「今朝、気付いたんだが…」
園咲家の朝。琉兵衛様、冴子様、若菜様、そして井坂の4人がテーブルにつき、朝食を取っている。
その中、琉兵衛様がどこか厳しい目つきで口を開いた。
「私が保管していたメモリが1つ無くなっていた」
そしてその視線を井坂へと向ける。
「盗んだのは…井坂君、君かね?」
「さあ、どうでしょう?」
常人であれば思わず怯む視線にも、井坂は全く動じない。
「否定はしないということかね?」
問い詰められると、井坂はゆっくりと席を立つ。
「園咲さん。私は10年前、ある誓いを立てました」
「10年前?」
「まあ、貴方はお忘れでしょうが」
そう言って奴は背を向ける。
「その誓いを果たす日が近づいてます」
そのまま部屋を出る井坂を、慌てて冴子様が追いかける。
「全く、彼にも困ったものだ…」
琉兵衛様は重い溜息を吐くと、こちらに視線を向ける。
「それにしても、一体どこで私のメモリの隠し場所を知ったのだろうね?」
…私じゃありませんよ!?
そんなことをしたら私の身が危険だ。実際、今回はかなり怒っているようだし。そんな命知らずな真似が出来る訳が無い。
そもそも、私が知っているのは以前の隠し場所だ。そう。私がガイアメモリという存在に初めて触れた、そして私の運命が大きく狂ったあの日。私があの地下の部屋を偶然見つけてしまったため、琉兵衛様は新たに隠し場所を変えたらしい。その場所を知っているのは琉兵衛様、そして一部の使用人のみ。その中に私は入っていない。だからそもそもあの男に教えることなんて不可能なわけなのだが…。
しかし、今の琉兵衛様が話を聞いてくれるだろうか。もし聞いてくれなければ、私の命はほぼ確実にない。でも、どうしたらいいのだろうか…。
思わずパニックになっていると、琉兵衛様は微笑みを浮かべ、しかし冷たい目を向けながら口を開いた。
「いやいや、すまない。少し試させてもらったよ。君が私に逆らうような人間かどうかをね…」
…ああ。つまりはそういうことか。おそらく琉兵衛様は全てお見通しなのだろう。
意訳すればきっとこうだ。
『もし彼の側に付けば、君の命はない』
私は命が惜しい。だから、私は従うしかないわけだ。
本音としては琉兵衛様と井坂が共倒れしてくれれば…、いや考えないようにしよう。どうせばれるだろうが。
…さて、冴子様はどうするのだろうか。最近、井坂と共に居るところをよく見かけるが。まあ、私には関係ないことだ。
ふと気づくと、ミックがいつの間にか足元に擦り寄っていた。
そしてそのマイペースな鳴き声だけが静かな部屋に響いた。
そして翌日。私は琉兵衛様に連れられて館の一室、その扉の前に立っていた。そばにはミックを抱えた若菜様もいる。
「さすがにそろそろお灸を据える必要がありそうだね…」
その言葉と共に、ゆっくりと琉兵衛様は扉を開け、部屋の中に入る。
部屋の中に居たのは、椅子の背もたれを倒し、目にタオルを当てた状態で冴子様に髭を剃られている井坂。
琉兵衛様の姿を見た冴子様は、緊張からか体が固まる。
そして琉兵衛様は何を思ったか、リラックスしている井坂にゆっくりと近づくと、近くに合った剃刀で何故か井坂の髭を剃り始めた。
「思い出したよ。10年前の君を…。あの貧相な男が随分と立派になったものだ」
どこかしみじみと語りだす琉兵衛様。
「君はとんだ欲しがり屋さんだねえ。『ウェザー』のメモリを手にし、私の娘まで篭絡し、これ以上何を望むのかね?」
「私は満たされたいのです。究極の力で」
いつでも手にした剃刀で首をかき切ることが出来る。それなのに井坂はやはり動じることなく、むしろ堂々と言い放つ。
その言葉を聞くと、琉兵衛様は剃刀を洗面器に向かって投げ捨てた。
「だから貴方を倒し、『テラー』のメモリを奪います」
タオルを外し、自身を見下す琉兵衛様に宣戦布告をする井坂。冴子様と若菜様の表情も驚愕に染まる。正直、止めて欲しい。ここで二人が争えば、確実に巻き添えになる。
「出来ると思うのかね?」
「出来るさ」
