波濤の彼方~炎の中の戦闘録~   作:ヨシ ヒロ

9 / 9
9 血の矛

 

 日付はもう4月25日に変わっていた。

 

 長門率いる混成艦隊はとうとう損害に耐えかねて撤退に移っていた。艦隊はなんとか崩壊する直前に秩序だって撤退に移ることができたが、ここで大破した艦娘達をどうするかが問題となった。

 未だ戦闘が可能な艦娘達は、赤城率いる機動部隊と合流し、引き続き戦闘を継続することとなったが、大破した艦娘達はそんなことをする訳にはいかない。何とかして地上の安全な場所へと退避させなければならなかった。

 そこで有志達を募って大破した艦娘達を地上の司令部の元へと送り届けることとなった。

 これはつまり地上を目指して突進する深海棲艦達と仲良く並走しながら、最前線へと負傷者を送り届けるということで、大変危険な行為であったが、これ以外の策は司令部も思いつかず、結局この作戦が決行されることとなった。

 

 

午前1:40

 

 吹雪の探照灯の照射によって戦端が開かれた。この隊列には、長門、伊勢、高雄、加古、矢矧、球磨、吹雪、深雪、不知火、谷風らがおり、彼女達が派手に暴れて敵を引き付けている間に、大破した艦娘達は地上の部隊に回収される手筈であった。

 一方の深海棲艦側はと言うと、彼女達は彼女達で上陸する部隊を掩護するのがやっとで、この囮部隊にはまともに構うような余裕はなかった。

 そしてこの強襲隊の強襲に呼応して、市街地に立て籠もる深海棲艦マナド守備隊も猛烈な砲撃を始めた。少しでも市街に展開する部隊の注意を自分たちに逸らすための援護射撃であったが、これに対して第4、第5師団の砲兵隊も激しく撃ち返し、地上では熾烈な砲撃戦が繰り広げられていた。

 建物が次から次へと粉砕され、爆発によって路上の自動車の残骸が宙を舞い、街のあちこちから新たに火の手が上がった。

 更に路上には破壊された建物の残骸が横たわり、双方の部隊の移動に支障をきたすようになった。

 

 

「第3中隊、配置に付け!!」

 

 砲声の間から士官達の叫び声が響いた。

 この深海棲艦達による強襲を防ぐ中で、第4、第5師団が特に重要視したのが、籠城する深海棲艦守備隊との前線の近くにある小さな公園であった。

 この公園は海に突出するように造成されており、立て籠もる守備隊に合流しようとビーチに殺到する強襲隊に対して側面から攻撃ができる場所に立地していたのだ。

 その為、この海に突出した公園には、機関銃、機関砲、迫撃砲など多数の火器が設置され、深海棲艦達を迎え撃つ体勢を整えていた。

 

「敵だ!」

 

 照明弾や街のあちこちからあがる火の手によって、海上には深海棲艦達の姿が青やオレンジの光で照らし出されていた。

 海上のあちこちに駆逐イ級の姿が浮かび上がっていたが、実はこれが深海棲艦達の使う一種の上陸用舟艇であった。

 見た目は駆逐イ級ではあるが、その中には30人ほどの完全武装した深海棲艦陸戦部隊が詰まっていた。陸地に乗り上げると、イ級の口にあたる部分が開き、そこから次々と陸戦部隊が溢れるように飛び出してくるのだ。

 

「こっちに来るぞ!!」

 

 深海棲艦は戦術を変えた。

 それまではいの一番に籠城している味方と合流しようと、街の中心部にあるビーチに殺到したが、その度に海上に突出する陣地からの集中砲火によって大きな損害を出してきた。

 そこで、今回は本隊の上陸に先んじて、陸戦に慣れた精鋭を集めた大隊をまずこの陣地にぶつけ、奪取して無力化・・・あるいは最悪でも釘付けにして本隊の上陸を少しでも円滑に進めようとしたのだ。

 当然これを察知した国防軍は上陸を許すまいと激しく銃弾や砲弾を浴びせた。

 迫撃砲や榴弾砲の砲弾が次々と海上に着弾し、水柱をあげた。いくつかはイ級の姿をした上陸用舟艇に直撃し、巨大な炎の塊を海上に現出させた。

 本来ならば対空射撃に使われるようなサイズの機関砲も威力を発揮した。いくつもの曳光弾の筋が夜の海上を照らし、薄い舟艇の装甲を貫いた。

 しかし深海棲艦達の射撃も、また苛烈なものであった。特に突出陣地は集中砲火を浴び、配置されていた第5連隊の第2大隊第3中隊は死傷者が続出した。

 

 この時、この公園を含む深海棲艦達の籠城部隊包囲網の南側に配置されていたのは、新たに到着した第5師団の第5連隊を中心とする先遣隊であった。

 更にその南には海軍の戦闘司令部が設置されていたが、このような戦況を鑑みて陸軍の司令部と合流するための撤収作業が進められていた。

 

 

 戦線から外れた街の南の一角では、大破艦娘達の収容が進んでいた。第5師団から派遣された車両や人員も加え、ひっそりと収容を進めていた。

 戦闘の渦中から多少は離れていたが、それでも北の方では激しい戦闘が行われるのは嫌でも感じられた。

 照明弾、曳光弾、炎上する海上の深海棲艦達と建物によって、夜空は異様な色で照らされていた。砲声と銃声が絶えることなく響き渡り、それらが混じり合って1つの巨大な爆発音に聞こえるようであった。

