波濤の彼方~炎の中の戦闘録~   作:ヨシ ヒロ

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3 泊地の日常

 パラオ泊地は朝から晩まで賑やかだ。

 ここで過ごす艦娘達の日課の中心は、演習、遠征、出撃、そして座学だ。当然艦娘達をまとめる司令官達の日課も、これに合わせたものになる。いや、艦娘達が司令官達の日課に合わせていると言った方がこの場合は適当かもしれない。

 

 

 まず総員起こし、その後に点呼、そして朝食。これで毎朝が始まる。食堂は陸海で一緒に使っているから、いつもぎゅうぎゅうだ。しかし陸軍の将兵からすれば艦娘達に一番至近距離まで近づけ、運が良ければ会話ができるかもしれない貴重な時間だ。                          

 その後は国旗掲揚、ここまではほとんどの部隊が同じように動く。この後の動きは、昼食や一日の終わりの国旗降下などを除き、部隊によって様々だ。

 一部の艦娘達は、泊地に搬入する資材を載せた船団の護衛・・・遠征へと出撃したり、近海の敵艦隊の掃討作戦などのために出撃する。

 しかし、残りのほとんどの艦娘達は泊地の中で一日を過ごす。戦争中とはいえ、やはり普段過ごす時間の中で一番多い時間は、次の戦闘のための準備の時間なのだ。

 

 

 そして泊地の中で過ごす艦娘達の日課の中心となるのが座学だ。講義を受けるのはもちろん艦娘達で、講義を行うのは彼女達の司令官達だ。

 

「はいお待たせいたしやした、楽しい楽しい座学の時間でーす。」

 

 気の抜けそうな声でそう言いながら教室へ入ってきたのは、第28水雷戦隊を取りまとめる司令官、枝川昌雄少佐だ。彼はこの泊地の少佐達の中でも特に年齢が高い。他の少佐達は概して司令官になりたての新人や若手の将校達だが、彼はもう既に50代に差し掛かっているベテランだ。

 彼、枝川昌雄は予備役将校であった。7年前、深海棲艦との戦争が始まり、戦線と軍の規模の拡充に伴う人員不足により、彼は現役に復帰したのだ。

 

 将校のうち、誰もが彼のように教鞭を振るうことができるかと言えば、実はそういう訳ではない。

 現在、海軍では「海軍士官能力検定」通称「海検」なるものを実施している。これは、海軍士官としてのあらゆるスキルを図るためのもので、車の運転免許の如く全ての海軍軍人が所持を義務付けられているものではなく、英検や漢検のようにあくまで希望者のみが受け、自分の能力を証明する検定だ。1級・準1級・2級・準2級・3級・4級・5級の7段階の検定が設けられている。

 この検定は軍人のみならず一般人もその気になれば受けることもでき、ある程度の級を取得すれば、軍から直々にスカウトが来ることもある。

 と言うのも、この検定は、元々は少しでも人員を確保するために海軍が一般向けに適正検査のような形で始めたのがきっかけであった。

 

 現在では軍の内部でも広く利用されており、例えば艦娘へ座学を教える教育係を決める時には、この海検の何級を持っているかが選考の基準になるし、あるいは一部の艦娘には海検の特定の級以上を取ることが義務付けられている。

 例えば艦隊司令部施設を搭載できるようになる霞は、改二乙改装の際には海検の準2級以上を取得していなければいけないし、或いは大淀、香取、鹿島などの艦娘は、最初から海検の2級以上を取得していなければ、艦娘としての業務を行えない。

 艦娘に限って言えば、艦娘職を退いた後に士官として再び海軍で働こうと考えているならば、一定以上の級を取得していれば、艦娘時代の経歴が考慮されることも合わせて士官学校や海軍大学校への進学の上で大分有利になることから、積極的に受検する者も少なくない。もちろん、その受検を目指す彼女達をサポートするのも、上級を取得した司令官達だ。

 また、戦闘後の海域で保護された、所謂「ドロップ」艦娘の場合は、海検の取得級によっては、退役した後の義務教育が一部免除されたり、進学に関して一部優遇されることもあったりするのだ。

 

 この日の枝川少佐の講習に集まった面々は、吹雪、白雪、初雪、深雪、叢雲、磯波、浦波ら、第19水雷戦隊の艦娘達だ。この中では特に吹雪と浦波の2人が、着任してからまだ日が浅いアマチュアになる。

 

「吹雪は、もしかすっと僕の座学がここで初めての講義か?」

「は、はい。そうですね。」

「あちゃあ、それは災難だったねぇ。」

 

 枝川はおどけた様子で吹雪と話した。このような座学は、本来は練習巡洋艦の担当だ。このように指揮官が出張って講義をするのは、実は珍しいことだったりするのだ。この日に関して言えば、香取は練習遠洋航海に、鹿島は演習へと出張っており、共に不在であった。

