ウルトラ川内   作:かわうち

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4せんだい

 

「翔鶴さん、今日新しい艦娘が着任するって本当ですか?」

 

 曙は椅子に座ったまま翔鶴へ問いかける。翔鶴は鍋から汁をひとすくいし小皿へと移し変えて口を付けた。味付けに納得のいくものを得た彼女は、鍋にかかる火を止め花柄のエプロンを外しながら曙に振り返る。

 

「ええ、そうよ」

「珍しいですね。こんな弱小鎮守府に着任だなんて」

 

 曙の辛らつな言葉に思わず苦笑する翔鶴。珍しいなどと、それならば元から配属されている自分たちはどうなのか。

 翔鶴は曙の正面に座り会話を続ける。

 

「確かに最近は敵からの襲撃も無いけどそれがいつまでも続くわけではないわ。横須賀や呉、佐世保、舞鶴といった主要な鎮守府ばかりが狙われる訳ではないもの。私たちの居るこの場所のように、秘密裏に置かれた鎮守府こそ、より一層守りを固めていく必要があるのかも知れないわね」

「そういうものですか……」

 

 曙はせんだいと共に釣りへ出かけた日を思い出した。あの日は帰還間際に敵艦隊と鉢合わせしてしまい大慌てだった。

 あの時は任務とはいえほぼ休暇のような扱いであり彼女たちも艤装(ぎそう)していなかった。敵も直接的な攻撃は行なってこなかったものの、それは敵の兵器(捕虜?)をこちらが確保していたので同士討ちを防ぐためだったのだろう。

 事実はどうあれ、曙はそう捉えていた。

 

「軍令部から直接的な指示が出ていないとは言え私たちの本分を忘れては駄目よ。……あまり不安を煽りたくは無いけど、戦火が広まるのは避けられそうに無いのだから」

「翔鶴さん……」

「悲しいけどこれ戦争なのよね」

 

 翔鶴は悲しそうに目を伏せて言った。艦娘は本来兵器なのだ。釣りに行ったりお味噌汁を作ったりする事が役目ではない。

 悲しい現実だがいずれ戦いの中で散っていく者も増えるだろう。少しでも犠牲を減らすためにも新たな戦力が加わるのは喜ぶべき事だが、その戦力もまた心を持つ艦娘だ。結局のところ戦えば犠牲を完全に失くすことは難しいのだ。

 ……が、そのセリフに悲壮感は感じられない。

 

「翔鶴さん本当に悲しんでるの?」

「てへっ。バレちゃった?」

 

 舌を出してコツンと自分の頭をゲンコツで叩く翔鶴。一瞬同情しそうになった曙は呆れてしまった。

 そもそも彼女たちの生活するこの鎮守府の近海に深海棲艦が攻めてきたことは殆どない。敵が陸上への侵攻を目論んでいるかは不明だが、主要な都市を近くに持たないこの海へ侵攻する旨みは少ないと言えた。

 一応せんだい一人が何度か敵を追い払ったりしているが、どうやら職務怠慢で報告の義務を怠っているらしい。

 

「それより新しい仲間が増えるなんて嬉しいわ! お料理の腕がなるわね。いずれ瑞鶴(ずいかく)もこっちに呼べたら良いのに!」

 

 堅苦しいことを言っても本音はそれか。曙は料理と妹のことばかり考える彼女に乾いた笑いを発していた。

 

 

 

 

「皆さん。今日から私たちの鎮守府に着任するコンゴウさんです。仲良くしてあげてくださいね!」

「AMAZON★で生まれた帰国子女のコンゴウDEATH(デース)!! よろしくお願いしますぅぅUhhooooo!!」

『……』

 

 そのインパクトのありすぎる容姿に一同は沈黙を強いられていた。翔鶴がニコニコとしながら紹介するそれは艦娘というよりゴリラの化物だ。

 

「彼女の艦種は、なんと戦艦よ!」

「まぁどう見ても駆逐艦には見えないわな」

「彼女の自慢は、そのパワーを生かした攻撃力よ! 重巡以上の攻撃力を持つ彼女が居れば、今まで抱えていた火力不足の課題も解決ね」

「物理的なパワーじゃありませんよね?」

 

