【完結】Why will the hardship take me?   作:雷電p

12 / 14




―――別れを告げる時、なぜ人は、また戻ると言うのだろうか―――?






Sacrificium~刑場行進~

 

――

――― 

―――― 

 

 

 翌日―――

 

 いずみは理事長室にて、あの男からの迎えを待っていた。

 彼女はいつも通りの白のジャケットを纏い、身なりを整えていた。今の季節には暑すぎる服装かもしれない。だが、どんな相手と対面するのかわからない今、こちらが不利益を被らないようにという大人の意地だ。

 昨日の話を聞く限りでは正式な取引が行われるとは思えない。それでも、有利な立場を得ようと言う彼女の強い思いがその服に込められているようにも思えた。

 

 

「和幸さん……」

 

 ふと、彼女は自分の机の上に飾られた写真立てを眺め出すと、手元に引き寄せた。そこに写っているのは、彼女の夫、南 和幸の姿。彼女とその娘だけを残して先立ってしまった前理事長。彼女はその遺志を受け継いで今の職に就いているが、最近はこの写真を見る度に申し訳ない気持ちに苛まれ続けている。

 

 

「すみません……私が、もっとしっかりやっていればこんなことに……」

 

 

 後悔の念が彼女を苦しめる。

 それは事実、彼女が理事長を務めてからと言うモノ、学校運営に陰りが生じていた。時代の変化、環境の変化という流れに巻き込まれ、思うような運営を行えていない自分がいた。彼女もあの手この手と策を講じては見るモノの思った以上の効果は得られず、流れを止められずにあった。

 そして、今年になって通告された廃校の話。どうにかしたいと思う一方、八方塞になった彼女はどうすることもできず受け入れるほかないとしていた。

 

 だが、その流れは彼女たちμ’sによって変化してきていた。彼女たちはちゃんと個々の意見を持ちつつ、母校を守るために活動を行い始めた。すべてを出し尽くしたと思っていたいずみにとっては、薮から棒の話だった。

 彼女はこの活動に一筋の希望を抱いて、彼女たちの活動を了承する処置をとった。また、その講師として、蒼一と明弘を呼び込むと言う前代未聞の処置を行ったのも事実。在校生の保護者などからの反発もあったものの、それを何とか説得し、彼女たちの活動を後押ししていた。

 その結果が、彼女たちのいまの活躍に至る。いずみ自身も予想してなかったμ’sの反響の強さは、同じくここ音ノ木坂の再評価にも繋がり入学希望者も増加するようになった。そして、あともう少しで学校継続の域に到達するほどまでになったのだ。

 

 

 それなのに……こうしたことに巻き込まれてしまった。彼女はそれが悔しくて仕方なかったのだ。折角、彼女たちが指し示してくれた道筋に光明が見えたと思えたのに、それを無にしてしまうかもしれない。そうした思いが彼女の胸を締め付けるのだった。

 

 

 

 正門前に、黒の車が止まるのが見える。あれが迎えなのだと、身体の震えがそう告げる。

 

 行かなければいい、一瞬彼女の頭に過る言葉。苦しむことを恐れるのなら逃げてしまえばいい、そう囁かれているように思えた。

 けど、それは彼女には到底できないことだ。もし、ここで逃げてしまえば、あの男が言うように生徒が襲われてしまう。それに娘がどんな目にあうかを考えただけで、ぞっとしてしまう。仮にも教師、そして親でもあるいずみは、1人だけ助かろうなどとはできなかった。

 

 だから彼女は、すべてを受け入れる覚悟をした。

 

 

「和幸さん……どうか……どうか、私を守って………」

 

 手にした写真を胸に抱きしめ、儚げな声で願う。それに応えるものはいない。ただ彼女を慰めるように静寂が包みこむのだった。

 

 

 そして、彼女は写真を元の場所に戻し、この部屋を出ようとする。

 

 

「行ってきますね……」

 

 

 彼女が見せたその姿は、家から出かけようとする姿そのものだった。まるで、家族がここで帰りを待っているように思えたのだ。

 彼女、いずみにとってこの学校は、亡き夫との思い出の場所。決して失いたくない第二の我が家そのものなのだ。だから、いずみは必ず戻ってくると、机の上に置かれた彼に告げ、扉を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 いずみが理事長室を出て間もない時のことだ。

