5 マナド市街戦
パラオの遥か西方、インドネシアのスラウェシ島の北端に、マナドという都市がある。かつては40万人を超える人々が住み、大いに活気に満ちた都市であったが、深海棲艦との戦争が始まると、人々はこの海辺の街を去り、やがて深海棲艦が占拠した。
それから7年、人類は再びこの街を奪還するために戻ってきた。
鶴岡がパラオへ着任したのと時を同じくして、深海棲艦が占拠するスラウェシ島北部に日米連合軍が攻勢を開始した。
アメリカ軍はミナハサ半島の中心部であるポパロに第24、第32歩兵師団を上陸させ、そしてマナドには、艦娘の支援のもとに日本国防軍第4師団が侵攻を開始した。この艦娘達と師団は、フィリピンのタウイタウイに駐屯する第6遠征軍の所属であった。
マナドはスラウェシ島の北部、ミナハサ半島の西側に立地している。第4師団は、まずミナハサ半島の東側にあるビツンという都市に上陸、半島を東から西に横断し、マナドへと突入した。
当初の見積もりでは、マナドに駐留する深海棲艦の陸戦部隊は1500人程度と予想されていた。実際、当初はその程度の人数であった。しかし、深海棲艦側も侵攻を察知していたらしく、第4師団1万8000人余りが侵攻した時には、増援3000人ほどが加わり、更にビツンなど周辺の拠点から撤収させた部隊も合わせ、深海棲艦マナド守備隊は計6000人ほどにまで膨れ上がっていた。
かくして、マナドを巡る凄惨な戦いが幕を開けた。マナド守備隊6000人は国防軍側の想像以上に頑強に抵抗し、連日建物1つ1つ、時には部屋1つを巡っての激しい市街戦が繰り広げられることとなった。
4月5日
第4師団隷下の第4歩兵連隊は、敵の立て籠もるマナドの中心地へ南からアプローチしていた。同時に東からは第8歩兵連隊、北からは第11歩兵連隊がアプローチし、包囲網を形成しつつあった。マナド中心地の西側は直接海に面していたが、その海はタウイタウイの艦娘達が押さえていた。
4月6日
それぞれの連隊が最初の本格的な抵抗にあう。当初は市街への重火砲や航空機による砲爆撃が制限されていたため、第4師団は想定を上回る出血を強いられることとなった。
4月9日
深海棲艦による最初の逆上陸が決行される。海上包囲網を強行突破し、陸戦部隊がマナド沿岸部に上陸。逆上陸部隊はそのおよそ三分の一が死傷するが、残りの数百人は守備隊との合流に成功する。
4月11日
第11歩兵連隊は市街地中心部の北方を流れる河川まで進出。第8歩兵連隊は市庁舎近くまで進出、第4歩兵連隊はショッピングモールを巡る激しい戦闘に突入。包囲網はいびつな三角形を描くような形となった。
4月14日
深海棲艦による二度目の逆上陸が決行される。陸戦部隊数千人は海上戦と上陸後の戦闘でそのおよそ半数が死傷するが、部隊の規模自体が前回よりも大きかったため、1000人を超える陸戦部隊が合流した。
4月16日
第4歩兵連隊はショッピングモールと隣接する公園を制圧するが、第11歩兵連隊は渡河に失敗。第8歩兵連隊も前進を阻まれ、死傷者の数に見合う戦果は得られなかった。
4月18日
海上との接続を断つために第4歩兵連隊と第11歩兵連隊による総攻撃が実施されるが、失敗に終わる。深海棲艦陸戦部隊の実戦力は累計のおよそ半数ほどまで消耗したと推定されるが、依然その抵抗は頑強であった。また、度重なる海戦と小競り合い、第4師団の支援任務のために、海上に待機する艦娘達の燃料・弾薬、そして心身の消耗は無視し得ない段階にまで至っていた。
4月19日
「で、我々から増援を派遣してほしい、と・・・。」
大淀の報告を聞いた本多中将が言った。
現在、パラオ泊地では本部棟の会議室で緊急の会議が開かれていた。
出席メンバーは、司令長官である本多中将、軍司令官の仲村中将、航空・砲雷・情報参謀、そして各艦隊の3人の司令官と、2人の師団長、そして彼らに付随する秘書艦と参謀達であった。
「タウイだけじゃあもう何ともならんのか。まだいくらか陸軍の部隊がおった気もするが・・・。」
「はい、タウイタウイ泊地では、現在スプラトリー諸島方面にも戦力を割いているようで、余力はないそうです。」
「同時に上陸したアメリカ軍は?」