 ヒソヒソと言いたいことを言い合う艦娘たち。ざわ付く空気を翔鶴は「みんな新しい子に緊張と期待をしているのね!」とプラス思考に捉えていた。一方渦中のコンゴウも、彼女たちの声が聞こえているのかいないのか、ひたすらパンプアップに忙しそうだ。

 

「さてと。それじゃあみんなお仕事に戻ってちょうだい。コンゴウさんはまだ着任したばかりで勝手を知らないだろうから、今日は一日鎮守府内の説明を受けてもらうわ。それで――」

 

 ぐるっと首を回し翔鶴が曙を見る。その動きと視線に曙は肩をびくりと跳ねさせた。

 

「ぼのちゃん。コンゴウさんの案内係はあなたに任せるわね」

「えぇーっ!! 何で私なんですか!?」

「白羽の矢……もとい翔鶴の矢よ」

 

 クスクスと翔鶴が笑うが曙は面白くなさそうだ。曙が嫌がるであろう事は承知の上だ。彼女は少し捻くれた所があるが、それでもちゃんと命令には従ってくれるとても良い娘なのを翔鶴は知っている。

 ただ、心の底から嫌がっていることまでは見抜けなかったらしい。

 

 ――こんなとき、せんだいが居れば押し付けてやるのに。

 あたりを見回してもせんだいの姿はない。彼女は早朝からどこかに出かけているらしく、着任式には参加していなかった。

 

「ヨロシクお願いしマッスルゥ!!」

「よ、よろしく……」

 

 コンゴウからゴリラのように大きい手を差し出され、それに応えようと曙はハムスターのように可愛らしい手を差し伸べる。ゴキゴキッ、と嫌な音が鳴り響き、曙は必死に悲鳴を堪えて悶絶した。

 

 

 

 

 真っ赤に腫れ上がった手を大事そうに抱え曙は歩いていた。

 鎮守府の案内と言えど、そもそも案内するほどの規模も無ければ設備もない。少し広めの一般家屋程度しかないこの鎮守府は、知らない人間が見れば複数の女性が寝泊りしている寮程度にしか見られない。

 

「HAAaaaa!! AMAZON★の密林と違ってこのラビットハウスは実に興味深いDEATHネェ! チンまいバニーたちがキュートDEATH!」

「ラビットハウスって何よ」

「ミス・アケポノ。次はドコへ行くのDEATHか?」

「アケポノじゃねぇ曙だこのクソゴリラ!!」

 

 宿舎にあるコンゴウの部屋を案内し、次に二人が向かったのは共用の小さな台所だ。コンゴウはどこからか掠めてきたバナナを剥いてモリモリと食べ始める。

 曙が憤慨しているのはこのような身勝手な行動だけが理由ではない。先ほどから何度このやり取りを行なったことだろう。案内の前に互いに自己紹介を行なってから一度正しい名前で呼ばれない。対抗意識からか彼女もコンゴウの名前を呼ばずに『ゴリラ』と言い続けている。

 

「ウホッウホッウホッ! 面白い事言うネーボノボノ。ワタシのどこがGorillaに見えるんDEATHカァ?」

(どこからどう見てもゴリラにしか見えないわよ)

「アー、喉が渇きマシタ。バナナジュースが飲みたいネー」

 

 耳が腐っているのか。もしくはジャングルで産まれたらしいので耳の中にも無駄な毛が生い茂っているのかもしれない。握手の恨みか、名前を覚える気の無いコンゴウを曙は心の中で侮辱した。

 二人が次の施設へと向かおうとしていると、玄関を開けて台所へと何者かが駆け込んでくる。

 

「ねぇねぇ! 新しい艦娘が着任したのぉ!?」

 

 元気な声を張り上げてやってきたのはつるぺったんなお胸が特徴的なポニーテールの少女であった。朝から外出していたらしく手にはビニール袋を提げている。その台詞からも着任したのがコンゴウだと知らないようだ。

 

「その子は今ドコに居るの!?」

「あ、瑞鳳(ずいほう)。丁度良いわ、着任したのはこの――」

「Heeeey! ドウモォ、コンゴウと申しマァアアアアス!! これはこれは実にキュートなリトルベイビーネ。思わず食べちゃいたくなりマアアアアアアス!」

「えっ――」

 

