ウルトラ川内   作:かわうち

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※ 番外編のため、キャラクターの会話を読みやすいように変更しています。


5空母ヲ級(番外編)

 地上の光が一切差し込まない暗澹(あんたん)たる海域、深海。

 人々のあずかり知らないその奥地では、今日も平和に深海棲艦たちが暮らしているのだ。

 

 

 

「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ!!!」

「しゅん……」

 

 いつも静かなはずの深海基地の一室は今日にいたってはとても騒がしい。

 天井には室内照明としてハロゲンランプが提げられているが、どうも部屋の広さと明かりの数がつりあっていないようだ。それでも部屋の中で怒鳴りつける者と正座しながらうな垂れている者を照らすには申し分ない。

 

「全くもう!! 勝手に私の浮遊要塞を持ち出して! みんな大騒ぎだったのよ!?」

 

 透き通るように美しい銀髪を赤いリボンで後ろに結わえた女性。全身が白い肌の彼女は、その容姿だけを見れば間違いなく人間と紛うだろう。

 しかし彼女は決して人間ではない。それどころかその姿とは裏腹に、人間にとっては不倶戴天の敵である深海棲艦たちの将を務めるのだ。

 

 彼女の名前は『装甲空母姫』。数多の深海棲艦たちを率い戦場を恐怖の色に染め上げてきた存在である。

 

「この前も誰の許可も無く勝手に地上に上がって、挙句ボロボロになって帰ってきたじゃない! あなたは夜戦出来るような艤装を積んでいないでしょう!?」

「むー……」

「むー……じゃない! あの時はアナタの部下が無事だったから連れ帰ってもらえたけど、運が悪ければ轟沈はおろか、敵に捕まっていたかも知れないのよ! アナタはその危険性を良く理解してるのかしら!?」

「だって……」

「だって……じゃないっ!!」

 

 装甲空母姫の緋色の目が一層赤く光輝く。正座する相手をキッと睨みつける容姿は『姫』と言うより『鬼』そのものだ。

 姫が怒鳴り散らす度に目を固くつむりながら肩をびくつかせていた空母ヲ級は、そ~……と上目遣いで口を開いた。

 

「で、でも、最近ワタシ召集かからなかったし……」

「私たちには私たちの考えがあるの。近々また地上に侵攻するつもりだし、その時はちゃんとアナタにも手伝ってもらうわ」

「むー、いつもそればっかじゃない……。お姉ちゃんのイジワル」

「『お姉ちゃん』じゃなくて『空母姫』さん!」

「くーぼきさぁん」

 

 頬をむくれさせ拗ねる()に姉である空母姫はやれやれと首を振った。妹を大切にするあまり出来るだけ戦闘に駆りださないようにしていたが、その見返りで随分と我がままに育ってしまったらしい。

 分かってはいても一向に治らない自分の妹バカぶりにあきれてしまう。

 

「と・に・か・くっ! これからはワタシの許可無しに地上に出る事を禁止します! もちろん休暇中もよ」

「えぇ~! そんなぁ!?」

「当たり前ですっ! 勝手にワタシの浮遊要塞2号まで連れ出して、あまつさえビーチボール代わりにするなんて」

 

 空母姫の言葉に思わず鼻を押さえるヲ級。以前浮遊要塞を勝手に持ち出したとき、自身の顔面にぶつかって鼻血を出した事を思い出した。

 

「それから謹慎処分として、今日から一週間の間、深海基地から外へ出る事も禁止します!」

「えぇーっ!!」

「分かったら下がってよし。当分はおとなしくしてなさい」

 

 ピシャリと言い放ちしっしっと追い払う動作でヲ級を下がらせる。空母姫に背中を見せてとぼとぼと歩く様子から相当応えたものと推測できる。

 これだけで済めば良いのだけれど……。空母姫は部屋を出て行く妹に大きなため息を吐いて見送った。

 

 

 

 

「もぉー!! お姉ちゃんのワカラズヤ! 頑固者! 露出狂!!」

 

 ぷんすかぷんと頭に湯気を立てながら空母ヲ級は基地内を歩いていた。将の悪口など言おうものならばたとえ妹の彼女と言えど厳しく注意されるはずだ。

 しかしヲ級を注意する者は一人も居ない。現在は皆出払っているらしく、謹慎中の身である彼女からするとむしろつまらない気持ちが勝った。

 

「そうだ、ワタシの部隊のメンバーは基地内に居るはずよね!」

 

 自分の直属の部下たちに会いに行こうと彼らのナワバリへと向かう。彼らの基地では宿舎と言うものは存在せず、基地内にある共用スペースを『ナワバリ』と呼び、複数の艦がそこで共に暮らしている。

