波濤の彼方~炎の中の戦闘録~   作:ヨシ ヒロ

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前回の話の中に入れようとしたら長すぎて独立させることなった場面です。
自分は陸軍が好きなんだなぁ・・・。ということを書いてて思い知らされました。


4 陸対海

 ペリリュー島

 

 この日、パラオ泊地のペリリュー島では、陸海軍合同での演習が行われていた。参加したのは鶴岡少佐の率いる第37水雷戦隊と、芝辻大佐の率いる第7独立重砲兵団を中心とした軍の直轄隊の一部で構成された混成部隊、第7軍混成重火砲隊であった。

 演習の内容は、簡単に言えばペリリュー島に展開する砲兵と、これを制圧しようとする水雷戦隊の殴り合いだ。

 第37水雷戦隊の目的は対地攻撃の練度向上、一方の第7軍混成重火砲隊はその逆である対艦攻撃の練度向上が目的であった。

 

――司令さん、いきますね?はじめます!

――了解。皆・・・頑張って!

 

 旗艦である由良の声に、鶴岡が無線で指示を飛ばしたが、いかんせんまだ経験が足りないからか、こなれていない様子だ。

 

(もっと具体的な指示を出さないと艦娘は心許ないぞ・・・)

 

 鶴岡の様子を見ていた伊藤即史少佐は心中で呟いていた。

 彼は第3艦隊の中では最も鶴岡に歳が近い若手将校の1人だ。よって、彼が鶴岡の面倒を見ることになったのも自然な流れであった。面倒くさがり屋な伊藤は不承不承であったが、他にやれそうな者もいなかったからどうしようもなかった。

 

 

 彼は素行があまりよろしくない事で有名な将校であった。とにかく思ったことを口か行動に出さないと気が済まない彼は、いらぬ事をいらぬタイミングでいらぬ音量で言うものだから、これまで何度も方々から大目玉を喰らってきた。

 しかし彼が強くあたる相手は、よほど酷い上官か親しい同僚達くらいで、艦娘達相手にはむしろ遠慮気味な様子だ。

 いや、正確に言えば駆逐艦への当たりがソフトだと言った方がいいだろう。そのせいか、彼には”あらぬ疑い”が掛けられており、同僚や上官達に事あるごとにいじられるのが通例となっている。

 更に素行がよろしくない割にやたら生活習慣はきっぱりしていることは特筆に値するだろう。彼は基本的に21時には消灯して布団に入り、翌朝4時には起床する・・・つまり誰よりも早く寝て、誰よりも早く起きているのだ。

 事務仕事などで不規則な生活リズムになりがちな将校という役職の中ではかなり特異な存在であろう。仕事が終わらなくなった時は起きる時間を切り上げて対応するそうで、夜遅くまで起きていなければならない会議や、この前の歓迎会のような飲み会ではそれはもう辛そうな様子でおり、最後には彼の部隊の艦娘である球磨や多摩達に部屋に担ぎ込まれる光景がお約束となっている。

 

 

「索敵機、発艦!」

 

 単縦陣で前進する水雷戦隊の先頭にいる由良から、2機の零式水上偵察機が飛び立った。偵察機の行く先は、前方に見える緑豊かな島、ペリリュー島だ。

 

 艦娘や深海棲艦という存在は、陸軍からしたら相当反則じみたものだ。

 まずサイズは普通の人間並。しかし防御力は軍艦並なのだから、生半可な攻撃では本当にかすり傷程度の傷しか負わせることができない。

 だから陸軍の野戦砲兵が太刀打ちできる深海棲艦や艦娘は、せいぜい巡洋艦クラスまでとされている。戦艦クラスともなるとまず装甲を撃ち抜くことが困難であるし、空母クラスになってしまうと爆撃機や攻撃機をけしかけてくる訳だから、話にならないのだ。

 そして最大の脅威はその火力だ。ぎりぎり対抗できる駆逐艦や巡洋艦クラスでも、その砲戦火力は野戦砲兵に匹敵、あるいは凌駕する。不安定な海上から射撃をしなければならないという点は砲兵に比べて不利なところであるが、彼女達の機動力と速射性はその点を補って余りあるものがあった。