「4師と合流するために24師が北進していますが、現在ナナシ付近で抵抗を受けて進撃は停滞しているそうです。」
陸軍軍司令官である仲村の質問に大淀がよどみなく答えた。
「トラックがやられて以来、泊地や鎮守府に留め置く戦力もむやみやたらに派遣できなくなったからな・・・。あれ以来、どこも常に押さえの兵力を余分に残すようになったから、尚更余裕がないのだろうな。」
砲雷参謀である長門が言った。それを聞いた会議室の面々は、同情するやら、厄介な仕事を擦り付けられたもんだ、などと思いながら黙って顔をうなだれていた。
「それで、具体的にどれ位寄越せって言ってるの?」
「はい、陸軍1個師団と空母・戦艦を含む艦隊を派遣してほしいと。」
本多の質問に対して大淀が答えたが、これを聞いて会議室の中は騒然とした。皆が独り言を呟いたり、隣近所の者たちと話し始めた。
「1個師寄越せとはまた業突く張りだなぁ。」
「おまけに空母・戦艦まで?これじゃあどっちが援軍なのか分からんな。」
「そんな様ならどうして最初から敵を潰せる戦力で行かなかったんだ。」
「いっそ敵の本拠地を強襲して首根っこを押さえちまおう!」
部屋中が喧騒に包まれたところで、誰かが拳を叩きつける音がけたたましく響いた。男達の声に負けぬ程の大音声を響かせたのは、長門砲雷参謀であった。
「失礼、長官から伺いたいことがあると・・・。」
長門参謀はその体躯に見合う声で言った。実のところ、本人は平手で机を軽くこついた程度のつもりであったのだが、自分でも思った以上に激しい音が出てしまった。長門も内心びっくりしていた。
しかしこの時も、長門の向かいに座っている航空参謀である赤城は泰然としていた。
「それで、陸軍はどうですか、できそうですかね。」
本多は隣に座っている仲村中将に問いかけた。
「まぁ、やれるかと言われれば、やれるよ。兵員と機材を輸送できる船舶さえそろえばね。同胞が血を流して苦戦しているのを放っておく訳には・・・海軍は?」
「もちろん、付き合いますよ。・・・ところで参謀諸君。」
本多の声に長門と赤城と大淀が反応した。3人の美しい長髪が揺れる様子が、ひと際将官達の目を引いた。
「航空機と燃料・弾薬は、どれ位工面できそうかな。」
第3艦隊 司令室
「えー、という訳で、第3艦隊が中心になってマナドへの派遣隊が組まれました。今後の日程については・・・」
第3艦隊の司令室では、将校と秘書艦が一堂に会していた。艦隊を率いる齋藤少将から、この日の高級将校らの会議で、第3艦隊が主力となって陸軍の第5師団をマナドまで護送し、現地到着後はその支援にあたることに決したことが伝えられた。
齋藤少将の説明は粛々と続けられ、それを聞いている将校と秘書艦達も、鶴岡を除けば至って平然とした様子だった。
『航空決戦第1艦隊、艦隊決戦第2艦隊、雑務・支援の第3艦隊』と揶揄されるように、第3艦隊はこの手の任務を幾度となく引き受けてきた。
第3艦隊を構成する艦娘達は、航空戦艦や軽空母、型がやや古い巡洋艦や駆逐艦がその多数を占め、その性質は強大な敵に真っ向から立ち向かう第1、第2艦隊とは異なる。
第3艦隊の主たる任務は、その燃費の良さを活かした船団護衛などの遠征任務や、他の艦隊や地上部隊の支援任務だ。そのため、他の艦隊のように決して花形と胸を張って言えるような艦隊ではない。
しかし、逆に言えば第3艦隊はその運用の手軽さから普段使いが良く、日頃から頻繁に出撃を繰り返しているため、おのずと艦娘達とそれを指揮する将校達の練度も高くなる。まさに叩き上げ部隊であった。
「なお、今作戦の主な任務は海上封鎖と地上部隊の支援ですが、敵はこれまでに2回、海上封鎖を強行突破して地上へ援軍を送り込んだとの事です。・・・二度あることはなんとやらといいますから、心してかかるように。」
鶴岡は緊張を隠せないでいた。齋藤少将の話を聞いている間も、彼はどことなくせわしない様子で、彼の緊張の具合は隣に座っていた由良だけでなく、まわりの将校達や艦娘達も自然とそれを感じ取っていた。
本部棟 食堂
「鶴岡君、大丈夫?」