 

 

「あっ、いずみさん。おでかけですか?」

 

 ()()、ばったりと蒼一と出くわしたのだ。

 

「蒼一君……。え、えぇ、そうなのよ。学校運営のことについて協議しないといけなくなっちゃってね」

「そうなんですか? 今日も暑いと言うのにジャケットとは、ご苦労様です」

「そう? 着慣れれば夏でも冬でも快適なのよ。そう言えば、今日も練習かしら?」

「まあ、そんな感じです。大会も近いですし、ここで気合入れませんとね。でもまあ、俺から見ても今のアイツらだったら必ずやってのけますよ。そしたら、廃校になることもなくなるでしょう」

「そ、そうね……頑張ってね……」

 

 いつもながらの和らいだ表情を見せてくれる蒼一を見て、僅かばかりだが心を穏やかにさせる。が、この後のことを思い起こしてしまうと、すぐ荒れた気持ちに戻ってしまう。それに、彼らの努力を無にしてしまうかもしれないと思うと、余計に気持ちが荒れるのだった。

 

 

「あっ、そうだ。いずみさんに渡すモノがあったんですよ」

「私に?」

「はい、これなんですよ」

 

 ふと、何かを思い出すかのように、蒼一はポケットから小さな箱を取り出す。いずみはそれがなんなのか不思議に思うと、彼はおもむろにそれの蓋を取って中身を見せたのだ。

 

 

「まあっ! 綺麗なブローチね」

 

 彼女の目に映ったのは、黒く透明な緑色に輝く石が埋め込まれたブローチだった。彼女はその石の美しさに魅せられ、ついそれを眺め続けてしまう。

 

「ついこの間の遠征ライブで買ってきたモノなんです。一目見て似合うだろうと思ったので」

「これを私に? いいのかしら、こんなにいいものを……」

「いいんですよ。いずみさんにはいつも助けられてますからね。そのお礼に、ですよ」

「そんな……私は蒼一君たちと比べたら何もできてませんよ……」

「いいえ、いずみさんが俺たちの活動を推してくれていること。何より、俺たちをこの学校に居させてくれることに感謝しているんですよ。これはせめてもの気持ちなんですよ。だから受け取ってくださいよ」

「そ、蒼一君……」

 

 彼の見せる真剣な眼差しに、彼女は身を引こうとはしなかった。彼女のためにと働く彼の感謝の思いが彼女にとって嬉しかったのだ。傷付いた心は、いつだって癒されたいと願うもの。彼の思いとは、彼女にとって十分な癒しなのであった。

 

 

「ありがとう。御言葉に甘えて受け取らせていただくわね」

「はい。それじゃあ、いまここでつけさせてもらいますよ」

「え?! ちょ、ちょっと、蒼一君!?」

「すぐ終わりますから、ジッとしててくださいね」

 

 彼女はそれを普通に手渡されるものだと思っていた。だが、彼が見せた行動は彼女の予想を越えていた。彼は箱の中からブローチを取り出すと、彼女の左胸辺りの襟にそれをつけた。

 一瞬、彼女の胸が揺れ動いた。それが何故なのかはわからない。けど、その一瞬だけ気持ちが楽になったのは言うまでもなかった。

 

 

「おぉ……想像通りの見栄えです。よく似合ってますよ」

「そ、そうかしら……?」

「ええ、本当ですとも。ついでに、首周りの襟が乱れてましたので治しておきましたよ。話し合いは第一印象が大事ですからね」

「あら、ほんと? すみませんね、そんなことまでやってもらっちゃって」

「いいんですよ、これくらい。それより、時間の方は大丈夫なのですか?」

「そうね……もうそろそろ急がなくちゃいけないわね」

「そうなんですか。いや、引きとめてしまってすみません」

「いいえ、気にしないでください。それに、あり余るくらいのいただきモノをしましたからね、大事にさせてもらいますよ」

「はい、どうぞちゃんと使ってあげてくださいね」

 

 彼がそう言い終えると、彼女は一礼してこの場を去ろうとした。

 

 

