ウルトラ川内   作:かわうち

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1せんだい

「せんだいさん、お使いに行ってきてくださる? たまねぎとニンジンと、豚肉もお願いね」

「ウィ」

 

 せんだいは翔鶴(しょうかく)からエコバッグを手渡され玄関へと向かっていく。ぎゅむぎゅむと音を立てながら不敵な笑みを浮かべて歩く彼女を翔鶴は暖かく見守っていた。

 

「あのぅ……大丈夫でしょうか……」

 

 置くからひょっこりと顔を出しつつ、おどおどとした様子で一人の艦娘が言う。

 羽黒(はぐろ)を確認した翔鶴は腕を組みうーんと首を傾げた。

 

「夜は騒がしい彼女だけどきっと昼間は平気よ!」

「そうだと良いんですけど……」

 

 ポワポワとした笑顔を浮かべる翔鶴に羽黒は不安を拭う事が出来なかった。

 

 

 

 

 せんだいは一人町へと向かって歩き続けていた。

 彼女に与えられた任務は『夕食の材料を購入し鎮守府へと帰還せよ!』。普段周りから頼みごとを任されない彼女にとって、艦隊に不可欠な燃料(ごはん)の調達は崇高な使命だ。

 

 せんだいは海岸沿いを歩きながら町へと向かう。手に提げた買い物袋には軍資金の詰まった財布が入っている。彼女が手を振り歩くたびにチャリチャリとカネの音がした。

 

《コチラ哨戒中ノ六番艦駆逐イ級……敵トオモワシキ存在ヲ確認……。ドウヤラ単独デ行動シテイル模様デス……》

 

 漁船の影に隠れ、水面からひょっこり艦首を除かせる黒い艦。その正体は人類、そして艦娘の大敵である深海棲艦である。

 彼らは幾度と無く人類へ攻撃を仕掛け多大な被害をもたらしている恐ろしい存在である。現在世界中の海は彼らに制海権を奪われており、このまま放っておこうものならばあっという間に地上すらも彼らの領地とされてしまうだろう。

 

「……『オモワシキ』? 哨戒艦、報告ハ正確ニ行ナイナサイ」

 

 黒い艦が出現したその場所よりさらに遠方にそれらは居た。

 哨戒艦と同じ魚雷のような形をした『駆逐イ級』、サメのようなやや角ばったフォルムを見せ付ける『駆逐ロ級』、トーチカのように上へと長い胴体にたくましい白腕を下げている『軽巡ホ級』、ライダーのような姿にマスクから見せる耀く瞳が特徴的な『雷巡チ級』。

 どの艦も傾き始めた太陽を背に真っ黒なシルエットを浮かび上げる中、一際目立つ女王のごとき佇まいを見せる彼女は哨戒中の艦を叱責した。

 

「フフ……イイワ、ゴ苦労様。タダチニ艦隊ニ合流シナサイ。敵機ガコチラヲ視認スル前に奇襲ヲ掛ケルワ」

 

 肌理細かな白い肌を見せる彼女はクスリと笑う。クラゲのような大きな帽子に指揮棒のような杖を握り締め、風格溢れる黒いマントを翻す。

 その存在こそ深海棲艦たちの旗艦を務める存在、『空母ヲ級』であった。

 

(ふふふ、上手い具合に獲物が居たものだわ。仲間たちに黙って勝手に海上にきたは良いけど……この当たりは本当に何も無くて困っていたところだったし)

 

「ムフ、ムフフフ……」

「ゴアア……(ヲーちゃんまた笑ってるよ……)」

「キュイイイン(いつもの事よ。放っておきましょ)」

 

 ヲ級の彼女は余程待ちかねたのだろう、随伴艦の部下たちが首かしげるのもいとわずに一人で笑い声を漏らしていた。

 彼女の指揮する艦載機は日が落ちてしまうと飛ばすことが出来ない。日が暮れ始めて焦っていたところ、飛んで火にいる夏の艦娘である。

 今やらねばいつやる。だから今でしょ!