自信に満ちた表情でそう言い放ち、椅子から立ち上がる。
「もうじき、私は貴方を超える。今度は貴方が私の前に這い蹲る番だ」
それを聞いた琉兵衛様は、懐からメモリとドライバーを取り出し、腰に装着する。
「そこまで言うのなら…」
〈TERROR〉
「覚悟はできているんだろうな?」
そしてドライバーにメモリを挿入し、その姿を
「真の恐怖をみせてやろう」
その姿を見て、思わず体が震える。
私も急いでメモリを取り出し、起動させる。
〈―――――――〉
そして左手首のコネクタに挿入し、姿を変える。
これなら、少しは琉兵衛様の能力を耐えることが出来る。さすがに生身だと、あの能力はきつすぎる。
そんなことを考えているうちに、琉兵衛様の足元からはどす黒い泥のような物質が湧き出る。これこそがミュージアムの頂点である
だけど、そんな恐怖の波動を放つ琉兵衛様から井坂を庇うように立つ一人の人間。
〈TABOO〉
「…冴子、何のつもりだ?」
立ちふさがったのはドーパントへと姿を変えた冴子様。
…ある程度予想はしていたけど、やっぱり冴子様はあちらに付くのか。
「お父様。私もずっとこの時を待っていた…。もう、貴方の時代は終わったのよ」
そう言って両腕にエネルギーを溜める冴子様に向かって、琉兵衛様は声をあげて笑う。
「撃てるのか、お前に。この父を?」
その言葉を聞き一瞬躊躇うものの、冴子様は覚悟を決めたように、光弾を琉兵衛様に向けて放つ。
琉兵衛様は一切慌てることなく、湧き出る物質を操り、盾のようにしてその攻撃を防ぐが、着弾と同時に周囲が眩い光で包まれた。
咄嗟に目を閉じ、光が治まるのを待つ。
そしてしばらくして目を開けると、そこに冴子様と井坂の姿は無かった。気が付くと、ミックの姿も消えている。おそらく追跡に向かったのだろう。
琉兵衛様が元の姿に戻ると、呆れたように口を開いた。
「馬鹿な娘だ…」
若菜様もしばらく立ちすくんでいたが、何か思うことがあったのか、部屋から急いで出て行った。
残ったのは私と琉兵衛様。私も元の姿に戻り部屋を出ようとすると、琉兵衛様から一つの指示を受けた。
…正直面倒だけど、やるしかない。私は急いで自分のバイクを止めている駐車場へ向かった。
【井坂視点】
冴子さんと共に屋敷から出て行った後、私は一人で島本凪を探していた。
冴子さんは会社でやることがあると分かれ、後で合流する予定だ。
私が手に入れた『ケツァルコアトルス』のメモリの過剰適合者。私が園咲琉兵衛を打倒するための最後のピースであるメモリ。その力を手に入れるために彼女の父親を殺し、左腕にコネクタを植え付けた。あとはそのコネクタが成長しきるまで、彼女に恐怖を与えながら待てばいいはずだった。
だが、彼女に十分恐怖を与えたはずなのに、コネクタが成長しきっていない。その理由、彼女の心の支えが何なのか突き止める必要がある。
彼女がどこにいるのかは大体見当がついている。
彼女の自宅。頻繁に通っていた野鳥園。そして今私が向かっているのがあの仮面ライダー達がいる探偵事務所。
あの連中はガイアメモリの事となると首を突っ込んでくる。今朝、一緒にいたということも考えると、彼女が保護されている可能性は十分あるだろう。
そんな私の予感通り、彼女が探偵事務所のある通りから出ていく姿を見つけた。どこか焦っているような素振りを見せているのが気になる。今、襲ったところでコネクタは完成しないだろう。ならばしばらく泳がせて、その心の支えとなっている者が何なのか調べることとしよう。
だが、その前に私は周囲を見回した。
車の通りすぎる音だけが響く通り。辺りには人は居ないが、どこからか視線を感じる。恐らく『彼女』のものだろう。園咲琉兵衛に言われて来たと容易に想像できる。
折角だ。実際に私が最強の力を手にした姿を見せれば、彼女もこちら側に付くかもしれない。仮に引き込めなくても、今の私には彼女の能力は通用しない。
(楽しみにしていてください、二宮さん…)
心の中でほくそえみながら、私は再び島本凪の尾行を始めた。