「蒼一君。ことりのこと、頼んだわね」

「……もちろんですとも。それと、あなたも同じですよ、いずみさん」

「………えっ……?」

「勝手ながらですが、俺は和幸さんのかわりに、ことりといずみさんを守るって決めたんです。あの人へのせめてもの恩返しですよ」

「蒼一君……! あ、ありがとね……」

 

 彼の突然の言葉に、彼女の心は大きく揺れた。まさか、彼がそう言うとは思ってもみなかったからだ。その動揺はかなり大きかった。

 彼のやさしさに包まれようとするいずみ。そのまま溺れてしまおうかと思ったのだが、それを受けてしまえば、この気持ちが揺らいでしまうだろうと恐れた。だから、彼女はあえてそっけなく返答して彼の許を去ったのだ。

 

 

 だが、もし違う状況にあったのならば、彼女は彼のやさしさに包まれ、呑みこまれてしまったことだろう。けれど、いまはそっと、胸の奥に仕舞いこむのだった。

 

 そして彼女は、校舎の外へ出ていくと、正門に止まっている車に近付く。

 

 

「南理事長ですね?」

 

 助手席の窓が開き、現れた男にそう聞かれる。男は黒のジャケットを身に纏い、サングラスをかけ、物々しい雰囲気を出していた。それに、運転席にも後部座席にも同じような男1人ずつ乗り込んでいた。合計3人。抵抗できる相手ではないと判断した彼女は、あらためて自身がおかれた状況に身震いする。

 それでも、学校のためだと自分に言い聞かせた。

 

 

「はい、そうです」

「お待ちしておりました。後部座席へどうぞ」

 

 後部ドアが開き、彼女を誘導する。得体の知れない恐怖が待ち構えているように思えた。

 それでも彼女は、気持ちを、グッと抑え込めると男の誘導に従って乗車する。

 

 バタン―――、ドアが閉まる衝撃がいつも以上に強く思えた。エンジンが掛かり、車体が動きだすと彼女は息を深く吸い込んだ。

 もう戻れない、と理解した彼女は、動悸を激しくさせる。胸が苦しくなると、自らの腕をもう片方の手で握り締める。この先に何が待っているのかさえわからない最悪なドライブに心を沈ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 いずみが男たちと同席する車に揺られている一方――――

 

 

 

 

 

「運転手のおっちゃん! そこを右に!!」

 

 やや危なげな走行をするタクシーの中に、蒼一と明弘の姿があった。

 

「次もそこを右に! そんで次は左! そんで左! 右!」

 

 明弘からの唐突な指示に、それこそ本当に右往左往する運転手は、また大変な客を乗せてしまったと溜息を吐きたそうにする。が、嘆息する暇を得られず、すぐに次の指示を受けてしまうのだった。

 

 そんな指示を出す明弘は、耳元のインカムから聞こえてくる洋子の指示に従っていた。

 明弘たちは、いずみが連れて行かれた数分後にタクシーを拾い追跡していた。彼らへの誘導指示を任されている洋子は、眼前のモニターに映るマップレーダーを凝視しつつ、その都度明弘に連絡する。

 

 彼女が見る点滅する赤い光。これは、いずみを指している。と言うのも、彼女は事前にいずみに位置情報を伝える発信機の取り付けに成功している。どのタイミングなのかと言うと、蒼一がいずみの襟を整えていた時だ。彼は、洋子からもらった小型発信器をいずみに悟られることがないように取り付けていた。だからこうして、彼らにいずみの位置を伝えることができるのである。

 

 それに、洋子はもうひとつの機器をいずみに持たせていた。

 

 

 

「洋子。いずみさんの様子を教えてくれ」

『カメラに写っている感じでは異常はないかと。男たちと会話している声も聞こえません』

「そうか。引き続き指示を頼む」

 

 蒼一はインカムで洋子から状況を聞いた。

 洋子がいずみにもうひとつ取り付けたのは、ブローチ。

 それも、小型カメラとマイクが内蔵された特殊機材だ。これは洋子が手掛けた代物だ。

 一見では、ただのアクセサリーの一種にしか見えないため、身に付ける当人でさえ気付くことはない。おかげで、いずみの行動と現状を逐一把握することが可能となる。そして、それを蒼一らに伝えるようにすることを洋子は行っていたのだ。