 曙が紹介するより早く瑞鳳の元へと忍び寄り真上から顔を覗きこむコンゴウ。どんなに少なく見積もっても身長2メートルを凌駕する恵体の持ち主からすれば誰でも子供に見えるだろう。

 瑞鳳は軽空母たちの中でも小柄のため、彼女たちの構図は親鳥が雛鳥にエサを与えようとしているかのようだ。しかしコンゴウが与えたのは、瑞鳳が喜ぶようなエサではなく、恐怖だった。

 

「ふぇっ……」

「ふぇ?」

「びえええええええええええええん!!!」

「ちょっ」

 

 手にしていた袋を落とし瑞鳳は大声で泣き始めた。袋の中身は卵だったらしく落下の衝撃で割れて黄身が見えてしまっている。幼稚園児のように大泣する瑞鳳は(おおとり)どころかまさしくヒナのようだ。

 

「あーあ。コンゴウがずいほー泣かしたー。わかったぞ、あいつ悪いやつだ」

「せんだい! アンタ何処にいたのよ!」

「ワタシはまだ何もシテマセーン」

「まだってなんだよ。何かするつもりだったのか」

 

 のたのたと歩みってきたせんだいが瑞鳳の頭を撫でようとする。が、背伸びをしても身長が届かないのか背中をぽんぽんと叩いている。

 せんだいも一緒に買い物に出かけていたらしく瑞鳳と同じように片手に卵のパックを掴んでいた。

 

「アンタ何でコンゴウの事知ってるのよ。今帰ってきたばかりでしょ?」

「たわけ。卵を射止めるにはまず値段からと言うことが、貴様にはわからんのか」

 

 「ホホウ、アナタが『せんだい=サン』ネ? お噂はかねがねヒアリングしてマース」コンゴウがあごに手を当てて見下すような目つきを浮かべ言う。「何でも戦闘能力に自信があるとカ?」

 

 赤白色の崩れ巫女装束にふんどし一丁といったゴリラの、その風格溢れる威圧的な視線は瑞鳳でなくても泣きたくなるほどだ。先ほどの噛み付くような態度も忘れ、曙は瑞鳳に寄り添うように引く。

 入れ替わるようにせんだいがコンゴウの正面へと歩む。見上げるせんだいに見下げるコンゴウ、もの言わぬ両者の対立は明白だ。

 

「申し訳アリマセンが、このシマは今日からワタシが支配下に置かせていただきマース! アナタのようなちんちくりんはシコシコ夜戦でもやってるとイイDEATH!」

「くっ。このアセロラせんだい、ぬしのような胸毛ゴリラにはまだまだ負けんよ」

「ウホホッ! そこまで言うのならば今すぐ雌雄を決しようではアリマセンか! まさかエスケイプしようだなんて思っていませんヨね?」

「良いだろう。来い、決戦のバトルフィールドへ!!」

「あ、アンタたち待ちなさ――」

「びえええええええええええええええん!!!」

「瑞鳳うるさい! 離しなさいって!」

 

 せんだいたちは揃って玄関から外へと出て行く。曙は二人を止めようとしたが、泣き喚く瑞鳳が曙を逃がすまいと服の裾をがっしりと掴んでいた。

 瑞鳳をなだめてすぐに後を追ったが、二人の姿は既にどこにも見当たらなかった。

 

 

 

 

《もしもし、ぼのちゃん? こちら翔鶴よ。ひょっとしてせんだいさんたちを探してたりする?》

「翔鶴さん!? 二人が何処に行ったかご存知なんですか!」

 

 姿を眩ましたせんだいたちを探し始め少し経過した頃、突然曙へ翔鶴から入電があった。焦る様子の曙に対し翔鶴はいつも通りのマイペースな調子で話す。

 

《せんだいさんとコンゴウさんなら鎮守府近くの海岸に居るわよ。私たちも一緒にね》

「か、海岸? 分かりました、すぐに私も向かいます!」

《あっ、そうそうぼのちゃん。ついでに台所からビール持ってきてくれる? あとおつまみも何かあれば嬉しいわ!》

 

 何でビール……。無線が切れた彼女はわけが分からなかった。

 せんだいとコンゴウの仲は険悪で、今にも喧嘩に発展しそうな雰囲気まであった。いや、間違いなく既に見過ごせない事態になっているだろう。兵器である艦娘同士が本気で争えばただでは済まない。

 

(一刻も早く止めなければならないというのに、翔鶴さんは何を考えてるの!?)

