「……………」
「……………」
…気まずい。
館の一室。冴子様の部屋にコーヒーを持って来た私は、この重い空気に耐えていた。
最近、冴子様の機嫌がかなり悪い。
詳しくは知らないが、第二風都タワー計画というものが、ガイアメモリの工場のある土地に建設されることとなったため、それを妨害するために冴子様と霧彦様が向かったのだが、霧彦様が仮面ライダーと名乗る男に倒され、妨害は失敗。証拠隠滅のために冴子様がその工場を爆破したのだが、第二風都タワーの建設計画が白紙になったらしい。つまりは爆破し損だったわけで…。
その日以来、冴子様の機嫌が急降下。しかもそれを若菜様が揶揄うから、いつ姉妹喧嘩になるか分かった物じゃない。
もし、ドーパントになって喧嘩されたら、困るのはこっちなのだ。もし流れ弾が来たらと思うと、冷や汗が出る。
そして、この状況を生み出した張本人である霧彦様も、少々落ち込んでいる様子。まあ、結婚してそれ程日が経っていないというのに、妻にここまで失望されたら、どんな男でも落ち込まずにはいられないだろう。
…とりあえず、この場から離れよう。
気付いているかどうか分からないが、とりあえず冴子様の机の上にコーヒーを置くと、一礼をして部屋を後にする。
やっぱりこの家で働いてると、寿命がどんどん縮んでいく気がするのは気のせいだろうか…。まあ、もし辞めるとか言ったら、何をされるか分かったもんじゃないし。
そんなことを考えつつ廊下を歩いていると、あるものが視界に入った。
「何をやっているんですか、霧彦様」
「っ!?」
部屋の入口に佇んでいた彼は、突然声を掛けられたことに驚いたようで、勢いよく振り向いて目を見開く。そして私の顔を見るなり、口元に人差し指を当て、静かにしてほしいとジェスチャーを送ってきた。
本当に何をやっているのか。こんなとこにいるぐらいだったら、冴子様の機嫌を直しに行って欲しい。
とりあえず、彼が何を見ていたのか気になり、部屋の中を覗く。そこにいたのは、私が最も苦手とする人物。
「おや、初君。冴子の様子はどうかね」
不意打ちでその姿を見てしまい、思わず後退りしそうになる。よく見ると若菜様とドライバーを付けたミックの姿もある。
何か面倒な気配を感じる。とりあえず最低限の業務連絡だけしてこの場から離れよう。
「そうそう。君に仕事があるんだ」
だけど、口を開く前に琉兵衛様が先手を打ってきた。
ああ。やっぱり逃げられないんですね。
「これからミックが散歩に行くんだが、君にはその様子を見て欲しい。万が一、事故に遭いでもしたら危ないからね」
…
そんな私の心の声を無視するように、琉兵衛様はこちらに向かって微笑む。
「頼んだよ」
その一言は、私にとってかなり重い言葉に感じた。逆らえば何をされるか…。仕方なく私はその命に従い、部屋から出る。
そして背後から琉兵衛様が、未だに部屋の前に居た霧彦様に声をかけた。
「霧彦君。君もミックに負けないようにな」
その言葉を聞いた霧彦様は、どこか悔し気な表情をしていた。
とりあえずバイクに乗りながら、高速で移動するミックを追いかけるも、さすがにスピードが違いすぎるため、何度も見失う。その度に携帯を使って、ドーパントに関する口コミや目撃情報を見つけては急行し、そして再び見失うという、言わばいたちごっこになっていた。
今は何とか追いつけてこそいるが、もし完全に見失い、その上でミックに何かがあれば、琉兵衛様から何をされるか…。
自分の暗い未来を見つめ、気分が重くなる。せめてもう少しスピードを抑えて欲しい。
そして、追い続けること約数十分。やっと、ミックの姿をまともに捉えることができた。ただ、その姿を見つけた時、先程とは違い、すぐに帰りたいという気持ちが溢れてくる。
ねえ、ミック。何をやっているのかな? 私には二人の市民を襲っている化け猫という光景しか見えないんだけど…。
憂さ晴らしがしたかった…、というわけでは無いだろうけど。あの人達もガイアメモリに関係しているんだろうか?
