波濤の彼方~炎の中の戦闘録~   作:ヨシ ヒロ

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8 浸透

 4月24日の夜、マナドは騒乱のただ中にあった。

 

「水上打撃部隊、これより砲戦を開始する!!合戦用意!!」

 

 長門を旗艦とするタウイタウイとパラオの混成艦隊は、午後8時頃、深海棲艦第三次強襲隊の第1群と交戦を開始した。この深海棲艦の部隊は第2群から水雷戦隊を分遣されていくらか増強されており、数の上では長門率いる混成艦隊よりも優勢であった。

 この第1群の後ろには陸戦部隊とそれを支援する艦隊で構成された第3群がぴったりと続いており、戦艦棲姫の率いる部隊がこじ開けた敵の防衛線から市街地を目指して前進し、包囲下にある友軍を助け、敵の地上部隊を排除する。機動部隊である空母棲姫率いる第2群はこの時点では大分後方に控えており、夜明けと共に第1群と陸戦部隊への航空支援を実施するという手筈であった。

 

 これに対峙するタウイタウイ・パラオ連合艦隊も似たような構えで深海棲艦を待ち構えており、赤城を旗艦とする機動部隊は主戦場から外れた場所に待機して夜間はやり過ごし、夜明けと共に進攻してくる敵艦隊に航空攻撃を浴びせるという態勢で臨んでいた。

 

 

「22戦隊、32戦隊は右舷敵主力部隊へ!!他の隊は左舷敵水雷戦隊へ突撃!!」

 

 レーダーと夜間偵察機によって割り出した敵艦隊へと各々が肉薄する。敵味方双方が照明弾を撃ちあげると、青白い光に照らされた敵の姿が闇夜に浮かび上がった。

 夜戦は昼の戦闘に輪をかけて激しいものになる。昼とは比べものにならない至近距離での砲雷撃戦だ。ゼロ距離射撃は当たり前で、時には接射や掴み合い殴り合いの肉弾戦にまでなる。機銃の曳光弾があちこちから飛び交い、敵味方の叫び声が響き渡り、戦艦の装甲さえも容易く撃ち破られる。

 交戦開始からものの数分後には、マナドの沖合には凄惨な戦場が広がっていた。

 

 この時、第19水雷戦隊の分遣隊の旗艦を務める阿武隈は、不幸なことに左舷敵水雷戦隊へと突撃する部隊の先頭を走っていた。いや、走らされていたと言った方がいいだろう。本人が気づいた頃には、味方は全員自分の後ろに続く格好になっていた。

 味方が打ち上げた照明弾の灯りが敵の姿をくっきりと照らし出す。敵と目が合いそうな程の距離に、思わず心臓の鼓動が急激に上がる。本当に夜戦は心臓に悪いものだ。どこかの夜戦バカの気が知れない。

 阿武隈はアウトレンジ攻撃が得意だ。重雷装巡洋艦ほどの火力は無いが、彼女達と同じように甲標的を装備して、敵の射程外から一方的に攻撃することができた。今、この瞬間もその甲標的は持っているが、しかしこれは夜戦ではほとんど意味がない。夜戦の中では射程というものは意味を持たないのだ。

 するとすぐに射撃が始まった。先に撃ったのは味方らしいが、当然誰かは分からなかった。耳元を物凄い爆風と共に砲弾が通り過ぎ、目の前の敵に命中した。恐らく人の形をしていたから軽巡以上の敵だったと思うが、それは砲弾の命中によってあっという間に炎の塊と化して辺りを照らす光源となった。もし自分の指揮下の駆逐艦がやったのなら見事と褒めてやりたい程のクリティカルヒットだった。

 しかしそんなことをしている暇は無く、すぐに敵艦隊も猛烈な射撃を始めた。目が眩む閃光と耳をつんざく爆音が響き渡り、何十何百発もの砲弾が飛び交う。もう阿武隈は逃げることも隠れることもできない。ただひたすら、止まらずに動き続け、撃ち続けなければならない。もし一瞬でも立ち止まろうものなら、後続の味方と衝突するか、あっという間に蜂の巣にされるだろう。

 

「がら空きなんですけど!」

 

 敵の隊の中へと浸透した阿武隈は、味方に気を取られていた敵を背後から撃ち、さっそく戦果を上げた。砲火に照らし出された艦影から、それは恐らく駆逐艦だと思われたが、阿武隈はそいつに向けて渾身の15.2cm砲弾を叩き込んだ。

 魚雷が誘爆したのか、件の敵駆逐艦は瞬く間に火を噴いて轟沈した。そしてその炎の後ろから、自分の指揮下の艦娘である、吹雪、白雪、初雪、深雪らが続いて来るのが見えた(残りの同じ隊の者達は五十鈴と空母の護衛に付いていた)。

