ウルトラ川内   作:かわうち

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6せんだい

 

 その日いつにも増してせんだいは不気味に笑っていた。虫歯一つ無い彼女の歯は白く耀いており、ある報告書によると彼女の笑い顔を深海棲艦と間違えて攻撃しかけた事もあったそうだ。

 

「な、何だか今日のせんだいさん不気味です……」

「いつも不気味の間違いよ」

 

 羽黒と曙は鎮守府鎮守府の窓から空を見上げて微笑むせんだいを見つめていた。

 せんだいは先ほどからずっと空を見続けたまま動かずに居る。どうもその様子からは何かを待ちわびているようにも思えたが、いつもニヤニヤとしている彼女の心を読むことは深海を見通すよりも難しい。

 

「あら、この音は……?」

 

 遠くよりゴオオオ……とエンジン音が聞こえ始める。ヒーターを稼動させているかのような切れ目の無い音は車の類ではなさそうだ。

 次第に耳障りに感じ始めた二人は窓から音の原因を探す。海の向こう側から黒い点が鎮守府の方へと向かってくる。どうやら飛行挺のようだが彼女たちの知ってるものとは少々異なっていた。

 

「な、何? あれってまさか水上機!?」

「ここ、こっちに来ます!!」

 

 耳を劈くジェットエンジン音が小さな鎮守府全体を振動させる。飛行艇は着水し始めるもその勢いは中々衰えず、かなりの速度を持って鎮守府へと迫り来る。

 

「わっ、わっ!! ぶ、ぶつかるっ!?」

「キャアアア!!」

 

 巻き上げられた海水が飛沫となって鎮守府へと降りかかる。思わず抱き合って身を竦める二人。彼女たちは死を覚悟した……。

 しかし突如襲来した飛行艇は間一髪鎮守府の手前で停止する。

 

《ふふふふ、ふふふふふ~》

 

 優しさの中に戦慄を潜ませる笑い声。無線から聞こえてきた謎の声に羽黒と曙は薄ら寒くなった。

 

「な、なに今の声……」

「なんだかとても不気味で……いや~な予感がします」

《……こちらはK200型『大仙(だいせん)』、じんつう及び睦月型五番艦『皐月(さつき)』、十番艦『三日月(みかづき)』到着しました》

 

 「大仙?」近距離向けに発せられた無線を受信した曙は聞きなれない名前に首を傾げる。そんな機体は海軍の飛行艇に存在しないはずだった。

 しかし使用されている周波数は海軍用のものであり、何よりその後に挙がった三名の名前は曙も知る物だ。

 

「ら、来客!? ぼのちゃん、翔鶴さんから何か聞いてる……?」

「いいえ、何も……。それよりも私の聞き間違いでなければ、何かヤバイやつが来ちゃったんじゃないかしら……」

 

 

 

 

 鎮守府内に残っていたメンバーが建物裏の海岸へと集まった。

 先ほど突然襲来してきた飛行艇は随分と大きく見た目もその場に居る誰もが知る物とは似つかなかった。大きさは二式飛行艇――二式大艇とは比較にならないほど凌駕しており、こんな物が鎮守府にぶつかっていれば艦娘たちの根城は廃墟と化していただろう。

 特に目を引くのが前方に設けられた6発のジェットエンジンだ。艦娘たちの扱う艦上戦闘機とは異なり先進性を感じさせるそれは、古き良き飛行艇と一線を画する奇抜さである。

 

「しっかし大きいねぇ。この飛行艇は一体なんだろう?」

「良くもまぁこんな大きな飛行艇でこんな小さな海に来たよね」

 

 マイペースな長波と千歳は興味深そうに飛行艇を眺めている。先ほどの無線をしっかりと聞いていればそんなマイペースな事を言っている場合ではないはずだ。曙は思わず頭を抱えた。

 

神通(じんつう)は神通でも、寄りによって()()じんつうだなんて……」

「通りでせんだいさんが喜んでいる訳ね。確かじんつうさんってせんだいさんの姉妹艦よね」

 