 なお鬼級や姫級、flagship級やelite級と言った艦は例外的に特定の個室を支給されていたりする。

 

 ヲ級がまず向かったのは最も近場にあった雷巡チ級のナワバリだった。

 入り口までやってきたヲ級は「チ級、いる~?」と声を掛けながら中を覗く。しかし、そこに居たのはチ級では無かった。

 

「あら、リっちゃんじゃない。元気?」

「……」

 

 無言でコクリと頷く重巡リ級。突然声を掛けてきたヲ級に驚く様子も無く椅子に座ったまま本を読んでいる。

 普段は両腕に大きな砲を一門ずつ抱える彼女だがその日はオフらしくラフな格好だ。動きやすい水着のような姿ではなく、ヲ級のようなスキニーパンツにカッターシャツを羽織っている。

 

「あなた相変わらず無口ねぇ。そうそう、チ級はどこ行ったか知らない?」

「……」

 

 知りません、とゆっくりと頭を左右に振るリ級。同室の彼女なら居場所も知っていると思っていたヲ級は肩透かしを食らったようだ。

 

「そっ。今日はワタシもお仕事無いし彼女も部屋でゴロゴロしてると思ったんだけどなぁ」

「……」

「え? 彼女は今朝からどこかに出かけたみたいです、って? それなら早く言ってよ。仕方ない……他を当たってみようかしらね」

 

 ヲ級が一人で呟きながら部屋を出て行く。リ級は空母が出て行くのを見届け再び本の世界へと戻ろうとした。

 ……何やら視線を感じる。だがしかし彼女は全く気にする様子も無くそちらを見ようともしない。

 

「……ちょっとぉ、気付いてるんでしょ。無視しないでよ」

「……」

「何、まだ何か用なのかって? どうせあなたも暇なんでしょ。付き合いなさいよ」

 

 ヲ級が高慢な言い方でリ級に命令する。彼女の直属の部下たちならば即刻拒否するかいや~な顔を浮かべて暗に否定するかのどちらかだろう。反してリ級は、手にしていた本を閉じると無言でヲ級の命令に従った。

 

「ふふ、流石リ級は良い子ね! 全く、みんなあなたみたいに素直ならワタシの負担も少なくて済むんだけどね~」

 

 無表情のリ級だったがヲ級に褒められて少しだけ頬を赤らめる。しかし内心では「みんなもあなたにそう思っていますよ」と考えているのであった。

 

 リ級たちのナワバリを出た二人は雑談を交わしながら次の目的地へと向かっていた。

 とは言っても相変わらずリ級はだんまりで、ひたすらにヲ級が一方的に話しているだけだ。最も、彼女は話を聞いてくれるだけで満足らしい。

 

「それで、この前の休暇で海に行ったのよ! お姉ちゃんの浮遊要塞を借りてみんなでビーチバレーしたの! だけど今日その事がバレちゃってね。おかげで私は謹慎処分になっちゃって……はぁ」

「……」

「大体さぁ、ちょーっと浮遊要塞借りたくらいであんなに怒る事無いと思わない!? それにワタシが水着無くした事を話したらそれについてもすーっごく怒ってさ。『女の子がノーパンで公衆の面前に立つんじゃアリマセン!!』って。良く言うよ、自分だって普段はノーパンのくせに! どーせワタシがノーパンになったら自分とキャラ被るとでも思ってるのよ。あのくーぼ鬼さんは!」

「ほほう? ノーパンキャラが被るねぇ……」

「ぎくっ!」

 

 艶のある声はどことなく重みを帯びている。耳から入った声が全身に重力をもたらすかのように重たい。

 肩をすぼめながら空母ヲ級はゆっくりと後ろを振り向く。美しく白い顔肌が怒りかまたは恥ずかしさからか紅潮し、笑顔とは対照に目が笑っていない。

 またもや『鬼』と化した装甲空母姫が二人の後ろに立っていた。

 

「おお、お姉サマ……」

「ほうほうナルホドねぇ……。ヲーちゃんは私の事を、そーゆー風に見てたんだぁ」

「ち、違うんです違うんですぅ! これはそのぉ……リッちゃんが喜ぶからこういう話し方なだけで!」

 

 「えっ、私!?」と口にせんばかりの表情で重巡リ級は焦る。普段無表情の彼女には珍しい困惑振りだが、ヲ級も装甲空母姫も気付く様子は無い。

 

「アナタはまたそうやって人に罪をなすりつけようとして!!」

「ひぃっ! ごご、ごめんなしゃい!!」

「正座っ!!」

「はひぃぃ!!」

 

