ウルトラ川内 作:かわうち
「ヨーソロー。本日も快晴ナリ、良い天気ですね~」
「まことしやかにささやき続けている」
小さな海湾にて二隻の艦娘が哨戒に当たっていた。前を行く駆逐艦
「敵艦も見当たりませんし……ふぁ~、眠くなってきちゃいます……」
「ククク、やらねばやられるだけだ」
「あっ……ご、ごめんさないせんだいさん、私ったらつい気が緩んじゃって……」
綾波は後ろに続くせんだいへと申し訳無さそうに頭を下げた。笑みを浮かべたまま大あくびをするせんだいの真意は傍目には分かりかねる物だ。
(……フフフ、油断しまくっているな。しかし無理もあるまい。何せこんな小さな海だ、やつらもワタシたちが攻めてくるはずが無いと思っているのだろう)
せんだいたちが哨戒もとい遊覧をする中、遠くから黒いクラゲ帽子が二人を監視していた。
水面から両目を覗かせる空母ヲ級はせわしなく周囲を見回し警戒する。しかし大きく黒いその帽子のために彼女の努力は水の泡である。
せんだいたちが話しに夢中のため全く気付いていないのが救いだった。
(この前は良くもワタシをあんな目にあわせてくれたわね……。今日はその恨みを晴らしてやる、今にみていなさい!)
ヲ級は先日受けた辱めを思い出し身を震わせる。大破に陥るほどの激戦を味わった事もある彼女であったが、せんだいに襲われた夜ほど恐怖を身に覚えた事は無かったのだ。
しかし気の強い彼女はただでは終わらない。自分の心情を知らず今もふざけた顔を続けるせんだいを見て、彼女はアイツをぶちのめすまでは絶対に轟沈しないと誓っていた。
「ア、アノ~。マダナンデスカ?」
「ウルサイワネー。コノクライ我慢シナサイ」
ヲ級を背中に乗せた潜水カ級は辛くも一所懸命に耐え忍んでいた。幾ら水中とは言え自分よりも大きな身体をもつ空母を負ぶうのは大変だろう。
しかし空母はせんだいに襲われた事がトラウマなのか、不遜な態度とは裏腹にカ級の背中にガッシリとしがみ付いている。あの時部下に真っ先に逃げられた事も原因の一つなのかも知れない。
「ヤハリモウシバラク監視ヲ続ケルワヨ。ヤツラノ燃料ガ切レテ、ヘトヘトニナッタ所ニ奇襲ヲカケルワ!」
「エェ、ソレジャアソレマデズット負ブッテルンデスカ……」
「何ヨ。ワタシガ重イトデモ言ウノ?」
「そりゃお前、空母なんだから重いに決まってんだろ」……とは決して口には出来ず、旗艦の命令に泣く泣く従う潜水カ級であった。
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時刻が1200を過ぎた。傾き気味だった太陽はほぼ垂直に位置取りカンカンと照り続けている。
普段ならば燃料もだいぶ消費し、航行にも影響が出るため一度撤退する頃合だ。ヲ級は自分の腹時計を頼りに敵艦の燃料の消費具合を計算していた。
「フッフッフ、見ナサイ! ワタシノ計算通リ、ヤツラハ燃料ガ切レ始メタノカ巡航速度ヲ落トシ始メテイル。今コソ好機ヨ、全艦デ一気ニ強襲シ海ノ藻屑ニ……」
勢い良く水面へと立ち上がった彼女は部下の潜水艦たちの方へと顔を向ける。だが誰もがヲ級の話を聞いていないようで、互いに向き合い円を作って談笑していた。
良く見ると手には携帯食料と思わしきゼリー飲料のパックを握っている。どうやら彼女たちも燃料が切れてきたらしく昼食を取っているようである。
「チョット何シテンノヨ!?」
「何ッテ……補給デスヨ?」
「私タチモオ腹ガペコペコデ動ケマセンヨー……」
「マダ原子力換装シテモラッテナイモンネ、ワタシタチ」
女学生の様にキャピキャピと楽しそうに笑う潜水艦を前にヲ級は脱力せずにはいられなかった。
手すきの潜水艦を引っ張ってこれたのは良かったものの、何故彼女たちが暇を持て余していたのか良く考えるべきであった。どうやら彼女たちは動力部に原子炉を用いた換装を予定されており、ヲ級はそれを知らずに連れて来てしまったらしい。
せめて今朝に寝坊さえしなければ確認する余裕くらいあっただろうに……。空母は自分の至らなさを痛感した。
(しかし……ワタシもお腹空いたなぁ)
空母だけあって多くの燃料を消費するヲ級は周りの深海棲艦に比べると実に
(うー……し、しかし今は敵だって同じ条件! 今のうちにさっさと攻め落としてしまえば、すぐに基地に戻ってご飯が食べられる!)
