葵くんアンダーフロー!   作:下品な牛乳◆N1RGqRourg

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ちょっとこれは不味いですね…

もしかして壊しちゃっ――

――いや、大丈夫、きっと

多分、メイビー…

………

もう一回ここに連れてくればワンチャン…?



luck -= 2; //葵くんアンダーフロー!

 

 

 

「それで、俺はこの後どうなるのですか」

 

 生前の趣味であったオタクカルチャーの中で、現状と類似するシチュエーションを連想した葵は僅かな希望を頼りに今後の事を問いかける。

不慮(?)の事故によって落とした命、魂へと語りかけてくる神様、チラチラと話の中に出てくる"異世界"や"勇者"等々…

もしかしたら物語の中で度々見かけた"異世界転生"なる御都合主義が待ち受けているかも知れない――と。

そんな俗物の如き希望を抱いていると知ってか知らずか、女神の返答は「待っていました!」と言わんばかりに喜色に満ちて述べられた。

 

「私のミスに因って葵さんはその尊い人生を失ってしまったわけですから、御迷惑でなければ私にその御霊を導かせて頂きたいのです」

 

大凡、喜びの表情を浮かべながら話す内容では無いなと呆れながらも葵は言葉の続きを促す。

 

「御霊を導く…というと?」

「端的に申しまして、新しい人生――エンジョイしようぜっ!」

 

いぇーい!と続けた女神に対して目線を細めながら、肉体が無い故に痛む筈のないこめかみをそっと抑える葵はとても悩ましげであった。

女神様(コイツ)、勇者とやらの代わりを俺に押し付けるつもりなのでは?――であるとか

終ったと考えれば以前の人生にあまり未練がある訳でも無し即物的なれど魅力ある提案かも知れない――であったり

でもこの人殺し(コイツ)の考えに乗っかるのは不安しか無いなぁ…――等々

肉体から解き放たれた筈なれど、悩みと不幸の多い人生を歩んできた葵のもとに考える事柄は沢山舞い込んでいた。

特に1つ目の事柄は実際にその通りであり、対人スキルを鍛えていない女神はその思惑を表情に出してしまっている為にこにこしている。

 

短くもひとしきりうんうんと唸りながら考えた葵は、ため息を吐きながら「条件があります」と女神の提案を受け入れた。

その条件も飲んで貰えなければ諦めようと、過度な期待はしない事にして。

 

「条件ですか?あまり出来ない事でなければ極力叶えますが…」

「ええ、ただちょっとこのまま新しい人生とやらを歩むにも自分の素質に不安がありまして」

 

葵はほとんどの能力が人並であるが、唯一誰よりも劣っている素養があった。

それは偏に運の悪さである。

道を歩けば棒に当るといった身体の機能に問題がありうる事柄は幸い経験が薄いが、趣味で続けている宝くじなどは今までどんな額も当たった事が無く、買い付けの多い番号を避けたり過去の当選番号から傾向を練ったりして買った時は数字選択をランダムに任せて買った同僚が大きな額を当てていた。

大型の購買施設で開かれていたくじ引きにレシートを持参して参加した際は当たりを引いたが、手に入れたのはペアの旅行券であり、誘う相手も居なければ期限の日まで予定を空けられそうになかった葵は泣く泣くその券を後輩に譲った。

じゃんけんでは何度か勝ちを経験しているが、その全てが"男気じゃんけん"と言われる勝ち残った者が全てを背負う勝負しかなかった。

これまで遊んできたRPGやパーティーゲームではカジノで所持金を0にした事がざらにあり、実生活では絶対に遊戯施設には立ち入らない事を一緒にゲームをしていた友人らに誓わされたりもした事が昨日の事の様に思い出せる。

そもそも先程の事故に於いても、葵の駆るトラックが女神の凶器に選ばれた時点であの朝の大通りの中で誰よりも葵の運が悪かった事は自明である。

 

「なぁるほど!転生後の能力に多少色を付けて欲しいと言う事ですね!」

 

