ウルトラ川内 作:かわうち
斯くして『皐月を慰める会』は始まった。主役は言わずもがな、ラバウル基地より遥々やってきた挙句姉妹艦に置いてけぼりにされ見事お荷物の烙印を押された不遇艦娘である。
当の本人は余程ショックを受けたと見える。いつも元気が取り柄の明るい少女は姿を眩ましており、まるで目の前で友軍が轟沈する様を見せ付けられるように顔面蒼白だ。
「僕は……僕はね……」
「そ、そんな落ち込まないでよ。ほ、ホラ、経緯はともあれ今日から寝食を共にする仲なんだから自己紹介してって!」
「落ち込んでるわねぇ……。どうしたら良いのかしら」
曙の気遣いにも耳を貸さない皐月の様子に翔鶴も頭を悩ませる。このままでは艦隊全体の士気にも関わるため何とか機嫌を直して貰いたいところである。
「皐月ちゃんなら喜んでくれると思ったんだけどなぁ。翔鶴お姉さん悲しい。あ、はぐはぐ。缶ビールもう一本追加ね~」
「翔鶴さん酔ってますよね? けど本当に困ったわね。こんな扱いされたら私でもショック受けるもの」
三日月とじんつうが置き忘れていったのは紛れもない事実だが、皐月がこの鎮守府に残る事になったのはあくまで偶然だ。
前回敵艦隊を撃退した功績により翔鶴たちの鎮守府も今一度態勢を見直される事となった。今まで厄介者――曲者を回してきた軍令部も、もう少しまともな艦を送ってやるべきと思ったのだろう。
そこへ偶然取り残された皐月だ。彼女はラバウルでも評判は悪くない。時折旗艦を務めた事のある彼女は信頼が高く、この度の配属はむしろその実力を買われての転任だった。とは言えそんな
「しょーがないわねー。それじゃあ――ぼのちゃん、あなたは明日一日彼女に付き添ってあげなさい」
「えぇーっ!! だから何でわたしなんですか!?」
「翔鶴の矢よぉ。ヒック」
曙は抗議したかったがガブガブとビールを煽る翔鶴に何を言っても無駄であろう。いくら皐月の着任祝いを兼ねているとは言え、こうも気を落としている彼女に対しもう少し遠慮は無いものか。
「あーもう! やってられないわよ!」
カシュ、と音を立てて缶ビールを煽る曙。曙の憤懣を他所に他のメンバーたちは宴会を謳歌している。今の曙には彼女らの姿が恨めしく映る。
――何かこの子を元気付ける物さえあればなぁ。
あまり酒に強くない曙はビール一本を飲み終えた所で頭がぼんやりとしてしまう。翌日の職務の事を思いその日は早々に寝る事にした。
▼
翌日、曙は皐月に鎮守府施設の案内をする事にした。昨晩は着任決定すぐと言うこともありろくな説明をできていない。
とは言え、相変わらずこの鎮守府に難しい説明を要する施設は無い。
「それで、ここが入渠施設ね。ラバウルに比べたら本当に小さな所だけど我慢してね」
「いいさ……こんな僕にはお似合いだよ……」
「あんた私たちを馬鹿にしてんのか」
確かにラバウル基地は巨大でこんなちっぽけの鎮守府とは比較にならない拠点だ。とは言え自分たちの古巣をこうも咎されるのは流石の曙も黙っては居られない。
だが死んだ目を浮かべる今の彼女には『せんだいの耳に軍事規則』、要は受け流されるだけだ。
(はぁ……面倒くさいわねぇ。こんな調子じゃこの先やっていけないわよ)
この鎮守府にはせんだいと言う夜戦狂が巣食っておりさらに少し前からはコンゴウと言うAMAZON★ゴリラも住み着いた。左遷まがいの配置換えなど歯牙にもかけない集団の集まりで、常識的な感性を持った曙は不安を抱かずには居られない。
「……? あの……あれは何かな?」
「あれ? あれ――は? な、何アレ??」
皐月が鎮守府の外を指差す。その先には長く在籍する曙にも見慣れない謎の施設が建てられていた。
鎮守府よりは小さな白く四角い建物は現代的な雰囲気を醸し出している。日差しが差し込むよう何枚もの窓ガラスが設けられており、中には何やら見たことの無い機械らしきものが見受けられる。
「あれいつからあったの!? 何よアレ、知らないわよ!」
「中から音がするみたいだ。ちょっと行ってみよう」