 二人が顔を向けた先では興奮のあまりヘッドスピンをしながら地面に埋まっていくせんだいが居た。コンゴウはその様子を見て「ウホッウホッ!」と両手を叩いて喜び、綾波は何を勘違いしているのか必死にメモを取っている。

 せんだいとじんつう。姉妹艦にして「混ぜるな危険」を砂煙を巻き上げながら地で行く彼女らは海軍の中でも扱いに困る存在だ。

 

 機体先端の乗降口が開かれ黒髪と金髪の二人の少女が降りてくる。黒いセーラー服は艦娘の証。先ほど無線で告げていた三日月と皐月の両名である。

 

「お出迎えありがとうございます。ラバウル基地より参りました三日月です」

「僕は皐月だよ! よろしくね!」

「え、遠路よりお越しいただきご苦労様です。鎮守府の副官を務めている羽黒です。ただいま提督代理の翔鶴は席を外していまして……まさか、本日来客があるとは私たちも知らされていませんでした。すみません……!」

「御気になさらずに。しかし連絡が行ってなかったとは……。おかしいですね、うちのじんつうから入電があったかと思ったのですけど」

 

 三日月が眉をしかめてふぅとため息を吐く。どうやら鎮守府へはじんつうが行なう手筈だったようだ。羽黒と曙は「せんだいの姉妹艦だけあってどこか抜けているな」と苦笑する。

 

「あら、そう言えば肝心の本人は?」

「飛行艇の操縦は彼女が取っていたのでもうすぐ降りてくるかと……」

 

 三日月が曙へと説明している間に「ふふふふ~」と不気味な笑い声を上げて一人の艦娘が降りてくる。左右に分かれた前髪はタコの足のようにも見え、こめかみの上からは耳を隠すように長髪が下りている。髪型以外の身体的特徴はせんだいと瓜二つだ。

 曙はその姿を見るなり「ゲッ」と顔を歪ませる。彼女はじんつうとも面識があるようだが、噂にしか聞いていない羽黒は不思議そうにじんつうの姿を追っていた。

 

「なんか不気味さに拍車がかかってるわ……」

「そ、そうなの? 私には良く分からないけど……」

 

 『良く』は分からないが『なんとなく』不気味なのは伝わる。言葉を濁してはいるが彼女もじんつうに近寄りがたさを感じているのは間違いなかった。

 

「うちのじんつうがせんだいさんに会いたいと言いだしましてね。彼女は普段そのような我がままを言わないんですが……新しくなった自分を姉に見て欲しかったのかも知れません」

「新しくなった?」

「ええ。実は彼女、この度『怪一』になったもので、そのお祝いも兼ねて彼女の要望を叶えようかと――」

「ごめんなさい、今なんと?」

「お祝いも兼ねて彼女の要望を――」

「あっいえ、そっちじゃないです」

 

 三日月の言葉に妙な単語を見つけた曙。発音だけ聞けばおかしな所は何も無い。羽黒が首を傾げるのも当然だろう。

 しかし曙はせんだいと言う異形を知っている。そしてその姉妹艦に成されたそれがただの改装で無い事も察しが付いていた。

 

「『改装』したのよね?」

「ええ、『怪装』ですね」

「『改一』よね?」

「『怪一』ですね」

「どうしたのぼのちゃん、同じ事を何度も聞くなんて」

 

 曙は頭を抱えたくなった。三日月は平々凡々としているが、間違いなく、じんつうはせんだいと同じ道を歩んでいる。

 そもそも一体何が原因でこうなってしまうのか。どうして彼女たちは普通の艦娘らしくしてくれないのか。そもそも普通とは何なのか。曙は考える事をやめた。

 

「もういいわ……私知らないわよ」

 

 曙のこの世の終わりの様な表情に不安感を抱く羽黒であったが、同伴者の三日月と皐月が平然としているので何も問題は無いだろうと捉えていた。

 三人が話をする傍ら、せんだいはじんつうの元へと近づいていく。長波と千歳もじんつうを迎えようとせんだいに続いた。

 

