「お部屋はどうでした?」
カーテンを開けながら冴子様は、ベッドに腰掛ける井坂にそう言う。
「ガウンのサイズが合わないこと以外は全て快適ですね」
「ごめんなさい。前の主人のものしかなくて」
この部屋は2か月前まで霧彦さんが使っていた。そして今井坂が身に付けているガウンも霧彦さんが愛用していたものだ。
そして少しはだけたガウンの隙間から見える生体コネクタが、井坂という男の異常性を感じさせる。
「さて、頃合いだ。ちょっと遊びに出かけてきますよ」
そして井坂は立ち上がると、扉の前で待機していた私を見つめる。
「よろしければ君もどうですか?」
…正直ついて行きたくないが、琉兵衛様から監視を仰せつかっている以上、仕事中は井坂から目を離すわけにはいかない。
少し間をおいてから肯定として一礼すると、井坂は少し着替えると言って私を部屋から出した。
…冴子様は部屋の中に居るけど、それで良いのだろうか?
疑問に思ったがすぐに考えるのを止め、自分も外出の準備をすることにした。
【竜視点】
「レディース&ジェントルメン! フランク白銀のマジカルステージへようこそ!!」
屋外のステージに立つマジシャン、フランク白銀とその孫のリリィ白銀。その晴れ舞台を俺と所長、フィリップは少し離れた場所で見つめていた。
リリィ白銀の願い。祖父が安心して引退できるように、消える大魔術を成功させること。その願いを叶えるために、彼女はガイアメモリを使った。しかもそれは、使用者が死ななければ摘出できないという危険なもの。
当初、安易な願いでガイアメモリに手を出した愚かな奴と思っていた。俺にとってはドーパントは犯罪者。救うべき人間じゃない。
そして目の前に現れたWのメモリを持つ男…、俺の家族を殺した仇である井坂深紅郎への憎しみで目が曇り、復讐を果たすために、自分の命を、そして一人の人間の命を見捨てようとしていた。
だが、そんな俺の目を覚まさせたのは、あの半人前な探偵、左翔太郎の言葉。
『少しは周りを見てみろ! 心配してるやつがいるだろ!』
自分が死んだとしても、祖父のためにショーに出ようとするリリィに対し、思わず俺も同じことを言い、そして気付いた。彼女は自分とどこか似ているということに。
あの時、井坂への憎しみの囚われた俺は、左の言葉を拒絶した。
だが、リリィの姿を見てやっと理解した。俺は一人じゃない。左、フィリップ、そして所長という仲間がいるということに。
そうだ。目の前の彼女は俺が守るべき市民の一人。ならば刑事として俺がやるべきことは一つだけだ。
そして俺は、このショーを終えたらフィリップが見つけ出した処置を受けるという条件のもと、リリィの願いを叶えることにした。
俺たちが離れた場所で見ているのは、彼女に万が一の事があったらすぐに駆け付けることが出来るように。そして…
「おやおや。これは奇遇ですね」
やはり来たか…。
「井坂っ!!」
シルクハットにスーツという出で立ちの奴を睨む。
リリィのメモリに改造を施したのもこいつの仕業だ。リリィが死んだ後にメモリを回収し、自らの力にしようというのがこいつの算段らしい。
こいつがステージに近づけば近づくほど、リリィやショーの観客などに被害が出る可能性が高まる。だからこそ離れた場所でこいつを食い止める必要があった。
「この際ついでです。ここで片づけておきましょうか」
そう言って奴はメモリを起動させる。
〈WEATHER〉
そしてメモリを挿入すると、奴の姿は白い体を持つドーパントのものへと変化する。
こいつは実験と称して俺の家族を殺し、今も多くの人間を傷つけている外道だ。その姿を見ているだけでも、俺の心の中の憎しみが吹き出そうになる。
だがっ…、
「お前などの相手をしている暇はない!!」
「何!?」
「俺はリリィを救いに行く」
ステージではついにリリィがガラスケースに入り、消える大魔術を始めようとしていた。
「あの女はまもなく死にます。無駄なことをなぜ?」
不思議そうに首を傾げる奴を睨みながら言葉を紡ぐ。
「彼女はマジシャンの端くれ……、そして俺も仮面ライダーの端くれだからな!!」
昔の俺だったら決して言えなかった言葉。だが、今の俺だからこそ胸を張って言える。
そんな俺の宣言に奴は乾いた笑い声をあげる。
「はっはっはっ……。これだから青臭いドライバー使いはっ!!」
そう言って奴が火炎を放つ。しかしそれは、俺があらかじめ呼び出していたマシン、『ガンナーA』が受け止める。
