葵くんアンダーフロー! 作:下品な牛乳◆N1RGqRourg
「ダメだぁ!勇者様ぁっ!」
「来ちゃダメぇ!!」
「勇者よ、早くせねばここに居る者らの命は無いぞ?」
「勇者様っ!アンタはこの世界の最後の希望なんだ!今は
「殺されちゃう!」
「その声に応えないでくれっ!ソイツは――」
「勇者よッ!貴様を呼ぶ我は魔王也ッ!」
カランッ
「……む?なんぞ此の円盤は――」
「おぉうわっ?!なんぞ貴様!いきなりぬるっと顕れおってからに!
「あぁ…得体の知れぬ者が不敬にも魔王様の傍に居ると言うのに、あしらわれながら慌てふためくあどけない魔王様もいとをかし…」
「えぇいっ!側近の分際で呆けるな!此の白いのは不届き者ぞ!討て!討てぇ!」
「な、なんだ…?あれが勇者様なのか…?」
「凄く…綺麗…」
「いや、それより俺は魔王の方が…」
「あぁー、これダメですね。攻撃しようにもオーラが穢れ無さ過ぎて近付けません」
「魔王さまぁ、俺らの魔法じゃ白いののオーラだけでかき消されやすぜ」
「~~~っ!!もうよい!我が自ら消してやる!」
「魔王、地団駄踏んでる…」
「愛らしい」
「おい、シッターのエドがまた父性愛拗らせてるぞ!」
「誰だエドを放ったのは!勇者様が子供であられた時の為に外には出すなと言っただろう!」
「そこでこそこそ寄り集まっておる不埒な塵芥共!貴様らの話も丸聞こえだぞ!」
「あ、こっち見た」
「かわいい」
「育てたい」
「皆!エドを抑えろ!魔王の怒りを買い兼ねん!」
「もう遅いわ!!ビクビク怯えて
「でも育てたいって言うのはわかる」
「わっ!側近様!馬鹿!余計な事を!」
「…もうよい、我以外消し去る」
「ねぇアンタ今馬鹿って言った?」
「馬鹿!阿保!側近!全員対ショック体制構え!!」
「ねぇ馬鹿って言ったでしょ今アンタ」
「お、おいなんだ、魔王の様子がおかしいぞ…」
「村の若いのらを抑えとった魔族共も一目散に集まっていくぞ…?」
「見ろ!魔王の上!空だ!」
「なんだ…あれ…」
「空が、割れてる…」
「
「雲が…落ちて来る…」
「ち、違うぞ…空そのものが落ちて来てるんだ…」
「あ、あぁ、あぁぁぁ、そ、空に、割れた空の向こうに…誰かが俺を見てる…」
「あれって、落ちてきても大丈夫なのか…?」
「勇者に対する人質など最早どうでも良い…不敬な側近なぞもうどうでも良い!」
「諸共消し潰し、世界に対する見せしめにしてくれるわぁああっ!!」
「来るっ!クるッ!!空からナにかがっ!!」
「み、見るな!全員見るなぁっ!!」
ブツンッ
「えっ」
「「「えっ」」」
「…へ?」
「は、はひっ!」
「あ、えと、うむ…すまなんだ」
「えっ、俺ら?」
「いや、人間共でしょ」
「「「は、はいっ!」」」
「「「え、えぇ…」」」
「ひ、火遊び…我の全力の招来魔法…火遊び…」
「「「は、はい!」」」
「ひ、火ひひ火…」
「…手こずってるって」
「片手で指を交差しただけで、空を元に戻したあの人が手こずる…」
「そんなに強いのか」
「魔王ちゃん勝てるのか?」
「エド、お前どっちの味方だよ」
「子供だ」
「「「えぇ…」」」
「ひ、火遊び…ひひ」
「葵さーん?お加減は如何ですかー?」
起こしたベッドに背中を預けたまま空を見ていた幹長谷 葵の病室へと、足を踏み入れながらそう声を掛ける白衣の女性。
声につられてその顔へと視線を移し、朗らかに破顔してみせて葵は言葉を紡ぐ。
「食事が美味しくない事と、死神につけ狙われている以外は良好です」
「うふふ、またご冗談ばっかり」
「死神はお前だよ女神様」
朗らかに苦い表情へと破顔してみせた葵は、どういう訳か医者に化けた
「ぶぅぶぅ!なんなんですか葵さんってば~!!生き返ってから人が変わったみたいに~!」
「生き返る前を知らねぇだろうがお前」
なんて言いながら葵自身、己の在り方が変わった事を何とはなしに感じていた。
今までこの様な雑にあしらう態度で他人と接した事が無いのだ。
友人らとはフランクながらもリスペクトを心掛けて接していたし、それ以外の私生活や仕事での態度は勤勉に勤めていたつもりだ。
