ウルトラ川内 作:かわうち
とある日の夕食後、曙と皐月は鎮守府の台所にて皿洗いを行なっていた。
小さな台所は二人が立つには少し狭い。小さな体躯の彼女たちですら互いの肩がぶつからないように気を使っている。それでも雑談を交えながら仕事に従事する二人は楽しそうだ。
「今日のご飯も美味しかったぁ! 翔鶴さんって本当にお料理上手だよね!」
「得にカレーは絶品よね。せんだいじゃ無いけどあの味は病み付きになるわ」
「そう言えばせんだいってカレー好きだよね。今日も6回くらいおかわりしてたよ」
「……翔鶴さんのカレーのせいであいつはこの鎮守府から離れないのかしら。そう思うとなんだか複雑」
「……よーし、皿洗い終了だね! お疲れ様!」
仕事に一区切りつけた彼女たちはエプロンを脱ぐとテーブルへ腰掛けた。まだもう少し話足りないのだろう。
時刻は2000へと差し迫ろうとしている。この時刻になると艦娘たちは各々自室に戻っており早々に就寝しているものも居る。海軍の朝夕は早いためだ。
もちろん夜型生物であるせんだいは例に漏れず騒がしい。流石は夜の女帝と言ったところか。
「せんだいは今日も騒がしいね。寝てる人もいると思うけど平気なの?」
「平気な訳無いわよ……あっ、コーヒーでも飲まない?」
「あ、うん。出来ればココアがいいなぁ……」
曙が立ち上がり飲み物を淹れる用意を始める。皐月は少し疲れたのか腕を回したり肩を揉んだりしている。
「僕の部屋はせんだいの部屋とは離れてるけど曙は近いんだよね。いつも不思議に思ってたんだけど、せんだいって普通の艦娘と少し違う感じがするよね」
「そ、そうね……」
少しどころか似てる箇所の方が少ないわよ。ミルクを湯煎する曙は背中を向けたまま苦笑した。
「あいつの事は私も良く分かって無いのよ。この鎮守府では私も古株だけど、翔鶴さんと羽黒、そしてせんだいはもっと以前から居るみたい」
「へぇ~。コンゴウは僕より少し前に着任したって聞いてるけど……他のみんなは?」
「他の四人は私より後よ。せんだいの事を知ってた綾波以外は、やっぱりあいつを一目見て面食らってたわね……」
沸かしたお湯を錨のマークが描かれたマグカップへと注ぐ曙。ミルクの注がれた皐月のマグカップも程よく温まったらしく、水気をふき取りココアパウダーを掬うと静かにかき混ぜる。
「ありがとう! うわっちっ、ちょっと熱いね……」
「あら、猫舌だったかしら? 皐月はかわいいわね」
「ぼ、僕の真似しないでよ!」
就寝の時間と言う事もあり二人は静かに笑う。コンゴウジムの一件からすっかり仲良くなった彼女たちだったがこのように同じ時を過ごす事はそう多くは無かった。こうしてゆっくり話をするのも数日ぶりの事である。
「どう? ここでの生活は慣れたかしら?」
「うん。おかげ様でね。あっ、そうそう! ついこの前、テレビ電話でラバウルに居る文月とお話したんだ! 文月も僕の心配をしてくれてたんだけど、元気でやってるようで良かったって」
「文月ってあなたの妹よね。仲良いのねぇ、ちょっと羨ましい」
「曙は姉妹と仲良く無いの?」
「悪い訳ではないんだけど……ちょっと気まずくてねぇ」
曙はコーヒーを啜りながら苦い顔をする。姉妹たちとは仲が悪いわけではないのだが彼女の事情は複雑なのだ。
(我ながら悲惨な人生――艦生を送ってるわね……)
「そうだ曙、小耳に挟んだんだけど今度また新しい艦娘が着任するそうだよ! えっへへ、この場所で初めての僕の後輩だ。楽しみだなぁ~!」
嬉しそうに目を細め足をぶらぶらと動かす皐月。艦娘には基本的に上下関係は無い。一兵士としての階級を与える事は彼女たちにとって不都合を与えるだけなのだ。
姿かたちが産まれたときより変わらない彼女たちは見た目で敬称を付けたり付けなかったりする。一応竣工時期によって年齢差はあるが、皐月のように誰にでも呼び捨てをする者も居れば羽黒のように駆逐艦にもさん付けをする者も居る。
「また着任? 何だか最近は珍しいわね。今までは誰かが入って誰かが出て行く事が多かったのに」
「入れ替わりが多いんだね。お世辞にも大きな鎮守府とは言えないし、艦娘が増えると部屋も無いもんね」
「ところで誰が来るのかは聞いてる? きっと駆逐艦や巡洋艦の誰かだと思うけど」
