた名物提督だ。まさかパラオにいるとは思ってもみなかった。

 その性格は快闊にして豪放磊落、横紙破りにして猪突猛進・・・平たく言えばヤバい人だ。実際、吉野中佐や足柄から話を聞いても、イメージとそれほど大差はないようだ。

 

「色々と話は伺ってますよ。上官に殴り掛かかるなんて序の口で、戦況が芳しくなかった時には業を煮やしてボートに乗って前線へ向かって檄を飛ばしたとか、敵の制海権下の海域でサーフィンをやったとか・・・」

 

鶴岡がそう話す間にも、その丹波少将の豪快な笑い声が食堂に響いた。

 

「ふふ、その話が全部本当かは分からないけど、あの人ならやりかねないわね。」

「ああ、でもいい人だよ、僕たちみたいな将校にとってはね。上に噛みつく事はよくあるけど、階級が下の将校や艦娘達のことは可愛がってくれるよ。あんな風にうるさい人だけど、頼りになる。」

 

 それを聞いて鶴岡は、半年ほど前に経理局の友人から聞いた話を思い出した。南方方面の某泊地の将官から、事あるごとに製氷皿を寄越せとしつこくせっつかれている、というものだった。その経理局にしつこく文句を言っていた将官こそ、丹波であった。

 

 理由は至極単純なものであった。かき氷だ。

 かき氷を作るためには氷が必要なのだが、その時はパラオではその氷を作る製氷皿が不足していたのだ。もちろんあるにはあったのだが、もう何年も交換せずに使っていたため、耐久年数を越えた製氷皿が次々と破損し、急速に消耗していった。

 そして、なかなかかき氷が食べられない事を、炎天下の出撃帰りの彼の部下の艦娘が何気なく愚痴ったらしく、それを聞いた丹波が内地宛てに製氷皿の請求届を出したのがことの始まりだった。

 しかし、武器弾薬や食糧などの補給に比べれば当然製氷皿の優先度は低い訳で、経理局はなかなか取り合わずに、この件を後回しにしていた。

 これに業を煮やした丹波は、参謀本部から定期連絡がくる度に、製氷皿はどうしたのか、まだ来ないのか、と必ず詰問するようになった。やがて、『製氷皿の件に関してはこちらも善処しているが、諸般の事情により対処には時間がかかる』という旨の返事が経理局から来た。

 これを聞いた丹波は、『前線の将兵・艦娘の要望を黙殺するのはこれを侮辱するも同じである。今日の南方戦線の熱帯地域において、兵員の士気の維持、向上は重要な問題であり、その問題の解決のために製氷皿は必須なのである。然るに、製氷皿を輸送する目途がどうしてもたたないというのなら、経理局の責任者と直接話をしたい。もしくは、経理局の人事を現状に対応できる人員に一新することを要望する。』という旨の返事をした。

 これ以来、海軍でも大本営でも、丹波少将と言えば誰でも製氷皿を連想するといわれるようになったという。ちなみに肝心の製氷皿は、丹波が返事を送った直後に大量に届いたらしく、この件は丹波少将に軍配が上がった。

 

「それであの丹波少将の近くにいるのが弾正大佐。海大を首席で卒業して、あの歳で機動部隊主力を率いるエリートさんだ。」

「はぁ・・・どんな人なんです?」

「そうだねぇ・・・一言で言えば、丹波さんのストッパーかな?足柄はどう思う?」

「まぁ、そんなところじゃない?あの人、丹波さんとは全然性格違うし。よく同じ艦隊でやっていけてるわよねぇ?」

 

 弾正大佐は丹波少将とは全く正反対の気質の持ち主だ。冷静沈着な合理主義者、そして超が付くほどの頑固者だ。慎重すぎると非難されることもしばしばあるが、しかし彼は自分の理論に相手の理論より劣るところがない限り、相手の意見など意に介さずに徹底的に我を通す。弾正とはそういう男であった。

 

「とっつきづらいけど、話してみれば結構いい人だよ。だけど、絶対に敵に回したくない人だね。あの人が論破されたところ、見たことないよ。」

「悪い人じゃあないんだけど・・・絶対あの人友達少ないわよ。」

 

 そんなこと言うなよ、と吉野が足柄をたしなめた。

 

「あら、失礼。でも弾正さん、丹波さんとは妙にウマが合うみたいなのよねぇ。」

「あぁ、パラオ泊地七不思議の一つだ。」

 

 そんな風に冗談を交えながら、吉野達は簡単な紹介を鶴岡にしていった。また、紹介をするまでもなく、鶴岡の元にも次々と将校が艦娘と共にやって来た。

 第2艦隊の織元少佐は、鶴岡を「鎮守府麻雀同好会」なるものに招待した。鶴岡が麻雀のルールが分からないことを言うと少し落ち込んでいたようだったが、興味があったら第2艦隊の兵舎に来てくれ、と言った。どうやらこの同好会にはそれなりの人数の将校や艦娘が所属しているようで、吉野と足柄もそのメンバーらしい。

 その後も色々な人達が次々と鶴岡のところに訪れたが、正直なところ全員の顔と名前を把握しきることは出来なかった。

 「無理に覚えなくても、そのうち覚えるから。」と、吉野中佐に言われて緊張がほぐれたのか、鶴岡はこの夜の中盤以降の記憶はあまりなかった。とにかく酷い騒ぎだったというはおぼろげながらに覚えていたが、気付くと自分の部屋に毛布をかけられて寝ていた。

 後に彼が由良から話を聞いたところ、あの後織元少佐に端を発した先輩将校と一部の酒豪の艦娘達による「椀子ビール」攻めにあい、前後不覚の酩酊状態になってしまったそうだ。しかし由良によれば、酔っ払った後の彼は早々に寝落ちしてしまった為、かえって世話はかからなかったそうである。それを聞き、鶴岡はほんの少しであったがほっとした。

 

 何はともあれ、やることは沢山あった。荷物を整理し、一息つくと、彼は仕事にかかった。

 

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