 

――FDC(射撃指揮所)へ、こちらFO(観測班)、目標確認。軽巡2、駆逐4、単縦陣で西方より接近。先行する零水偵2機も確認。直ちに対処の要有り。

 

 ペリリュー島の中央、南北に連なるウムルブロゴル山のジャングルの中に陣取る、第7独立重砲兵団の観測班が、由良達の姿を捉えた。

 入念な偽装が施された観測班の陣地は、海上からも上空からも視認が困難だ。彼らが砲兵隊の目となる重要な存在なのだ。

 

「たいくーう戦闘よぉーい!!」

「対空戦闘用意!!」

「対空戦闘用意!!」

 

 砲兵団長から対空大隊長へ、大隊長から中隊長へと、次々と命令が伝達されていく。洗練された砲兵の動きは、まるで彼ら一人一人が歯車となって巨大な機械を動かしているかのようだ。

 艦娘というものは、人間とは断言しきれない部分もある曖昧な存在であるが、彼ら砲兵のシステマチックで、洗練され、無駄の無い・・・いや許されない、よどみのない見事な動きを見ると、彼ら砲兵の方がよほど機械じみた存在にすら感じられた。

 

演習 対地対艦演習によって練度の向上を図れ!

第37水雷戦隊 鶴岡務少佐

旗艦「由良」

軽巡洋艦「由良」「鬼怒」

駆逐艦「朧」「曙」「漣」「潮」

 

第7軍混成重火砲隊 芝辻明夫大佐

・第7独立重砲兵団

第71重砲兵大隊

第72重砲兵大隊

第73重砲兵大隊

・第7野戦高射砲団

第71野戦高射大隊

 

 

 「索敵機より入電・・・目標はペリリュー島東海岸付近に布陣。その規模は・・・」

 

 由良が索敵機からの情報を言っていると、突然前方から砲声が響いた。皆が見ると、まるで青い空にインクの粒を落としたように、黒いシミが次々と浮かび上がった。高射砲大隊の一斉射撃だ。

 更によーく見ると、島の山中の至る所から小さな光の束が打ち上げられている。波と風の音と砲声の間から、ポップコーンが跳ねている時のような音が聞こえた。機銃の対空射撃だろう。

 

「あっ、1機被弾!離脱します。」

 

 陣地の周囲を飛んでもう少し偵察をしたいところであったが、予想以上に苛烈な対空射撃を前に、とりあえず相手の場所が分かっただけでも良しとして、早々に偵察機を切り上げた。

 

 

 ペリリュー島は凄まじい轟音に包まれていた。由良達には調理中のポップコーン程度に聞こえた音も、元をたどれば大量の12.7mm機銃と20mm、40mm機関砲の発射音であり、更に並行して発射される75mm、88mm高射砲の一斉射撃の轟音も相まって、もはや会話すらも満足にできない程の有り様であった。

 ジャングルの中にはいくつものAN/M2 12.7mm対空機銃が持ち込まれており、まるでハリネズミのような様相を呈している。加農砲の脇にはエリコンFF20mm機関砲やボフォース40mm機関砲の陣地が設けられており、上空に凄まじい弾幕を形成していた。

 

「撃ち方止め!!撃ち方止め!!目標、命中離脱。」

 

 偵察機の1機が煙を吹いて離脱し、もう1機もそれにあわせて離脱する様子を確認すると、対空射撃はピタリと止んだ。

 しかし、島が静かになることはない。今度は男達の怒号のような声があちこちから響き渡った。

 

「対艦攻撃用意!!方位角106、射角223、装薬赤5、曳火射撃!!」

「復唱!!方位角106、射角223、装薬赤5、曳火射撃!!」

 

 先ほどの対空射撃の時よろしく、命令が上から下へと伝達されていき、それにあわせて加農の射角が調整される。砲には砲弾と装薬が装填され、重い尾栓が閉じられる。総勢36門もの150mm加農砲が、6人の少女達を狙ってその砲口を向けた。