「そこまでは知らないんだ。翔鶴さんと羽黒が慌しそうにしてたけど……」
「結構急に決まったことなのね。まっ、これまでもそんなのばかりだったし大した事にはならないわよね」
新たな艦娘が来るとなれば着任式も行なうだろう。その前には全員に前もって知らされるはずだと曙は思っていた。コンゴウについては前情報が無かったが、あれは翔鶴のサプライズが理由だったので特別だ。
飲み物が冷める前に飲み干し二人はその後床へと着く。そして数日後、彼女たちは何も知らされないまま着任式当日を迎える事となるのであった。
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良く晴れた0600、その日はゴミ出しの日であったためせんだいは一人屋外へと出ていた。
他の艦娘たちもそろそろ起き始める頃である。翔鶴もいつも通り朝から大人数分の朝食を用意し始めている。給量艦の
「……大気が震えてやがる。ヤツが来るか」
せんだいは只ならぬ気配を全身で感じている、気がした。彼女にそんな能力があるはずも無く、しかしせんだいならばもしやと思わせるから不思議である。
だが丁度タイミングよく海の向こうより一機の飛行艇が鎮守府へと向かってくるのが見えた。せんだいもまたそれに気付き、口の中から双眼鏡を吐き出し正体を確かめようとする。
飛行艇は二式大艇らしい。二式大艇は前線でも活躍し『空飛ぶ戦艦』とまで言わしめる程だ。このような鎮守府へは来客自体少なく、そもそもそのような大型飛行艇がやってくることは滅多に無い事である。斯く言うせんだい自身、この鎮守府に着てからから二式大艇を見たのは二度だけだった。
コンゴウや他の艦娘が着任する際はいずれも零式輸送機が用いられている。間違いなく小事では無い何かが起こるとせんだいは睨んでいた。
「夜戦にはちと早いが――全力でイかせてもらう」
ゴミを捨て終えたせんだいは地面を蹴るとまるでミサイルのようにすっ飛んでいった。以前じんつうが空を飛んだ時のように、艦娘とは思えない脚力を姉妹艦である彼女も持っているという事だ。
「あら、せんだいさん早かったわね。みんなを起こしてきてくれるかしら?」
歩いてきた時とは裏腹にものの数秒で鎮守府へと帰ってきたせんだいを何気なく迎える翔鶴。普通ならばもっと訝しむべきだが付き合いの長い彼女は動じない。天然が入っているのだろうか。
『ふぎゃああああああああ!?』
せんだいは翔鶴の言いつけ通り一人ひとりの部屋へと勝手に入り込み寝込みを襲う。洒落にならないドッキリをかまされた艦娘たちは朝っぱらから漏れなく悲鳴を上げて飛び起きた。
「おはようみんな! 昨日も良く眠れたかしら」
「ええ、寝起きが
髪の毛をボサボサにした曙が翔鶴を恨めしく睨む。しかし彼女は気付かない。天然が入っているのだろう。
瑞鳳にいたっては可愛らしいひよこ柄のパジャマを乱れさせ泣きべそをかいている。綾波は何故か顔中が粘液でどろどろになっており千歳は頭が某Z戦士のように髪の毛が逆立っていた。
「オーイエエエエエス!! まさにBattle Shipに相応しき朝DEATH!」
「あっぶねー。目ぇ覚ましてて助かったわ……」
「翔鶴さん、そのぉ、せんだいさんを
「災難だったね曙……」
既に起きていた四人は被害にあった四人を哀れんだ。とは言えいつもならば既に目を覚ましているべき時間であるため、ある意味では自業自得と言わざるを得ないかも知れない。
しかしこうして翔鶴が鎮守府の面々を召集するのは珍しい事だった。朝食は目が覚めたものから順にとるし、何より本日は休暇である艦娘もこの場に呼び出されている。
疑問を抱いた曙は翔鶴へ何があったのかを問いかける。
「一体どうしたんですか。珍しくみんな揃ってますけど」
「そうなのよ。いきなりで申し訳ないけれど、みんなすぐ着替えてくれるかしら。来客なの」
『来客?』
翔鶴の言葉に全員が驚いた声を上げる。当の本人も困った顔であごに手を当てていた。おそらく想定外の事態なのだろう。
ざわついている彼女らを他所に玄関からはカンカンカンと木を叩く音が聞こえてくる。翔鶴は再度全員に速やかに着替えるよう言いつけるとすぐさま迎賓の準備へ移った。