ただでさえ不運に見舞われる以上、人柄くらいで信用を
対して、この人を喰ったような
信用を得る必要など無いというか、信用を得ようが失おうが命の尊厳を踏み躙ろうとする在り方は変わらないだろう。
寧ろ助けを乞えば殺されかねない。
「助けてめがみえも~ん!」と泣きつけば「自決用錠剤~!」なんて事になりうるのだ。
何がなくとも「尊厳死カルテ~!」などとしてくるのだから要らないお助けキャラである。
「でもでも、葵さんって”最早憂いはありません”キリッ!って感じだったじゃないですか?」
「お前に殺された事実は消えないし、生き返るとは思ってなかったからな」
死んでしまったなら諦めもついたが、望まずとも生き返ったのであれば前提が覆る。
事故処理の事情聴取やら、労災保険の適用に関する諸々等色々あるのだ。
幸い事故による怪我人は居らず、トラックに正面からぶつかられた女神曰く「勇者ちゃん」の少年も華奢な見た目から想像できない程の
女神が述べていた様に害意ある神聖な力に対して特に強い防御能力が発揮され、女神の意によって暴走していたトラックに対しては殊更に傷など付かないらしい。
そのトラックの暴走に関しては事故現場近辺にあった幾つものカメラ映像に詳細な記録が残っているらしく、警察の方から最悪の場合事故対応で話が収まりそうにないくらい物理を無視した挙動をしていたとの話を葵は伺っている。
曰く――トラックのタコグラフは事故の直前、あの住宅地を貫く静かな道路に入って少ししてから減速して交差点に入るかなり前の時点で速度0を記録していた。
曰く――あの住宅地は建ち並ぶ家々からわかる通り資産家が好んで集まる土地で、防犯意識の高いそれらの敷地内には様々な監視カメラがあり、その中でも鉄柱につけられたカメラがその当時の映像を特に詳しく記録していたが、トラック以上に大きい車両がその道を通った時に必ず起きる風圧や路面の振動による鉄柱の揺れが全く記録されていなかった。
曰く――カメラには交差点に進入する前で葵が機敏にサイドブレーキを上げた様が映っていたが、路面にはブレーキ痕一つなく、タコグラフが速度0を記録して以降の時間からはアイドリング音らしき駆動音が記録され、ハンドルを切った筈なのに進路が変わる事無く滑る様に真っ直ぐ交差点へ進入した。
困った表情をする警察から聞かされたそれらの話を、後程かいつまんで女神に訊ねた所――
「車体というか、座標ごと動かして突撃させましたからね!」
――との事。
なんでも、エンジンの駆動音やブレーキ音が鳴ったら、そもそも焦っても居ない健康な猫なら事前に路面の振動で車の接近を察するので、走行中のトラックの前に悠々と歩いてなど来ないからとの事。
そんな話を聞かされた当時の葵は、隣の空きベッドが女神に向かって突っ込んで行かないかなと碌でもない事を考えていた。
呆っと当時の事を思い返す葵が背中を預けているベッドの、足先の方へうつ伏せに身体を預けながらチラリと視線を寄越す女神に「相手が此奴じゃない美人なら凄く気の休まる距離感なのになぁ」と己の不運を嘆く一人の男。
そんな心中を知ってか知らずか、懲りずに女神は死の催促を続ける。
「
「何、また失敗したいの?」
「滅多にない事ですよ?」
「滅多にない事が起きてるんだがなぁ」
この女神、葵への転生特典授与で不手際をやらかしていた。
本来、ステータスの加算では円盤の抓みを女神からみて時計回りに捩じらなければいけないのだが、誤って「こっちの方が近いから」と反時計回りに目盛りの最大値へと針を動かしてしまったのだ。
ステータスには理論上ゼロはあり得ないらしく、仮の数値だが「0.1」ほどあった葵の運勢ステータスが「0.01」に、更に捩じって「0.00....01」へ、最早「10^-n」と書き表した方が手短に済む程に限りなくゼロに近付き過ぎてしまった。
そんな操作と数値を想定していなかった運勢の円盤は
そうして最初に引き寄せた不運が転生失敗であり、苦しみながらの蘇生である。
目覚めて暫くしてから病院の先生に「貴方の身体が生きようとしたから、運よく助かったんですよ」と有難い言葉を賜り、嗚咽を漏らしながら枕を濡らし、絞り出すように礼を述べた葵の姿があったとかなかったとか。