 

「哨戒艦、敵ノオオヨソノ位置ヲ知ラセナサイ。今カラ索敵ヲ飛バスノデハ間ニ合ワナイ、攻撃機ヲ飛バスワ」

『了解……。敵、海岸沿イヲ依然トシテ移動中。時速4キロデ北ヘト直進、当艦トモ距離ハ5キロモナイ……イツデモ攻撃可能デス』

「ムー、シカシ……。イヤ、敵艦一隻ナラバワタシノ航空隊デ攻撃スル方ガ安全ダロウ。オ前ハ何モセズ撤退シナサイ」

『了解。旗艦ノ命令ニ従イマス』

 

 駆逐イ級は自分の砲撃技術には自身を持っている。何より敵は地上かつ徒歩、高速で移動する海上戦と比べれば泊まっているも同然でありいつでも狙撃するのは容易いだろう。

 しかし旗艦であるヲ級の顔を立て、武勲を立てる絶好の機会を譲り渡す覚悟である。指揮官の命令は絶対と言うこともあるが、彼女の直属の部下であるイ級は高飛車な上官の性格を良く理解していた。

 

「ヨシッ! 艦載機、発艦セヨ!」

 

 ヲ級が敵のいる方向へと勢い良く杖を向ける。帽子と思われていた彼女の後頭部から小さな艦載機が排出され、瞬時に機体が大きくなると共に海岸の方向へと飛び去っていく。

 

 

 

 せんだいは相変わらずご機嫌な様子で町へとひたすら歩き続けていた。今日のお使いの品から夕飯のメニューを想像する。

 玉ねぎとニンジン……豚肉も頼まれていた。肉野菜炒めだろうか? それとも、馬鈴薯(ばれいしょ)を加えて肉じゃがだろうか。いやいや、肉じゃががあるならばもしや……。

 そこまで妄想していた彼女は、自分に近づきつつある航空音にようやく気付いた。

 

 艦載機から敵の姿を確認したとの入電が入る。この夕暮では艦載機は二度目を飛ばす余裕は無さそうだ。しかし敵はたったの一艦、攻撃を集中すれば轟沈も決して不可能ではない。

 

(ふふ、もらったわ!)

 

 艦載機が機銃の狙いをせんだいへと定める。空母ヲ級は勝利を確信した。

 次に彼女の耳へと聞こえてきたのは、機銃の掃射による豪快で力強い殲滅の轟音と散り行く艦娘の悲痛に満ちた叫び声…………ではなかった。

 

(……あれ?)

 

 ほんの一瞬だけ『プツッ』と聞こえたかと思うと、その後無線から聞こえてきたのはひたすらに無音だった。

 あれぇー無線壊れちゃったかな? と思いつつ何度か通信を試みる。しかし応答は無い。

 試しにコチラへと帰還中の駆逐イ級の無線へと繋げてみる。鼻歌を歌いながら上機嫌なイ級の声が聞こえてきた。まさか彼も旗艦に鼻歌を傍受されているとは思うまい。

 

「オカシイナ。故障デハ無サソウダガ……」

 

 空母の耳元をトントンと叩くような動きに随伴艦たちはまたも首を傾げていた。

 しかし彼女が妙な行動を起こすのは日常茶飯事なのだろう。誰も彼女の様子に口を出すものはいなかった。

 

「六番艦駆逐イ級、タダイマ艦隊ニ帰還シマシタ」

 

 そうこうしているうちに哨戒艦が戻ってきた。ヲ級は念のために艦載機がどうなったかをイ級へ問いかけてみる。

 

「六番艦。ワタシノ艦載機タチハドウナッタ?」

「エッ? 当艦ガ撤退スル途中デスレ違イマシタガ?」

 

 やっぱりそうだよなぁ、と首を傾げるヲ級。イ級も妙な質問に疑問符が浮かぶばかりであった。

 

 

 

 その時、深海棲艦たちのもとへ岸からとてつもなく恐ろしい何かが近づいていた。

 誰もが悪寒を感じ振り向く。夕暮れ時が暗黒へと移り変わる時分は視界が不明瞭になりつつある。しかし彼女たちは確かに、自分たちのように眼光を光らせ迫り来る怪物を見た。

 

「ゴアアアアアア!?(うわああああ、何だあれは!?)」

「ごあごああ!? ごああ!!(四本足……、いや違う!? 六本足で海上を走ってくるぞ!!)」

 

 艦船が轟沈でもしたかのような凄まじい水しぶきの中心に、蜘蛛のごとく這い蹲る格好で両手足を走らせる艦娘を見た。

 良く見るとその艦娘はツーサイドアップにした髪もせわしなく動いている。どんな原理かは分からないが、確かなのはそれが走る勢いで揺られているのではなく、それすらも手足のように機能し速力上昇と舵取りの役目を担っているらしいと言う事だ。