 

 「ふんっ!」と怒りを露にしつつも、しっかりと台所からビール半ダースと柿の種を持って件の海岸へと向かう曙であった。

 

 

 

 曙が到着するとすぐにせんだいとコンゴウの姿が飛び込んできた。互いに砂浜の上で距離取りにらみ合っている。決闘でも始めようという雰囲気だ。

 

「ぼのちゃーん。こっちこっち!」

 

 曙を見つけた翔鶴が大きな声で呼びかける。翔鶴の他にも艦娘たちが集まっており、全員が――誰が用意したのか――海に面して設けられた即席のベンチに腰掛けている。

 

「翔鶴さん、これは一体……」

「わぁ、ありがとうぼのちゃん。ビールとおつまみ持って来てくれたのね」

「あっ、ビールじゃーん! 一本もーらい!」

「ずるーい! 瑞鳳も飲むーっ!」

「それじゃあ折角だから私もいただこうかしら」

「私も一本いただきます!」

「わ、私も貰ってもいいですか……?」

 

 放心する曙の腕から瞬く間にビールとおつまみが奪い去られていく。ハッと我に返り酒とつまみが消えている事にショックを受けたが、それよりも今はせんだいたちの方が重要だ。

 

「し、翔鶴さんどういうことですか!」

「あら、ひょっとしてぼのちゃんもビール欲しかった?」

「違いますっ!! せんだいたちは何をしようとしてるんですか!? どうしてみんなこんな所にいるんですか!」

 

 捲くし立てる曙を「どうどう」と翔鶴がなだめる。曙を自身の横へを座らせ説明する。

 

「なんか、今から二人で演習を始めるそうよ」

「え、演習?」

「コンゴウさんの希望なのよ。『この鎮守府でMOSA★と噂に名高いせんだい=サンと拳を交えてみたいのDEATH! UhhoooooHAaaaaaa!!』って言われてね? せんだいさんは構わないって言うから許可したのよ」

 

 翔鶴の熱意の篭ったコンゴウの口調に苦笑しつつ、何故許可したのかを問い詰めてみる曙。先ほどの成り行きを知る彼女は、コンゴウたちが演習と言えど手加減するようには思えなかった。

 

「きっと彼女はみんなに自分の実力を知ってほしいのよ。……実は、彼女にも事情があるみたいでね」

 

 そう語る翔鶴の目には言い争うせんだいたちの姿が映っていた。少し離れている事と他の艦娘たちの声がうるさいため良く聞き取れない。

 曙はせんだいたちの無線を傍受してみる。

 

《HAaahhHAaaaa!! 夜戦しか脳の無い軽巡にド級戦艦のワタシのPowerを破れるワケがアリマセェーン!》

《ぎゅぶぎゅぶううう。貴様の脳みそはさぞピンク色なことだろうのぅ。ワシが残さず舐め取ってやるけぇ……安心しぃや》

 

 曙が二人のクソみたいな言動にあきれ返るのも厭わず翔鶴は続ける。「戦艦と言う立場上、彼女は他の艦娘たちからも一歩引いた目で見られる事があるみたいなの。彼女はきっと寂しいんだと思うわ。だからこそ新しいこの地で、みんなと少しでも早く馴染もうとしてるのよ」

 

《なかなか主張してくるじゃねーか。でもアマゾン臭ぇーから死刑だな》

《ノープロブレム! せんだい=サン亡き後はワタシが彼女たちのテーソーを頂いて差し上げマース!》

 

 ぜってーちげぇよ。曙は口には出さなかったが顔面で思い切り否定した。

 

「さぁて、それではそろそろ始めまShow! YASUKUNI★へ行く覚悟はカンリョーしてますネ!?」

「カカカ・・・! コココ・・・! キキキ・・・! その時、せんだいに電流はしる」

「AhhHAaaaa!! 先手必勝DEATH!!」

 

 ドンッ!と言う音を共にコンゴウが先に動いた。砂浜と言う足場の悪い条件にも関わらずジェット噴射のように飛び出す。

 

「コンゴウ・クレストッ!!」

 