そして暫く経ってから警察が病室へ来て、事故についての事情聴取兼調査報告のやり取りがあった。
そのすぐ後に更なる不幸が葵を襲う。
なんと、警察に監視カメラの映像を提供した資産家の一人がお見舞いに訪れたのである。
「君は悪魔に憑かれている」
出会って早々にそう語ったボンバヘッな資産家の男に、葵は「はぁ、でしょうね」と女神の顔を思い浮かべながら生返事をしてしまった。
それがいけなかった。
「やはりそうか!だと思ったのだよ!あのトラックには魔術的な細工が施されていたんだろう?そして死の淵に落ちた君の魂を、悪魔は
悪魔ではなく女神であるが悪魔の様な女神であったとか、トラックに施されたのは魔術ではなく祝福であるとか、水銀を熱して飲ませるのは最早魔導というより錬金術ではないのか?等々、言いたい事を返す間も無く言葉を続けてあれよあれよという間に名刺だけ残して連れ去られてしまったその男のもたらした衝撃に、葵は大きくため息一つ零してから事故内容を外部の人間に漏らした警察を目線で責めたが、足として走らされている末端の人間へそうした所で何にもならぬと悟って空を仰いだ。
仰いだ先には知らない天井しかなかったが。
そんな数日前の不幸を思い返しながら無意識に同じ天井を見上げて呆けていた葵は、足先をつんつん突かれる感触によって意識の時間を再び現在へと戻した。
視線を下げてみればそこには葵の顔を窺いながら足先を指先でつんつん突きまわすダレた女神の姿があった。
「葵さーん、殺しちゃってイイですかー?」
「駄目でーす」
何を日常会話の様に抜かしているのだろうこの死神は。
葵からの否定には特に反応も示さず、女神は「葵さん」と身を起こして傍へとすり寄りながら言葉を続ける。
「貴方と同じ苗字を名乗りたいです」
「ブフッ」
心臓が止まり、胃に穴が開いて死ぬかと思った。
「殺す」の意味が違うが文字通り死にかけた葵はなんとか気を落ち着かせて「なんで?」と訊ね返す。
「今の殺し文句で死ななかったという事は、まずもって間違いなく葵さんを転生させるには長期戦になりますよね?」
コミュ障女神は自分の策謀を話し伝える事がお気に召したのか、嬉々と陽気に物騒な言葉を並べたてる。
仮に誰かに聞かれたとしても女神パワーで全く不穏な会話に聞こえない様にしているのだろうと察した葵は、面倒くさいのもあってあまり大仰な反応は示さずただうんうんと頷いて言葉の続きを待つ。
「ここでの私は貴方の主治医という風に認識されている訳ですが」
「うん、ちょっと待とうか」
流石に聞き流せなかったのだが、葵の待ったを無視して女神は朗々と語りを続けた。
その澄んだ声が無性に癪に障るが止めても無駄と諦めて、より深くベッドに背中を預ける。
「でも葵さんの怪我の具合は私が食事に遅効性の毒やら仕込んだ割には快気に向かっていますし、遠からず退院なさいますよね?」
「………」
知らぬ間に肉体改造を消化器官から施されていた事を聞かされて葵の表情はサッと青白くなるが、現状で健康状態は外傷の痕が残っているくらいで異常が無い事からきっと問題無しと判断し、なんとか受け流した。
「そうなると貴方を転生させたい私はまた別の認識を借りて貴方についてゆく訳ですが、一々TPOに合わせて周囲の認識を変えるのもめんどくさいので、いっそ身内になってしまえばベッタリ出来るんじゃないかなぁと思いまして」
「……そうか」
なるほど、こんな神聖な美人と四六時中ベッタリか。
お外様から見ればさぞや羨ましかろう。
誰か代わってくれ。
そんな葵の心の叫びは、葵自身の溜め息にかき消された。
「まぁ、…良いぞ」
「おぉ!マジ卍?!ホントですかぁ!」
キャイキャイと子供の様にはしゃぐ女神の様子を目を細めながら見据え、野放しにしたらどこで誰を手にかけてしまうかわかったものではないと諦めの境地に達したが故にアルカイックスマイルを浮かべてしまう。
はしゃいでいた女神は手を合わせて「つきましては…」と更なる催促を続ける。
思わず身構えた葵は何も悪くない筈だ。
