艦これ百物語   作:長串望

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ひとりふたりひとり

 とある鎮守府の、とある一室。

 夏の涼を取るためという名目だったけれど、ちらちらと揺らめくろうそくの明かりだけが照らす室内は、何処か籠った温い空気が流れていた。

 

 室内には何人いるのだろうか。

 提督はどこにいるのだろうか。

 入口はどこにあっただろうか。

 

 薄ぼんやりとしたろうそくの灯りの輪はせまく、向かいに座った娘の顔も分からない。

 

 そんな中、では、と一声あげて、すっと娘が独りろうそくの前に進み出た。

 

 

 

 

 

 

 では、不知火がお話をさせて頂きます。

 

 ……はて? 不知火に何か落ち度でも?

 はあ、二度目? 何のことでしょうか、わかりかねますね。

 

 さておき。

 

 まあ、怪談と言うほどのことではありませんし、おどろおどろしい恐怖を語れるほど不知火は口が達者ではありませんから、あまり期待はなさらずに、箸休めとでも思ってお聞きください。

 

 近代化改修や解体、鎮守府の本当は怖い秘密などが出てきたようですので、ここは一つ不知火も、本当は怖い艦娘といった趣の話でもさせていただきます。

 

 他の鎮守府との演習に参加したことのある娘などにはあまり驚くような話ではないかもしれませんが、不知火たち艦娘は、それぞれが唯一絶対ではないということはご存知でしょう。

 不知火がこうしてこの鎮守府にいるように、他の鎮守府にはまた、この不知火と同じような不知火が在籍していたりするのです。

 

 顔も同じなら背丈も同じ。艦であったころの記憶や、今の性格も同じ。

 まあ鎮守府ごとに少しは変わってくるものでしょうが、基本のスペックは全て同じ、数多くの不知火が、そして数多くの皆さんが、数多くの鎮守府にいるのです。

 

 ですが、きっと、同じ鎮守府内で自分と同じ顔をした艦娘を見たことのあるものは少ないでしょう。

 それもそのはずです。

 同じ艦娘は同一の艦隊に所属することは出来ませんから。

 

 きっと火力重視の提督であれば、同じ戦艦でそろえた艦隊を夢見ることがあるでしょうし、純粋に好みの上から、同一の艦娘で艦隊を組んでみたいというロマンを抱く提督もいらっしゃることでしょう。

 しかしそれが出来ないのですから、出撃先での発見や、工廠での建造で同じ艦娘が現れてしまった場合、近代化改修による強化や、解体による資源化、或いは万が一のときを思って予備兵力として温存しておくかもしれません。

 まあ、よほど酔狂な提督でもなければ、同じ艦ばかりを集めるということはないでしょうが……。

 

 しかし何故でしょうか?

 何故同じ艦娘は同じ艦隊に入れられないのでしょうか?

 

 同じことを考え、同じように行動する自分自身です。

 勿論、自分と同じ顔をした、でも自分とは違う存在のことを受け入れるのはなかなか容易なものではないかもしれません。

 しかしそういったものは時間と共に乗り越えられるもののようにも思えますし、兵隊というものが究極的には、突出した一兵よりも平均化された百の兵を尊ぶように、同じ艦で揃えた艦隊はそんなに悪いものではないように思えます。

 

 しかし、やっぱり、どうしても、同じ艦隊にいることが許されないのです。

 不知火はその理由というべきか、その理由めいたものというか、そういったものを目撃したのです。

 

 あれは██の第██鎮守府でのことでしたか。

 当時、鎮守府を指揮していた████大佐は、ほんのちょっとした指揮系統の乱れから、艦娘を一人轟沈させてしまった直後で、二度とこんなことがないようにと決意を新たにすると同時に、もしまたこのようなことがあったらと慎重に慎重を期して、主力の艦娘たちに被害が出た場合にすぐに対応できるよう、予備兵力を訓練していたところでした。

 

 もし穴が出た場合に、それを塞ぐのは同じ艦種がよいし、同じ艦であれば尚更よい。

 大佐がそう判断したのは当然の帰結だったでしょう。

 

 全く同じ艦で艦隊を組み、全く同じ装備をさせ、同様の訓練をつませて練度を上げる。

 実際理想的な予備兵力だったでしょう。

 例え万が一欠けが出たとしても、同じ編隊で、同じ戦略の下に、同じ戦術を用いて、同じように戦闘してきた艦ならば、大した齟齬もなく馴染めるでしょうから。

 