「これを鳴らすのでしょうか……?」
「変わってるわねぇ。今時木造家屋でもブザー式よ?」
同じく傍にぶら下げられた木槌で三度叩く春雨。すると間もなくドタドタと言う足音と共にカラカラと引き戸が引かれ、焦りを隠す様に直立不動で敬礼する翔鶴が現れた。
「翔鶴型一番艦、翔鶴です! こ、この度はろくなお出迎えも出来ず大変申し訳ありません!!」
「横須賀より参りました。
「
海軍士官の黒い制服に身を包む二人は貫禄ある落ち着いたゆったりとした動作で返礼を返す。二人は艦娘でありながら海軍省より士官としての階級を与えられており、そのため正式な場では士官用の軍服を着用する事が許されている。
この度は軍令でもあるため艦娘の制服では無く海軍士官の正装で参ったのだろう。いくら艦娘同士で上下関係が存在しないとは言え、軍令部に一目置かれている彼女たちには翔鶴も固くなってしまう。
「その、早々で申し訳ありませんが、今日は一体どのようなご用事でいらっしゃったのですか?」
「え?」
「あれ?」
「?」
翔鶴の質問に由良と春雨が顔を見合わせる。翔鶴もまた思わず首を傾げた。
「あ、あの、通達が行っていませんでしたか? 新しい艦の着任に関しての……」
「ああ、それならば勿論届いていますよ! 何度も横須賀ともやり取りしていますが、未定とのご連絡を受けています」
皐月が耳にしたように近々新しい艦娘が鎮守府に加わる事になっているも、今度こそは手違いが無いように何度もやり取りをしている。横須賀でもゴタゴタしているらしくあちらからは未だに『赴任は未定』との連絡を受けているが。
由良と春雨は顔を青ざめる。何か不味い事態が起こっているのだろうか。
「今日参りましたのは、その赴任予定の艦娘を送らせて頂いたためなのですが……」
「えぇ!?」
衝撃の事実に翔鶴もうろたえ始める。とは言え彼女はじんつうが来た時と同じく今日来る事など聞かされていない。それは相手の二人も理解しているのか、春雨が自身の手帳を急いでめくり日程の確認を行い、由良は「ちょっと失礼」とどこかへ無線を掛け始めた。
翔鶴が心配そうに見つめる中、支度を終えた鎮守府のメンバーが揃って外へと出てくる。全員が来客に敬礼をしようとするも、彼女らに気付く様子も無い慌しい二人に疑問を抱く。
「どうかされましたか……?」
「それが、何か先方に手違いがあったみたいなの。今確認してくださってるわ」
「手違い……ですか?」
一先ず翔鶴の左右へ一同が並んで待機する。皆は直立不動で待機する中、せんだいとコンゴウだけが腕を組み仁王立ちをしていた。
「……あの二式大艇から凄まじいPowerを感じマァス」
「感じるかぁ!?」
会話する二人を曙が睨む。目で諌められたコンゴウはそ知らぬ顔で正面を向きなおし、せんだいは相変わらずグギュグギュと笑った。
しばらくしてあるページを見たまま春雨が震え始める。手帳を食い入るように見つめているためその表情は判らないが、ひょっとしたら泣いているのかも知れない。
由良も確認が取れたのか無線を終えたようだ。しかしすぐに翔鶴たちの方へと振り向かず、大きなため息を着いて俯いていた。両手で顔を覆い隠すと諦めたように首を何度も振る。
ようやく決心が付いたのか、両手を降ろし一度上を向いて再び大きく呼吸した。春雨の元へ寄り添い震える彼女に何かを耳打ちする。ここまでしてやっと、帽子を被りなおした彼女は翔鶴たちへと向き直った。
「……お待たせして申し訳ございません。その……この度は当方の勘違いによりご迷惑をお掛けしました。どうやら日程を誤っていたようです」
「そ、そうでしたか。お気になさらないで? 私たちは問題ありませんから」
「そう仰って頂けると何よりです。不躾ですが、このまま
「勿論構いません。こちらこそろくに用意も出来ておらず恐縮です」
まるで先ほどとは逆の立場に翔鶴は苦笑する。今では彼女たちがおどおどとしてしまい、反して自分の方は随分と落ち着いてしまった。
一方、先の事情を知らない鎮守府のメンバーは翔鶴が
▼
由良と春雨が件の艦娘を呼びに飛行艇へと戻っていく。翔鶴らは彼女らに続き、二式大艇の昇降口の傍で待つことにした。
前情報を得ておこうと曙は翔鶴に着任する艦娘について翔鶴へと問いかける。