「私に名前をくれませんか?」
「…はっ?名前?」
「はい!私にピッタリの名前です!”●ルゴリズム体操”くらいピッタリな!」
「いや、あれって”ぱっちん ぱっちん がしん がしん”以外すれ違ってばっかりじゃねぇか」
しかもその部分も正面衝突しているのでピッタリとはまた違う。
「なんで名前を?女神じゃダメなの?正直世の女神に謝れと思ってたから良いっちゃ良いんだけど」
「おや?何かいま胸に刺さる事仰いました?」
胸を抑える様に手を合わせて小首を傾げた女神は、そのまま反対にも首を傾げて「そうですねぇ」と名前を欲する理由を語った。
必要であれば「女神」と名乗る事によってその都度女神の認識がずれて存在が掴めなくなるが、勇者は神聖特防という性質を持っており、先日のボンバヘッ・アルケミストの様にオカルトに造詣のある者にも似たような抵抗力を持ち合わせた者が稀に居るとの事。
「私が自身でずらした認識を借りると、そういった抵抗力を持った魂に本来の姿を看過され兼ねないので、誰かから名をいただいてそこに私を定義してしまおうかと」
「ん、定義とかはよくわからんが、ボンバヘッ・アルケミストって女神のお前が警戒する程に凄い人なのか?」
葵の当然の様な疑問に、女神はベッドの傍の机から一枚の名刺を取り出して答えた。
「見て下さい葵さん、この名刺の名前、読めますか?」
「名前って…ボンバヘッ・アルケミストだろ?」
「違うんだなそれがぁ~」
ちっちっちと下手くそな舌打ちを交えて粋がる女神が大変頭に来たが、己の頬の内側を噛んで堪える。
「本当にそんな名前の名刺を渡してくると思いますか?」
「…ベンチャー系のオーナーなら割とあるなぁ」
「あ、そういった特異な人達は排して考えて下さい」
まるで己やボンバヘッ・アルケミストは特異では無いと述べるような言葉に葵の頭の中は「?」で埋め尽くされた。
「とにかくっ!この名刺は真名隠しの施しが為されているんです!私ですら見抜けない程の高度な術式です!」
「えぇと、要するにお前が他の人にやってる認識の相違と似た様な事やってるって事か?」
「そうです!あの人は悪魔に関する研究に余念がないみたいですからね」
あぁ、それは確かにこの女神は研究されそうだと葵は言外に頷く。
「それに対抗して、偽名を貰うって事か」
「いえいえ、偽名では無くてマジ物の卍な名前が欲しいのです」
「ん?何故?」
「貰った名前は本物ですから、偽名を晴らす様な細工をされても安心なんですよ」
だからこその「定義」である。
己で名を騙るのと、誰かから貰った名を名乗るのとでは、そこに重なる認識の重みが違うのだ。
真名やら偽名やらと認識の定義に拘る手続きに於いては、その認識の重みこそが注視される。
「葵の傍にて葵の命を狙うのは、葵より名前を賜ったその人である」という認識はとてつもなく重いのである。血の臭いとかしそうな程重いのである。
ふむと吐息を洩らして納得を示す葵は女神を見た。
コイツにピッタリな名前ねぇ…。
「……
「アツキ、ですか?」
特に拘ったつもりも無く、スッとその名前が出た。
頭の中には漢字までイメージされている。
「厚い喜びと書いて厚喜」
「厚い、喜び…!」
厚かましい喜びクソ女神であったり、悪鬼羅殺の悪鬼であったりと葵の脳内には散々な語句が並んでいるが、対する女神は「あつい、よろこび…あつき、アツキ…アツキ…!」と噛み締める様にその名を唱えている。
「…素敵なお名前です」
「そうか、まぁお前の名前なんだけどな」
「はいっ!」
花開くが如くに見せたその笑顔は、確かに厚い喜びから芽吹いた様に輝いていた。
その笑顔を確り確認してから、葵は瞼を閉じながら一つ強く短く息を吐いてベッドから背を起こした。
瞳を開いて女神を見ると、女神はベッドの淵に腰を下ろして身体ごと葵へと向き直る。
「厚喜」
「…っ!」
呼ばれた名を確かめる様に、幹長谷 厚喜は深く頷いて葵と視線を重ねて手を取る。
「あなた…!」
「やめろお前形から入るな」
肺がキュッと締まり、一瞬呼吸を忘れて死ぬかと思った。
●
┗
白い女神と合わせて顔面蒼白
●
┗
厚顔無恥で喜色満面