 「ガミガミガミ……」と先ほどと全く同じ光景が始まってしまった。ヲ級が姉の空母姫に怒られるのは日常茶飯事だが、やはり空母が叱られているのを見るのは気まずい。

 しばらく二人の『お話』は終わりそうも無かったため、リ級は先に目的の場所へと向かう事にした。

 

 

 

 リ級が向かったのは第三会議室だった。そこそこの広さを有する割りに本来の用途である会議には殆ど使用されない不遇な部屋である。

 ただこの部屋、別の意味ではとても人気のある部屋なのだ。

 

「……えーですから、相手に理解してもらえたかを聞くときは、『どぅーゆーあんだすたん?』と言うのです。それでは一緒に言って見ましょう。サン、ハイ!」

『どぅーゆーあんだすたん?』

 

 第三会議室から多くの深海棲艦たちの声が聞こえてくる。リ級は様子を確かめるように顔を覗かせる。

 そこには教壇に立ち何かを板書しながら説明をしている戦艦と、背の低い平机の前に座る――座っているのかは分からないが――駆逐艦たちが居た。

 

「はい、みんな発音が良くて上出来よ! それじゃあ今日はここまで。各自次の講義の時間を間違えない様にね」

『はーい、タ級せんせー』

 

 駆逐艦たちがぞろぞろと部屋を出て行く。彼らは情報戦の一環で敵国の言語を日々学習しようとしているのである。

 深海棲艦の中にも言語能力に長ける者とそうでない者がおり、特に軽巡や駆逐艦と言った比較的小さい艦は拙い傾向があった。深海棲艦同士の会話でも「ゴオオオオ」だの「ゴアアアア」と言った叫び声のようなものばかりで意思疎通には大変苦労させられている。

 

 この時間には敵国語講義を受けていた空母ヲ級の直属部下である駆逐艦たちも居る。ヲ級はリ級と共にこちらへ来る予定であった。

 

「あれ、リッちゃんじゃないですか。こんにちは」

「……」

 

 仰々しい見た目とは裏腹に丁寧な言葉遣いで挨拶をする駆逐イ級。リ級は彼に無言で頭を下げて挨拶を返した。

 

「リッちゃんがこんな所に来るなんて珍しいですね。どうかしましたか?」

「…………」

「えっ? 空母さんが呼んでるんですか?」

 

 リ級が懸命に身振り手振りで状況を説明する。無口な彼女が多くの情報を伝えるときの常套手段だ。

 イ級は忙しそうな動きをするリ級を見て「口で説明すれば良いのに」とは言わなかった。

 

「そうでしたか、それはわざわざすみません。全く自分の部下でもない人をパシらせるなんて。私の方から良く言い聞かせておきますね。……それで、肝心の本人はどこに?」

「……」

「ふむふむ、またあの人説教されてるんですか。今度は何をしたんだか」

「そこ、どうかしたの? この部屋は次の講義があるから早く出なさい」

 

 リ級たちは自分たちへと声を掛けた主へと振り向く。先ほど教壇に立ち教鞭を執っていた戦艦タ級が二人の下へと歩み寄る。

 

「あら、リ級じゃない。お元気かしら?」

「……」

「相変わらず無口な子ね……。あなたらしいけど」

 

 身振り手振りで「元気ダヨー」と伝えるリ級にタ級が苦笑いする。タ級は他の艦に比べ人間の姿に近く、そのためか言語能力にも非常に優れていた。その能力を買われ時間のある時にこうして駆逐艦たちに敵国語の講師を務めている。

 ちなみに以前重巡リ級もタ級の講義を受けていた、言わば生徒の一人でもある。

 

「すみませんタ級先生。すぐに出て行きますから」

「それなら良いわ。けどリ級がこっちに来るのは珍しいわね。何かあったの?」

「いえいえ、リッちゃんはウチの空母さんの代わりに私を呼びに来てくださったんです」

「あらそうなの。そういえば彼女とも最近ずっと会ってなかったわね」

「良かったらタ級先生もご一緒しませんか? どうせ空母さんの事ですから暇なだけでしょうし」

「ありがとう。それじゃあお言葉に甘えようかしら」

 

 「それと、講義中以外は先生と呼ばないでね」タ級の言葉にイ級たちが笑う。女学生のようなひと時は人類の敵とは思えないほど微笑ましかった。

 

 

 

 

「やだぁー!! ちょっとやーめーてーよー!!」

「いーから寄越しなさい!!」

 

 リ級たちが空母の所へ向かうと、さっきと変わらず空母姉妹は居た。どうやら説教は終わったらしく先ほどリ級が感じていた気まずい空気は薄れていた。

 しかし二人で互いにパンツを引っ張り会っている様子は、なんとも言いがたく異様な雰囲気だ。

 