 

「用意、撃て!!」

 

 1門の150mm砲が火を噴いた。偽装用のネットが発射の衝撃に揺れ、埃が舞い上がる。砲弾は山の稜線を超え、由良達めがけて弧を描いて飛んでゆく。

 

「だんちゃーく、いま!!」

 

 事前に入念に鍛錬を重ねてきた第7砲兵団の狙いは見事なもので、砲弾は初弾から艦娘達のかなりの至近距離で炸裂した。

 砲兵の有利な点は、このような綿密な計算に基づいた待ち伏せができるということだ。艦娘達のような機動力はないが、その分文字通り地に足のついた正確な砲撃を加えることが可能なのだ。

 

 

「くるよ!!」

 

 一発砲声が響いた瞬間に鬼怒が叫び、皆が身構えた。

 次の瞬間、砲弾は彼女達の前方の空中で炸裂した。普段の演習や実戦の中ではあまりお目にかかることのない、曳火砲撃だ。

 炸裂の瞬間、周囲に飛び散った砲弾の破片が誰かの艤装に当たり、金属音が響いた。至近距離に着弾した証だ。

 

「何よこの弾着!初弾でこの距離まで詰めた!?」

 

 曙は予想を上回る精度の砲撃に思わず声をあげた。海上を動き回る自分たちに対して初弾でこの精度で攻撃ができるのだから、きっと止まっている目標なら、例えそれが牛乳瓶であってもきっと初弾で当てる、そう思える程の砲撃であった。

 

――前方30メートル付近に着弾。司令、いかがいたしますか?

――速度をあげて前進。島の南から迂回して目標を叩け。

――了解しました。

 

 由良達はスピードをあげ、島の影はみるみる大きくなってゆく。そして間もなく、再び砲声が響いた。今度は先ほどの砲声とは比べものにならないほどの大きな音であった。

 

「斉射、くる・・・!!」

 

 36発の砲弾が頭上で一斉に炸裂した。信管の調節も見事なものであった。砲弾の破片が四方八方から文字通り雨あられと叩きつける。

 飛び散る破片は目では捉えられないが、衝撃と熱波は遮蔽物が一切無い海上ではダイレクトに伝わる。破片の直撃によって艤装からは火花が飛び散り、叩きつける無数の破片によって、海面は沸騰する鍋の中の水のように瞬間的に泡立った。

 徹甲弾や榴弾の直撃と比べればダメージ自体は大したものではないが、艤装には確実にダメージが蓄積してゆく。あまり嬉しい気分ではない。ハラスメント的な効果も狙っての攻撃であろう。

 

「で、電探損傷!」

「こっちもやられました!!」

 

 潮と漣の電探が相次いで損傷した。更にこれを聞いていた由良は、自分のカタパルトも砲弾の破片によって損傷していることに気付いた。

 今回の演習相手は陸上の相手だからさして問題にはならないが、これが実戦となれば大問題であろう。そしてこちらからは相手は見えない。反斜面陣地だ。由良達は相手が”ガチ”だということを改めて砲弾のやりとりの中で感じた。

 

 反斜面陣地は、第一次世界大戦中に編み出されたとされる兵力の配置、運用方法だ。第二次世界大戦では、沖縄において日本軍守備隊の反斜面陣地がアメリカ軍に対して猛威を振るった。

 丘陵の裏に陣取る敵は攻撃側から見透かすことはできない。一方相手は、丘陵の上に小さな観測陣地を置き、攻撃側の様子を監視し、各種重砲等の火砲で丘陵越しに正確な攻撃を仕掛けてくるのだ。

 つまり、丘陵を巨大で堅固な防護壁に見立てて、兵力を配置しているのだ。

 

「針路を右に!!30ノットまで増速!!迂回して一気に片付けます!!」

 