どこかに、この状況を詳しく説明してくれる人は居ないんでしょうか。
そんなことを考えながら、静かにミックを追う。もしもの時は変身してあの人達を庇おう…、なんて気は全く無い。少しは罪悪感はあるけれど、でもあの姿のミックの前に立つなんて命知らずな行動が私に出来るとでも?
私の役目は「ミックの様子を見る」ことだけ。こんな面倒なことに率先して巻き込まれるような趣味は無い。
まあ、あの二人には死なない程度に頑張ってほしい。ただ、ドーパントになったミックからどうやって逃げるのだろうか。さすがに普通の人間の体力には限界があるだろうし…。
さて二人は何を考えたのか、歩道橋を駆け上がり始めたが、どうする気なのだろうか…。
「…っ!?」
え!? 歩道橋から飛び降りた!?
一体何のつもりかと、つい頭を陰から出すと、二人は歩道橋の真下を走っていたトラックの荷台へと見事に着地する。
まさか、あれを狙って? どんな神経をしているのだろう。
だけど、車のスピードじゃあ、ミックからは逃げられないはず…?
いつまで経っても降りてこないことを疑問に思い、視線を上へと向けると、そこには変身が解除された状態で欄干に座っているミックの姿があった。
え。ドーパントの変身って時間制限があったっけ? それともドライバーの機能?
いまいち状況が把握しきれないが、あのまま放っておくわけにも行かず、ミックの居る歩道橋を登る。
そしてミックとその近くに落ちていたガイアメモリも回収する。
さて、ミックも戻ったし屋敷に戻ろう、と思ったとき、あることに気付いた。
―どうやって帰ればいいんだろう―
ここから屋敷までは結構な距離がある。その道をミックを連れて、なおかつバイクを押しながら帰るのはかなりの重労働だ。
バイクにペットと一緒に乗っている人は見たことがあるけど、万が一ミックを落としてけがをさせたらと考えたら、なかなか実行には踏み出せない。
せめてミックが動かないような何かがあれば良いんだけど、そんな都合の良いものなんて…。
「メリ~クリスマ~ス!!」
は?
思わず目が点になる。
振り向くとそこにはプラカードと大きな白い袋を手にし、どこからどう見ても時季外れなサンタの格好をした怪しげな男が居た。
なにこれ。新手の変質者?
「何を悩んでいるのかは知らないけど、そんな顔しちゃダメだよ」
この状況に付いて行けず固まった私に気にせず、男は手にした袋を漁りだす。
「はい、プレゼント。それじゃあね~」
袋から取り出したものを強引に渡され、男は嵐のごとく去って行った。
一体何だったんだろう。それにこれは…。
渡されたものをよく見る。
「あれ…?」
それはペット用のキャリーバッグ。今、私が求めていたもの…。
「ありがとう…って言えばいいのかな?」
これで何とか帰れそう。そして私はミックをキャリーバッグに入れると、近くの店で太めのひもを買い、それでキャリーバッグをバイクにしっかり結びつける。
ミックからすれば少し窮屈かもしれないけど、我慢してもらおう。
外れないことを確認すると、そのままバイクを発進させた。
屋敷に帰ると若菜様が居たので、そのままミックとガイアメモリを預け、メイド業務へと戻った。
なんか、今日はミックに思いっきり振り回された気がするけど、当の本人、いや本猫は全く気にしていないかのように欠伸をした。
あ。そういえばあのキャリーバッグ、どうしよう。
没ドーパント案
サクリファイス・ドーパント
●記憶:生贄
●メモリのデザイン:山羊の顔(S)
●姿:山羊の顔と、十字架を模した胴体。全身には釘やナイフ等が刺さっている。武器は巨大な鉈。
●能力:イエスタデイ・ドーパントのように刻印(山羊の頭部)を相手に打ち込む。自身がダメージを受けるとき、そのダメージを刻印を打ち込んだ相手に肩代わりさせる。刻印は七日を過ぎると自動的に消滅。また、一定量のダメージを肩代わりさせても消滅する。
●没理由:能力がえぐい。