二人は鎮守府を出て離れへと向かう。立ち聳える白い建物からはなるほど激しい打撃音が響いている。それに混じりコンゴウの「オラオラ」だの「WRYYYY」だのといった奇声が聞こえてくる。薄気味悪い笑い声はせんだいのものだろうか。
「すぐに撤去よ。行政処分による立ち退きを決行するわ」
「いきなり!? ま、まずは中に入ってみようよ」
「ゲロ以下の嫌な臭いがプンプンするのよねぇ……」
皐月の提案でしぶしぶ中へと入ってみる曙。入るなりむわりとした暑苦しい空気が二人を包み込む。すっぱさと生物的な生臭さに胸苦しくなった。
「くっさ!! な、何よここ……」
「あ。アレってせんだいとコンゴウだよね!?」
皐月が示す方向には正方形のリング上でスパーリングを行なうせんだいとコンゴウが居た。
激しく打ち合われる拳は砲撃のような爆音を発する。せんだいの身に着けたスパーリンググローブに衝突すると衝撃の余波で建物全体がわずかに揺れた。繰り出される拳の速度は曙たちには残像が映るほど豪速である。
「何やってんのよアンタたち……」
「Oh! これはこれは、アケボノ親方にサッチンではアリマセンか!! ついスパーリングに熱が入りすぎて気付かなかったようDETAH!」
「深淵を覗くとき虚淵もまた闇なのだ」
二人に気付いたコンゴウたちが近づいてくる。コンゴウは黒々とした体毛にギラギラと光る汗を滴らせている。発汗の大洪水により彼女の歩いた跡は漏れなく雨上がりだ。
大してせんだいは一切汗を流していない。あれほど激しいスパーリングの後にも関わらず息の乱れ一つ無い。最早自分たち艦娘とは別次元の新種の生物では無いかと疑う曙であった。
「ここは一体?」
「オーイエスッ!! ここは艦娘のコンゴウによるマッスルのためのハッスルジムDEATH! 共にマッスルをハッスルさせまShow! UhhoooooHAAaaaaaa!!」
「KFCカルネージチキンハート」
「うっさいわ。勝手にこんな物作って! 翔鶴さんに言いつけて即刻取り潰してやるわ!」
「曙、その発言すごく悪者っぽいね」
「マァマァそう仰らずに。どうDEATH、最近筋肉でお悩みではアリマセンカ? このジムではバストアップ体操も指南してマスヨ!」
「バストアップ……!?」
コンゴウの言葉に目を耀かせる皐月。彼女は幼児体型であり、貧乳だ。元気一杯で僕っ娘な彼女は乙女の願望とは縁が無いと誤解されるが決してそんな事は無い。胸は無いよりある方が良いし、スタイルグンバツのパツキン美女を何時だって夢見ている。
そんな彼女の夢は重巡
「む、胸をおっきくできるの!?」
「イエエエエス! ワタシたちウソツキマセーン! 日本人ミナトモダチネ!」
「おい滅茶苦茶胡散臭いぞ」
「あ、あの! 興味あります! 是非指南してください!!」
皐月の純粋さに目が眩む曙。彼女の可愛らしさはきっとその無垢さから来るのだろう。だからこそいたいけな少女を騙くらかす二人を曙は許せない。
「うぉい! お前ら、皐月に変な事するつもりじゃないだろうな!?」
「とんでもNothing! 私たちはいずれジムを全国展開させる予定DEATH。これはそのための布石、第一号生徒である彼女にワタシたちのジムの魅力を広めてもらいマアアアアアアス!!」
「あーりゃりゃこりゃりゃ☆ あーりゃりゃこりゃりゃ☆」
こんな胡散臭いジムを全国展開されてたまるかと、曙はすぐさま無線で翔鶴に報告をしようとする。しかし皐月の様子を見て思いとどまる。
落ち込み続けていた皐月だったがバストアップ体操の話を聞いて少し元気を取り戻したようだ。折角明るさを取り戻し始めたと言うのに話の腰を折ってしまえば逆戻りかもしれない。曙は彼女のため仕方なく様子を見ることにした。
「……と言うわけで、これよりサッチン育成計画を始めたいと思いマアアアアス!」
「よ、よろしくお願いします!」
「肩の力を抜くんだなルーキー。安心しろ、痛くはしねぇぜ……」
「不安だわ……」
心配する曙と裏腹に皐月は緊張しながらも気合が入っていた。コンゴウがまず向かわせた先は『ベンチプレス』。バストアップの根幹を担う大胸筋を鍛える事が出来るウェイトトレーニングの一つだ。