「ジンツゥ↑! 夜戦やってっか?」

「センダァーイ↓。やってるわぁーよ?」

「ゲッゲッゲ。なぁ今度探照灯一個くれよ。あれ夜戦に持って来いだからよ」

「クックック。じゃあ代わりに九八式のサンプルちょうだい。ラバウルで魔改造するから」

「なんか物騒な話してるな?」

 

 対顔するなり揃って不気味な声で笑いあう二人。互いに相手の名前を呼ぶ際のイントネーションが独特なのはわざとだろう。

 じんつうがふと長波と千歳へと目を付ける。そのいやらしい視線に二人はびくりと肩を跳ねた。

 

「ふ~ふ~ふ~ふ~。可愛いわねぇ、夜戦しない?」

「おい千歳、こいつやっべーぞ」

「ええ。物凄く嫌な予感がするわ」

 

 じんつうがしずしずと滑る様に二人へと近づいてくる。地上より3ミリほど浮いているのか、砂浜に足跡すら付けない歩行方法は一層二人に警戒心を高めさせた。

 

「どうも初めまして。せんだい型二番艦じんつうと申します」

「あっ、ど、どうも。夕雲型四番艦長波サマだよ」

「千歳型一番艦、千歳です」

「イーチチしてんじゃないのよ」

「「ぎゃあああ!?」」

 

 互いに挨拶を済ますと同時にじんつうが長波と千歳の胸を揉む。揉みなれたじんつうの危険な手つきに砲雷撃戦でも始まったかのような叫びを上げ、二人は速度を『一杯』にして反抗戦の構えを取る。

 

「ななな何すんのよぉ!!」

「ギョホホホ。お嬢さんたちパイオツカイデー」

「ちち、千代田にも揉まれたことないのに……!」

「ギギギ、流石我が姉妹や。わしが育てた」

 

 続けざまにじんつうが砂浜へと這い蹲る。コモドドラゴンのように舌をチロチロとさせながら二人のスカートの中を覗き込もうとしているようだ。

 気色悪いじんつうの格好に全身を震わせながら長波と千歳が抱き合う。この構図は二人にとってT字不利か。

 

「せんだい=サン、何してるんDEATHカ~?」

「あっ、じんつうさん! お久しぶりです!」

 

 助け舟と言わんばかりに登場するコンゴウと綾波。長波と千歳は瞬時に二人の背後に回って盾とする。

 じんつうは新しく現れた二人に興味津々の様子でコンゴウたちをしげしげと眺める。

 

「ホッホウッホッホ、あなたが『じんつう=サン』ネ? この噂名高いせんだい=サンの妹と聞いてマアアス! どれ程の戦闘力をお持ちなのか、気になりマスネェ!!」

「ふふふふ~。枕営業はお断りよ」

「わぁ! じんつうさん、ひょっとして改装されたんですか!? 滲み出るオーラが以前とは比べ物になりませんよ!」

 

 「アンタの目には何が映ってるのよ」と長波が引きながら呟く。一応綾波はまだ普通の艦娘ではあるが、いつしかせんだいたちの様にならないかが心配だ。

 

 

 

 

 じんつうたちを乗せた超大型飛行艇『大仙』がせんだいたちの鎮守府へと降り立つより少し前。空母ヲ級の上げた報告を頼りに、彼女の仇討ちを画策する戦艦ル級一向は敵陣潜伏海域に向けて帆を進ませていた。

 ル級本人としては正直気の乗らない話であった。現在向かっている泊地は個人の民間漁船が停泊できる程度の港湾しか無く、主要となる都市への距離も随分と離れているいわゆる田舎だ。そんな場所にわざわざ戦艦が出張る程の理由が何処にあると言うのだろう。

 

(……はぁー気だるいなぁ。ヲ級がやられたって言うからどんな戦況激しい海域かと思えば、哨戒艦も居なければ対艦ミサイルすら無いど田舎か。山が多いから列車砲でもあれば面白かったんだが……)

 

 ため息を吐きながら部下たちを先導するル級。深海棲艦と言えど戦艦の総数は多くない。たった一艦だけでも敵艦隊に大打撃を与えうる力を持つ彼女たちは、より威烈な戦場でこそその本領を発揮する。

