3話連続投稿です。
深夜の街の裏通りを走る一人の女性。息を切らし、周りの闇と同じ色のスカートを翻しながら走る彼女の表情は焦りに満ちている。
そんな彼女の頭上から、おどろおどろしい男の声が響いた。
「そろそろ、鬼ごっこは終わりにしましょうか?」
その声と共に、頭上から何かが降り注ぎ彼女の全身を包み込む。彼女は力の限りもがくが全く通用せず、その動きが少しずつ弱まっていく。
そしてその動きが完全に止まると、全身を包み込んでいたものは人型をとり、そのまま人間の姿へと変貌する。
「中々、協力してくれる人は居ませんね…。あの男も捕まってしまったようですし…」
そう言うと、その人影は懐から手帳を取り出し、そこに並んだ名前の一つに斜線を付ける。そして人影は街の闇の中へと消えていき、残されたのはスーツを着た一人の女性の遺体のみであった。
日付は変わり、土曜日の朝。
数日前にフィリップが戻ってきたばかりの鳴海探偵事務所では、久しぶりにメモリガジェットの整備が行われていた。
「全くメンテナンスの仕方は教えたのに、所々破損しているじゃないか」
「うるせーな。仕方ないだろ。こっちも色々忙しかったんだからよ」
フィリップが消えてから、何とかやる気は振り絞ってはいたものの、暗い気持ちが晴れることは無く、メモリガジェットのメンテナンスも疎かになりがちだった。
それに苦言を呈するフィリップに口では文句を言いながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。1年ぶりに戻ってきた光景は事務所全体を明るくしていた。
だが、このような日でも事務所に休みが来ることは無い。突如として入口の扉が開くと、一人の女性を連れた亜樹子が入って来る。
「翔太郎君、依頼だよ!」
「あー、落ち着け亜樹子」
興奮した様子の亜樹子を宥めつつ、翔太郎は後ろの女性をソファに座らせる。翔太郎も対面に座ると、女性はおずおずと口を開いた。
「あの…、探してほしい人が居るんです…」
場所は変わり、風都の郊外にあるスーパーの前で初は溜息を吐いていた。
ミュージアムが消え、初も自由となったが、犯罪組織の一員であった以上その罪が消えるわけでは無い。一応、本人は脅迫される立場であったことなどが加味され、今は執行猶予を受けている身だ。
そんな彼女の目下の悩みは生活費。今までは園咲家から高い給金が支払われていたが、今は無職。バイトを転々としている身だ。しかし、笑み一つ浮かべない表情では長続きしない。つい昨日もバイトをクビになり、困窮している状況だ。
「はあ…」
再び溜息を吐きながら、帰路に着こうとすると、
―ドンっ―
「!?」
突如として何かが爆発するような音が響く。慌ててその音がした方向に視線を向けると、
「ちょっと、誰か!!」
そこに居たのは、こちらに向かって走って来る少女。外見的には中学生だろうか。そしてそんな少女を追うのは筋骨隆々で灰色の体躯を持つ怪人―バイオレンス・ドーパント。あまりの状況に初の動きが一瞬止まる。
「ん? こいつは確かターゲットの…」
バイオレンス・ドーパントが初を視界に収めると、驚いたように呟く。
「まあいい、ついでだ」
そう言ってバイオレンス・ドーパントは鉄球状の左腕を振り上げ近づく。さすがにこの状況で黙って立ち続けるわけにも行かず、初はその場から逃げ出す。
バイオレンス・ドーパントの言うターゲットという言葉が気になるが、そんなことを考えている暇なんてない。裏路地に入り、道を何度も曲がりながらドーパントから逃れようとする。すると後ろで誰かが叫ぶ。
「何なのあれ!?」
初が視線を向けると、そこにはバイオレンス・ドーパントに追われていた少女が居た。何故か初を追いかけながら逃げる。
「待て、お前ら!!」
どうやらドーパントは少女だけでなく初までも狙っているようだ。しかしその動きは鈍く、初達は脇道を利用して逃亡を図る。
そして何とか逃げ切ることに成功すると、初と少女は互いに見つめ合う。
「ねえ、一体何なの?」
「…それはこっちの台詞なんだけど」
問いかける少女に質問で返す初。面倒な事になりそうだから関わりたくないのだが、少女の方が離れようとはしない。
妙な空気がこの二人を包み込んでいた。
同時刻。
「こいつは組織のっ…!!」
市民からの通報を受け現場へとやって来た照井は目の前にある遺体を見て顔を歪める。
その遺体はかつてガイアメモリを使用し組織の処刑人として活動していたゴシックドレスを着た女。遺体はゴシックドレスでは無くスーツを着ているが、その顔は見間違えようが無い。1年前、アクセルと戦闘し、マキシマムドライブによりメモリを破壊された後、どこかへと逃亡したため指名手配されていたのだが、まさかこのような形で見つかるとは…。
遺体を眺める照井に、同じ風都署の刑事である刃野幹夫が話しかける。
「これで七件目ですか…」
「ああ。死因の特定を急いでくれ」
「分かりました」
この半年の間にミュージアムの構成員だった者が何者かに襲撃されるという事件が六件起きていた。そしてその被害者に共通する奇妙な点として挙げられるのが、死因が溺死である可能性が高いということだ。これが川や海で起きたものなら事故の可能性も否めない。しかし、被害者はいずれも水辺から離れた場所で見つかっている。この不自然な水死体。そして被害者がいずれもミュージアムの構成員だったことからこの事件にはドーパントが関わっている可能性が高い。