「それで翔鶴さん、今日は一体誰が着任するんですか?」
「あら、突然だったから知らせて無かったわね。みんな驚くと思ってしばらく黙ってたの」
「そんなに有名艦なんですか?」
「そうよ。戦艦
『えええええええ!?』
予想を遥かに超えたビッグネームに全員が驚く。陸奥と言えば艦娘どころか日本人で知らない者は居ないほどの有名艦でありアイドル的存在である。
世界でも有数の41cm連装砲を積んだ彼女は日本国内の教科書にも写真が載ったこともあり、先に生まれた姉よりも知名度が高いのはそれが理由だったりする。
しかし彼女たちは日本の秘密兵器と呼べる存在だ。今は海軍に箱入り娘のような扱いを受けている彼女も、それこそいざと言うときに戦線へと駆りだされる事になっている。
そんな重要な役割を担う彼女が何故このような弱小鎮守府へとやってくるのか。
「むむむ、陸奥って、あのビッグ7の陸奥ですか!?」
「私本物って初めて見るよ。千代田にも見せてあげたいなぁ」
陸奥の名を聞いて騒ぎ始めるメンバーたち。しかし羽黒だけは副官として前以て知らされているため落ち着いたものである。
ちなみにその事実を聞いた当初、彼女が物凄く取り乱した挙句どこからともなく色紙とサインペンを持ってきて翔鶴に大笑いされたのはナイショだ。
「いやー驚いたわね、まさかあの陸奥とは」
「あれ、そう言う割りに長波はあまり驚いてなさそうだね?」
「いやいや、長波サマも驚いてるけどさ? ちょっと不安でもあるんだ。良い噂を聞かないもんで」
長波の言葉に全員が目を丸くする。翔鶴もその事については初耳らしく続きを促すように彼女を見つめた。
長波は少し気圧されたが注目が集まる事に得意になったか続きを話し始めた。
「みんなも知ってるように陸奥は有名だからさ。それに伴って彼女のファン
「な、何それ。陸奥りむ?」
「ぬぅ、まさしくそれは世に聞くムツリム……」
「知っているの千歳!?」
「特定の艦娘には有志によるファン倶楽部が創られているのは知っているわね? 彼らはあまりにも陸奥が好き過ぎるため、新興宗教『ムツリム』を立ち上げ自分たちを『ムツリム教徒』と名乗っているそうよ。その宗教の発足時期は定かでは無いけれど、広がりを見せ始めたのはラバウルにて兵器『MNB』なるものが誕生したからだとも言うわね。ムツリムはラバウルを中心に広がり始め、今では各鎮守府の5人に1人がムツリム教徒とも聞くわ」
ここで千歳の解説に補足をさせていただこう。
『ムツリム』は千歳の言うとおり有志によるファン倶楽部もとい宗教である。彼らは唯一神『アラアッラー』を信奉しており、ムツリムは別名『アラアッラー教』とも呼ばれている。
陸奥がその名を馳せる以前より存在していたと言う文献も存在するが、実際のところそのルーツは深海より深い闇の中だ。しかし広がりを見せ始めたのは千歳の解説の通りラバウルにて『MNB』なる兵器が生まれた頃であった。
この『MNB』とは一体何か。その名称は何を示しているのか。そもそもそんな兵器は海軍の資料には無く、果たして本当にそのような兵器が存在しているかも謎に包まれている。
ムツリムには三つの宗派があり、それぞれ『MNB過激派』『ヒアソビ・シーヤ派』『ヒアソビ・スンナ派』が存在する。
MNB過激派は特に各方面の鎮守府への信者拡大に精力的であるが、その行き過ぎる宗教勧誘に海軍でもしばしば問題に取り上げられている。兵器『MNB』を用いて唯一神『アラアッラー』の魅力を広めようとする一派だ。
ヒアソビ・シーヤ派もまた過激派と言われるが、こちらはMNB過激派とは異なり勢力拡大には拘りが無い。彼らはより神に近づき触れ合わんとするため、またはその信奉心故に過激な行動を取りがちな一派である。
ヒアソビ・スンナ派は穏健派と言われ、シーヤ派とは対照的に神を尊び、崇め奉る事に重きを置く。神に近づこうとするのではなく神を支える一信者としてあり続け、神の癒しと安らぎを授かろうとする。
また全宗派に共通する事として『アラアッラー』……陸奥を神として崇めている事、近年ラバウル近海で確認された陸奥に似た生物を『ラバウルの霊獣』として崇めている事が上げられる。
閑話休題、言帰正伝。