「まずはベンチプレスDEATH! バストには大胸筋や小胸筋といったマッスルがありマッスルウウ! まずはオーソドックスなバーベル上げで小手調べといきまShow!」
コンゴウの指示でフラットベンチへと寝そべる皐月。コンゴウは随分と器具を使い慣れているようで、初心者の皐月に対しても丁寧に指導を行なっている。ジムを全国展開すると言う夢はあながち間違いでもないらしい。
「まずラックの位置決めDEATH! 背中をピッタリと付け腕を伸ばしマアアス。腕を少し曲げてもバーベルを掴めるくらいがベストネ!」
「こ、このくらいかな……?」
「Non、Non! ちょっと失礼シマアアアス! そうDEATHネェ……この辺りか、いやそれともこの辺り――」
「あ、あの、コンゴウ。ちょっと近いよぉ……」
「ち、ちょっと。なんか怪しい雰囲気になってるけど」
コンゴウがバーベルの位置調節を手伝おうと皐月の寝そべるベンチに跨る。コンゴウの身長が高いため乗りかかってはいないが、その構図は少女が巨大な暴漢――コンゴウはメスだが――に押し倒されているようにも見える。
曙の一言に「ウホホ! やましい気持ちなどアリマセン!」と言い張るコンゴウだが、ラックの調節が終わったときに「チッ」と舌打ちしたのは間違いなかった。
「次にバーベルの上げ方DEATH! バーベルを上げるときは肘を伸ばしきってはイケマセンヨ? 伸ばしきる一歩手前と言うところで留めてクダサアアイ! そしてバーベルを降ろすときはゆっくりと、胸の筋肉を意識しつつやや胸より下側へと下ろしていきマアアス!」
「胸より下側……?」
「そうDEATH! 難しいようでしたら大体乳首あたりで構いマセン!」
「ち、乳首あたり……」
恥ずかしそうにしつつコンゴウの指示通りにバーベルを上げ下げする皐月。その様子をせんだいとコンゴウが注視する。一見すると二人が皐月が怪我をしないよう気を使っているように見えるがどうも様子がおかしい。
「……あの辺だな」
「……あの辺DEATHネ」
「何が『あの辺』なのかしらぁ……?」
せんだいたちの声を潜める会話に口を挟む曙。どうやらせんだいたちは皐月のバーベルを降ろす位置で彼女の身体部位の位置を特定しようとしているらしい。あまりにアホらしいセクハラ行為に曙は呆れを隠せない。
曙にぶん殴られたせんだいたちは反省し皐月へのアドバイスに戻る。今度は足の位置について説明しているようだ。
「Heeeeyサッチン! ベンチプレスは上半身を鍛えるトレーニングですが下半身を正しい位置に固定する事によりさらに効果的DEATH! イイDEATHカ? 足の裏はしっかりと地面に着け、背中もしっかりとベンチに固定させるのDEATH!」
「うっ……くっ! 駄目だ、僕の力じゃこの姿勢は少し辛いよ」
「フゥム、サッチンにはフラットベンチが少し高いようDEATHネ。ヨロシイ! それでは両脚はベンチの上に乗せると良いDEATH! 効果は減DEATHが構いマセン。この時も身体が丸まったりしないよう気をつけまShow!!」
「うん、これなら僕にも出来るよ!」
両脚をベンチに乗せて再びベンチプレスを行ない始める皐月。そんな必死な彼女の
「……白だな」
「……白DEATHネ」
「お前らぁ!! いい加減にしろ!!」
▼
頭に二つのタンコブを生やしたせんだいとコンゴウが次に案内したのは『チェストプレス』。チェストプレスマシンは左右に設けられたバーを両腕で前方へと押し出すように使用する。ベンチプレスと比べハードなトレーニングには見えないが、これは大胸筋を鍛えるには最も適しているのだ。
特にバーベルは全体的な筋力増強に向いている反面初心者には少し手を出し辛い。チェストプレスは取り扱いが用意であり安全で初心者も取り掛かりやすく、特に今回のように大胸筋のみを鍛えたいとなればこちらが相応しいだろう。
「次はこれ、『チェストプレス』DEATH!」