しかし、ミュージアムの元構成員の所在などほとんど明らかとなっていない。一部の者は何らかの事件を起こして逮捕されているが、未だに水面下で秘かに活動している者は数多い。それら全員を把握すること自体が不可能だ。
だが照井の脳裏に二人の顔が浮かぶ。警察が所在を把握している数少ない元ミュージアムの構成員。一人はフィリップから家族に関する記憶を消し去った張本人であり、現在は自身も組織に関する情報を失った研究者、山城諭。そしてもう一人は彼から情報を消し去った張本人であり、現在は執行猶予を受けながらも日常生活に戻っている二宮初。
一応、ミュージアムが滅び去る前に抜けた彼らも今回の事件のターゲットになる可能性は十分にあり得る。
照井はその場を刃野達に任せ、まずは情報を集めるべく鳴海探偵事務所へ向かうことにした。
「ドーパント? ガイアメモリ? この街、一体どうなってるの?」
ドーパントから逃げ切った初は、何故か後ろをついてくる少女にガイアメモリについて教えていた。本来ならさっさと帰りたいところだが、ここは住んでいるアパートから距離があり、移動手段であるバイクもスーパーの駐車場に置きっぱなしになっている。さすがにドーパントがまだいるかもしれない以上、近づくのは無理だ。
そして少女は初に付きまとい、どういうことか説明を求める眼差しを向けてきたため、面倒くさいとは思いながらも話した。しかし当の少女は説明が終わっても、未だに何が起きているのか把握しきれていない様で混乱している。
「ちょっと気になっただけなのに…、何でこんなことに…」
そして少女は自分に遭ったことを話し出す。本来ならそこまで興味は無いのだが、あのドーパントは明確に初も狙っていた以上、出来る限り情報は欲しかった。
少女は物心つく前に母親を亡くし、父親の家族と暮らしていたらしい。父は仕事で忙しいながらも母親の分まで少女を愛し、少女もまた父親を愛していた。
そんなある日、父親が職場にいたある女性と再婚した。その女性とは前から少女とも親交があり、少女も最初は抵抗があったが徐々に慣れていった。
しかし、その女性が少女と暮らす中で表情が曇ることが有り、それを疑問に思うことが多々有ったのだが、ある夜、ふと目覚めるとリビングで父と女性が静かに話していた。
『…良いんですか?』
『ああ。君の為にも…』
話の内容は良く聞き取れなかったが、その表情はどこか重かった。その翌日、少女は少し気になって、悪いとは思いながらも女性の部屋に入り、そこに置かれていたメモ帳を取り出して開く。
そこには様々なことが書かれていたが、最も目を引いたのは最後のページに走り書きされていたもの。一つの名前と風都という字。これが一体何を表しているのかは分からない。しかし、少女の好奇心は刺激された。
「それで休日を利用して来ちゃったの」
父親には友人の家に行くと嘘を吐いて。
ただ、風都に来たのはいいものの、その名前の人物を探す方法を考えていなかった。そこで慌てて携帯で調べると、風都には有名な探偵事務所があるとのことで、そこを目指していたのだが道に迷い、路地裏を彷徨っていた時に見てしまった。
不良のような姿をした男達が、アタッシュケースに入った何かを持って話している光景を。
一体何なのかは少女には分からなかったが、纏っている雰囲気から怪しさを感じ逃げ出そうとした。しかしちょうどその時、同級生からのメールが来てしまい、その着信音に気付いた男の一人が怪物に変身して追って来た。
「って感じなんだけど…」
「…」
説明を終えた少女に対し、初は黙ったまま。
話を聞いた限り、この少女は探偵事務所に用があるようだ。そしてドーパント絡みの事件に巻き込まれている。それならば…、
「じゃあ、私がその探偵事務所に電話を掛けて、来てもらうから」
「え、良いの? ていうか電話するなら警察とかじゃないの?」
「いや、探偵で良い」
初は静かに携帯を操作する。どうせ自分も狙われているようだし、それならばあの探偵達に纏めて片づけてもらおう。そう言う考えがあった。だが
―ドォン―
「っ!?」
不意に近くで爆発が起き、その衝撃で初は携帯を落としてしまう。初が辺りを見回すと、そこには全身が赤く燃え滾った怪人―マグマ・ドーパントが居た。
「え、あれもドーパント!?」
ドーパントは再び火炎を放つ。初と少女はそれを避けるが、火炎は落ちた携帯電話の近くへと着弾し、同時に携帯が壊れる音が聞こえる。
「くっ!」
再び初は走り出す。今度は人が多いところを目指し。探偵事務所の電話番号は覚えていないので、自分の携帯電話が壊された以上、連絡を取る手段が無い。仮に少女の携帯電話で事務所の電話番号を調べるにしても、追われながらでは操作出来ない。
故に初は人目が多いところへ向かい騒ぎにすることで、翔太郎達が気付きやすいようにすることを狙っていた。
しかし、後ろでは未だにマグマ・ドーパントが走りながら向かって来る。初と少女は息を切らせながら走った。
次は10分後に投稿予定です。