そしてガンナーAが時間を稼いでる隙に、俺達はステージ裏へと向かった。
【初視点】
まさかあのマジシャンが実験台とは。
ステージ裏にある資材置き場。その一角にあるプレハブに身を潜めながら様子を伺っていた。
今、私の視界に映るのは、メモリの影響で少しずつ体が消えていくマジシャン、リリィ白銀と、その前に立つ照井さん、フィリップさん、そして亜樹子さん。
まあ、この3人が来るのはなんとなく分かっていた。だって仮面ライダーとその関係者だ。関わりたくないと思っても、ガイアメモリが関係する事件なのだからこうなるのは目に見えてた。
それにしても井坂はどこへ行ったのか。この施設に入ってしばらくしてから突然、用事が出来たとか言って、私をおいて姿を眩ませた。
仕方ないので、彼の目当てであるリリィ白銀の近くに居れば再会できるだろうと思っていたけど、なかなか来ない。
っていうか、私の仕事は監視なのだが、彼から目を離した時点で私……。
まあ、気付かれなきゃ大丈夫、大丈夫……。
現実逃避をしていると、いつの間にか照井さんが仮面ライダーに変身していた。そしてフィリップさんが持つ変な機械が完全に透明になったはずのリリィ白銀の姿を映し出す。
「何をするんだ!?」
近くに居た老人、フランク白銀が心配そうな声を上げる。しかし照井さんが放ったのは非情な一言。
「死んでもらう」
そのまま彼が持つ剣が電撃をまといながら、リリィ白銀の上半身を捉えた。
そして透明化が解けたリリィ白銀の姿が露になると同時に、彼女の体からメモリが排出される。
なるほど。彼女を助けるのは不可能と判断して、井坂にメモリを奪われるのを阻止することを選んだのか。
一応、彼女のメモリについてはあらかた説明は聞いている。使用者が死ぬまで排出されないメモリ。まあ、仕方ないだろう。
所詮この世はこういうものだ。奇跡なんて無い。希望なんて無い。正義なんて無い。だから諦めが大事なのだ。この世で最も大事なもの、自分自身を守るために……。
そんなことを思っていると、再び照井さんは倒れたリリィ白銀の胸部に剣を向ける。
何をするのかと注目していると、再び電流が流れ、彼女の体が大きく跳ねた。そして信じられない光景が映る。
「…私、生きてる?」
彼女の目がゆっくりと開いた。
まさか生きてるとは…、それにしても一体?
「何をしたんです!?」
っと、やっと来たか。
井坂もこの光景に驚きを隠せないようだ。
そんな中、フィリップさんが口を開いた。
「彼女は一度死んでいる」
「何?」
それは、どういうことだろうか?
「逆転の発想さ。殺さずにメモリを抜く方法が無いのなら、死ぬのを前提に考えれば良い。一度心臓を止め、メモリに彼女は死んだと認識させ体外に排出させた」
「まさか……」
「そして電気ショックで再度心臓を動かす」
「ちょっとした大魔術だろ。井坂」
照井さんが挑発するように井坂へ言いながら、拾ったメモリを握りつぶした。
「持ち主を殺すほどの力を宿したメモリ…。それを我が身に挿す実験が楽しみだったのに…。許せん!!」
自らの目的を砕かれ、頭に血が上った井坂は、そのまま照井さんに向かっていく。
そして二人はそのままステージのある方へと向かい、フィリップさんも後を追う。
残されたのはリリィ白銀とフランク白銀、そして亜樹子。
とりあえず、あの3人に気付かれないようにここから離れよう。一応井坂の様子も見てこないといけないし。
幸いなことに、こういう時に使える新しい能力も最近手に入れたし。
そして静かにメモリを起動させ、ドーパントへと変身する。
そして私の姿がその場から
実際に消えたわけでは無い。霧彦さんが使っていたナスカメモリと原理は同じ。つまりは
問題は持続時間が短いことだが、ここから離れるだけなら数秒保てばそれで充分。
…とりあえず、この能力は井坂にはばれないようにしよう。ただでさえ琉兵衛様に実験台と扱われているのに、さらに井坂の実験台にまでなりたくないし…。
その後、仮面ライダーとの戦闘に敗れ、倒れ伏していた井坂を回収し、無事に園咲家に戻ることは出来た。
ただ、戻るまでの間、井坂が淡々と
「腹が減ったなあ」
と不気味に呟き続けていたということだけは忘れられそうにない。
さて、主人公の能力の一端が明らかになってきました。
一応、ちゃんとメモリの性質と関係した能力です。
次回からはもっと井坂との絡みが増える予定です。