ヲ級は元気を振り絞って敵へと視線を向ける。そして彼女は開いた口が塞がらなかった。
「せんだいさん、実は私おにぎり握ってきたんです! せっかくだからここで一緒に頂きませんか?」
「レッツエリミネイト」
「おにぎりの具ですか? 鮭と昆布とせんだいさんの好きなカレーです!」
「ディスティネーション・アメリカ・レェー」
「せんだいさんほんとカレー好きですね」
なんとせんだいたちは水上で昼食を取り始めていたのだ。
こいつら……揃いも揃って馬鹿にしているのだろうか? 双眼鏡を使えばはっきりと姿が確認できる位置だぞ。何をのんきに戦場でおにぎりなんぞパクついてやがるんだ!
握る杖に思わず力が入る。わなわなと激昂する空母ヲ級だったが、彼らの姿を見ると今朝やる気に満ちていた自分が馬鹿らしくなってきた。それよりもお腹が空いて力が出ない。
「ネ、ネェ……ワタシニモチョットゴ飯分ケテクレナイ?」
「エッ、空母サン携帯食料持ッテ来テ無インデスカ!?」
「ウッソー、アノ大飯食ライノ空母サンガァー!?」
潜水艦たちがヲ級の失態をゲラゲラと笑う。おんどりゃぶち殺したろか、とヲ級はハラワタが煮えくり返る思いだったが、空腹で倒れそうな彼女は必死に耐えて懇願を続ける。
「アッチャーゴメンナサイ。ワタシタチモ自分ノ分シカ無クッテ」
「空母サンッテ出撃ノ度ニ重箱持ッテ行クンデショ? ワタシタチノ分ダケジャ全然足リナイヨネー」
誰だよそんな噂流したやつは。ヲ級は呆れと落胆で肩をガックリと落としてしまった。
だがここまで来たら引き返すわけにもいかない。空母ヲ級は満腹になった部下たちにすかさず戦闘態勢へ移るよう命令を下す。
「モウイイ! トニカク今ガ絶好ノ機会、ヤツラガ油断シテイルウチニ強襲ヲカケルノヨ!」
「グゥウウ~……」
「ハ?」
唸るような声が聞こえる方へと顔を向ける。先ほどまでくっちゃべっていた小娘共はいつの間にか深い眠りの中へと潜水していた。
――お腹も一杯になったし、この暖かい陽気の中じゃ眠くなっちゃうわよねぇ~……。
ビキリ、という音と共に空母の手にした杖に罅が入る。ヲ級は目の前の一隻の潜水艦の胸倉を掴み、思い切り揺さぶって目を覚まさせようとする。
「コラアアア!! 昼寝ナンゾシテル場合カァ!?」
「ムニャムニャ……モウ食ベラレナイヨ~……」
「ナンダソノベタナ寝言ハ!? オ前サテハ起キテンダロ!?」
何度も叩き起こそうとするも全く起きる気配がしない。相手が潜水艦と言えどいかんせん彼女には火力が無さすぎる。
すっかり疲れてしまったヲ級は諦めてしゃがみ込んだ。ふとせんだいたちの方へと目を遣ると相変わらず楽しそうだ。疎外感を感じた彼女はやるせなくなり、膝を抱えてじっと目を伏せてしまった。
▼
「フアァ~……。ンー、良ク寝タァ」
「アレェ、ココドコ?」
潜水カ級たちが目を覚ました頃には日がすっかり落ちてしまっていた。周りを見渡しても自分たち以外に誰の姿も見当たらない。寝ぼけまなこの彼女たちは自分たちが何故こんな所に居るのかを忘れていた。
「確カゴ飯食ベ終タ後ニ急ニ眠クナッチャッタンダッケ」
「久シブリニタクサンオ昼寝シタネー」
「アレ、何カ忘レテルヨウナ……」
一人のカ級がふと思い出しかける。何か大荷物があった気がしたのだが未だ頭が覚醒していない。
「アッ、ミテミテ。遠クニデッカイクラゲガ浮イテルヨー!」
「本当ダ! 珍シイネェ~」
「ウオオオ!? 思イ出シタ!! 空母サン、大丈夫デスカァー!?」
