仮面ライダーW メイドはU   作:雪見柚餅子

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今回は初が園咲家のメイドになりガイアメモリを手にするまでの話です。


30話

 …暗闇の中。色も音も匂いも何もない。完全な闇。

 もう、どれだけの時間が経っただろうか。

 

 最後に覚えているのは、バッタの女が私の首元に噛みつく光景。少しずつ感覚が消えていき、そして冷たい闇に飲まれていく感覚…。

 私はこのまま死ぬのだろうか…?

 

 死にたくない…。ただ、死にたくない…。

 

 そんな私の脳裏に映るのは、今までの人生。所謂、走馬燈というものなのだろうか?

 

 

 

 

 

 私は母のことをあまり覚えていない。記憶に残っているのはあの父の怒声と、嗚咽を漏らしながら幼い私を包む温もりだけだ。

 そして気が付いた時には母は姿を消し、私は父の実家で暮らすこととなった。幼い私にはそこでの生活がどのようなものなのか全く想像できなかった。

 

 そこは地獄としか言えなかった。

 

 会社を運営していた父の実家は広い屋敷で、いわゆる裕福な家庭だった。そこで生活をしていた父、そしてその家族も、満足な暮らしをしていたように見える。ただし、私を除いては…。

 何か気に入らないことがあれば父はすぐに私を殴り、それを父の家族は止めようともしない。むしろ家族も難癖をつけては陰口を叩いたり、躾と称して暴力を振るったり…。その度に私は泣き叫んだけど、それが彼らの神経を逆撫でし、より苛烈な暴力を振るう要因になった。

 無論、周囲にそれが気付かれないようにあの人達は注意を払っていた。年中私には長袖の服を着せ、痣が見えないようにし、折檻するときには悲鳴が近所に届かないように地下にある物置に態々連れて行った。

 

 そして小学生になると、ある出来事が起きた。学校生活にも慣れたある日、いつも暗い表情をしていた私に、担任の先生が何かを察したようで、私に話しかけてきたのだ。私が家で起きた出来事をそのまま伝えると、先生は憤慨し、同時に私を必ず助けると言ってくれた。当時の私は無邪気にも救われたと思い、嬉しさが込み上げた。これで私は地獄から逃れられると…。

 しかしその一週間後、突如として先生は学校に来なくなった。そしてその日から父達からの暴力はより一層ひどくなった。時には木の棒で叩いたり、熱した味噌汁を掛けたり…。今でも痕が残るほどの暴力…。それからしばらく経って、先生は遠い場所に転勤することになったと聞いた。今考えれば、父達が何らかの手段で追いやったと想像できる。その時、私は裏切られた気持ちになり、とても悲しかったことを覚えている。

 

 そして少しずつ、父達は私を召使のように扱い始めた。学校に行っている間以外は家事を行い、誰よりも早く起き、誰よりも遅くに眠ることを強要された。

 そんな生活をしていたためか、私の体は同級生と比べ、発達が遅れていたように感じる。成長期は人それぞれとはいえ、当時の私は自分よりも年下の子より背が低く体重も少なかった。しかし、その異常に気付いた教師たちは居なかった。いや、本当はいたのかもしれないが、あの担任の二の舞になることを恐れていたのだろう。

 だが、そんな教師に代わり声を上げた人がいた。それは当時、私の同級生の父親でありPTA会長だった人だ。後から聞いた話によると、彼は私の異常に気付くと同時に、どうしてそれを放っておくのかと教師達に問い詰めたらしい。そしてある日、彼は家に訪れ、虐待として訴えると父達に言い放った。そして私には笑みを浮かべ、内容は覚えていないが優しい声を掛けてくれた。しかし、そんな彼も、父達の敵では無かったのだろう。

 ある日、その同級生が転校するという話を聞き、それと同時にその子から、放課後に校舎裏に来て欲しいと手紙を渡された。疑問に思いながらも言う通りに放課後に向かうと、どこか暗い表情をしたその子が突如として私に掴みかかり叫んだ。

 曰く、父が会社を辞めさせられた。その原因は私にあると…。

 泣きじゃくりながら叫ぶ彼女の言葉は要領を得ていない。しかし、その時は既に私は理解していた。きっと父が何かしたのだろうと…。

 そのままその子は転校し、連絡は取れなくなった。

 

 その日から学校では生徒、教師、親…、誰もが私に関わるのを避けるようになった。何よりも強大な()から自分の身を守るために。

 そして私も気付いた。強い者に逆らうだけ無駄であると…。父に逆らい私を助けようとした人達は、皆その力の前に消えていった。結局、戦うのは無駄でしかないのだ…。選択肢は常に二つだけ。従うか、逃げるか…。

 だから私は父達に逆らうことを止めた。泣かず、怒りもせず、ただひたすら命令されたことに従う道具に徹する…。そうすれば楽だから…。

 そして私の表情はいつしか消えていった…。

 

 中学生の時、そんな生活が突如として終わりを告げた。

 

 父が居酒屋で暴れ、傷害罪で逮捕されたのだ。それから少し経ち、警察が家宅捜査に入り、私に対する虐待が明らかとなった。さらに父の家族は他にも後ろ暗い業務を行っていたようで、私が施設に預けられてしばらくしてから会社は倒産することとなったらしい。

 

 そして私を保護した施設『みかづき』で私を待っていたのは、優しい職員と温かい食事、狭くも十分な家具が揃った部屋だった。こんなものを父達は与えてくれはしなかった。そう言う意味ではみかづきには感謝している。

 

 しかし、()()()()だ…。

 