俗っぽい表現で葵の要求を察し「お任せあれ!」と女神は己の懐をまさぐったかと思いきや、抓みのついたタコメーターらしき円盤状の透明な器具をいくつも空中に並べ、打ち込み用のデバイスらしきパッドを眼前に据えてから生き生きとした瞳で葵に視線を寄越した。

 

「ではでは、この女神からの転生特典(ギフト)に如何様な物をご所望ですかな?」

 

"何某の財宝(ゲート・オブ・ホニャララ)"とか~♪"直ぐ死ぬ目玉"とかですか~?

あ、"白髪オッドアイな(踏み台っぽい)見た目"とかも良いですね~!

なんてノリにノっている女神の様子に、己の想像力ではこの女神に出来ない事を考える方が難しいのではと首を捻る葵は、玩具にされているという客観的な事実から目を逸らした。

 

「そういう技とかアイテムとかは確かに魅力的ではあるんですが、使いこなせる自信が無いのでお断りさせていただきます」

「えぇ~っ?!なんでですかぁ!だってこんな!滅多にない事ですよ?!」

「滅多にあったら命が幾つあっても足りません」

 

ナシ寄りのナシですよそんなのぉ~!

とぶー垂れてパッドを傍らへ放る女神に目頭を押さえながらシンプルな要求を葵は述べた。

 

「俺の運勢(luck)って見て貰う事は出来ますかね…?」

「え、運勢ですか…?それだけでいいなんてつまら――なんですかこの数値は」

 

要求を受けた女神は中空に並べていた計器らしき円盤の内の一つを手に取りチラリとメモリを一瞥し葵へと視線を向けたが瞬時に手元の計器へと視線を戻した。

あんまりに酷い数値であった為か、葵の運勢を示す計器と葵を並べて何度も見比べては「えっえっ、すごっ、えっ、マジパない」等と口から洩れている。

 

「…えぇっと…とりあえず、運勢グッと上げておきますね!」

「…お願いします」

 

その反応に己の運勢の悪さを察した葵は、女神の手の中にあったその計器の針が葵から見て右斜め下45度辺りから左斜め下45度辺りへと()()()()()()()()()()()()

 

「理論上での下限ギリギリの運勢だったので上限近くまで底上げしておきました!イェイ!」

「ありがとうございます」

 

何もそこまで極端に振れなくてもと思わなくも無いが、物心ついてからずっと悩みの種であった己の運勢の悪さが取り払われると考えると何か晴々するものがあった。

 

「さて、運勢に関しては私が勝手に引き上げちゃいましたけど、何か要望はありますか?」

「いえ、最早憂いはありません。」

「あらあら、欲がありませんねぇ…向こうは豊かではありませんから、そんなだとすぐに死んでしまいますよ?」

「すでに1度死んでいる身ですから、多くを求める気にはなれませんよ」

 

はは、と葵が笑って見せれば、女神もふわりと静かに笑みを湛えて「わかりました」と頷く。

生前は天災や施設の不備などで受けられなかった試験が何度もあり、返信必須の郵便は管理者が滅多にチェックしない空き部屋の郵便受けへと誤配達されて幾つか手続きが最初からやり直す事になったりと、己の運勢を恨む事で誤魔化し続けて葵の中で育ちに育った暗い感情も最早次なる人生には必要ないのだ。

明確に他者が起こしたミスすら己の運勢のせいにして抱え込んで生きて来た今までの自分との決別を控え、葵の心に憂いは無かった。

 

「では、葵さんがこれから転生する世界の様子を簡単にですが説明いたしますね」

「はい、よろしくお願いします――」

 

勇者よ、早く来い

「――っ?!」

 

ドクンと、最早無い筈の心臓が強く脈打つ感覚が葵の魂を襲った。

 

バイタル―反応有―!!―う一度――ます!!