 

「キュイイイイ!?(なな、なにアレ、何なの!?)」

「ウ、ウロタエルナ!! 全艦砲雷撃戦用意、……撃テェエエエ!!」

 

 旗艦であるヲ級の指示で瞬時に砲撃を開始する。敵の勢いは凄まじいがただ直線でこちらへ向かってくるだけだ。戦力差で勝る深海棲艦隊は直ぐに余裕を取り戻す。

 

(この戦力差で自らこちらの射程距離へと赴いてくるとは……馬鹿め、カケラも残さずに沈めてやるわ!)

 

 亜音速で迫る無数の砲弾がせんだいへと直撃しようとした、次の瞬間。

 一瞬赤黒い光が瞬いたかと思うとバチュン、バチュンと言う破裂音とともに砲弾が消滅した。

 

(えっ、今当たったよね!?)

 

 「ジ、次弾装填!! 用意、()ェ――!!」

 

 ヲ級だけでなく砲撃を行なった全ての艦が、その瞬間何が起こったかを理解する事が出来なかった。しかし空母はすぐさま再度砲撃指示を発令する。

 予想外の事態でも冷静に次の指示を出せる彼女は旗艦の鑑と言えるだろう。

 

 先ほどよりも敵機が近づいた事により命中力は上がっている。それに至近距離での砲撃戦となれば自分を除き駆逐艦と軽巡、雷巡で編成された深海棲艦隊側が圧倒的に有利だ。

 先ほど見えた一瞬の光と妙な音、そして自分の艦載機が戻って来ないことに引っ掛かりを覚えていたヲ級。しかし味方に黙って単独行動を行っている事と未だ戦果を得られていない事に焦っていた彼女は、自分の中に沸いた疑念を無理やり振り払った。

 

(きっと先ほどのは当たったように見えて外していたに違いない! 夜だから見えにくかったし、見間違えただけだよねっ!)

 

 夜戦慣れしていないから誤認をしただけに違いない。

 そんなヲ級の淡い期待は儚くも崩れる。せんだいへと放たれた全ての弾が目に見えないバリアのような物に衝突する。今度こそは見間違いではない、ヲ級たちは目を見開いて困惑した。

 最早命令など忘れたように全員が集中砲火を浴びせにかかる。次第に距離が詰められ、夜目の利く深海棲艦たちはその不可視の防御壁の正体を見た。

 

「ゴアアアアアアアア!!(うわああああ、何だこのバケモノはああああ!!)」

「ゴォォォォォ!?(あいつ、超高速で弾を弾き返してやがる!?)」

 

 せんだいに触れるや否やという所で高速に蠢く手が、足が、髪の毛が。深海棲艦たちの放った攻撃の悉くを消し飛ばしていく。先ほど彼らが視認した光は、弾が摩擦によって流れ星のように燃え尽きていたのだ。

 ニヤニヤと笑顔を浮かべるせんだいの顔はおぞましかった。まるで夜戦が楽しくて仕方が無い。その姿はまさに這い寄る混沌、ナイト・ウォー・フリークスだ!

 

 せんだいのツーサイドアップがヲ級たちへと差し向けられる。一体何をする気だろうか? 疑問に思う間もなく彼らの絶望は始まっていた。

 

「ゴアッ!? ゴアアアアア!!(うぎゃあ!? 主砲が吹き飛んだ!!)」

「キュイイ! キュィイイン!?(ワタシの武器が! 何が起きてるのよぉ!?)」

 

 空気を切り裂く爆音と共に駆逐艦たちの主砲が次々と爆破し破壊されていく。せんだいの髪の毛から放たれたソニックブームが彼らの武器を的確に打ち抜いているのだ。

 

「ごあああああああん!!(あんなの勝てるわけねぇ、逃げろおおおおお!!)」

「キュィイ! キュイイイイイン!!(ああああん! もうやだぁ、おうち帰るううう!!)」

「アッ、チョットアンタタチ!? ワタシヲ置イテ行カナイデヨ!?」

 

 自分を見捨てて全速力で逃げ去る彼らを呼び止めようと振り向いて手を伸ばす。同時にヲ級の肩へぬるりと重い感触が伝わり、続いて彼女の伸ばした右手に肌色の触手のような物が纏わり付く。