 これらの設備や態度は全て彼らが業務として役割を全うしているからに過ぎない。どうせ本心では何を考えているのか分からない。信じることなんて出来ない。

 だから私は心の中で仮面を被り、周りに都合の良い人間を演じるようにしていた。周りの頼みを聞き、それを確実に遂行する。余計なことはせず、必要ないときはただ黙っている。その方が楽だった。

 そんな中、私の心を何よりも癒したのは、花壇の世話だった。元々は職員が世話していたものだったのだが、ある日少し気になって近づいてみた。するとそこに咲いていた花の優しい香りが、空から差す日の光が、吹き抜けるそよ風が、何故か心地よく感じ、しばらくそこで立ちすくんでいると、いつの間にか職員が隣に立っていた。そして、もし興味があるのなら一緒に世話をしないかと提案してきたので了承した。それは勿論、拒否することで職員の心象を悪くするようなことをしたくなかったためでもあるが、同時に目の前の花壇に安らぎを感じていたからかもしれない。だからその提案を聞いた時は、本当は少し嬉しかった。だけど私は…。それから黙々と花壇の世話をする私を見て最初は職員も笑顔を見せてた。だけど日常生活でも学校生活でも無表情なままただ周りから指示されたことをやり続けていた私の態度を知り、実際はほとんど何も変わっていないことに気付いたのか、いつしかその表情が悲しげなものに変わっていた。

 

 結局、施設にいる間も誰にも本心を伝えることなく、高校卒業と同時に退所することとなった。

 それから私は様々なバイトをして生活費を稼いでいたのだが、この能面のような無表情ゆえ一つの職場に長続きすることなく転々としていた。

 そして約2年前、偶然見つけた求人。それが私のさらなる不幸の要因となった。それはある屋敷のメイドを探しているというもの。給料が良かったため、私はすぐさま電話を掛け応募した。

 そこでメイド長の杉下さんから、その屋敷におけるルールを教えてもらいながら仕事をすることとなった。幸いと言っていいのかは分からないが、あの子供時代を過ごしていたため家事は得意だった。それに園咲家の者に関して元々無関心だった私はこの職場に向いていたらしく、いつの間にか同僚からは良く頼られる位置に着いていた。施設にいたころと似たような立ち位置だ。

 

 そんな私はある日、仕事をしている最中に違和感を感じるようになった。それはまるで頭の中に直接語り掛けるような…。気が付くと私は、近づかないようにと厳命されていた屋敷の奥の部屋に居た。その部屋には家具が一式揃っており、壁には古い本が並べられた本棚がある。私は引き寄せられるように本棚に近づくと、本棚の下に妙な隙間があることに気付いた。いつもであれば見なかったことにしてさっさと立ち去っていただろう。しかし熱に浮かされたかのように私は何も考えずその本棚を横から押す。すると本棚はスライドし、その下に地下へと続く階段が現れる。そして私はその階段を少しずつ降りていく。一歩進むごとに頭に響く声が大きくなった気がした。

 そして辿り着いたのは、薄暗い中にまるで博物館のようにUSBメモリのようなものが並べられた部屋だった。

 

「なに、これ…」

 

 当時の私はまだ知らなかった。それがガイアメモリという人間を怪物に変える道具であることに。

 私は部屋の中を見回しながら、頭の中の声が導く場所へ向かう。そして辿り着いた場所に飾られていたのは、歪んだU…、いや?マークが描かれた銀色のメモリ。思わずそれを手に取ると、心が満たされる感覚があった。

 

「許可なくこの部屋に入るとは、悪い子だね」

 

 放心していると、背後から聞き覚えのある声が聞こえる。振り返るとそこに居たのは…。

 

 その瞬間に心の中に恐怖が満ちていく。

 

―怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い―

 

 嫌だ…だってまだっ…!

 

 

 

 

 

 ふと周囲が明るくなる。そして徐々に意識が浮かび上がるかのような感覚…。

 

「…んっ」

 

 そして意識を取り戻した私の目に最初に映ったのは、白い天井だった。




初が起きたのは時間軸としては46話と47話の間。つまり既に園咲琉兵衛は倒されています。
そして初が出ていないので特に描きませんが、原作と異なる部分について。

46話
博物館でイーヴィルテイルを持った轟響子を追いかけるスミロドン・ドーパント。そこにアクセルが現れ戦闘になるが、さらにホッパー・ドーパントまで現れ1対2という不利な状況に追い込まれる。
テラーの影響で呆然としている翔太郎だが、そこに駆け付けたフィリップの言葉で気を持ち直し変身。W対スミロドン、アクセル対ホッパーという状況となる。
そして原作通りスミロドンはドライバーとメモリを破壊され、ミックの姿に戻る。対するホッパーもアクセルトライアルのマキシマムドライブによってメモリブレイクされる。
そこに姿を現したテラー。それを見て逃げ出すミックとイナゴの女…。
後は原作通りです。

イナゴの女は地味に扱いに困る存在なんですよね。割と隠れた設定がありそうなのに登場したのはたった2話で謎も多いので…。原作でもメモリブレイクされた後はどこかに逃走しようとしているんですが、ただ逃げようとしたのか、組織に戻ろうとしたのかどうか曖昧なんですよね…。ただ、処刑人という立ち位置なので、情報を漏らす可能性のある存在は始末されるということは知っていたでしょうし…。しかし、原作37話での「山城博士が自分を作った」という発言も気になります。山城博士は脳科学者なので、その辺りがどう関係しているのか。

色々迷いましたがここでは単純に逃げ出したことにして、彼女にももう少し生き延びてもらうことにしました。

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