 大人びて落ち着いた性格の彼女であるが、今回の戦場はやはり自分には役不足と言わざるを得ない。この程度の小さな海域であれば随伴している重巡リ級さえいれば十分なほどだ。

 

「…………」

「ア……イヤ、スマナイ。今ハ作戦ニ集中シナクテハナ」

 

 不満が顔に出ていたらしくリ級が旗艦に心配する仕草をする。いつも無口な重巡リ級だがコミュニケーションの取り方が独特な彼女は深海棲艦たちの人気も高い。戦艦ル級も初めは全く喋らないので随分と困惑したものだが、慣れさえするとその一生懸命な仕草に愛くるしさすら覚える。

 リ級の頭を撫で単縦陣を維持する部下たちへと振り向く。これより敵警戒海域に突入する事を伝え全員が今一度気を引き締め直した。

 

(しかし先ほど上空を飛んでいた巨大な飛行艇が気になるな……。敵艦の輸送機だとすれば、少しは面白い事になるかもな)

 

 期待を裏切らないで貰いたいものだ。ル級が不敵な笑みを浮かべ速度を上げる。

 せんだいたち艦娘が座する鎮守府近海へは間もなくだった。

 

 

 

 

「……ええ、分かりました。直ちに」

 

 神妙な顔つきで無線を切る羽黒。その様子を曙と三日月は心配そうに見つめていた。

 

「鎮守府近海に敵艦隊を確認したと翔鶴さんから入電です。ただちに部隊を編成し敵艦隊を迎撃します」

「深海棲艦……磯釣りに出かけたとき以来ね。翔鶴さんと瑞鳳はまだ戻ってないけど、それ以外のメンバーは全員揃ってるわ。どうするの?」

「……もしご要望であれば私たちも編成に加わります」

「いいえ、三日月さん方は来客です。ラバウル基地から通達があった訳ではありませんし、万が一何かあったらこちらの責任問題になります」

 

 三日月の申し出に羽黒は申し訳無さそうに断った。彼女らはあくまで客であるため戦闘を行なわせるのは忍びない。そして何より、羽黒の言う通り別鎮守府に所属の艦を上の許可無く指揮する訳にはいかないのだ。

 戦闘を行なえば公的な記録として軍令部に報告する必要も出てくる。報告を怠ったり隠蔽しようものならば軍法違反だ。何より自分たちの力で解決できないとなれば鎮守府の信頼性を失う事ともなり軍令部からの評価は下落するだろう。

 

(最近は特に敵も攻めてこなかったし上層部からも費用削減の声があがってると翔鶴さんも言ってたもの。このチャンスを生かさないといけないわ……!)

 

 しかし羽黒は悩んでいた。評価を上げる目論見はあれどこちらに被害が出ては元も子もない。だが翔鶴の報告によれば敵艦隊に戦艦がいるとの事。このような小さな鎮守府に戦艦を持ち出してくるとなると本気で潰しきているとも考えられる。

 こちらにも戦艦コンゴウが居るが重巡洋艦は自分一人。あとは軽巡洋艦のせんだいに水上機母艦の千歳、駆逐艦の曙、長波、綾波の三名だけだ。火力不足は否めず、何より羽黒本人は翔鶴の居ない今司令官を務めなければならない。

 

 目を瞑り難しい表情を浮かべる羽黒を見かねた三日月は彼女へ打診した。

 

「羽黒さん、そう悩まずに。それならばうちの『じんつう』を使ってください」

 

 

 

 

 戦艦ル級率いる深海棲艦隊はいよいよ敵制海権内へとやってきていた。見渡しの良い海のため小ぢんまりとした鎮守府が遠目からでも確認できるほどだった。

 

「モウスグコチラノ射程距離圏内ダ。ヌ級、艦載機ヲ飛バシナサイ!」

 

 ル級の指示に従い軽母ヌ級が艦載機を発艦させる。どこかイカを彷彿させる小さな艦載機がヌ級の口から次々と飛び立つ。それらは空へと飛び上がると巨大化し、機体後部に取り付けられた航空レーダーが怪しく緑色に耀き始めた。

