12月中には後編まで投稿できるように頑張りたいと思います。
メガロドン・ドーパントに逃げられた後、事務所に戻るとフィリップが亜樹子に声を掛けた。
「亜樹ちゃん。頼まれたことは検…」
「ちょーっと、こっち来ようか、フィリップ君!」
「おい、待て!?」
そう言ってフィリップの手を引っ張りガレージに向かう。
「ったく。検索してもらおうと思っていたのによ」
集まった情報を元に、あのドーパントの正体を検索してもらおうと思っていたが、亜樹子がガレージへ繋がる扉に鍵を掛けたため、中に入ることが出来ない。
「亜樹子の奴、何を調べてやがったんだ?」
まあ、どうせくだらないことだろうな。そんな風に思いつつ、何をして待とうか考えた。
風都にある1LDKのアパート。その浴室で一人の女性―二宮初がシャワーを浴びていた。
何時間も探偵の後を付け回し、大した成果は得られず。ただ、汗を掻くだけの徒労に終わった。しかしあのドーパントと話し合いをした使用人の男が提案した作戦。確かにあのドーパントの力なら期待できるかもしれない。後は私がミスをしなければ…。
思わず自分を抱きしめる。私はただ与えられた仕事を為すだけ…。そうすれば良い。そうしてさえいれば良い。それが出来なければ…。
シャワーを止め、悪い予感を振り切るように浴室を出る彼女。その背中には生々しい火傷の痕があった。
翌日。翔太郎がソファで眠っているのを確認した亜樹子は、静かに外出の準備を整える。
「フィリップ君。翔太郎君には秘密にね…」
「…本当に行くつもりかい? 大葉誠の母親の家に」
「うん。何が出来るとか、そんなわけじゃないけど…。でも信じたいんだ…」
亜樹子も父親と長らく離れて暮らしていた。それ故に境遇こそ違うが、親と離れて暮らしているという点で同じ誠のことが気に掛かる。そんな彼が信じている母親だ。もし誠のことを本当に後悔しているなら、何かメッセージぐらい伝えてあげても良いだろう…。
そんな思いが亜樹子の中には有った。
「それじゃあ、行ってくるね…」
そう言って亜樹子は事務所から出る。向かうは吹谷町にあるとあるマンション。どこか緊張しながら向かう亜樹子。しかしそれを尾行する一つの影があることに、亜樹子は気付いていなかった。
そして事務所では、フィリップがソファに眠る翔太郎に視線を向ける。
「起きているんだろう、翔太郎?」
「…ああ」
目を開けて体を起こす。その表情は複雑そうだ。
「全く、首突っ込み過ぎんなって言ったのによ…」
「じゃあ、なんで止めなかったんだい?」
フィリップに痛いところを突かれ思わず黙り込む。
「全く、それだから君はハーフボイルドなんだよ」
「っハーフボイルドじゃねえっての!」
フィリップに揶揄われ、いつものように言い返す。
「まあ…、あいつの気持ちも分からなくは無いからな…。さすがに前のようなことにはならないだろ」
そう言って思い出すのは亜樹子が勝手に園咲家に潜入した出来事…。あの時は依頼人の身を危険に晒したが、それを機に彼女も探偵としての動き方を身に付けたと思っている。
それは亜樹子に対する翔太郎の信頼でもあった。
「とりあえず、検索を頼む」
「ああ。分かったよ」
そして二人はガレージに向かう。
「検索項目は『メガロドンのメモリの持ち主』」
「一つ目のキーワードは、『西夕凪町』」
被害者は全員、西夕凪町内で襲われていた。さらに聞き込みを開始してから翔太郎を襲撃するまでの時間が短かったことを考えると、近辺に住んでいるか働いている可能性が高い。
「二つ目のキーワードは『正義』」
当初の被害者は地元では迷惑がられていた者ばかり。単純に自分が気に食わないから、という理由も考えられたが、西夕凪町全域で事件が起きていること。そしてドーパントが口走っていた理想という言葉。これらから奴が歪んだ正義感から行動していると翔太郎は推測していた。