 しかし、結果から言えばこの試みはすぐに取り止められることになってしまいました。

 提督もすっかり続けていく自信を失われてしまいましたし、艦娘たちも口にはしなかったものの、当然、この試みを続けることに否定的な態度でしたから。

 

 もしあんなことがなければ、ひょっとすると今でも続いていたのかもしれないと思いますが、どの道時間の問題だったのかもしれません。

 

 ええ、あの事件。

 

 発端は本当に、本当に些細な偶然からでした。

 当時主力として戦っていた軽巡洋艦の天龍さんが、秘書艦のちょっとしたスケジュールミスから自分の予備兵力である天龍さんと遭遇してしまったのです。

 

 当初二人は大層驚いたそうです。

 話には聞いていたし、同じ鎮守府に所属していることは知っていたものの、艦娘の精神的動揺を気にして遠ざけられていたので、実際に目にするのはそれが初めてだったのですから。

 

 自分と同じ顔をして、自分と同じような反応をして、自分こそが自分だと名乗る相手。

 二人はとても動揺しましたが、しかし事前によくよくこの戦略を聞き知っていたものですから、同じ天龍でも自分は自分、相手は相手、お互いに尊重することができると、お互いに別個の存在と割り切れると、寧ろ二人は意気投合したのでした。

 

 まあ、からっとした性格の天龍さん同士ですし、こんな変わった状況は寧ろ楽しまなくてはと、心配する提督を余所に二人は大層中を深めていきました。

 

 そうですね、そのこと自体はとてもいいことだと思います。

 不知火もそう思っていましたし、鎮守府の多くの者達も同様だったでしょう。

 きっとうまくいくと。

 

 まあ、そううまくいかないのが悲しいところですね。

 

 二人の仲は最初のうち順調に思えました。

 しかしある日、主力の龍田さんが違和感を覚えました。

 

 なんでもない会話の中で、時々記憶にない思い出を楽しそうに語る天龍さんに、そんなこともあったかしらと小首を傾げたそうです。

 大したことのないことでしたから、思い違いかもしれないし、単に自分が忘れているだけかもしれないと、そのときは龍田さんも流してしまいました。

 

 けれどそういったことが度々続いたことで、さすがに龍田さんだけでなく他の艦娘たちもおかしく思い始め、会話の端々に気をつけるようになりました。

 

 するとやっぱり、時々主力の誰も覚えていない事柄について天龍さんが口にすることがあり、そしてそれはどうやら予備兵力の訓練のときなどに起こった事柄を話しているようでした。

 では向こうでは、と予備兵力の艦娘に話を聞いてみると、どうやらそちらの天龍さんも同じようなことがあって、予備兵力のほうでも困惑しているとのことでした。

 

 ははあん、と当時不知火は訳知り顔で思いました。

 これはきっと、悪戯好きの天龍さんが、みんなをからかう為にひっそり立場を交換したのだろうと。

 そして龍田さんに、これこれこういうことじゃなかろうかと言ってみたのです。

 

 すると龍田さんのほうでも、そういうことだったのかと得心が言ったようで、直接天龍さんに問い詰めました。

 

 どうも時々違和感があるのだけれども、もしかしたらあなたは予備兵力のほうの天龍ちゃんで、主力の天龍ちゃんととっかえっこしてるんじゃないかしら、と。

 

 似てませんか。はあ。

 

 まあ、ともあれ。

 

 すると天龍さんはまじまじと龍田さんを見つめたかと思うと、からからと笑って頭をかいて、いやいやついにばれちまったか、同じ艦でもやっぱり違うもんか、と言い置いて、すたすたと予備兵力へと向かいました。

 

 不知火が付いていった先で、天龍さんは予備兵力の艦娘と談笑していた天龍さんに、悪いな、とっかえっこがばれちまったよ、と大きな声で言いました。

 すると向こうの天龍さんは、まじまじとこちらの天龍さんを眺めた後、からからと笑って頭をかいて、いやいやついにばれちまったか、同じ艦でもやっぱり違うもんか、と言い置いて、交代するように主力艦隊へと向かっていきました。

 

 それで事態が解決したか?