 艦載機はそのまま鎮守府へと迫る。艦娘たちと扱うものと異なる深海棲艦の艦載機は機銃とロケット弾を標準装備している。艦爆が行なわれようものならば艦娘たちに甚大な被害が及ぶ事は想像に難くない。

 

 だが艦載機がもうすぐ鎮守府上空へと到達しようとしたその時、爆発の音と共に艦載機たちから次々と火の手が上がり始める。

 様々な箇所から煙が出ている事から敵の攻撃を受けたものと予測するも、ル級たちの目には敵の対空射撃が行なわれた様には見えなかった。

 

「ピキャアアア!(艦載機、次々と墜とされていきます!)」

「敵ノ攻撃カ!? シカシドウ言ウ事ダ、発砲音ハ無カッタハズダゾ!」

 

 ヌ級が撤退指示を出すもあっという間に全機が落とされてしまった。ル級はすぐさま部下たちに砲雷撃戦の用意をするよう命令を下す。

 トラブルはあったが少しも慌てる様子の無いル級艦隊。その姿からも彼らが実に経験豊富な戦士たちと言うことが分かる。張り詰めた空気を肌で感じつつ直進する。

 ――ル級の射程距離圏内へ入った!

 

「艦載機ヲ落トサレタノハ予想外ダッタガ……コレバカリハ受ケ流センゾ。遠距離砲撃ノ恐ロシサ、味ワウトイイ!!」

 

 ル級の両サイドに設けられたニ連装三基の砲台は戦艦だからこそ扱える代物である。それが今、耳を抑えたくなるほどの轟音を轟かせ勢い良く火を噴いた。

 高火力も然る事ながら、ル級の真に恐るべきはアウトレンジからの長距離射撃を以って標的を精確に打ち抜くことだ。彼女はこの特技を持って絶大な戦果を誇り、直に『elite』の称号を授かる勢いである。

 

 発射された砲弾が一直線に鎮守府へと迫る。艦爆が無くとも大口径主砲における一撃は弱小鎮守府を容易く壊滅させるだろう。放たれた弾を止める術はない。ル級は勝利を確信した。

 

 

『ずぇええええええい!!』

 

 

 野太く力強い怒声が海を渡り深海棲艦たちの耳へと流れ着く。何事かと思い当たりを見回すル級の傍で、部下の一人があっと声を上げた。

 彼らの視線の先では俄かには信じがたい光景が広がっていた。艦娘が『空を飛んでいる』……!

 

 

 

「Heeeeey! 流石DEATHネェ。まさか放たれた敵の砲弾を叩き斬るトハ!!」

「すごいですねぇ~。アレが噂の『居合い』と言うものですね!」

「ジャアアアアアアアップ!!」

 

 コンゴウが花火でも見上げるように空飛ぶじんつうを眺めていた。珍しいものを見たとでも言わんばかりにご満悦な表情はとてもではないが緊張感が毛ほども感じられない。

 後ろに続く綾波も感心した様子で落ちてくるじんつうを見届けている。そもそも抜刀もしてなければ剣でも無く、探照灯で砲弾を叩き割るそれが居合いなわけが無いが、この面々にその事を理解している者が居るはずもなかった。

 

 

 戦闘開始より少し前。

 羽黒は三日月の言にひどく驚いた。ありがたい申し出ではあるが先ほど羽黒が言ったように簡単に了承出来ることではない。三日月はすぐさま自分の放った言葉の意味を説明する。

 

「羽黒さんの仰る事はしっかりと理解しています。しかし現実問題そちらの鎮守府の面々だけでは、幾らせんだいさんと戦艦が居ても戦力が心許ないでしょう。私が出撃せずともじんつう一人で少なくとも戦艦一人分の活躍は出来ます」

「ですが……」

「上には彼女の出撃は私の判断と報告します。何より、私ならばともかくじんつうが勝手に暴れたとでも言えばラバウルも軍令部も納得するでしょう」

 

 そんな馬鹿なと羽黒と曙は言いかけたが、自分たちの所にもせんだいが居るのを思い出し閉口する。思えばせんだいもどこぞの鎮守府に所属していたと聞くが、あまりにも手に負えないがためこの鎮守府に異動されたとか。

