「ん?」
気が付くと見慣れない場所に居た。中は薄暗く、人の気配も無い。服は病院に居た時から変わっていない。
ここは一体どこなのだろうか…。覚えているのは、不審な男が病室に入り込んできたからナースコールを押した瞬間に意識が遠のいたということだけ…。
とりあえず、どういう状況か確かめる必要がありそうだ…。私は静かに起きると、近くにあった金属の棒を杖代わりにして部屋を出る。扱い辛いが無いよりはましだろう。
外にはパイプが縦横無尽に張り巡らされている無機質な通路が続いていた。見る限り工場か何かだろうか…。
しばらく進むと、階段へと辿り着く。上に行くべきか下に行くべきか…。そもそもここが何階かも分からない…。ただ、階段を上るよりは下る方がまだ楽そうだったので、転ばないように気を付けながらゆっくり下っていく。
そして下った先に有ったのは、広大な空間…。あるのは冷たいコンクリートの壁と床、そして巨大なパイプだけ…。そんなひたすら静かな空間に、二人の女性が倒れていた。どこか見覚えのある影。思わず近寄る。
「…あら、貴女もここに連れて来られていたのね」
力なく壁にもたれかかりながら話しかけてきたのは、冴子さん。まさか私と同じく攫われたのだろうか?
よく見ると、倒れていたもう一人の女性は若菜さま…さんだ。
「…一体ここは?」
「財団Xの研究所…、と言っても貴女には分からないわね」
財団X。確か琉兵衛…さんが客人と言っていた相手だったような…。何故そんなところに私が連れて来られたのか…。それを口にすると、どこか苛立ちを感じさせる表情で口を開く。
「奴らは実験台にするつもりなのよ。現状、アンノウンメモリに適合した唯一の人間である貴女をね…」
「え…」
また私は実験台にされるの? また自由を奪われるの?
心の中に絶望を感じていると、冴子さんが手招きをする。呆然としながら冴子様の傍によってしゃがむと、耳元で囁かれた。
「貴女の主として最後の命令をするわ。それさえ実行すれば、後は貴女の自由にすると良い」
…は?
理解できていない私を無視し、冴子さんは最低限の内容だけを伝える。
自分が囮になるから、若菜をここから逃がせ、と…。
「分かったかしら?」
「…私がその命令を守る必要があると思っているのですか?」
そうだ。こんな命令なんて放っておいて、自分だけ逃げればそれでいい。しかし冴子様は不敵な笑みを浮かべる。
「それなら私は貴女を囮にするだけだけど?」
そして自分が若菜を連れて逃げる、と言いたいのだろう。そう言われたら、命令を守る以外の手段は無い…。
しかし、解せない。冴子さんは若菜さんを嫌っていたはずでは?
それを伝えると、複雑そうな表情で答える。
「…単純に、若菜よりも奴らの方が気に食わないだけよ」
そういうものか…。一応は納得する。
「うん……っ!?」
うなされていた若菜様の体が揺れ、瞼を開く。そしてその目が冴子さんを捉えた。
「悪い夢でも見てたようね、若菜。言っておくけど、現実はもっと酷いわよ」
起き上がった若菜さんに対し冴子さんは皮肉めいた口調で言う。
「何の話?」
訝し気な表情を見せる若菜さん。しかし、直後にその全身が緑色の光に包まれる。その状況を飲み込めず慌てる若菜さんに、冴子さんは更なる事実を伝える。
「加頭はクレイドールの力を衛星に飛ばして、地球規模のガイアインパクトを起こすそうよ」
…どういうことだ? 意味が分からず首を傾げると、冴子さんはこちらに視線を向け、溜息を吐きながら説明する。どうやら若菜様の力を利用して、地球規模でガイアメモリに対する適正を持たない人間を消滅させるとのことだ…。いきなりそんなことを言われても、現実味が薄く危機感が沸かない。
対して若菜さんはこの事実に憤慨し、冴子さんを罵る。
そしてそんな中、こちらに足音が近づいてくる。その方向に視線を向けると、そこには私の病室に現れた白服の男が居た。その男はメモリを取り出して、冴子に差し出す。
「さあ、冴子さん。約束を果たす時です」
「約束?」
「出会った時に言いました。貴女が好きで、逆転のチャンスをプレゼントすると…」
…正直状況が呑み込めないが、この男は冴子さんのために行動しているのだろうか?