 由良は、普段のおとなしい淑やかな振る舞いからは想像もできないような大音声で喚いた。同時に右手で大きくハンドサインを振りながら、後方に追随する面々に視線を送る。どうやら皆の戦意はまだ衰えていないようだ。後方で泣きそうな顔をしている潮も、曙がしっかりと袖を掴んで引っ張っていた。

 

 隊全体のスピードがグッと上がった。島の影は先ほどにも増してどんどん大きくなる。そして弾着もそれに比例するように正確になってゆく。次から次へと砲弾が嫌な唸り声をあげながら彼女達を狙って海面に叩きつけられる。

 砲弾の炸裂によって生じる水柱に比べれば、彼女達はあまりにも小さな存在であった。しかし、それでも命令がある限り、彼女達はありったけの闘志を掻き集めて、ペリリュー島へとひたすら歩を進めていった。

 

 しかし、砲兵団の猛烈な砲火により、ついに1人が大破判定を食らうこととなった。1発の150mm砲弾が、鬼怒の超至近距離に着弾したのだ。炸裂の衝撃と、激しく波打つ海面によって、全速力で航行していた鬼怒は、もんどりうって海面に倒れた。由良が咄嗟に手を出そうとすると、更に2発目、3発目の砲弾が周囲で炸裂した。

 由良はそれでも鬼怒を助けようとしたが、それには一旦止まらなければならない。しかし、船は急には止まれない。今止まろうとすれば、後続の娘達と衝突する危険がある。いや、そうでなくても、砲兵隊にあっという間に狙いをつけられて滅多打ちにされるだろう。

 

――私はいいから先に!!

 

 爆音の間隙に、確かに無線からそう聞こえた。由良は振り返る事なく前進を続けた。後続の者達もそれに倣って前進を続けた。

 

 やがて砲弾の嵐は散発的になってきた。相手の懐に入ったのだ。それはまさに台風の目といったところであろう。先ほどまでの猛砲撃が嘘のように、再び波の音だけが支配する空間の中に由良達は放り出された。

 

「射撃用意!!」

 

 ビーチが目前まで迫ると、由良が叫んだ。航行スピードを徐々に緩め、海岸線に沿ってゆっくりと島の反対側へと移動する。

 やがて由良が、グーにした左手を挙げた。すると隊は一斉にピタッと止まった。停止のハンドサインだ。由良達の居る位置は、ちょうど島の南端だ。

 

「恐らく砲兵陣地はすぐそこです。この先へ進めば東海岸は指呼の位置です。」

 

 由良の説明に、全員が息をのんで聞き入る。よく見れば服が所々破れたり焦げたりしており、皆大なり小なりダメージを負っていた。

 

「・・・一瞬の勝負です。合図に合わせて全速力で東海岸に飛び出します。相手との早撃ち勝負ですね。いいですか?」

 

 朧、曙、漣、潮の4人は、無言で由良に向かってうなずいた。すぐそこに敵がいると思うと、どんな小さな声でも聴きとられるのではないかと思い、はばかられた。

 

「合戦用意!!」

 

 由良の声が響いた。

 

 

「おいでなすった!!」

 

 声が先か砲撃が先か、由良たちが林の影から飛び出すと、待ち構えていた砲兵隊は一斉に火を吹いた。

 しかし、この砲撃戦に限っては砲兵隊の方が不利であった。1発1発の砲弾の装填にかかる時間が艦娘達に比べると遅すぎるうえ、射撃目標の転換が容易ではないのだ。

 艦娘達は、12.7cm砲や15.2cm砲をまるで拳銃でも乱射するかのような勢いで撃ちまくった。地上の砲兵や歩兵にとっては悪夢のような火力である。が、もちろんここでは全て空砲である。

 一方の砲兵隊も、これに負けじと手持ちの火器を一斉に撃ちまくった。海上の艦娘達には、砲弾だけでなく、どこからともなく12.7mmや20mmの機銃弾が降り注いだ。普通の人間であれば木っ端微塵なんてレベルでは済まないほどの数が命中したが、艦娘達には大したダメージにはならない。

 

