今回はオリジナル。
時期的には30話と31話の間ぐらいと思ってください。
「すみません。少しよろしいですか?」
いつも通り庭仕事をしていた私に話しかけてきたのは、あの男。この園咲家の客であり、私の監視対象でもある男は、いつもの紳士服にシルクハットという医者とは思えない格好で、嫌な笑みを浮かべ近づいてきた。
「何の用でしょう。井坂さん」
「いえ、あなたの力を見させていただきたいと思いまして…。あなたのメモリがどれほどのものなのかを」
そう言って奴はメモリを取り出す。
〈WEATHER〉
…何の冗談か。いきなり奴はドーパントの姿へ変わり右手をこちらに向ける。
「今からあなたを攻撃します。死にたくなければ、あなたの力を見せてください」
そう言って、左手を軽く上げ三本の指を立たせる。
「3」
なるほど。カウントダウンということか…ってそんなことはどうでもいい。私もすぐに懐からメモリを取り出す。
「2」
ゆっくりと指を折り曲げる。正直、この男の前でメモリを使いたくないが、だからと言って他にこの状況を打開する方法が思いつかない。
「1」
さらにもう一本折り曲げる。それと共に、奴の周囲に黒い雲が生まれる。
もう時間がない。私は左手首に起動させたメモリを突き立てた。
「0!」
〈―――――――〉
そして奴の指が全て折り曲げられると共に、私の視界は赤い光に包まれた。
【井坂視点】
私は以前から彼女に興味があった。
最初に彼女の話を聞いたのは、冴子さんとの会食の場であった。
元々、ただ気を引くための話題の一つだったのだろうが、私にとっては好奇心を揺さぶる内容であった。
私と同じシルバークラスのメモリであり、今だに発展途上であるという彼女の力。
いったいどれほどのものなのか…。ついつい心がうずき、思わず手を出してしまった。
彼女に放ったのは、手加減を一切していない雷撃。きっと何らかの抵抗をしてくるはず…。
しかしそんな私の期待とは裏腹に、彼女はそれをまともに受け、辺りは土煙に覆われる。
何だこれは。私の心に失望の感情が渦巻く。
まさか何の抵抗もせずにやられるとは…。この程度の力なら、態々接触するまでも無かったか…。
「…ここ、荒らさないで貰えますか?」
しかし、土煙の中から聞こえてきたその言葉に思わず顔を上げた。
見ると、全身を布で包まれたような姿をした、彼女のドーパント態がそこにいた。
「この庭は私が手入れしてますし、それに結構気に入っているので、荒らされるのは嫌なんですよ」
彼女の言葉からは怒りが感じ取れる。
…
「そうですか。では手入れが必要なくなるようにしてあげますよ!」
そして再び雷撃を放つ。
先程は土煙で良く見えなかったが、今度はゆっくりと観察させてもらいましょうか。
「ふっ!」
彼女は腕に巻かれている布を伸ばすと、それを鞭のように振り回して雷撃を弾いていく。
なるほど。それなりに戦闘能力はあるようだ。だが、彼女のメモリは特殊能力特化型。肝心の特殊能力が一体何なのか…っ!?
思考に気をとられた一瞬の内に彼女がこちらに向かって布を伸ばす。すぐに避けようとするが、なぜか体がうまく動かない。
そしてあっという間に私の体を拘束する。
「くっ…。ならばっ!」
私は高熱を発し布を焼き切ると、すぐさまその場から離れる。思ったよりも彼女のメモリは強力なようだ。
しかし違和感を感じる。今、私は全力で能力を使ったにも拘わらず、燃えているのは私のごく近くに生えていた草花のみで、思った以上に燃えた範囲が狭い。無論、高熱を集中させたのは布が巻き付いていた部分だが、それでも周囲に与えた影響があまりにも小さい。
そして段々と強く感じるプレッシャーのようなもの。
先程聞こえた彼女のメモリの名から推察すると…。なるほど、そういうことか。もし、私の仮説が正しければ、今は私は彼女に勝てない可能性が高い。
「クックックッ…」
面白い…。これはかなり面白い。あのメモリ、実に面白い能力だ。
「…何がおかしいんですか?」
「いえいえ。あなたのメモリの力は大体分かりました」
メモリを取り出し変身を解く。それを見た彼女も、警戒をしつつも変身を解いた。
「あなたのせいで、滅茶苦茶になってしまったんですが…」
「はっはっはっ。だから手入れが必要なくなるように、まとめて消し飛ばしてあげようと思ったのですが…、いえ、ただの冗談ですよ」
彼女が睨んできたため、取り繕う。
あくまで彼女と戦ったのは、メモリに対する好奇心、そして彼女自身の力が私の望むレベルに達するかどうかを確認するためだ。
それは、ある目的のため。
私は彼女に手を差し伸べた。
「初さん。もしよろしければ、私と手を組みませんか?」
【初視点】
「は?」
手を組む? どういうこと?
「貴方は、園咲琉兵衛に従ってこそいるが、それは忠誠を誓っているからでは無いでしょう?」
その言葉には反応せず、ただ奴の目を見つめる。
「貴方が彼に従う理由はただ一つ。彼が恐ろしいから。違いますか?」
…正解だ。私はあの人に勝てないことを知っている。逃げられないことを知っている。立ち向かえないことを知っている。
だから従うのだ。そうすれば、少なくとも生きることが出来るのだから。
「ですが、そんな生き方は苦しくないですか? 貴方らしく生きたいと思いませんか?」
そして彼は手を差し伸べたままゆっくりと近づく。
「もし私と組めば、彼を確実に倒せます。そうすれば、あなたは自由だ。悪い話では無いでしょう?」
…確かに琉兵衛様を倒せるのであれば、悪い話では無い。こんな生活から逃れることが出来るというのは大きなメリットだ。
琉兵衛様のドーパント態も、あまり戦闘が得意とは言い難いもの。対して井坂のメモリはどちらかと言えば万能型。高い戦闘能力と特殊能力を兼ね備えたものだ。勝率は決してゼロとは言い難い。
だったら私が選ぶのは…
そして井坂が差し伸べた手を…思いっきり
「おや…?」
「確かにあなたと手を組むメリットはありますね」
「それなら「でも、あなたを信頼する理由にはなりません」
前に見たメモリの暴走や若菜様への行為。それらを顧みれば、彼と手を組んだ瞬間、
私も同じようなことをされるというのが容易に想像できる。
ミュージアムの実験体から、こいつの実験体になるだけの違いでしかない。
「なるほど。では仕方ありません。ですが、心変わりがあれば、いつでも受け入れますので…」
奴はそう言って離れていく。
…本当に馬鹿らしい。そもそもあの人に敵う訳が無いのに…。
全て諦めてしまえば良いのに…、どうして態々困難な道を選ぼうとするのか。
『何だこれは! それでもこの家の人間か!』
『全く使えない娘ね。やっぱりどこの馬の骨とも知れない女の子供だからかしら』
『おい邪魔だ。さっさとメシでも作って来いよ』
そう。全て諦めれば、傷つかずに済む…。
そんなことを思いつつも、この一部が荒れ果てた庭の対処について考えた。
井坂に勧誘される主人公。これは初期の段階から考えてたシーンです。
そして少しずつ明かされる、主人公の内面。全てが明らかになるのは、もう少し後です。