仲間たちが指をさしていたクラゲの正体は力尽きて水上に漂い続ける空母ヲ級だった。彼女たちが寝ている間に随分と沖へと流されていたらしく、荒波に揉まれる姿は完全に轟沈間近である。
カ級が急いで抱え上げると彼女の身体は既に冷たく――いや、元から深海棲艦たちの体温は低いので分からないが、とりあえずぐったりしていた。
「ウゥ……カ、カ級タチ……目を覚マシタカ」
「空母サンシッカリシテクダサイ! 傷ハ浅イデスヨ!」
「イヤ攻撃サレテナイシ……。ソ、ソレヨリ、ヤツラハドウナッタ……?」
『ヤツラ』とは敵である艦娘の事であろう。先ほど辺りを見回したときには何者の姿も無かった。おそらく完全に撤退してしまったに違いない。
「ゴ安心クダサイ。敵艦隊ハ既ニ退去シタ模様デス。空母サンモオ疲レノ様子デスシ、今日ノ所ハモウ私タチモ帰還……」
《コ、コチラ三番艦潜水カ級! 敵艦隊ヲ発見、交戦ニ突入!》
二人の無線へ味方からの入電。どこかに敵が潜んでいたのだろうか、奇襲を得意とする潜水艦部隊が随分と慌てているように思われた。
報せを聞いたカ級は首を傾げた。見晴らしの良いあの場所のどこに隠れられる所があったのだろうか? 間違いなく視認できる距離には居なかったはずだが、敵も潜水艦編成で挑んできたのだろうか。
「空母サン、申シ訳アリマセンガモウ少々コチラデオ待チクダサイ。我々ハコウ見エテモ精鋭デスカラ、スグニ敵部隊ヲ撃退シ戻ッテマイリマス」
「ウン……。待ッテルカラ早ク戻ッテ来テネ……」
「……了解シマシタ。必ズ、スグニ」
体育座りで力なく頷くヲ級。元気が無いのは疲れと空腹に寄るものだろう。流石にカ級も申し訳ないことをしたと反省した。
急いで戦闘海域へと向かうカ級の背中を、空母は名残惜しそうに見つめていた。
▼
「ギニャアアアアア!!」
「ホゲエエエエエエ!?」
空母に付き添っていた潜水カ級が援護に向かうとそこは地獄と化していた。たった二隻の艦娘が凄まじい速度で航行し爆雷を投下して行く。狙いもへったくれもあった物ではなく、狂気の奇声を発しながらばら撒いていくそれは無差別テロである。
「ギハハハハハ!! おらおら、逃げないと沈むぜぇ!」
サイドテールにした髪を勢い良くなびかせ駆逐艦綾波は荒ぶっていた。その笑顔は昼間からは想像できないほどの醜悪さに満ちており、背負う山盛りの大風呂敷にはおぞましいほどの爆雷を抱えている。
少し離れた場所ではせんだいも暴れており、相変わらず薄気味悪い笑顔で楽しそうに敵潜水艦を追い回している。潜水カ級たちもどちらかというと不気味な成りをしているが、流石に超高速で這いつくばりながら水上を迫るせんだいは彼女たちと言えど恐ろしいらしい。
「ヒィィ!! タ、タスケテェ!!」
「オ、オボレルゥ……!」
「魚雷ガ真ッ直グニ進マナイ! ドウスレバイイノヨォー!?」
夜戦において無類の強さを誇る潜水艦。しかし放った魚雷は明後日の方向へと流され、潜水している彼女たちも上手く泳げないでいる。せんだいたちの凄まじい速度による航跡が津波を生み出し、一帯の海域を時化の如く変貌させていたのだ。
挙句上からは常に爆雷が振って来る始末。不用意に動けば爆雷に巻き込まれ、動かなくても津波で押し流されてしまう。阿鼻叫喚を体現する光景に、助けに来たはずの彼女は呆然と立ち尽くすばかりである。
「ド、ドウナッテルノ……。一体全体、何ガ……」
「おやおやおやぁ~ん? せんだいさぁん、またまた美味しそうなコがやってきましたよぉ!」