 コンゴウが勢い良く頭を振りかぶる。突進力を生かしたヘッドバッドのようだがコンゴウの体格から繰り出されるそれは相当の威力を持つだろう。

 せんだいは無駄な動き無くひょろりと躱す。しかし、躱されたコンゴウの頭が砂浜に激突すると魚雷でも破裂したかのような大爆発が巻き起こった。

 

「どわっ!! な、何が起きたの!?」

「おーっと、コンゴウ選手早速勝負を決めに行ったか!? 得意技であるコンゴウ・クレストが炸裂だぁー!!」

「長身と恵体を生かした重量級の頭突きですね。シンプルでありながら艦娘が繰り出すそれは現代兵器にも勝りますよ」

「アンタたち何してるのよ」

 

 長波(ながなみ)千歳(ちとせ)が実況と解説の真似事を始めた。しかし片手にビール、柿の種を握る様子から思い切りふざけているのが分かる。

 

「おや? せんだい選手は無傷です。流石は夜を統べる者、アイエエエって感じですなぁ!」

「せんだいさんも錬度は高いですから。しかしコンゴウさんの実力も想像以上。これは面白くなってきましたよ」

 

「ウッホホ、逃げるだけじゃ勝てないヨ! それともワタシにDestroyされたいネ?」

「一富士二鷹、三なすび……」

 

 せんだいのツーサイドアップはコンゴウへと差し向けられる。目では捉えられない速度で髪の毛が振動し破裂音が炸裂する。せんだいのソニックブームが放たれたのだ。

 だがコンゴウは意にも介さずにせんだいへと殴りかかる。一体どういうことなのだろう。

 

「せんだい選手負けじとソニックブームで応戦しています! しかしコンゴウ選手は全く怯む様子を見せません! 凄まじいタフネスです!!」

「まさに野生の力、とでも言いましょうか。生まれ育った環境が彼女を彼女たらしめているのでしょう。仮にですが、彼女の産まれが英国だったとすればあそこまで肉食な動きは不可能のはずです」

「本当に艦娘かあいつら?」

 

 コンゴウの暴虐の限りを尽くすラッシュだがせんだいには無意味だった。爆音と共に砂を巻き上げるパンチは当たれば必殺だろう。しかしせんだいは無脊椎動物のようにのらりくらりと躱し続けている。

 

 「Hum、流石一筋なわでは行きませんネ」コンゴウは自ら距離を離す。何か仕掛けるつもりだろうが、せんだいはいつも通りにやにやとするばかりで動こうとしない。

 

「近接攻撃が当たらないのであれば、遠距離から纏めて吹き飛ばすまでDEATH!」

「え、遠距離攻撃!? まさかあのゴリラ、砲撃するつもりじゃないでしょうね!」

 

 コンゴウは着任したばかりのため艤装されていない。彼女の装備は鎮守府の武器庫に収められている。

 しかしこちらへ着任してから彼女の装備チェックはまだ行なっていない。非常時のための携行武器を所持しているかもしれない。ましてや、艦娘となれば砲の類を持っていてもおかしくは無いだろう。

 

「Non、Non。モチロン武器なんて使いまセーン。ワタシの艤装は鎮守府に預けている物で全てDEATH」

 

 曙の危惧を否定するコンゴウ。「ただし……」呟きながら右腕を左肩まで上げる。ミシミシ……と言うおよそ人体――人間ではないが――から発せられるとは思えない、縄をきつく縛り上げたような音が聞こえ始めた。

 

「ワタシの武器が艤装だけとは限りまセン。そう、ワタシ自身が武器なのDEATH!!」

 

 「ダイアモンド・カッター!!」筋肉により肥大化した右腕が勢い良く振り下げられる。その速度は音速の域へ到達しているようだ。彼女の右腕からも「ボッ」と言う音が聞こえた。

 

 いや、聞こえたのはそれだけでは無かった。

 艦上爆撃機による艦爆でもあったかの様な大爆発。右腕の軌跡をなぞる様に海岸の砂、そして海水までもが吹き上がる。

 

「うおおおおお!? 海が割れたああ!?」

「ここ、これは凄まじい!! まるでモーセの奇跡です! コンゴウ選手の放ったダイアモンド・アッターにより、海が割れ道が誕生しました!!」

「ソニックブーム……と言いたい所ですが、どうやら厳密には違うようですね。どうも良い言葉が見当たらない。さしずめ『気』を放ったとでも言いましょうか」

 