「なんだかさっきのベンチプレスより簡単そうだね!」
「フッフウウウウン!! そう見えマスカァ? とにかくまずはセッティングからDEATH! チェストプレスマシンでは背もたれと椅子の調節が実に重要DEATH。シロートさんはこの時点で誤っている事が多々アリマス!」
コンゴウはバーを操作し背もたれを前に移動させる。チェストプレスは余程肩が動かない者でなければ背もたれを前にするのが正しい。そうする事で肩の稼働域が広がり効果的なトレーニングが可能なのである。
「椅子の高さを調節しまShow! 椅子の高さは自分が握るバーの箇所によって決まりマス。握る手が丁度胸の横へ来る程度がベストDEATHヨ!」
「それじゃあこのくらいかな?」
「Oh、言い忘れていマシタ! 握るバーは幾つかありますが特に先端部のバーを握ると重いウェイトが上げやすくなりマアアス! そちらに合わせた高さがよろしいでShow!」
「うん、わかったよ!」
皐月はコンゴウのアドバイス通り自分の胸の高さとバーの高さを見比べながら丁寧に調節する。意外と真面目に取り組む彼女に曙は感心していた。
「意外ね。彼女しっかりとコンゴウの言うことを聞いて実践してる。こう言ってはなんだけど、何でもすぐに『飽きたー!』なんて言ってほっぽり出す性格かと思ってた」
「失われし胸を求めて」
「余程多きな胸に憧れがあるのかしら。……けど、コンゴウのアレはただの筋トレのような気がするんだけど」
「ククク、猫は好奇心をも殺す。余計な詮索は寿命を縮めるぜ?」
椅子の調節が終わりいよいよバーの押し出し動作に入る。ここでも再びコンゴウより注意が入り皐月は頷きながら元気良く返事を返す。
どうやら随分と元気になり始めたらしい。初めのうちは心配だったが結果的に彼女が元気を取り戻したようで一安心だ。
「それではいよいよ実践DEATH! ポイントは肩甲骨を背もたれから離さない事DEATH!」
「けんこうこつ?」
「背中から出っ張る肩の骨の事DEATHヨ! ホラ、ここの事DEATH!」
「ん……んぅ」
コンゴウがさり気なく皐月の背中を触り始める。撫で回すような手つきに皐月もくすぐったさを感じるのか身体をもじもじと動かしている。
しかし妙な事にコンゴウがしばらく皐月の身体をまさぐり続けている。挙句彼女の吐息が「ハァハァ」と荒くなっているようだ。曙は再び暴走しかけのコンゴウを制止させにかかった。
「こらぁ!! このゴリラいつまで触ってるのよ!」
「ウホッ! これは失敬! ついついサッチンのさわり心地が良いものデ!」
「気持ち悪い……もう少しオブラートに包んだ言い方は出来んのか」
早速背もたれに骨を付けてバーを動かし始める。肩甲骨を背もたれに付けたまま、しかし背骨はつけずにアーチを作るようイメージしてトレーニングを行なっていく。
チェストプレスは確かに初心者でも扱いやすいが、正しくかつ効率的なトレーニングを行なうとなれば一気にハードさが増すのだ。皐月も始めのうちは軽々と行なっていたものの、次第に腕や胸にチリチリとした痛みを感じ始めた。
「っくぅ、はぁっ、はぁっ! い、意外と大変だねぇ……」
「そうでShow? しかしキツイと感じると言うことは乳酸が作られ筋肉が傷ついていると言うことDEATH! 筋肉は破壊と再生によって育ちます。サッチン、あなたは今、メリメリと育っているのDEATH!!」
「はぁっ、はぁっ! が、頑張って、僕も、胸をおっきくするんだ……っ!」
「……コンゴウや」
「……なんDEATHかせんだい=サン?」
「ナイチチもええな」
「全くDEATHネェ」
息を荒らげながら一生懸命にトレーニングに励む皐月。コンゴウのアドバイスにより胸を突き出す格好の彼女はどこか色っぽさを感じさせるのは確かだ。しかしそれはあくまで効率的なトレーニングによるものであり、コンゴウたちも強要させている訳ではない。
それでもせんだいたちの、そのような邪な考えが彼女の琴線に触れる。声に出さずにいれば殴られずに済むと言うものを。