「三つ目のキーワードは『女』」
そして御堂の目撃情報を基に決め手と成りうるキーワードを入れる。しかし、フィリップの口から出たのは、予想もしない言葉だった。
「…該当…ゼロ。そのキーワードに当てはまる人間はいない」
「何だと!?」
まさかの該当ゼロ…。それはメガロドンメモリの所有者が居ないということになる。
「どういうことだ? まさかキーワードが間違っていたのか?」
「…まさに、正体不明ってところだね」
今までにない事態にどうすれば良いのか分からない二人。だが、
「それなら、次に狙われる人間を検索したらどうだ?」
扉から掛かる声。二人がその方向に目を向けると、そこに居たのは赤いジャケットが印象的な男。
「照井! お前、何の用だ?」
「元々こちらである程度調べていたんだが、所長に頼まれてな…。ドーパントに襲われた可能性がある被害者について纏めてきた」
そう言って翔太郎にファイルを手渡す。目を通すと、翔太郎が把握していない者もそこには書いてある。
「一番新しいものだと2週間前のだな」
照井に言われ、そこを読むと目を見開く。
「おい、これ…」
そこにあったのはある劇団の名前。メンバーの何人かが襲われけがをしたと書いてあるが、重要なのはそこではない。翔太郎には覚えがあった。それはこの間、風都イレギュラーズの手を借りて催し物を行うこととなったあの依頼。そこで元々劇を行うはずだった劇団がそこに書かれていた。
児童養護施設『みかづき』。その奥にある職員の部屋で、加奈子はあるものに目を通していた。それは今まで保護してきた子供達について書かれたもの。
長年、この施設で働いてきた加奈子にとって、そこに記された子供達は一人一人思い出がある。時に心が折れそうになったこともあるが、更生した親に引き取られた子、新しい里親に引き取られた子、自らの力で巣立つことを決めた子。その子たちが魅せる笑顔を見るだけで幸せだった。時には成長した姿で訪れてくる子も居て、再会すると思い出話に花を咲かせることも少なくない。
しかし、そんな加奈子でも笑顔にできなかった子供はいる。
あるページに目を通すと、そのまま視線を開いた窓に向ける。玄関からは見えない裏手。そこにも十分光は届き、職員が世話をしている花壇が有った。時に一部の子供達も手伝ってくれるが、数年前までは一人の子のお気に入りの場所のようだった。
「貴方は今、何をしているのかしらね…」
誰に言う訳でもなく呟く。そのまま静かにページを捲ろうとすると、部屋をノックする音が聞こえた。
「加奈子さん、居ますか!」
「あら、どうかした?」
入って来たのは入って間もない職員。毎日大変だと言っているが、笑顔で頑張ってくれる男性だ。そんな彼がいつもとは違う慌てた表情を見せて部屋に入ってきた。
「失礼します! 誠君がどこにいるか知りませんか!?」
「誠君?」
「はい。学校から欠席しているという連絡が来て!」
「え!?」
今朝、子供達が学校に向かうのを職員で見送ったはずだ。もし、本当に誠が学校に行っていないのだとすると一大事だ。思わず、最悪の状況が頭に浮かぶ。だが、それ以上に予想外の言葉が続く。
「それで建物の中を調べたんですが、こんなものが!」
それは施設で取っている新聞に挟まれたチラシ。その裏には油性ペンでこう書かれていた。
『用事があるので学校を休みます。ちゃんと帰って来るので、気にしないでください』
それに目を通した後、加奈子は職員に声を掛ける。
「とりあえず貴方は近くで誠君を見た人がいないか聞いてきて! 私も思いつくところに電話を掛けていくから!」
「はい!」
どたばたと部屋を出ていく二人。
机の上に残った記録。その開かれたページには、無表情な少女の写真が貼り付けられていた。