「フフィーフィフィ!! ふひゃひゃひゃひゃ!!!」
「ヒィィッ!?」
綾波が目を見開きながら満面の笑みでカ級を見つめる。全速力で駆け回るせんだいも首をねじりながら彼女を見た。
カ級は蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。辺りには大破した仲間たちがどざえもんのように浮かびあがっている。死んではいないようだが完全に気を失っているらしい。
「せんだいさぁん、敵艦になら何をしても良いって本当なんですかぁ!? でしたら私、是非とも鹵獲してみたいです! 口と尻の穴に爆雷をこれでもかってくらい詰め込んで、演習用のドラム缶に縛り付けてから演習の的に仕立て上げたいです!!」
「だーめだ! あのコはおらが夜明けまで夜戦すんだから。手ぇ出しちゃダメだかんな!?」
「アヒ……アヒィ……」
可哀想な事にカ級はせんだいたちの会話に恐怖し精神が崩壊しかけていた。海の中に潜ってしまえば彼らが追ってくる事は不可能のはずだが、何故だかどうやっても逃げ切れるビジョンが見えない。
自分は轟沈するよりも酷い目に遭うのだろうか。せんだいが四足(六足)で水上を走ってくる姿を最後に、いよいよ持って潜水カ級が白目を剥いて気を失った。
その直後、せんだいたちの視界の端に蠢くものが飛び込んでくる。
「ミンナ~、マダ戻ッテ来レナイノ~……? 今日ハモウイイカラ早ク帰ロ――」
ふらふらとした足取りで彼らの前に姿を現したのは空母ヲ級である。彼女は疲れた表情で両手を膝についていた。文字通り限界が近い彼女だったが、帰りが遅い部下たちを心配し様子を見にきたのである。
だが目の前の凄惨な状況と敵艦にいびられ気を失っている部下の姿を見て覚醒する。そして一言も発する事無く、後ろを振り向きすかさず速力を『一杯』にし逃げ出した。空母とは思えないほどの逃げっぷりである。
「ウォオオオオオオオオ!! 空母ですよせんだいさん! 空母ぉおおお!!」
「夜戦しちゃう? 夜戦しちゃいますか!? 夜戦ウェェーイ!!」
目の前に上等な獲物を見つけた綾波は文字通り目の色を変えた。
彼女は『鬼神』『黒豹』などの異名を持つ程の武勲艦でもある。せんだいの影響で夜戦の快感に目覚めた彼女は今や艦娘界屈指の夜のハンターとして名を馳せていた。
そして彼女の傍に付き添う艦娘界随一の夜戦バカ……もとい夜戦狂せんだい。108の妙技と48の体術を繰り出す夜の彼女に、少なくともこの星の海に敵う者など存在しない。
「ヒャッハアアアア!! 待てよ空母おおお、メタクソに××してやるぜええええ!!」
「君と過ごしたあの日が忘れられない……。そう、それはまさにラブロマンス。せんだいのひらめき」
「イヤアアアアアア!! クルナアアアアアアアア!!!」
ヲ級の切実な願いが夜の海にこだまする。だが土台無理な話なのだ。夜の彼女たちはジュラシックパークから逃げ出したティラノサウルスよりも凶暴である。聞く耳を持たないどころの次元ではない。
かくして今宵の夜戦はまたもせんだいたちの圧勝で幕を閉じた。
空母ヲ級がその後どうなったかは察するまでも無く、
「ヒギイイイイイイイイイイッ!!!」
と言う彼女の悶絶が物語の結末を告げている。
そのうち意識を取り戻した潜水カ級がほうほうの体で基地へと帰還を開始し、その途中でズタボロにされたヲ級が水上に漂っていた所を発見され、なんとか彼女も帰還する事が出来たという。