 枝川の座学はとにかく話が脱線することで有名であった。

 講座中の指名も、わざと理解が追いついていない様子の娘を指しながら進めるため、おのずとペースも落ちる。ところが不思議なことに、最終的には並以上に早く座学のノルマは終わってしまうのだ。これには香取や鹿島も常々首をかしげているようだが、おかげで艦娘達からの彼の評判はすこぶる良かった。

 

 

 この日は午後から第2艦隊が泊地の整備作業の当番であった。泊地の整備とは、要するに草刈りや掃除だ。

 元々は陸軍の部隊だけが行っていた作業であったが、海軍も同じ泊地の利用者であるから黙って見ているわけにもいかないという事になり、陸軍の部隊と一緒に参加するようになったのだ。

 ちなみに、陸軍は各連隊と旅団ごとに、海軍は各艦隊ごとにローテーションして当番を決めている。

 パラオ泊地の場合は、元々民間の土地であった場所を住民の好意によって譲ってもらって利用している。そのため、残された民家の維持管理なども軍が行っているため、これがかなり大変な作業なのだ。

 この時、艦娘達は海軍規格の青い迷彩の作業着(戦闘服ともいう)に着替えて作業する。野外での奉仕作業ならこの服の方が安全で動き易いし、何よりも風紀上での関係でこのような措置が取られた。いわゆる「不貞の輩」を意識してのことだそうだ。

 

「枝川さんも働いて下さい!こっちはこのクソ暑い中草むしりを延々とやらされてるんですけど!」

「いやー、もう歳でね。しゃがむのもおっくうなの。そんなに暑いなら袖くらいまくればいいじゃない。」

「まくると日焼けするんです!何回言ったら分かるんですか!!」

「ちょっとぐらい健康的でいいじゃない。」

 

 木陰で休む枝川少佐に彼の部隊の所属である大井が噛みついていた。そして、枝川がのらりくらりとかわしている間に、北上や木曾がやってきて大井を諫めるのがお決まりの流れであった。

 

 将校達の参加は義務付けられてはいないが、推奨はされている。第2艦隊の場合は若手将校が比較的多いため、彼らが枝川少佐などの埋め合わせ要員となる。

 若手将校達は、艦娘達が取った雑草を一輪車やリアカーの載せ、処分場まで運んでゆく。中にはパンクしたものが紛れているが、これは大抵の場合第26水雷戦隊を率いる福岡幸治少佐にお鉢が回ってくる。

 武道の経験が豊富で、恰幅の良い彼ならば、パンクなどお構いなしに力任せに運べるからだ。加えて、彼の見かけによらない温和な性格も、彼にこの仕事が押し付けられる原因となっているのだろう。

 

 福岡少佐の人相はあまりよろしくない。眼鏡によってその眼つきの悪さは若干軽減されているが、その大柄な体型とのセットで醸し出される雰囲気は、大きな威圧感となって現れている。

 実際、駆逐艦の中には、着任して彼の様子を見た時に怯えている様子の者も少なくなかった。同僚達によって彼に付けられた「ヤクザ」というあだ名が、その様子を端的に表していた。

 ところが人は見かけによらないもので、実際の彼はヤクザとは程遠いものであった。部下に怒鳴るようなことも怒るような事も一切なく、面倒見の良い彼はすぐに人気者になった。

 彼の部隊の所属である磯風や嵐は、彼を一目見てから色々と身構えていたのだが、彼の実態を知ると勝手に肩透かしを食らった気分になった。

 

 そんな福岡は、今日も黙々と一輪車に草を満載して運んでいた。一輪車の車輪は地面にべったりとくっついている。

 彼は時々黒縁の眼鏡をずらして額の汗を拭いた。やはり袖をまくってもここは暑すぎる。これまた見かけによらず肌の弱い福岡は、この後真っ赤になって痛むであろう自分の首筋の事を考え、若干憂鬱になった。

 

 「司令!お疲れ様です!」

 

 一輪車の草を片付けた彼に、弾むように凛とした声が掛けられた。茶髪の三つ編みをさげた彼の秘書艦、能代である。

 能代は同時にスポーツドリンクを彼に渡した。水滴がしたたるボトルを受け取り、軽くお礼を言うと、福岡は一気に飲んだ。うまい。

 

 ここで福岡はふと学生時代の自分を思い出した。奇しくも隣にいる能代の見た目は、丁度自分が青春を謳歌していた頃と同じ位だ。

 今、この瞬間だけを切り取れば、現在進行形で戦争が続いているとは、ましてやここにいる自分や能代達がその火中の真っ只中にいるとは、誰も想像できないだろう。

 そうなると彼女達、艦娘の青春は、この空間も含めた戦争の中ということになるのだろう。なるほど、これほど興奮と刺激に満ちた青春はないであろう。友達も多く作れるし、運が良ければ生涯の伴侶を見つけることもできる。おまけに公務員として安定した収入がある。

 ・・・しかし、この青春の過ごし方は決して人におすすめはできないな。福岡はそう思った。

 ここに本当の日常へ戻れる保証など無いからだ。

 

「さあ、てきぱきと片付けちゃいましょう!」

 