夕飯を食べている鶴岡に話しかけているのは、彼と同じく第3艦隊所属の池上明美中佐だ。パラオ泊地の中で2人しかいない女性将校のうちの1人であった。もちろん、彼女もマナドへと派遣される部隊の一員だ。
「ええ、緊張してるかしてないかで言ったら・・・正直、緊張してます。」
「まぁそうだよねー。とにかく最初のうちは困ったらすぐに誰かに聞いてね。」
「連装砲(レン・ソウ・ホウ)(連絡・相談・報告)ですね。」
「そうそう、・・・海翔!」
池上が不意に吉野中佐を呼んだ。呼ばれた吉野中佐は、階級は同じなのにも関わらず、まるで上官に呼び出されたかのように、すぐに返事をし、駆け足でやってきた。
実は池上中佐は、吉野中佐の士官学校時代の教官なのだ。
池上明美中佐は、開戦当初から既に海軍に入っていた、比較的ベテランの将校だ。戦争が本格化すると、指揮官不足と元々の地頭の良さにより、彼女はあっという間に艦娘を率いる将校の一員として前線で活躍することとなった。恐らく、艦娘達と同じ女性であるというところも、彼女が取り立てられた一因であろう。
そしてしばらく前線で勤務した後、今度は艦娘達を率いる未来の将校達の教育任務に就くこととなった。彼女は海軍大学校を卒業していない、というか本人はそれほど高い志は抱いていないのだが、とにもかくにも人材不足ということで士官学校の教官を任されることとなってしまったのだ。
ここまでの抜擢は、本人にとってもまさに青天の霹靂と言ったところであった。
そもそも彼女が軍に入ろうと決心した理由は「一応公務員だし」という割と適当なものであった。しかし、入ったはいいもののその後の急速な情勢の変化と、何でも人並み以上にはこなせる彼女の要領の良さによって、いつの間にか重巡洋艦4人を率いる佐官になっていた。
「何ですか突然?今いいところだったんですけど。」
吉野が来た方を見ると、食堂の机の一角を利用して麻雀が行われていた。どうやら今現在は吉野の代行として足柄が入っているようだった。
「麻雀なんかやってないで、この子に戦闘のイロハを教えてあげな。」
「それはあなたの仕事では?」
「私は例の派遣隊の仕事で超忙しいの。あんたどうせ暇なんでしょ?」
そう言うと池上はそそくさとどこかへ消えてしまった。
実際に現場に行く池上からすると、一番まずい事態は、このひよっこ将校が実戦の中でミスを犯すことであった。
これが1艦娘のミス程度ならいくらでもカバーできるからまだよい。しかし、複数の艦娘の行動の指針となるべき司令官が、いざ実戦となって混乱を起こしたり狼狽するようなこととなったら、それがもたらす損害は想像に余りある。
そうなるとやはり最終確認と言うのも何だが、やはり経験豊富な先輩からの無駄の無いアドバイスが必須となる。しかし、池上にはそのような時間は無い。いや、あったとしても面倒臭がってどの道やらないだろう。そこで自らの言うことには唯々諾々と従い、尚且つ暇そうな吉野中佐に目を付けたという訳だ。
池上はこのようになかなか打算的な考えができる女であった。そしてこの要領の良さが、本人すら望まぬ昇進の一因である。
吉野が狼狽していると、先ほどの吉野を呼んだ池上の声を聞きつけたのか、もう一人将校と艦娘がやって来た。
「どしたの?」
やって来たのは、第1艦隊所属の高橋正洋(まさひろ)中佐と、部下の鈴谷であった。
高橋中佐は、吉野中佐と同郷の幼なじみ、いわゆる腐れ縁の仲の友であった。
このマイペースで掴みどころのない雰囲気をまとった佐官は、そののほほんとした見た目からは想像が難しいほどに頭が切れる変わり者だ。会議中なども、猫背気味でどこか眠そうな感じで過ごしているが、たまに意見をいうことになった時には、流れるようにしっかりとした答弁ができてしまう。
高橋中佐とは、そのような男であった。
「まーた池ちゃんに何かおしつけられたんでしょー?」
高橋にくっついて来た鈴谷が言った。
前述のように、高橋は決して威厳のある指揮官とは言えない。特に鈴谷にはしょっちゅうおちょくられるし、最上などもまるで同級生の友達のように接している。しかしこの距離感の近さが、彼の部隊の強みの一つと言えるのかもしれない。
吉野は高橋たちにかくかくしかじか、これまでの経緯を説明した。