 

 

『蒼一さん、理事長が車から降りました。どうやらそこが目的地のようです』

「そうか、場所は把握できているんだよな?」

『はい、場所は――――』

「だってよ、明弘」

「おうよ! そんじゃあ、おっちゃん、このままかっ飛ばしちゃってくれ!!」

 

 明弘のその声に合わせるかのように、エンジンが力強く息を吐き出す。速度を上げたタクシーは、洋子が指示する場所へ一直線に向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 タクシーから降りた蒼一と明弘は、とあるビルの前に立っていた。そのビルをただ呆然と立ち尽くして見て驚きを隠せない様子だったのだ。

 

 

「聞こえるか、洋子」

『良好ですよ、蒼一さん。通信電波の最大範囲を越えてませんし、ジャミングもありません。このまま中に入っても大丈夫かと』

「ああ、それは把握している。だがな、本当にこの場所であっているんだよな?」

『はい、そこの最上階から理事長の反応がありますので間違いありません』

「そう、か……」

 

 

 蒼一は深く悩む声でその建物を見上げていた。

 都市部のとあるビル街の一角にそびえ立つビル。見るに10階近くもありそうな高層ビルは、ここ周辺のと比べるとやや小さく見える。

 それだけでも驚くに値するのであるが、彼らがもっとも驚きを隠せずにいたのは別のことにあった。

 

 

「なあ、兄弟……。ここってまさか……」

「あぁ、見ての通りなんだろうよ。俺もさっきから嫌な予感しか抱いていない……」

 

 

 彼らがそうした表情を見せてしまう理由。それは、そのビルの中に入っている名前にあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ラブライブ実行委員会』

 

 

 

 その名を目にした途端、彼らの目付きが変わる。なぜならそこは、彼らが彼女たちと共に目指そうとしていた大会の組織であり、かつて彼らがいた場所でもあったからだ。

 

 

「本部……ではなさそうだが……嫌な感じだ」

「確かにな。けど、本当にあの電話で指示してきたヤツがここにいるかわからなくなってきやがったぜ」

『それは間違いないですよ、明弘さん。いま理事長と話をしている相手は、電話に出てきた声と一致しています。それに、どうやら組織の中でもかなりの大者らしいですよ……』

「大者…? まさか……真田のおっちゃんじゃねぇよなぁ?」

「洋子。確か、カメラとの中継をこっちに回せたよな? いますぐできるか?」

『やってみましょう。少々時間をください―――』

 

 そう言って彼女は機材をいじり始め、慣れた手つきで次々と設定を整えていく。そして時間通りに返答が来る。

 

 

『設定を完了させました。突貫でしたので、いまは蒼一さんのみにだけ繋ぐようにしました。明弘さんのもすぐに設定しますのでしばらくお待ちください』

「ありがとな、洋子」

 

 彼女にお礼の言葉をかけると、蒼一は早速自分のスマホから送られてくる映像を眺め出す。それを覗き込むように明弘もそれを、ジッと眺めるのだった。

 映像は、確かにいずみと誰かが話している様子が見て分かる。カメラの位置が悪いのか、相手の顔がハッキリとは見えない。が、声からして左程歳を喰っているとは言えなかった。

 

 

「真田のおっちゃんではなさそうだなぁ。けど、なんだ? この声とあの姿、どっかで見たことがあるような……?」

 

 隣で明弘が疑問の声を漏らす中、蒼一は視線を逸らさず見ていた。

 

 

 

 

「「………っ!!?」」

 

 瞬間、彼らの目が大きく見開く。なにかとんでもないものを見てしまったかのような、そんな驚愕な姿だ。冷汗が額から流れだし、握る掌がベタ付き始めた。

 

「きょ、兄弟……こ、これってまさか……っ!!」

 

 

 何かに気が付いた明弘は蒼一に尋ねようとするが、彼の表情を見た瞬間凍りつく。明弘さえも滅多に見せることをしない彼のその表情――憎しみと憤怒が織り混ざったかのような表情は見る者を畏怖させてしまう。そこにどれほどの怒りが籠められているのか、想像もつかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 彼らが見たその男とは、彼らが信頼していたかつての人物だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

...Hope is there for...?

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。