 

「……かしこまりました。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 羽黒がはにかみながら敬礼し三日月も笑顔で返礼する。ぎゃあぎゃあと喚いているせんだいたちへと向き直し、普段のおどおどとした態度を一変させ羽黒は大声で指示を出す。

 

「司令部より伝令です! 鎮守府近海にて敵艦隊を確認。直ちに迎撃部隊を編成し鎮圧にあたります! 編成はせんだいさんを旗艦としじんつうさん、コンゴウさん、綾波さんでお願いします!」

「よりによってその編成なの!?」

「えっ!? だ、駄目ですか……!?」

 

 曙が思わず大声を上げて驚くと羽黒が叱られた子犬のようになった。その場に居た全員がじーっと曙を見つめる。責めているつもりは無いだろうが、ばつが悪くなった彼女は発言を撤回する。

 

「い、いや、良いと思うわ?」

「ほ、本当ですか……! それでは……時間がありません、今指示のあった四人はすぐに向かってください! 他のみんなはいつでも出れる状態で待機を! 千歳さんには偵察機を飛ばしていただき、他に敵部隊がいないかを――」

 

 曙の同意を得られた事で自信が付いたのか、打って変わりすぐさま的確な指示を出していく羽黒。曙も一足先に三日月を安全な場所へと誘導するために行動を開始する。

 

(よりによってあの四人とは……)

 

 現在考えられるであろう最強最悪の編成に、むしろ襲来した深海棲艦たちに同情を禁じえない曙であった。

 

 

 そして時は戻り現在。

 羽黒の編成した超凶悪殲滅部隊は邪悪なオーラを纏いながら戦艦ル級率いる強襲部隊へと迫っていた。何処からとも無く黒い雲が立ち込め始め、鎮守府の上空からは次第にゴロゴロと音が広がり始める。ただ事ではない事態に流石のル級艦隊も焦りを見せる。

 

「ピキャアア……!(敵が来ます……!)」

「ゴオオオオ(なんか俺怖くなってきた)」

「……」

「怯ムナ! 敵ハ四隻、戦艦ト思ワレル固体モ一隻ノミ。戦力的ニハ圧倒的ニ有利ダ」

 

 少しの躊躇いも見せず敵部隊に接敵する戦艦ル級。確かに彼女の言う通り敵が四隻に対し自分たちは六隻と有利な状況ではある。戦いは数からと言うように戦況の土台は物量から始まる。例え()()が一体居ようと、早々に随伴艦を落とし六隻の集中砲火を浴びせれば良いだけの事だ。

 そう、()()が一体であれば……。

 

「砲雷撃戦用意!」

 

 敵にも戦艦がいると分かった以上遠距離戦に拘るのは悪手だ。一気に距離を詰め全艦の攻撃で早々に攻め落とすのが得策と判断する。

 戦艦ル級、重巡リ級、軽巡ト級、駆逐ハ級二隻の計五隻が砲撃態勢に入る。

 

()ェエエエ!!」

 

 全員が射程距離に到達、旗艦の合図により一糸乱れぬ斉射が開始。反動により波を躍動させ砲に火が灯る。大気を劈く破壊の雨が曲線を描きせんだいたちへと降り注ぐ!

 

ド級波動(ドレッド・ヴォイス)!!」

 

 コンゴウの口から発せられた咆哮が空気を伝播し砲弾の雨へと伝う。超振動に晒された鉄塊はまるでガラスのように罅が入るなり無残に空へと散っていく。

 爆音が津波を引き起こし海の流れを一時的に変える。せんだいたちを中心とした波紋が耳を抑えるル級たちへと押し寄せた。

 

「ゴオッ、ゴオオオ!?(ぐわっ、津波がぁ!?)」

「ピギイイイ!?(私たちの放った弾が掻き消された!?)」

「ア、慌テルナ!! 魚雷ダ、雷撃戦ニ持チ込メ!」

 