 砲声と砲声の間から次々とブザー音が響いた。よく見ると、加農砲の近くでは赤いランプが点灯している。実はこれが、砲兵の撃破判定なのだ。

 この大まかな原理はテレビのリモコンと同じである。艦娘達が演習用の砲を発砲すると、赤外線が一瞬照射される。この赤外線が、砲弾の代わりというわけだ。

 そしてこれを加農砲の近くに設置された受信機が受け取ると、ブザー音と共にランプが点灯し、その砲は撃破されたと判定される訳だ。

 

 この早撃ち勝負で砲兵隊は壊滅的な損害を被り、その代わりに曙を大破判定、朧を中破判定にまで持ち込んだ。やはり弾が当たれば駆逐艦といえども脆いものなのだ。曙は至近弾によろめいた潮を庇って徹甲弾の直撃を食らい、主機は航行不能という判定を受けた。

 朧は直撃こそ受けていないものの、至近弾を立て続けに食らい、靴にあたる部分の艤装は歪んで速度が出せなくなり、多数の砲弾の破片によって主機も損傷していた。

 

「撃ち方止め!!撃ち方止め!!」

 

 由良は右手を上下に振りながら指示を飛ばした。

 辺り一帯は硝煙に満ちた空間と化している。声をあげる由良も思わずむせ返りそうになった。息を吸うだけで身体の中一杯に硝煙が満ちるのを感じる。目も痛くなってきた。

 硝煙が晴れると、艦娘達も砲兵隊も皆汗だくであった。ここは年中真夏のような気候のパラオである。日陰など見る影もない海上を全力で走り抜け、一戦交えた由良達、そして重い砲弾や装薬を休むことなく装填し続け、太陽と射撃によって熱せられた加農砲を操作し続けた砲兵隊・・・どちらも体力の限界であった。

 潮の額を汗が伝い、頬を伝って落ちた。落ちた先には愛用の12.7cm砲があり、その砲身に落ちた滴は瞬く間に蒸発してしまった。

 

 由良は辺りを見渡す。薄くかかった硝煙の幕の向こうには、赤く光るランプに照らされた加農砲と、疲弊した砲兵たちが見えた。しかし、彼らはどんなに疲れても艦娘達の前では座り込んだりへばったりはしなかった。

 由良は同じく疲弊しきった指揮下の駆逐艦娘達を一瞥した。

 

「それではみなさん、残敵の掃蕩を・・・」

 

 と、由良が声を発すると、それを合図とするかのように由良の身体に衝撃が走った。まるでバットで思い切り叩かれたかのような衝撃である。それと同時に爆発音が響き渡った。キーーン、と由良の耳が悲鳴を上げる。

 そしてその直後、遠方から炸裂音が響いた。間違いなく由良に直撃した砲弾の発射音である。あまり砲弾の飛翔する速度が速すぎて、着弾した後に発射音が遅れて聞こえるのだ。

 

「高角砲!!10時の方向!!」

「に、2時の方向より攻撃!!」

 

 漣と潮が由良に代わって同時に声をあげた。しかし、2人はまるで逆方向を見て声をあげた。「えっ?」と2人が顔を見合わせる。

 

「10時と2時より挟撃!!」

 

 朧が声を張り上げる。実は2発の高射砲弾が、異なる方向から同時に撃ち込まれていたのだ。第37水雷戦隊は、島の南北の両サイドから十字砲火(クロスファイア)がかけられる絶好のポジションに飛び込んでしまったのだ。傷だらけの由良たちに、容赦ない高射砲のつるべ打ちが襲い掛かった。

 

 

 「さあ、玉砕した砲兵隊の仇を取るぞ!!」

 

 第71野戦高射大隊の大隊長、長谷川中佐が檄を飛ばす。高射砲の相手は、大抵の場合は航空機か歩兵などの地上目標だ。こうして艦娘と直接手合わせをする機会はなかなか無いことであった。

 高射砲の弾は榴弾砲や加農砲などに比べると小さい。ゆえに比較的威力も弱い。しかし、高射砲はその分榴弾砲や加農砲などとは比べものにならないほどの速射性がある。時速数百キロで上空を飛ぶ航空機を狙って攻撃をする兵器だから、当然と言えば当然かもしれないが、これは大きなアドバンテージとなる。