 表面に粘膜を纏う彼女たちが、まるで人間が全身になめくじを浴びたかのように硬直する。するりするりと自分の全身を粘膜を纏う触手が纏わり付き始める。

 

「アッ……アッ…………」

「ネーチャンエーチチしてるじゃねぇか。……なぁ。夜戦、しようぜ…………?」

 

 恐怖でまともに声も出せなくなってしまった。空母である彼女は夜戦を行なえるような装備を持たない。

 ――ワタシにも、まだこんな感情が残っていたんだね……。

 思考が真っ白になった彼女の顔面は、一層青白くなっていた。

 

 

「イヤアアアァァァッ――!!」

 

 

 日が沈んだ小さな海湾で上がる悲痛な叫びは水平線の彼方まで響いた。

 彼女らの『ヤセン』は小一時間にも及んだという。

 

 

 

 

「せんだいさん遅いわねぇ……」

 

 時間は1900を指していた。早寝早起きが生活習慣の鎮守府では夕食の時間も夕方5時と比較的早い。

 そのため燃料の切れた艦娘たちが次々とお腹の警鐘を鳴らし始めていた。

 

「翔鶴さぁん、ご飯まだぁ~……?」

「わ、私もお腹が空いてきちゃいました……」

 

 小さな台所にある大テーブルに突っ伏す(あけぼの)は空腹に顔を歪ませる。羽黒も行儀良く椅子に座っているものの限界が近いのかお腹を抑えて恥ずかしそうにしている。

 

「さっきから無線も通じないし……。何かあったのかしら」

 

 心配そうに翔鶴が呟いているとカラカラ引き戸が引かれる音がした。

 その音に気付き駆け足で玄関へと向かうと、そこには心なしかツヤツヤテカテカとしたせんだいの姿があった。

 

「せんだいさん、遅かったじゃない! みんな心配していたのよ!」

 

 翔鶴の後を付け後ろから様子を伺う曙と羽黒は「心配はしてないぞ」と苦笑いを零した。

 せんだいは翔鶴に買い物袋を手渡す。翔鶴は「そういえばお使いをお願いしていたわね」と今更になって思い出した。

 

「……って、アレ? せんだいさん、私が頼んでいた野菜と豚肉は?」

 

 せんだいが渡した袋には何も入っていなかった。彼女は相変わらずニヤニヤと不気味な笑顔のまま何も言わない。翔鶴は何か事情があったのだと察したが、後ろから見ていた曙はそんなせんだいに青筋を立てていた。

 

「ひょっとして買えなかったの?」

 

 口角を上げて小さく頷くせんだい。曙はふざけた態度に怒鳴りそうになったが、空腹のためか声が出なかった。

 

「そう……いいのよ、あなたが無事だったのなら。けれど、今日のお夕飯はどうしましょう……」

「夜戦に補給は付き物だぜ?」

「え? あら、せんだいさん、それは……?」

 

 彼女がおもむろに取り出したるは『ヨコハマ印の海軍カレェー(中辛)』であった。レトルトである。

 

「ひょっとして、食材が買えなかった代わりにそれを買って来てくれたの?」

「殺人的な加速ダ」

 

 翔鶴が目を丸くする一方、せんだいは何故だか勝ち誇ったようにむかっ腹の立つ表情だった。彼女が今日作ろうとしていたのはポトフだったのだが、せんだいに頼んだ食材を思い出し苦笑した。

 

(せんだいさんったら、カレーだと思ってたのね)

 

 翔鶴はせんだいからレトルトカレーを受け取りすぐさま夕飯の支度を始める。

 やっとご飯にあり付けると分かるなり、曙と羽黒は少しばかり元気が戻ってきた。

 

「このクソせんだい! あんたお使いも満足にできないの!?」

 

 曙が厳しく叱るも当の本人はいやらしい笑みを浮かべるばかりだ。羽黒はそんな二人のやり取りにあたふたしつつも苦笑を浮かべていた。

 

 

 

 

「ヲーチャン、大丈夫?」

「ウッ……ウッ……。モウ……オ嫁ニ、行ケナイ…………」

 

 一人海湾に残されていた空母ヲ級は、その後無事に部下たちに回収された。

 中破した姿で海上に浮かんでいた彼女に何があったかは分からないが、駆逐艦たちは上官を見捨てた手前掛ける言葉も見つからなかった。

 

 

 

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