 コンゴウの放ったダイアモンド・カッターは、その名の通り超鉱物金剛石(ダイアモンド)を断ち切る、転じて万物を両断すると言う意味が込められているのだろう。陸を裂き海を割る衝撃は、見上げると空に浮かぶ雲すら両断していた。

 

「あ、あぁっ!! ごご、ごらんください!」

 

 缶ビールをマイクに長波が大袈裟に声を張り上げる。煙が晴れたそこには一つの人影が……。

 

「笑止千万、バイバイキング」

「せんだい選手、無傷!! それどころか相変わらず薄気味悪い笑みを浮かべています。王者の余裕と言うものでしょうか」

 

 王者ってなんだよ、曙は突っ込みたくなったが我慢した。

 コンゴウは攻撃を避けられたにも関わらず満足そうだ。避けて当然と言わんばかりにせんだいへ侮蔑の視線を送る。先ほどの強烈な一撃すら手心を加えていたというのか。

 

「フフン、そうこなくては面白みがアリマセーン。DEATHが、次からはどうでShow?」

 

 今度は両腕をクロスさせたコンゴウ。再び筋肉が肥大化しミシミシと音を立て始める。

 放たれた『気』は二つだけでは無かった。両腕から繰り出されるは、まるでダイアモンド・カッターの鎖鋸。連続する見えない刃がせんだいへと襲い掛かる!

 

「HAaaHAaaHAaaHAaaaa!! シュレッダー、などと生易しい物ではありまセン。原始レベルで消え去りなサーイ!!」

「おいこれ演習だよな?」

 

 コンゴウはしばらく攻撃を続けていたが、突然攻撃の手を辞めると一瞬でせんだいの居た場所へと飛び込んだ。

 艦娘たちがしきりに服を払ったり口に入った粒を吐き出している。一同は二人の姿が見当たらない事を不思議がったが、再び煙が晴れたときその状況に誰もが驚愕した。

 

「Heeeeeey! せんだい=サン、気分はDoネ?」

 

 彼女らが目にしたのは、コンゴウの眼下で白い布に巻かれて身動きが取れなくなっているせんだいであった。

 せんだいは相変わらず余裕ぶった笑みを崩さないが、必死に抜け出そうとしてもがいている。コンゴウはそれが愉快なのか馬鹿にするように大笑いをした。

 

「AahHAaahHaa! どうやらここまでのようDEATHネ。ワタシの奥の手である『鬼金剛ふんどし縛り』は捕まったが最後、誰も逃げられまセーン」

「新しい快感に目覚めそう……びくんびくん」

「最早アナタの時代はEndingを迎えマシタ。そして今日この時より、ワタシの時代のOpeningが始まるのDEATH!」

 

 「これでトドメDEATH!」せんだいに巻きついているままのふんどしを左足で押さえつける。これによりせんだいはコンゴウの足元から這い蹲る事も出来ず、正真正銘身動きが取れなくなる。

 高だかと持ち上げられる右足。土踏まずが綺麗に天を突き、コンゴウの股裂きは180度を超えていた。

 

「かつてない戦いを披露してくれたせんだい=サンへ、感謝と敬意を込めてお見せしマス。これこそワタシの最終必殺技! 『鬼金剛ふんどし縛り』から続く絶対必滅コンボ、その名も……『鬼股落とし』ッ!!」

 

 コンゴウが思い切り右足を振り落としせんだいを踏みつける。タンッと小気味良い音を響かせ超振動が木霊する。二人を中心に、火山のマグマのように砂が噴出した。

 

「コンゴウ選手の超必殺技がクリーンヒットォ!! これは勝負あったか!?」

「せ、せんだいっ!!」

 

 衝撃により上空へと押し出された砂と海水が激しく降り注ぐ。粒子の壁が晴れ一同の視界が良好になる。

 彼女らが再び目にしたのは、ハガンするコンゴウ一人であった。

 

「UhhooooHAaaaaaa! 跡形も無く消し飛びましたカ!」

「そ、そんな、せんだい……!」

 

 曙がガクリと肩を落とした横で、突然他の艦娘たちが感嘆の声を上げた。つられて彼女もうな垂れていた頭を上げる。

 そこに佇む影を見て、曙もまた驚嘆と喜びの声を発した。

 