「っ!!」

 

再び走る、身を焼く電撃の様な衝撃と耳元で誰かが呼んでいる様な不鮮明な声を聴く。

 

―者よ、早―せねば――に居―者らの命は―――?

「――という情勢でして…あれ?葵さん?」

「グっ…女神さ…まっ…なんか、呼ばれてる―みたいで」

 

辛うじてそれだけを伝えると、再び衝撃。

 

よしっ!二次救急だ!急げっ!

「ガァっ…!!」

「おやおや、転生の催促をされていますね…無理に引き留めるよりもさっさと転生させた方が葵さんの魂にも負担は少ないでしょう」

 

神妙にそう説明しながら、女神は中空に出した計器をいそいそと片付ける。

 

―――ッ!―――――我は魔王也ッ!

「葵さん、そのまま彼方へ進んでください。そうすれば新しい世界へと至ります」

 

そう言いながら側へと手を伸ばす女神は、空いた手で中空に浮かぶ最後の計器、葵の運勢を表していた()()()()()()()()()()()()()()へと手を伸ばす。

 

幹長谷葵26歳、胸部への強い圧迫による心停止と見られ外傷は

言われた通りに歩を進めようとした葵だが、己の意思とも女神の示す方向とも逆へとその魂は落ちる様に引かれていった。

 

 

 

―――――

 

 

 

 最初に感じたのは、消毒用エタノールの香りだった。

白い暗闇に閉ざされた瞼を明ければ、そこにあったのはタイル張りの白。

規則的な電子音を耳にし、そちらへ首を向けると心電図が目に入り、己の身体へと線が伸びている。

恐らくどこかの病室であろうと察し、身体全体を覆う布やガーゼの感触に身をよじりながら、鼻と口を覆う様に繋がれている呼吸器へと手を伸ばそうとすると、自身が身を預けていたベッドの周りを仕切るカーテンが音を立てながら開かれた。

手を戻しながらそちらへと視線を向けると、看護師の制服に身を包んだ儚げな女性がトレーを押しながら入って来る所であった。

 

「葵さん、目が覚めましたか?」

 

木々が風に揺れる様な爽やかな声音でそう訊ねる女性はトレーをベッドへと横づけすると、己が入って来たカーテンを静かに閉め切る。

事故に遭って、というより事故を起こして救急に担ぎ込まれたのだと察した幹長谷 葵は、はいと呼吸器でくぐもった己の声を聞いた。

 

「お顔を少し拭かせていただきますね」

 

そう言って女性はトレーに乗せて運んできたガーゼに何らかの薬品をビンから直接染み込ませている。

トンと静かにトレーに戻されたそのビンのラベルを見れば、"女神印のクロロホルム"という印字が見えた。

ガッと呼吸器を掴んだその女の手首を必死に止める。

 

「暴れんなよ…暴れんなよ…!!」

 

ふざけんなよこのクソ女神(人殺し)!と葵は声なき声で抗議した。

 

「大丈夫!大丈夫!サッて死んでササって転生するだけだからっ!!痛くしないからっ!!」

 

今まさに充分痛くて苦しい思いをしていると心の中で悪態を吐きながら、葵は必死にナースコールを押した。

センターでそれを受けた看護師が、マイク越しに何かが暴れている音を聞いてすっ飛んで来たのは間も無くの事であった。

 

「離してください!あの人には今すぐに神の祝福が必要なんです!!」

「はいはい!落ち着いてくださいね!早くメンタルいや、精神科の先生呼んで!部屋に戻してあげて!」

「ゲホッ!ゲホッ!ゲホゲホッ!!」

 

幹長谷 葵(26)

まさかの復活に依る転生失敗であった。

 

 

 




 はい、限りなく0に近付き過ぎた葵くんの運勢ステータスが下限突破(アンダーフロー)しました。
本来女神様の持つステータス計器は()()()()()()()()()()()()()()()です。
0の方向に回すと反時計回りになり、対面から見ると時計回りになります。
以降、タグにチートが含まれます。
嬉しくないチートです。
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