 

「よし、これで全員か?」

 

 収容部隊を指揮する、第5連隊第1大隊から派遣された増永中尉が言った。

 派遣された軽装甲車には負傷した艦娘達が詰め込まれていた。この時派遣された車両は軽装甲車5両で、一応の固定武装としてブローニングM2 12.7mm重機関銃かルイス7.7mm軽機関銃が搭載されていた。

 

「はい、全員です。」

 

 車の中から鳥海が応えた。駆逐艦たちは可能な限り艤装ごと収容されていたが、鳥海などの大型の艤装を使っている艦娘達は、ほとんど身一つの状態で収容されていた。

 鳥海の声を聞き、増永が出発の指示を出そうとしたまさにその時、無線機から緊急の通信が聞こえた。

 

――大破艦がもう1人出た!まだ収容できるか?

 

 増永は驚いた。無線は司令部からであったが、これに問いただすと、この収容作業を支援するために敵を引き付けていた艦娘達の中から新たに1人大破艦が出たとのことであった。

 増永はしばし思案したが、このままここにとどまっていても事態は良くはならないだろうと考えた。

 

「須藤、お前に1号車から3号車までの指揮は任せる。先に司令部に戻ってろ。」

 

 増永は5両の車両のうち、まだ収容人数に余裕のある車両と護衛の車両の2両を残し、あとは撤収するように須藤軍曹に指示をした。

 

 

 この頃、突出陣地での戦闘は酸鼻を極めたものになっていた。

 深海棲艦はここに精鋭部隊2個大隊をぶつけ、奪取のために猛烈な攻撃を仕掛けていた。

 第5師団の応戦や艦娘達の妨害によって、海上でかなりの出血を強いられ、いくつかの部隊は離れ離れになりながらも、彼女達は尚も突進を続け、突出陣地に肉薄した。

 陣地内では凄惨な近接戦が繰り広げられた。双方の将兵の鬨の声や断末魔が不気味に辺り一帯に木魂し、掴み合い殴り合い銃剣で刺突する将兵の姿が、絶えず打ち上げられる照明弾の光に照らし出された。

 深海棲艦達は味方の死体を踏み分けて突進を続けた。まるで矛を相手の喉元に何度も突き立てるように、後から後から部隊が上陸し、波状攻撃を続けた。

 やがて陣地の守りに付いていた第3中隊は、じりじりと後退しはじめた。本来ならば精鋭の2個大隊のみで深海棲艦達はここを制圧するつもりであったが、海上で攻撃を受けての混乱により、この時点でかなりの人数の本隊の部隊の兵員がここに殺到していた。

 やがて戦況の優勢を悟った深海棲艦の指揮官が、合図の照明弾を打ち上げた。本隊の上陸を促すための合図であった。

 

 

 この時、海上の深海棲艦達は混乱状態に置かれていた。

 まず敵の予想以上に激しい砲撃によって、指揮官クラスの死傷者が相次ぎ、統制が困難な状況になっていた。

 本来ならば籠城している部隊の支援砲撃のお陰で、敵の地上部隊の砲兵は制圧されているか、釘付けにされているはずであった。

 しかし夜間の市街地に向けての砲撃は想定よりも効果を発揮しなかった。着弾観測が難しい上に、建物が砲撃の効果を減衰させたのだ(これは国防軍や艦娘達にも言える)。

 加えて、第4師団は軍直轄の砲兵隊を追加配備し、砲兵火力を増強していたが、深海棲艦達はこのことを把握していなかった。

 更に、本隊の上陸は先行する強襲大隊からの照明弾の合図によって開始することになっていたが、この時には戦場のあらゆる部隊があらゆる場所から照明弾を打ち上げていたため、どれが合図の照明弾なのか見分けがつかなかった。

 やがて途切れ途切れの通信によって、突出陣地を制圧したことが分かったが、沖合からはどこが上陸地点なのか判然としない状況であった。

 やがてある部隊が比較的抵抗の少ない地点を見つけて上陸を果たした。

 激しい砲撃に晒され、統制を欠いた本隊の諸隊は、やがてその部隊の元へと上陸していった。

 無事に上陸した指揮官クラスの深海棲艦達は、地図と照らし合わせながら自分たちがどこに上陸したのかを探ろうとしたが、敵味方の激しい砲撃によって街の様相は一変しており、更に彼女達に土地勘などあるはずもなく、これは困難なことであった。

 やがて次々と隊が上陸し、なし崩し的に橋頭保を拡大していったが、実はこの時の諸隊は潮流によって南に流されており、彼女達が上陸した地点は当初の想定よりもだいぶ南に逸れた場所になっていた。

 

 

 須藤ら車両部隊は、陸軍の司令部へと撤収する海軍の車両部隊の一部と合流し、道路を走っていたところ、突然銃撃を受けた。

 最初は味方の誤射かと思った須藤は、窓に顔を近づけ、怒鳴り散らしてやろうかと思ったが、そこに深海棲艦達の姿を確認すると、一瞬思考が止まった。

 しかし、次の瞬間には身体中から冷たい汗がぶわっと噴き出すのを感じ、大音声をあげた。

 

「敵だ!!突っ切るぞ!!」

 

 こうしてマナドの戦いは、双方の思惑から完全に逸れた方向へと展開していくこととなった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。