 全員の無事が確認できて阿武隈は一瞬ホッとしたが、そんなことをしている場合ではなかった。

 阿武隈が再び攻撃に移ろうとした瞬間、自分の左側から嫌な音がするのに気付いた。そして顔を左に向ける暇も無く、何かが空を裂くような音が目いっぱい聞こえるようになったかと思うと、物凄い衝撃が身体全体を襲った。

 彼女が覚えているのは、ぐるぐると回転する世界と、「あっ!」と口を開けて驚く駆逐艦達の姿であった。

 

 この時阿武隈は知る由もなかったが、この時阿武隈を襲ったものは、振り返った阿武隈からみて左側で交戦中であった、長門の砲塔に直撃し、分厚い装甲によって跳弾した敵の戦艦の主砲弾であった。

 長門の砲塔によって弾き飛ばされた砲弾は、なおも凄まじい速度でくるくると回転しながら飛び続け、まことに運の悪いことにたまたまそこにいた阿武隈のすぐ傍に着弾し、炸裂したのだ。

 不幸中の幸いとでも言うべきか、この砲弾は阿武隈に直撃こそしなかったものの、さすがに戦艦の主砲弾の爆発力は凄まじく、爆発によって阿武隈の身体は宙を舞い、そして海面にしたたか打ち付けられた。

 すぐに周りにいた駆逐艦達によって介抱され、阿武隈自身は比較的軽症で済んだが、艤装には少なからずダメージが残った。

 

 

 吹雪は胆を冷やした。目の前で自分たちの前線指揮官が水柱に包まれたかと思ったら、宙を舞ったのだ。きっと誰もが同じように肝を冷やすだろう。

 それを見てその場にいた皆が反射的に阿武隈に駆け寄ろうとしたが、吹雪はそれを制止した。気持ちは分かるが、この遮蔽物も何もない、砲弾の嵐の中で固まるのは危険だと判断したのだ。

 

「白雪ちゃんと初雪ちゃんは援護を!深雪ちゃんは阿武隈さんを!」

 

 戦場の轟音に負けないように叫ぶと、吹雪は深雪と共に阿武隈を助けに駆け寄った。近くで見たところ、大きな怪我はしていないようだった。

 

「大丈夫ですか?起きれますか?」

 

 吹雪は左手で阿武隈を揺すり、右手は10cm高角砲をいつでも撃てるように構えながら声をかけた。深雪も同じようなことをしていると、阿武隈は目を覚ました。多少は混濁していたようだが、何とかなりそうだと吹雪は思った。

 

「さあ行きますよ!」

 

 心の中で阿武隈に謝りながら、吹雪と深雪は阿武隈の服を少々乱暴に掴み、肩を持って引きずるように運んだ。いつもセットにやたら手間をかけている阿武隈の髪は、ものの一瞬でぐしゃぐしゃとなっていた。

 

 

――こちら27水戦、戦況優勢!追撃戦への移行の是非を求める。

――こちら陸奥、第3砲塔被弾、火力低下!!

――天津風、魚雷残り無し!

――こちら15戦隊、押されています!応援求む!!

――高雄、魚雷被弾!機関に不具合あり!ただし戦闘継続は可能。

――おい!もっと前方に火力を集中させろ!!聞こえないのかぁ!!

――36水戦、とてもじゃないが手数が足りないクマ。予備隊の増援を具申するクマ。

――・・・ら、・・くま、無線機不調!くりかえ・・・あぶく・・・・・不調!!

 

 戦闘開始と同時に、沢山のディスプレイや通信機材に囲まれた司令部は瞬く間に無線の嵐に包まれた。各部隊の司令官達は部下からの報告を受け取ると、それに応じて適宜指示を送る。そして必要ならば上官や同僚達とで意見を交わし、部隊の動きを決める。

 しかし戦況は刻々と変化していくものだ。それに少しでも対応しようと、各司令官達は躍起になる。時には怒号が飛び交い、ここもまた戦場の様相を呈していた。

 

 艦隊の総指揮を取る比企(ひき)亘(わたる)中将は、直感的にも論理的にも、自分たちが大勢で見れば押されていることに気付いた。

 自分たちが守りの態勢を決めた時点で、この戦いのイニシアティブは失われた。敵が攻撃の姿勢でいる以上、この戦い主導権は敵が握っている。

 それでも今夜の一晩か、あるいはもう一晩を持ちこたえれば、陸海空から援軍が続々と到着し、再び自分たちが戦いを主導できるはずであった。

 しかしこの様子では今夜一晩も持ちそうにないと感じた。

 艦娘達は果敢に敵の攻撃に立ち向かっている。パラオからの援軍も十分過ぎるほどに頑張ってくれていた。

 しかし敵の勢いは全くと言ってよい程に衰えなかった。敵は次々と新手を繰り出して波状攻撃を仕掛けてきているが、こちらは燃料と弾薬と人員が着実に消耗している。

 海上での防御戦はシビアだ。地上での防御戦と違い、地形や野戦築城などによって人員や火力の劣勢を補う「戦闘力の貯蓄」がほとんどできない。火力、物量、装備の優越が戦況に克明に反映される。