しかし当の冴子さんの表情は決して良くない。その様子を見た男は無表情なまま、しかしどこか悲し気な口調で言う。
「何故です…。何故、そこまで私を拒絶するのです?」
その質問に対し、冴子さんは毅然とした態度で答える。
「貴方が園咲を舐めているからよ。こんな形で勝っても、死んだお父様は絶対に認めない!」
そう言い放ち、冴子さんは男の手からガイアメモリを奪う。
「若菜、逃げなさい!」
「え?」
私は呆然としへたり込んだままの若菜様の下へ駆け寄り、強引に立たせる。
背後では冴子さんと男がガイアメモリを使用し、ドーパント同士で争っている。今のうちに早く遠くまで逃げなければならない…。
お互いに支え合うような格好で、この場から出来る限り遠くに離れようとする。その進みは遅いが、少しずつ外に向かう。
焦りながら足を進めていると、不意に若菜さんが私に声を掛けてくる。
「どうして貴女まで私を…?」
そんなことは決まっている…。
「…冴子さんに命令されたからですよ」
見捨てたら冴子さんに良いように囮にされる。それに今更一人で逃げたとしても、冴子さんがあの男を倒して戻って来た時、何をされるか分からない。結局、私は体のいい道具なのだから。
「私からも質問して良いですか?」
そして私も何となく気になった事があった。
「家族って何なんでしょう?」
およそ2年間、私は園咲家という家族を見てきた。私にとって家族とは、他人の集まりでしかない。ただ虐げられるだけの場所だったのだから…。勿論、他の家族がそのような場所とは限らないということも知っている。だけどやはり私には、家族と他人の違いというものが分からない。
だからこそ聞きたかったのだ。時に愛し合い、時に利用し合い、時に憎しみ合う園咲家にとっての家族とは、一体何なのかと…。
しかし若菜さんはその質問に対し、口を噤んでしまう。そして消えそうな声で何か口にしようとしているようだが、聞き取ることは出来ず、その後お互いに黙り込んだまま、外を目指して歩みを進める。
そしてやっとの思いで非常口へ辿り着き、それを開けるとそこには野原が広がっている。振り向いて確かめると、今までいた建物は園崎邸に比べると小さいが、それでもかなり大きいと感じる屋敷のような外観だ。
そしてこの場から離れるために再び歩き出そうとすると…、
「おや、何処へ行こうとしているのですか?」
頭上から聞こえた声と共に目の前に降り立つ金色のドーパント。この男がここにいるということは、冴子様は敗れたのだろう。捕まったのかどうかは知らないが、こいつがここに居るのはかなりまずい。
今更若菜さんを置いて逃げたとしても、すぐに捕まってしまうだろう。つまり詰みだ…。
「おや、若菜さん。どうやら準備は出来たようですね」
ドーパントは平坦な声でそう言うと、私に向かって手を伸ばす。
「時間がもったいないので、貴女にはここで眠ってもらいましょう…」
その言葉と同時に私の中から何かが抜け落ちていく感覚が全身に広がる。
嫌だ…。死にたくないのに…。だってまだ私は…。
あれ?
どうして私は死にたくないんだろう?
そう考えた時、不意に頭の中に過ぎ去る微かな記憶。
『―ねえ、どこ?』
幼い私の声が聞こえる。そうだ、私は…。
しかしそれが少しずつ消えていく。意識が段々と闇に落ちていく…。
いっそ無駄な期待はせずに、この思いなんて消えてしまったほうが楽なのかもしれない。でも消えないで欲しい…。矛盾した感情が胸を包むが、それもまた徐々に失われていく。
―ねえ、お……さ…、…う…てわ……を……て…ったの?―
そして再び私の意識は闇に包まれた。
それからしばらくして。
外で倒れていた私は翔太郎さんに発見され、無事に目を覚ました後、再び病院へ入院することとなった。あの財団Xの男は翔太郎さん達が倒したとのことで、若菜さんも救出され、何処の部屋にいるかは知らないが私と同じように入院しているらしい。ただ冴子さんは遺体で近くの野原で発見された。どうやらあの男に殺されたようだ。
とりあえずこれで組織も財団Xも居なくなったようだし、これで私の平和は約束されるだろう。そんなことを思って数週間後、若菜さんが病院から逃げ出したという話を聞くこととなった…。
【使用人視点】
ミュージアムが崩壊し、若菜様も行方不明となった…。組織のメンバーもそれぞれ警察に捕まる者も居れば、秘かに裏でメモリ販売を続けている者も居る。
だが、私の目的は変わらない。
「若菜様、お待ちください…。必ずやミュージアムを再建し、貴女をお迎えに参ります」
暗い街の中、私は秘かに目的のために行動を始めた。
【次回 仮面ライダーW】
女性「探してほしい人が居るんです…」
照井「こいつは組織のっ…」
少女「この街、一体どうなってるの?」
使用人「さあ、選びなさい!」
翔太郎「この人は…」
Lにさよなら/風都逃走中
これで決まりだ!
今回で仮面ライダーWの原作部分に当たる話は終わりです。
原作49話はそのまま進行します。
そして次回から最終話までは、原作終了後のオリジナルストーリーとなります。
初がどうなるのか、使用人の男は何をしようとしているのか、再就職先はどこなのか…。
最後までお付き合いいただけるようお願いいたします。