 「慌てるなって言う方が無理だろ」と思いつつ雷撃戦の構えに移る重巡リ級。戦艦ル級と軽母ヌ級を覗いた四隻が一斉に魚雷を射出する。

 波の荒れも一時的だったためか海中を進む魚雷は寸分の狂いなくせんだいたちへと迫って行く。対し綾波ただ一人がすぐさま()()()()に入った。

 

「ヒャッハアアアアア!! んだそのシナチ○魚雷は!? ブチ××してやるぜファッ○ン共!!」

 

 荒ぶる綾波のボンバイエ、予算度外視の四連装酸素魚雷が惜しみなく投下される。一度では飽き足らず繰り返し放たれるそれはたった一人で四隻分の量に達している。一体何処に積んでいるのであろうか。

 綾波の魚雷は次々に敵魚雷へと命中しせんだいたちへ到達する前に巨大な水しぶきを上げる。水中に目でもついてんのかと言いたくなるような正確無比な雷撃に深海棲艦たちの頭は狂いそうだった。

 

「……っ! …………っ!!」

「ゴアアアア!!(もう何がどうなってんだあああ!!)」

「砲撃ダ、砲撃!! 撃テッ撃テェェェ!!」

 

 最早互いの距離が間近と言う中、深海棲艦たちが半ば()()()()しながら斉射する。せんだいとじんつうがコンゴウと綾波の前に立つと、見えない何かが彼らの身を守る。せんだいのツーサイドアップとじんつうのおさげが全ての砲弾を弾いていた。

 

 然しもの熟練の戦士たちと言えどこの光景には顔を青ざめた。艦爆も駄目、魚雷も駄目、最後の手段の超至近距離の斉射も駄目。これ以上どうしろと?

 

「……ピキャアア(……私、逃げて良いですか)」

「ゴオオオ(駄目に決まってんだろ)」

「…………」

 

 重巡リ級が判断を仰ぐようにじっと戦艦ル級の顔を見つめる。ぶっちゃけル級も逃げたかった。目の前に漂うそれらはすべてが艦娘の皮を被った化物だ。ル級は腕を汲んで熟考する。

 どこの世界に砲弾を一瞬で塵芥にする者が居る? どこの世界に放たれた魚雷を寸分の狂いなく相殺する者が居る? どこの世界に砲撃を髪の毛で弾く物が居る? 居るわけないだろ常識的に考えて。

 

(降参したら命だけは助けてくれるかな?)

 

 敵を目の前にして目を閉じて黙りこくるル級。これまでずっと戦線を共にした部下たちは上官を信じていた。全てを投げ出したかのように見えるその立ち姿は敵を油断させ活路を見出す作戦に違いない。きっと、いや間違いなく、我らの旗艦はこの絶体絶命の状況を打破してくれるはずだ!

 一方、旗艦は部下を見捨てて自分だけ生き残ろうと画策していた。

 

「ヨシ!」

 

 旗艦が目を見開き気合を入れる。いよいよ決断の時だ、部下たちは固唾を飲んで見守った。

 

「敵艦隊ニ勧告スル! 貴様ラ、コノ場ハ痛ミ分ケトシナイカ!」

 

 「この圧倒的不利な状況で痛み分けはないだろう」ル級以外の深海棲艦全員がずっこけた。しかし旗艦はいたって大真面目な表情で交渉に望んでいる。

 思い返すとこの海域の情報を持ち帰った空母ヲ級も今もなお入渠施設で重病患者の烙印を押された潜水艦一派も、彼らと会敵したにも関わらず轟沈と言う最悪の事態は免れている。

 ル級は一縷の望みから彼らの温情に縋る決断を下したのだ。

 

「解せぬ」

「ソウ言ワズニ、ドウカ」

「駄目だ。夜戦する」

「後生デスカラ」

 

 頼み出るたびに腰が低くなるル級の姿に部下たちは哀れみを隠せなかった。彼女がここまで無様な姿を晒しているのは他でもない自分たちの為だろう。

 部下たちは見事な単横陣を敷き旗艦に倣って頭を下げ始める。海上で展開される真一文字はせんだいたち単縦陣に対し反抗戦を強いる。

 