 今度の今度は本気で自分たちを潰しにかかってきているであろう、深海棲艦の大部隊が、沖合の艦娘達の防衛線を蚕食し、やがて地上にまで押し寄せて来るのも時間の問題であろうと比企は判断した。

 

 

「長門!これは少しばかり分が悪いんじゃないか?」

 

 砲戦の最中、日向が長門に向かって言った。日向は直属の指揮官である椎崎大佐から戦況はあまり芳しくないという趣旨の無線を聞いていた。

 自分たちもなんとか戦艦級の深海棲艦を3隻斃したが、いまだにもう2隻と戦艦棲姫を相手にしなければならなかった。いや、それに加えて雷巡や駆逐艦なども次々と押し寄せてくる。

 その一方でこちらは長門、陸奥、伊勢、日向の4人全員が多かれ少なかれ傷を負っており、特に先陣を切って突進を続けた長門と、第3砲塔を被弾損傷した陸奥は戦闘に大きな支障をきたす損傷をしていた。

 伊勢と日向もあちこちから小中口径の砲弾を喰らっていた。持ち前の回避力によって致命傷こそなんとか避けていたが、その分燃料の方はかなり消耗していた。

 

「このままここで壊滅するよりも、一旦引いて態勢を立て直した方がいいんじゃないか?」

「それを決めるのは提督だ!!指示があるまでは目の前の戦いに専念しろ!!」

 

 「了解!!」と乱暴に吐き捨てると、日向は航行速度をグッとあげて敵戦艦に勝負を仕掛けた。相手もかなりのスピードで蛇行しながら、お互いに一定間隔で砲撃を仕掛けるが、お互いにかなりの速さで動き回りながら撃っているからか、これがなかなか当たらない。

 お互いに相手の表情を伺えるほどの距離であったが、それでもなかなか砲弾は当たらない。どうやら相手もなかなかの手練れのようだ、と日向はほんの少し感心した。

 すると不意に相手が離脱を始めた。思わず日向は面食らったが、すぐに追撃の姿勢に入ろうとした。

 

「日向!!魚雷来てるよ!!」

 

 伊勢の声によって、日向は炎と照明弾に照らされた海面に白い筋が伸びているのを見つけた。それは何条もの筋で、扇状に自分に迫って来ていた。きっと先ほどのやつは仲間の魚雷の射線から外れるために離脱したのだろう。

 魚雷を見つけたは良かったが、少々遅すぎた。もう少し早く気づけば砲弾や機銃弾を叩きこんで対処できたが、見つけた時には日向に接近し過ぎて主砲は俯角を取れなかった。

 最後の望みをかけて魚雷の間を何とか潜り抜けようとした時、いきなり視界が大量の海水に埋め尽くされた。唐突に彼女の目の前で大爆発が起こったのだ。思わぬ爆発の爆風をまともに浴び、流石の日向も体勢を崩して膝をついた。

 

「直撃よりはマシだったでしょう?」

 

 見かねた伊勢が魚雷へと発砲したのだった。日向は手短に感謝を伝えるとすぐに動き出した。自分を魚雷で狙ったやつが健在である限り、またいつやられるか分からないからだ。

 動きはしたものの、先ほどの爆発によってまだ頭が少しくらくらする感覚があった。魚雷と戦艦の主砲弾がすぐ目の前で同時に爆発したのだから無理もなかった。

 

 そして彼女達に後退命令が出たのは、この後すぐのことであった。

 

 

 突入する陸戦部隊を支援する艦隊の一員である、重巡洋艦のリ級は、遮二無二進み続けた。先ほど主力部隊が何とか敵の防衛線に穴を穿ち、ようやく自分たちは敵の背後に回ることができた。

 しかし予定よりも作戦の推移は遅れ気味であった。やはり艦娘達の抵抗は頑強であった。彼女は前回の強襲にも参加していたが、この夜の戦闘はそれとは比較にならないほどの激戦であった。

 現にこうして防衛線の内側に回り込んだはずなのに、砲弾がどこからともなく飛んでくる。仲間達がそれに応戦しているが、この執拗な砲撃は止みそうになかった。戦いはまだこれからだ。

 やがて陸地らしき影がはっきりと見えてきた。しかし彼女は、自分たちが巨大な化け物の開けた大きな口へと向かっているような、何とも言えない不安な気持ちになった。

 最もその化け物の口へと突っ込んで行くのは彼女ではない。彼女はあくまでも海上から陸戦部隊を支援するのが任務であった。

 彼女は陸戦部隊の仲間達を気の毒に思った。きっと陸にいる敵や仲間の姿を見ることすらできないまま、大勢が死ぬだろうと思ったからだ。

 そんな思いを巡らせていると、突然彼女の視界が真っ白になった。あまりに突然のことに一瞬混乱したが、すぐに自分たちが艦娘の探照灯によって照らされていることに気付いた。

 

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