 いやいやいや。

 まったくその当時の不知火といったら、本心からそう思っていたもので、今からすれば可愛そうなくらい間抜けなものでした。

 

 天龍さんたちが元に戻った、と不知火たちが思った後でも、例の違和感は続いたのでした。

 やっぱり天龍さんは、時々違う艦隊の話をしているようでした。

 最初の内は、とっかえっこしていた間のことだろうとみんな思っていましたが、どうもつい最近のことや、古いことでもそういうことがおきている。

 みんなは混乱しましたが、考えてみればそうなるはずだったのです。

 

 最初から天龍さんは、「時々」違う艦隊の記憶を話していたのであって、「全て」ではなかったのです。「殆どの時」はちゃんと自分の艦隊の記憶を話して、「時々」はそうではなかった。

 

 その「殆どの時」と「時々」の比率が逆転しはじめたとき、不知火たちはもっと早く手を打っておくべきだったのです。

 しかしその当時の不知火たちには、何が起こっているのか全くわかっていなかったのです。

 

 時間が経つにつれて天龍さんの記憶の混乱は激しくなり、同じ艦隊の、それも一番親しかった龍田さんにすら、二人の天龍さんの見分けがつかなくなっていきました。

 

 そしてある日のこと、艦娘に割り当てられた私室のひとつから、砲音が鳴り響いて、全てが終わりました。

 

 駆けつけた不知火たちがドアをこじ開けると、その先には荒れに荒れた室内と、その真ん中で呆けたように佇んでいる天龍さんがひとりいるだけでした。

 

 提督が何があったのかを詰問しましたが、天龍さんは混乱しているようで、ぶつぶつと呟きながら不知火たちをきょろきょろと見回しました。

 

 提督と、不知火と、そして主力・予備兵力両艦隊の姿を。

 

 天龍さんは半ば叫ぶように提督に食って掛かりました。

 

「どっちだ!?」

 

 と。

 

「どっちなんだ!? 俺が奴を撃ったのか!? 奴が俺に食らわせたのか!? 俺は奴を仕留めたのか!? 奴に仕留められたのか!?」

 

 不知火が安全のため、咄嗟に提督を引き離すと、今度は天龍さんは二人の龍田さんを見比べて、怒鳴りました。

 

「どっちなんだ!? 俺はどっちなんだ!? 天龍なのか!? それとも天龍なのか!? どっちの龍田が俺の龍田なんだ!? 俺はどっちの天龍なんだ!?」

 

 小さな子供のように泣き叫ぶ天龍さんを前に、不知火たちに何が出来たでしょうか。

 

 後になって、ようやく落ち着いた天龍さんが語ったところによれば、互いが互いに天龍を主張しあい、あの部屋で互いに撃ちあい、そして気づけば不知火たちがドアをこじ開けて現れたのだと、そういうことでした。

 

 結局その後、天龍さんはもう戦力としては使い物にならないとして、前線を離れさせられました。俺を戦場に出せ、俺を下げるな、俺を天龍でいさせてくれと、そう叫ぶ姿が今も目に浮かぶようです。

 

 それにしても不思議なことは、あの部屋の惨状でした。

 調査した結果、確かに部屋の荒れ具合は天龍さんの砲撃によるものだとわかりましたが、しかしあの部屋にいたのはたった一人の天龍さんだけだったのです。

 不知火たちがドアをこじ開けるまであの部屋はしまりきっていましたし、窓は内側から鍵がかかっていました。

 一体もう一人の天龍さんはどこへ消えてしまったのでしょうか。

 

 或いは最初から、もう一人の天龍さんなどいなかったのでしょうか?

 

 …………以上が、不知火が見た事件の顛末であり、同じ艦隊に同じ艦を配属することが出来ず、出来れば顔を合わせさせるのも好まれない、理由、と思しき事例です。

 

 まあ、このような話ですから、信じるも信じないもご自由ですし、あえて不知火も真実と主張することはしません。

 ただ、同じ艦娘に遭遇したときには、自分をしっかり保つことだけ、お勧めしておきます。

 

 

 

 

 

 

 ふっ

 

 

 

 

 

 とろうそくが吹き消された。

 

 娘の姿が薄闇に消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すみません、遅れました。

 何せ書類仕事がなかなか終わりませんもので。

 全く提督も秘書艦を置いて一人だけ行くことはないでしょうに。

 

 ああ、もう始めていたのですか。

 誰か後でどんな話だったのか教えてくれると………は?

 

 ……はて? 不知火に何か落ち度でも?

 

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