【冴子視点】
会社から最低限の荷物を整理し終えると、私は井坂先生との合流場所へ向かった。
もう後戻りはできない…。井坂先生が負けるなんて思ってはいない。だけど、やはり緊張する。
会社で荷物を整理していた時に若菜が来たけど、やっぱりあの子は何も分かっていなかった。あの子は私が持っていないものを全て与えられ、自分が望むままに生きてきた。そんなあの子がたまらなく妬ましい…。
まあ、そんなことはどうでもいい。今は井坂先生が究極の力を手に入れることが先決…。お父様がそれを妨害する可能性もあるけれど。
恐らく、お父様が直接来るということはない。あの
…だけど、どうしてなのか。私の心にはざわめきが止まなかった。
【シュラウド視点】
私の目の前では、照井竜が『トライアルメモリ』を使いこなすための訓練として、モトクロスのコースを疾走していた。
あのコースを10秒以内に走りきることこそ、トライアルを使いこなすための最低条件。そしてその力を高めるためには、憎しみこそ重要。
だからこそ私は誰よりも復讐という強い意志を持つ照井竜にアクセルドライバーという力を与えたのだから。
…私は完成させる必要がある。究極のダブルを。あの男、園咲琉兵衛を打倒するためには、それが絶対に必要なのだ。
最近は、今も私の近くで喚く小娘や、あの左翔太郎に絆されていたようだけど、井坂深紅郎が表立って行動してくれたおかげで、私が求める憎しみを思い出したようだ…。きっと、私が求める結果を生んでくれるはず。
だけど、今の私にも不安材料がある。一つは左翔太郎という予想外の存在。元々、あのような情に流されやすい男では、園咲琉兵衛を倒すことは不可能だ。それなのにあの男はダブルとして戦い続け、その上『エクストリーム』のメモリまで耐えきる。そんな男に信頼を寄せていくあの子…。それでは駄目なのだ。究極のダブルはあの男では完成しない。
二つ目は井坂深紅郎の異常な進化。貪欲にメモリを吸収し続けるあの男。最初こそ園咲琉兵衛を倒しうる存在かと期待したが、最早あれはただの怪物に過ぎない。もし照井竜が奴に敗北するようなことがあれば、計画は変更しなければならなくなる。
そしてもう一つ。それがあの『―――――――』のメモリと適合者の存在。あのメモリは特定の条件下ではゴールドクラスに匹敵する能力を持つとされるものの、情報がごく僅かしかない。もし、あのメモリの能力が『テラー』とは異なる性質のものであれば、究極のダブルでも苦戦、最悪としては敗北もあり得る…。
だからこそ、照井竜には強くなってもらう必要があるのだ。
しかし、何度挑戦しようと照井竜が10秒を切ることは無く、果てには転倒し意識を失う始末…。
それでも私はやらなくてはならない。私が正しいと…、あの男が間違っていることを証明するために…。
だけど、そんな私の期待を彼は裏切った。
意識を取り戻し、再びバイクに乗ろうとした彼の元に私が渡したガジェット、ビートルフォンが飛んできた。それが知らせるのは一本の着信。
照井竜がそれを受け取ると、掛けてきた相手は井坂深紅郎。彼が言うには、一人の少女を人質にしているとのことだ。
だが、照井竜がそれに行く暇などない。彼は復讐を為すという目的がある。そのためにはトライアルを完成させることが絶対条件だ。
しかし、彼が口にした言葉は私の思いとは異なるものだった。
「俺は行かなければならない。次こそ10秒を切る!」
その言葉が憎しみによるもの、復讐のためのものであればまだ納得できた。しかし、彼の表情から伝わるのは、全く別の意思。
「復讐ではなく、その子を守るため?」
「そうだ」
私の問いに一切の迷いなく答える。
…そうか。彼は期待外れだ。そんな感情で本当の力を使える訳が無い。
再びバイクに乗ろうとする彼を見つめ、私は計画をどのように変更するか考えていた。
【初視点】
井坂を追いかけ辿り着いたのは、以前来たことがある風吹山の近くにある霧吹峠の中腹にある場所。そこには一人の少女が鎖によって動きを封じられていた。彼女が井坂の言う究極の力とどのような関係があるのかは知らないが。