 高射砲の弾頭と装薬は一体化している為、1分間に15発(150mm加農砲の実に7倍以上)ものペースで砲弾を撃ちだすことができ、まるで絶え間なくジャブを浴びせかけるボクサーのように、途切れることなく砲弾の嵐を浴びせることができた。

 

 

 無線からは艦娘達の悲痛な報告が響いていた。彼女達の声に混じって、止むことのない砲撃の音もはっきりと聞こえてくる。

 鶴岡はそれを聞いていることしかできなかった。今や頼りになる由良の声はすっかり沈黙していた。聞こえてくるのはあどけない駆逐艦の声ばかりだ。

 鶴岡は声が詰まって動けない。何かしなければ!しかし焦るばかりで頭が働かない。時間がない!しかし時間はこうしている間にも過ぎてゆく。

 

「煙幕。」

 

 鶴岡の耳に、冷や水をかけるような低い声が聞こえた。伊藤少佐である。

 

「煙幕だよ!ほら早く!!」

 

 

――煙幕だ!!誰か煙幕を!!

 

 鶴岡の声が無線機の奥からこだました。

 これに素早く反応したのは漣であった。右手で海水に触れて風を読むと、主機をわざと不完全燃焼させて全力で吹かす。すると黒煙がもうもうと漣の艤装から溢れだした。そして砲弾の間を縫って風上に舵を切った。

 漣の黒煙に由良たちが包まれると、高射砲大隊の攻撃は一瞬緩まった。高射砲もチームで動く。1人1人の不断の働きによって初めてその威力を発揮する兵器である。誰かがためらうと、その歪みはやがて大きくなって伝播し、一瞬の隙を生む。

 

「いかん!」

 

 戦闘を見守っていた長谷川から思わず声が漏れた。

 黒煙を切り裂くような猛スピードで、南の高射砲陣地に由良が突っ込んできた。いくつか砲弾が命中するか、艤装と接触して部品が飛び散るのが見える。

 しかし由良はお構いなしに突っ込んだ。30ノットを超える猛スピードの中でも、彼女の砲口は最後まで目標を捉え続けた。

 

 

 「ありがとうございました!」

 

 第37水雷戦隊と第7軍混成重火砲隊の面々が頭を下げる。今日の演習は、由良、鬼怒、曙の3人の大破判定と、朧、漣の2人の中破判定と引き換えに第7軍混成重火砲隊が全滅判定という結果となった。

 しかし演習はまだ終わらない。この後、それぞれの部隊でじっくりと反省会が行われ、今後の戦闘の際の留意事項などを洗い出していかなければならないのだ。

 

「疲れた?」

 

 一旦解散した後、とぼとぼ歩く鶴岡に向かって伊藤が声をかけた。そうですね、と鶴岡が愛想笑い混じりに応えると、伊藤からは「言っとくけど、実戦はこんなもんじゃないからね。今日のは勝って当たり前ってくらいじゃないと、やってけないよ。」と、釘を刺されてしまった。

 それを聞いてより一層背中を丸めてとぼとぼと歩いていると、「司令!!」と後ろから声をかけられた。

 

「やったじゃん!初めての演習で大勝利だよ!!」

 

 先ほどの伊藤とのやりとりを見ていたのか、鬼怒は弾むような声で鶴岡に言った。

 「そうですぞ、そうですぞ。」と漣はそれに追随し、「そうです!」と朧も相次いで声をあげる。「まぁまぁじゃない?」と曙がワンテンポ置いて続き、潮はとにかくうんうんと頷いていた。

 そして最後には、「お疲れ様でした。」と由良が締め、少し休憩した後に反省会しましょうか、と鶴岡に提案する。

 

 夕陽を浴びながらはにかむその少女には、先ほどまで水雷戦隊を引っ張っていた勇ましい“軽巡”由良の面影は見られなかった。

 

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