「せんだいっ!」

「ナッ……!」

 

 コンゴウが驚き後ろを振り向く。そこに立っていたのは先ほどと一切変わる事無く、下卑た笑いを向ける無傷のせんだいの姿があった。

 

「ゴヒュッ、ゴヒュッ、ゴヒュッ、ゴヒュッ!」

「Shit! あのコンビネーションから抜け出すだなんて、まさか!?」

「勝負はここからだぜイエローモンキー。嬉し恥ずかし山椒の木」

 

 せんだいはカエルの様にしゃがみ込むと大きく口を開いた。いつも薄笑いを浮かべる口がそのキャパシティを超えて裂ける。せんだいの口内に黄色い光源が収束し始めた。

 

「な、何を」

「エクスプロージョン・夜戦・バースト」

「うっ――ウオォアァッ!?」

『きゃあああ!!』

 

 「ギュンッ」と弦が弾けるような音と共に光源から一本の巨大な線が放たれる。コンゴウは慄くあまり避ける事もできず光に飲まれてしまった。

 せんだいを中心に衝撃波が広がり曙たち観覧席をも巻き込んだ。彼女たちは髪の毛を押さえたりおつまみが飛ばされないようにするのに尽力する。

 

 せんだいが放った『光』はコンゴウを飲み込み、そしてはるか先に見据える山へ直撃した。数十キロ離れた位置から崩壊の始まりが告げられ、音が鳴り止んだそこに山は無く、ポッカリとマヌケなくぼみが設けられていた。

 

「これは……勝負あったようですね」

「せんだい選手、あのピンチから奇跡的な脱出を成し遂げ、なんと大技にて一発逆転! 流石は王者、彼女こそ真の()()()()にしてエンターテイナーだぁあああ!!」

 

 沸きあがる観覧席とふてぶてしく仁王立ちするせんだい。彼女は――少なくとも彼女自身にとっては――最高とも言える笑顔を浮かべ、自分を賞賛する甘美なる賛辞を享受していた。

 

「……な、なんなのよこれ…………」

 

 艦娘なら砲雷撃戦やれよ。曙はボサボサになった頭を直す事すら忘れ呆然としていた。

 

 

 

 

「イヤァー、流石はせんだい=サン! この度はワタシの完敗DEATHネ!」

「君の愛は十分に伝わったよ。夜戦しようや」

 

 時刻は1800、せんだいたちは皆で卓を囲み夕食を取っていた。

 煮付け、焼き魚、漬物、お味噌汁と言った定番のメニューに加え、一際存在感を放っていたのは大量の卵焼きだ。曙はその一つを箸で掴みながら、今朝の瑞鳳が割ってしまった卵を思い出した。

 

「それで、アンタたちは知り合い同士だったの?」

「Non、Non。それは違いマスよミス・コニシキ。実際にワタシたちが会ったのは今日が初めてDEATH!」

「コニシキじゃねぇアケボノだ!! アンタわざと間違えてるな!?」

「ワタシはさっき申し上げた通り、せんだい=サンのお噂はヒアリングしていましてネ。せんだい=サンもワタシの事をどこかでご存知だったのでShow。光栄のキワミ、アッー!」

 

 コンゴウがハガンコンゴウな表情で喜びを露にする。つまりこいつ等は始めから本気で喧嘩しようと言う気は無かったと言うことか。曙は面白くなさそうに頬杖を付いた。

 それよりも、何故あのせんだいの攻撃でピンピンしていられるのかが不思議で仕方が無い。

 

「それよりアンタ、あんな戦と……演習の後なのにどうして無傷なのよ」

「ディナーの前に入渠しまシタ! ワタシの筋肉はコアさえ破壊されなければ幾らでも再生可能DEATH!」

「お前は人造人間か……いや、艦娘か」

「はいはい、みんな話が盛り上がるのは良いけど冷めないうちに食べなさい。それとぼのちゃん、テーブルにヒジを付かない!」

 

 翔鶴に注意され不満そうにヒジを直す。それを見た一同が楽しそうにクスクスと笑った。

 せんだい含む弱小鎮守府の艦娘たちは今日も平和な一日を過ごしていた。

 

 

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