千歳の膨大な知識に感心すると同時に呆れる曙。確かコンゴウが着任した日に長波と悪ノリで解説者のような事をしていたのを思い出す。
だがしかしそんな宗教じみた物があるからどうしたと言うのだろう。今度は皐月が理由を聞いてみる。
「あたしが心配してるのはその信者たちの事よ。特に過激派の連中ね」
「……ムツリムの宗派には過激派と穏健派があるんだけど、どちらの信者も神の事となると目の色が変わるのよ。私たち艦娘には判らないけど、好きなものには盲目になってしまうと言うことなのかも知れないわね」
「つまりもし万が一陸奥がこの鎮守府に居る事が知れちゃうと信者たちが押し寄せる可能性があるって言うこと?」
「せんだいみたいなやつらね」
「よせやい照れるぜ」
「褒めてないわよ」
彼女たちが雑談を交わしているとようやく二式大艇の方でも動きが見え始める。翔鶴たちは一様に改めて姿勢を正した。
「皆さんお待たせしました。さぁ春雨、こちらへ」
「どうぞ陸奥さん。私に続いてくださいね」
「……いよいよご対面ね」
「くぅ~、緊張してきたよ!」
「私もわくわくしてきました!」
曙も含め駆逐艦たちが期待に声を弾ませる。彼女たちは容姿が小柄のため大人びた容姿の者が多い戦艦に憧れがあるのだろう。
しかし翔鶴たちとて胸を弾ませずには居られない。何せ相手はあの『ビッグ7』だ。よからぬ噂を聞くといえど、あくまで彼女自身は海軍でも象徴的な存在であり国民の人気も高い。会うことはおろか共に戦線を張れるとはこの上ない光栄だ。
「それではお待たせしました。こちらが今日こちらへ転任とされます陸奥です」
「ふあ~ぁ……。戦艦陸奥でぇ~す。よろぴくねぇ~」
降りて来た艦娘の姿を見て誰もが呆気に取られた。
「ほら陸奥さん! ちゃんと挨拶しなきゃ駄目ですよ!」
「ねーむーいー」
「もぉ~、夜更かしばっかりしてるからですよ!?」
「……」
「あ、あれが陸奥……?」
「予想と違います……」
おお、あの勇ましきお姿は何処。駆逐艦娘たちは未だに現実を直視できず目を擦り合わせている。しかし幾度顔を上げても変わることの無い彼女がそこにいた。
翔鶴や羽黒も流石に呆気に取られた。まさかあのアイドル艦がこのような醜態を晒して良いのだろうか。
否、そもそもこのような弱小鎮守府に陸奥などと言う有名艦がやってくる事すらおかしい。ひょっとするとこれは軍の我々に対する壮絶なドッキリなのではなかろうか。
混乱する彼女たちの中は本人を目の前にして疑念が沸々と浮かび上がる。しかしせんだいとコンゴウには彼女が本物であると判っているようだ。
「ナルホドォ!! これがかの有名戦艦むっちゃんDEATHカァ!」
「むっちゃんこムチムチしてるやんけ。じゅるり」
「あらあら。むっちゃんって良いわねぇ。今度からそう呼んで?」
波長が合うのかせんだいたちと普通に会話する陸奥。幾らプライベート感丸出しとは言え、臆する事無く彼女と接する事が出来るせんだいたちは流石だった。
「それでは、彼女をよろしくお願いいたします。……私たちは、その、これからすぐ戻らねばなりませんゆえ」
「……はぁ、始末書ぉ…………」
「う、承りました。彼女についてはご安心ください。我々が責任を持って預かります」
「……それと、後ほど横須賀及び軍令部から彼女についての取扱説明書が送られる手筈になっております。どうかくれぐれも、説明書を熟読の上彼女の情報漏えい対策に注力していただくようお願いします」
「せ、説明書?? かしこまりました……」
由良の睨むような目つきに遠慮気味に返事を返す翔鶴。怒る様な口調は泣きそうになっているのを無理やり堪えたからだろう。
とぼとぼと背中を丸めて歩く二人を一同は敬礼しながら見送る。二人は中へと入る前に振り向き、最後は軍人らしいしっかりとした返礼を返した。
「由良さぁん、始末書どうしましょぉぉ~……」
「板倉少佐にでもお聞きしなさい……」
二式大艇が飛び立つ直前鎮守府メンバーたちは確かに聞いた。無線から流れる涙声の春雨と暗い声で冷たくあしらう由良の声を。
「……襟付きも大変なのねぇ」
「……そうですね」
飛び立っていく飛行艇を見ながら翔鶴と羽黒はポツリと呟く。
他のメンバーは陸奥と共にはしゃぎまわるせんだいたちを遠目に見つめるばかりであった。