「コレダケ言ッテモオ聞キ入レ頂ケマセンカ」

「夜戦だ、夜戦が足りない」

「アナタ方ニ心ハ無イノデスカ!」

「何で責められてるんですか私たち?」

 

 話が纏まる事無く次第に暮れ始める空。暗がりが広がるのを見計らい、まるで諦めたようにせんだいが一つのため息を洩らす。

 まさか、あのせんだいが折れると言うのだろうか? コンゴウと綾波が驚きの表情を向ける。よもやな事態に深海棲艦たちの期待も高まった。

 

「……全く、日が暮れちまったぜ。往生際の悪いヤツラだと思わねぇか、ジンツゥ↑?」

「全くねセンダァーイ↓。見上げた根性だと思うわ。皐月にも見習わせて上げたい」

「……オ願イシマス。ドウカ御慈悲ヲ」

「どうしようもねぇ馬鹿共だ。ホント戦争は地獄だぜ」

 

 夕日が沈みきり辺りは夜へと移り変わった。

 せんだいの指を鳴らす合図と共に突然じんつうの全身が輝き始める。おお、見よ! これこそまさに『()じんつう』! かつてコロンバンガラ島沖で行なわれた海戦を彷彿させる神々しさこそ、彼女が熾烈な戦いを演じて見せた艦の血統を示しているのだ。

 

「ウオッ眩シッ」

「ふ~ふ~ふ~ふ~ハァアアアアアアア!!」

「残念だが時間切れ(ゲームオーバー)だ。ここからは俺たちの夜戦時間(ショータイム)や」

「オオ、神ヨ……」

 

 やはりこうなるのか、ル級は神を呪った。そもそも深海棲艦に神がいるのかどうかすら怪しいものだが。

 そこから先は実に悲惨な物であった。無事に逃げられた艦はただの一隻も無く、全てが艦娘四人の毒牙にかかる。あられもない姿にされ身体中のあらゆる箇所がウィークポイントとなった深海棲艦たちは、翌日別働隊によって大破した状態で回収された。

 

 

 

 

「それではお世話になりました。次に向かわせていただく際は今回のような失態をせぬよう心がけます」

「こちらこそ、お二人のご協力に感謝いたします。またいつでもいらっしゃってください。私たちの鎮守府はいつでも歓迎いたします」

 

 三日月の敬礼に翔鶴たち全員が返礼する。三日月とじんつうは大仙へと乗り込み、ジェットエンジンを吹かしながらゆっくりと動き始める。

 鎮守府を背にした格好から加速し始め、巨大な飛行艇は上空へと浮き上がると瞬く間に点へ変わっていく。翔鶴たちは一仕事をやり遂げたと言わんばかりに「ふぅ」と大きく息を吐いた。

 

「羽黒ちゃん、この度はご苦労様。しっかりと務めを果たしてくれたようね!」

「い、いえ! 皆さんの、おかげです……」

 

 翔鶴に褒められた羽黒が顔を赤くして俯く。いつもの羽黒らしい態度に曙たちも笑う。

 

「三日月さんたちが来たのは驚いたけど……結果的に深海棲艦の撃退に協力いただけて幸運だったわね! この機会にラバウル基地とも繋がりが深まるし軍令部からの評価も回復するはずよ」

「しっかし一時はどうなるかと思いましたよ……。何せあのじんつうですからね、常に肝が冷えっぱなしでした」

「三日月さんがしっかりしていたおかげで事なきを得ましたね。彼女がいるからこそじんつうさんがラバウルに居続けることができるのでしょう」

「あれ、そういえば何か忘れてるような……」

 

 

 

「ふぁ~……。あ、あれぇ、みんなどこ行っちゃったのぉ?」

 

 三日月とじんつうが飛び立った直後、一人遅れて皐月は布団から身を起こした。全員が皐月の存在を忘れていたのか、誰も彼女を起こしに来る事は無かった。

 結局皐月がその後も三日月たちが戻る事は無く、後ほどの入電で急遽ラバウル基地より鎮守府へ皐月の異動が決まった。こうしてせんだいたちの鎮守府に新たな仲間が着任したのであった。

 

 

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