皐月が限界を向かえトレーニングを中断する頃、せんだいたちの頭にはバスキンさんとロビンさんが立ち上げた某アイスクリーム屋の名物のような、立派な三段重ねのタンコブが出来上がっていた。
▼
「どう皐月? ジムで身体を動かした感想は」
「もうクタクタだよぉ~! 身体のあちこちがズキズキするし……」
曙と皐月はコンゴウのジムを離れ鎮守府へと戻ってきていた。艦娘も兵士と言えど彼女らの戦場は専ら海上だ。砲雷撃戦を行なうのにある程度の筋力は必要だろうが使わない筋肉はいたって普通の少女と変わらない。
曙は肩を辛そうに抑える皐月の後ろへと回る。何も言わずに肩をもみ始める曙を彼女は黙って受け入れる。
「……元気になってくれたみたいで良かったわ。ずっと心配してたのよ」
「そっか……。ごめんね曙、着任早々迷惑をかけちゃったみたいで」
「迷惑をかけられるのはせんだいで慣れてるわ。それより、アンタもこれから忙しくなるわよ。いつまでも落ち込んでるようじゃこの鎮守府じゃやっていけないんだから!」
「ふふふ! ありがとう。やっぱり、曙もかわいいね!」
皐月が首を回し曙へと振り返る。屈託の無い笑顔でお礼を言う彼女に曙もつい顔を赤くする。
「ばっ、バッカじゃないの!? う、嬉しくなんかないわよ、このクソ皐月!」
「うん!! これからよろしくね!」
二人はその日、翔鶴の言いつけ通りずっと一緒に行動した。駆逐艦同士通じる所もあったのかもしれない。ともあれ、曙たちの尽力もあり皐月は元の彼女らしい明るさを取り戻す事ができた。
一方で曙の密告により翔鶴に呼び出されたせんだいとコンゴウ。
翔鶴が冗談半分で様子を伺いに行った所、『サッチン育成計画』に手ごたえを感じた二人が哨戒任務より帰還したばかりの長波を拉致している姿を目撃する。猿轡を噛まされ逃げられないように荒縄で縛り上げられた姿は完全に身代金目的の誘拐にしか見えなかった。
「いつの間にこんな物を……」
そんな翔鶴は今、二人に案内させた件のジムを拝見し開いた口が塞がらなかった。
昨日まではまず間違いなくこんな物は存在していなかった。しかし建物の内部には豊富な種類のトレーニングマシンが揃っており、サンドバッグやボクシングリングなど本格的なスポーツジムが出来上がっていた。
「ワタシたちの野望の第一歩DEATH。翔鶴=サン、どうか大目に見てはいただけマセンカ」
「野望って……。そうしてあげたいのは山々なんだけどぉ、やっぱり軍の敷地に勝手に建てちゃうのは不味いわ」
「ここらで一息パーッと咲かせるのサ」
「でも軍令部の評価がせっかく回復してきたのよ? 新しい仲間も増えたのに、また目を付けられちゃったらこの鎮守府の生活が苦しくなっちゃう」
何かズレた意見の翔鶴だが、彼女は彼女なりに艦娘たちの思いと軍の規律を守ろうとしているのだろう。
そこでせんだいとコンゴウは翔鶴へと提案する。
「それナラバ、このジムを一般市民に開放しまShow! 利用者からお金を頂戴すれば生活も潤い、何よりワタシたちの望みも叶うというモノ!」
「眠らぬ夜に朝は来ない」
「うーん、だけどぉ……」
「ジムはダイエットにも効果的DEATH。最近気になり始めた下腹や垂れ始めた胸ですら、ジムに通う事で瞬く間に若かりし頃に元通りネ!」
「だ、ダイエット……!?」
軽く自分のお腹をつねってみる翔鶴。そういえば最近は事務仕事ばかりでしばらく海上に出ていない。艦娘と言えど動かなければ肉が付いてしまうのも当然で、特に最近はビールを良く飲みすぎるせいか下腹が気になり始めている。
翔鶴の心が欲望に揺らぐ。せんだいたちはほくそ笑んだ。
「翔鶴=サンならモチロンお金など要りマセン! どうかここは穏便に済ませていただき、翔鶴=サンも是非ご利用いただいてみてはDo DEATHカ?」
「グルコサミンコンドロイチン」
「そ、そうね……ジムも悪くないかも」
……と言うわけで、結局コンゴウジムは存続する事に決定した。
なお当然の事ながら町より随分と離れたこんなジムにわざわざ訪れる人々も無く、結局コンゴウジムは火の車経営に収まるのであった。