能代の声に促され、福岡は「うん」と一息つくと、再び作業に戻った。ペコペコのタイヤの一輪車と能代をお供に、彼はこの後さらにもう2往復することとなった。

 

 

 やがてパラオにも夜が来た。

 夕食を終えた艦娘や将兵達は思い思いの時間を過ごす。戦友と語り合う者、溜め込んだ仕事を片付ける者、趣味に費やす者、と様々だ。

 そして、泊地のどこからともなく、甲高い弦の音と、パァン、と何かが弾けるような音が延々と響いていた。

 音の出所は弓道場であった。

 

「失礼しまーす。」

 

 ガラッと扉を開けて道場に入ってきたのは、正規空母の艦娘、瑞鶴であった。

 

「おっ、来たね、ズイズイ。」

「ズイズイ言うな!・・・加賀さん達は?」

「いないよ。安心しな。」

 

 弓道場には何人か先客がいた。今瑞鶴と話している木原少佐に、彼の隣で弓懸(ゆがけ)を締めている福岡少佐、そして彼女の姉である翔鶴だ。

 

 この泊地の将校達の中には、弓道の心得がある者が何人かいる。だから体力を持て余している時に、気分転換も兼ねてふらっと道場に訪れるのだ。

 そして彼らは大抵ラフな格好で来る。いちいち道着に着替えるのがおっくうなのだ。今、瑞鶴と会話をしている木原少佐は、下はズボンに上はシャツをまくった姿、福岡少佐に至っては、上は道着で下はズボンという珍妙な格好だ。

 だから、赤城や加賀・・・特に加賀と一緒に彼らが道場に居ると、何とも言えない空気になってしまうのだ。

 もっとも、何か直接言われる訳ではないから、彼らはほとんど気にしていないのだが、これを一番気にしているのは瑞鶴だ。

 どうも彼らがいる時は加賀さんの機嫌が(なんとなく)悪い気がするのだ。道場の後ろに立ってじっと瑞鶴の射形を見る加賀さんからは、何とも言えない”圧”を感じるのだ。

 そうすると集中力が散って、射形が乱れる。射形が乱れると当たらない。当たらないと加賀さんにぐちぐちと言われる、という悪循環に陥ってしまうのだ。

 

「いないならよかったー。私あの人がいると調子落ちるのよね。」

 

 瑞鶴がそう小言を言いながら準備をしていると、翔鶴の矢が鋭い音と共に放たれた。一瞬の間をおいて、辺りにパァン!と的紙に穴が穿たれる音が響いた。命中だ。

 

「もう、瑞鶴ったら・・・加賀さんもあなたのために色々言って下さるんだから・・・。」

「だったら言うは言うで言い方ってもんがあると思わない?飛龍先輩とか蒼龍先輩みたいにさぁ。」

 

 そう言いながら、瑞鶴は弓を壁に押し当てて軽く曲げると、弦をセットした。軽くはじいて弦の音がおかしくないかチェックする。これも加賀に散々言われて自然に体が覚えてしまった所作だ。

 自分の矢を一本取ると、瑞鶴は福岡少佐が射り終わるのを待ち、射位に立つ。福岡少佐の腕もなかなかのものだ。彼の元から放たれた矢は、翔鶴のそれよりも平たく、鋭い弾道で飛び、的に命中した。

 

「まぁ、加賀さんの言うことはだいたいしっかりした内容だし、聞いた方が上手くなると思うけどね。」

 

 福岡は矢を放った後の自分の腕の位置を確認しながら瑞鶴に言った。それはそうですけど・・・と、漏らしながら、瑞鶴は矢をつがえた。

 頭の中では自然に加賀の声が響いていた。『肩の力を抜いて』、『背筋は伸ばす』、『両足の親指に重心』、『貴女、物見が浅いから顔払うわよ』・・・と、1つ1つの要点をチェックしていく。

 そうして反芻する加賀の声に従って矢を放つと、矢は見事に的に吸い寄せられていった。

 

「おっ、一発目から?今日は調子いいねぇ。」

 

 瑞鶴は木原の声を聞きながら弓を少々乱暴に倒した。もし加賀がいたら、すかさず何かしらの言葉が飛んできただろう。

 しかしなるほど、加賀さんのアドバイスは的確だ。が、瑞鶴はなぜがそのことが逆に気に食わなかった。

 やがて木原と福岡が帰る頃には、自分の矢を10本ほど一気に取ると、自分の射位の前に置いた。これでいちいち取りにいかないでひたすら矢を射りまくれる。もはや弓道というより弓術と言った方がいいのかもしれない有り様だ。

 「あんまり引きすぎるとまた肩を壊すわよ。」と、翔鶴が声を掛けるが、「へーきへーき」と、瑞鶴は練習を続けた。

 

 こうしてパラオ泊地の1日がまた過ぎていった。このような日々が、次の大規模な作戦まで続き、そして作戦が終われば、そのまた次の作戦まで、というような具合に、この戦争が終わるまで続く。

 いつかこのような日常が終わることを願いながら、彼らと彼女達は、日々を生きていた。

 

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