「……なにこれ」

「さ、さぁ……。リッちゃん、これは一体?」

 

 イ級に問われたリ級もお手上げだった。そもそも何故お互いに相手のパンツを引っ張り合ってるのか。俗に言うキャットファイトでも中々見られないシチュエーションである事は間違いない。

 

「ち、ちょっとあなたたち何してるのよ」

「あっ、タッちゃん久しぶり! ちょっと聞いてよ! お姉ちゃん酷いのよ!?」

「だから、人前でお姉ちゃんと呼ぶなと言ってるでしょ! 空母姫さんと呼びなさいと、何度言えば分かるの!」

 

 ぎゃーぎゃーと喚き言いたい放題の二人。その様子からも二人が姉妹と言うのが実に良く実感できる。

 ともかく落ち着かせる必要があると、三人はヲ級と空母姫を引き離す。イ級とリ級は空母ヲ級を、タ級は装甲空母姫をその場に座らせた。

 

「まずは落ち着きなさいよもう。そもそも、始めはヲーちゃんが空母姫さんに説教されてたんじゃないの?」

 

 何故タ級がそれを知っているのか。顔を赤くしたヲ級がキッとリ級を睨みつける。リ級は明後日の方向を見ながら口笛を吹いていた。

 

「むー……ま、まぁいいわ。ちょっとお姉ちゃ――くーぼきさんと口論になったのよ。経緯は……()()()なリッちゃんから聞いてるでしょ」

 

 空母ヲ級が顔をむくれさせリ級から目を反らす。リ級はごめんなさいと言うように両手を合わせて必死で頭を下げていた。

 苦笑いしつつもタ級は質問を続ける。

 

「けれどそれは空母姫さんの悪口を言っていたからでしょ? 一体どういう流れで……その、パンツの引っ張り合いを……」

 

 戦艦タ級が装甲空母姫へと目を遣る。空母姫も目線を反らしながら頬を膨らませる。しかし自分でも恥ずかしいのかやや頬を赤く染めていた。

 

「そ、それは……そもそもヲーちゃんが私の事をノーパンキャラとか言うから……」

「事実だもん」

「なんですってぇ~!?」

「ちょっとちょっと、話が進まないからヲーちゃんは黙ってて。けれどそれだけでしたら叱って終わりだったのでは?」

 

 タ級の質問に気まずそうにうつむく空母姫。イ級とリ級は上司が部下に諭されている光景に苦笑する。

 

「……だって、この子ったら私が怒ったら逆ギレして、『そもそもパンツ履かないお姉ちゃんが悪いんじゃん! 私だって脱ぎたくて脱いだわけじゃないもん! 露出狂の妹の身にもなってよ!!』とか言うから」

「……言うから?」

「『だったらアンタもノーパンの気持ちを味あわせてやる!』って」

「はぁ……何してるんですかあなたは……」

「だ、だって! 私のアレはノーパンなんじゃなくて全身タイツなだけなのよ!? 酷いじゃないそんな、ぞんな、ろじゅづぎょうだなんでぇ……っ」

「ち、ちょっと、泣かないでください!」

 

 空母姫の声が尻すぼみになり次第に声には嗚咽が混じり始める。まさかタ級たちも空母姫が泣くとは思わずオロオロし始める。

 イ級はそのメンタルの弱さを見て「やっぱりヲーちゃんの姉妹だな」と一人納得するのであった。

 

 結局その後、姉がメソメソと泣く姿が居た堪れなくなりヲ級自ら謝って解決を迎えた。空母姫も「私もちょっと言い過ぎたわ」とヲ級の謹慎処分を破棄する事を約束した。

 仲直りした後の二人はより一層仲が良くなったようで、その二人の様子に部下の面々も嬉しそうだ。

 

「全く、いつも騒がしい二人ですね」

「けれど二人が羨ましいよ。姉妹と言うものは憧れるね」

「……!」

「『私たち深海棲艦はみんな姉妹でみんな家族みたいなもの』……ですか?」

「……ふふふ、確かにそうかも知れないな! 良い事言うじゃないリ級!」

 

 日の明けない深海には日が沈む事も無い。

 しかしそれはまるで深海ように静かで、ときどきちょっと騒がしい平和な毎日が、いつまでも続く事を暗示しているかのようだった。

 

 

 

 なおその後ヲ級はまたもや問題を起こし姉の空母姫に叱られ、結局一週間の謹慎処分を喰らう事になるのだが……、今の彼女たちには知る由も無いのであった。

 

 

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