近くの草むらに姿を隠していると、バイクのエンジン音と共に照井さんが姿を現した。そしてそれを待っていたかのように井坂も姿を現す。
「すぐに助けてやる!」
照井さんは少女に視線を向けるながら声を掛ける。少女も泣きそうな笑顔で頷く。
その光景を嘲笑いながら井坂はメモリを取り出す。
〈WEATHER〉
「良いんですか? そんな約束をして」
そしてコネクタにメモリを挿入し、変貌する。
「僅か1%も勝つ望みが無いのに!」
確かに今まで照井さんはもう一人の仮面ライダー、翔太郎さんとフィリップさんと共に井坂に対抗してきた。逆を言えば、一人で戦って勝てたところは見たことが無い。
だけど何故だろうか。今の照井さんの表情には、恐れも不安も見えなかった。
彼もまた赤いメモリを取り出し掲げる。
〈ACCEL〉
「変……身っ!!」
そして腰に巻き付けたドライバーにそのメモリを装填すると同時に、その姿は赤い姿が印象的な仮面ライダーへと変わる。
そして二人の戦いが始まった。
井坂は余裕からか、わざと当たるかどうかギリギリを狙って甚振るように雷を放ち、照井さんはそれを何とか避け続けながら走る。
一見、照井さんも何とか戦えているように見えるが、実際のところ井坂が本気を出せば一瞬でバランスが崩れる。
しかし、井坂が一瞬雷を止ませた隙に、照井さんが見慣れない機械を取り出した。もしかして、あれもメモリなのだろうか。
「全て…」
ドライバーからメモリを取り出し、代わりにそのメモリを変形させドライバーに装填する。
「振り切るぜっ!!」
〈TRIAL〉
その言葉が合図のように、照井さんの姿が赤から黄色、そして青へと変化していく。先程までとは異なり、どこか身軽そうなスマートな姿。一体、どのような力があるのか。
「ほう、新しいメモリを手に入れたか」
そして再び雷を放つも、照井さんは目にも止まらぬ速さでそれを躱し、井坂へと近づくとパンチの乱打を放つ。それを受け井坂は一瞬怯むものの、大きなダメージにはなっていない様で、その余裕は消えない。
「成程、確かに速い。だが!」
今度は照井さんの周囲を雷雲で囲む。動ける範囲を狭めることで、スピードを殺そうということか。
「いくら素晴らしいメモリでも、所詮使う奴が虫けらでは意味が無い!」
そのまま全方位から雷を放つ。しかし、
「何!?」
井坂は驚愕の声を上げる。
周囲を囲む雲から放たれる雷。その全てを照井さんは上半身の動きだけで避け切って見せた。
そして一瞬の隙を狙って、雲の中から脱出すると、再びドライバーからメモリを取り出す。
「見せてやる。『トライアル』の力を!」
そう言い放った瞬間、新たに別の人がこの場に現れた。
「駄目だよ、竜君! 本当はまだ10秒の壁を切っていなかったの!」
姿を見せたのは亜樹子さんと翔太郎さん。
正直、10秒の壁とやらが何のことかは分からない。しかし、照井さんの動きからは動揺が見られない。まるで何かを覚悟しているかのようだ。
そのまま照井さんは手にしたメモリを宙に投げると、井坂へ向かって走り出す。
井坂も雷を矢継ぎ早に放ち、動きを止めようとするものの、今の照井さんのスピードは先程以上で全く当たる気配が無い。
そして逆に照井さんが放つ蹴りが何度も井坂へと決まる。いつの間にか井坂の動きが止まり、ただ蹴りを受け続ける人形になったかのようだ。
そして落下してきたメモリを、照井さんがキャッチする。
〈TRIAL MAXIMUM DRIVE〉
「9.8秒。それがお前の絶望までのタイムだ」
その言葉と共に井坂は爆発に巻き込まれる。
後に残ったのは倒れ伏す彼と砕け散ったメモリの残骸だけ。
仮面ライダーにやられるくらいの人が、琉兵衛様に敵う訳が無い。
私はその場を離れる。長居すると仮面ライダーに見つかる危険もあるし、それに私の仕事は終わった。
あの時、琉兵衛様から与えられた仕事、それは『仮面ライダーが何か新しい力を得るかもしれない。それを観察、報告すること』である。
琉兵衛様曰く、「あの女が何か行動するかもしれないから」だそうだが、一体何のことだろうか。
まあ、私が考えたところで無駄だし、早く帰ることにしよう。
ついに井坂が退場。
そろそろ本格的に主人公と仮面ライダーが戦うことになるはず…。