続・冥銭のドラグーン 徳川幕府の落日   作:めそ 

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続章2 若狭国、離反する

大助達が大坂城を辞去した後。

 

長宗我部盛親は兵2000を率いて大溝城を攻め、これを落とした。

 

もともと大溝城は、京極高次が転封されて以降、空白地であり、密かに前田が派遣していた武士が数百人いる程度でしかなかった。

 

かつては暗君と呼ばれていたとは言え、改易以後、将として大きく成長していた長宗我部盛親には楽な仕事であったのだ。

 

 

 

 

「大溝城攻めは上手くいきましたが…………京極の調略が果たして容易に行くでしょうか母上??」

 

秀頼は淀殿に対して、不安を漏らしていた。

 

「我が妹、初の息子なのですから、当然でしょう?」

 

「忠高と叔母上は血は繋がってはいないのでは?

それに対して、忠高は徳川の姻戚で、幕府の信頼も篤いですよ。

それに、もし仮に寝返ったとしても、若狭の近隣には

120万石を有する前田がおりますから今一度慎重に………。」

 

「忠高は庶子ですから、先代の正室の初には頭が上がりませぬ。」

 

「……………だと、良いのですが…………。」

 

秀頼の懸念の半分………加賀の前田については、越前の松平忠直が大坂夏の陣以降、秀忠と険悪であり、越前・越後両国に睨みを利かせねばならないため、身動きは取りにくいのが現状であり、京極忠高離反を受けても直ちに若狭へ侵攻できるとは言い難い状態であった。

 

しかしながら、忠高と常高院は血の繋がりが無く、忠高自身の繋がりとしては徳川家との方が繋がりが強いと言えた。

 

「この件については、初を小浜城に派遣することにします。

良いですね?」

 

「はい、母上…………。」

 

秀頼は尚も淀殿に逆らう事が出来ずにいた。

 

だが、そんな秀頼にも

 

(儂は………いつまでも母上の傀儡ではいけない)

 

そういう思いも芽生えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………と言う訳なのじゃ。

忠高殿。 豊臣方に付いてはくれぬか??」

 

数日後、常高院は小浜城にて義理の息子・忠高を説き伏せていた。

 

常高院は、浅井三姉妹の真ん中であり、大坂冬の陣でも徳川と豊臣の調停を担っていた。

 

その心中には、姉妹で争って欲しくないという気持ちが十二分に秘められていたのである。

 

「しかし、義母上。

私の妻は徳川の者でございますし………何より、豊臣方につけば若狭が戦場になりかねません。」

 

京極忠高は秀頼の懸念通り、難色を示した。

 

江南地方・彦根城一帯が既に豊臣方の手に落ちている今、陸続きに通じる唯一の道の要所・若狭を塞ぐのは、西国の徳川勢力の事実上の壊滅を意味するため、徳川は豊臣方を攻める際に主力で中山道・東海道の合流地点である真田領・草津を攻め、北陸の徳川方には若狭を攻めることを画策する筈である。

 

とは言え、現実的には西国の徳川方にとっての生命線である若狭が離反したとしても、徳川方と豊臣方がすぐに争う可能性は無い。

 

加えて中山道・東海道を真田に封じられて使えない秀忠は主に海路を使って西国の大名を統制しており、その為若狭は経済的にも発展しつつあった。

 

「しかし、こうも考えられませぬか?

現在、お世辞にも豊臣方と徳川方では依然として徳川方が有利。

そなたが豊臣方につけば、西国の徳川方は動きが取れなくなり、徳川方の勢力は相当削がれる筈です。

そうなれば、豊臣方と徳川方は勢力的に均衡が取れるようになります。

元から、松平忠輝殿や伊達殿が背後に居て動きにくい徳川方が尚更動きにくくなり、膠着した中ではありますが、平和が成し得ると思うのです。」

 

(……………。)

 

忠高は考えこむ。

 

西国の徳川方とは、琵琶湖を通じれば、長浜→伏見に連絡が取れるため、100%の分断は出来ない。

 

しかし間違いなく西国における豊臣の影響力は高まるし、また、そうなれば福島正則や加藤嘉明、毛利秀就は間違いなく豊臣に付く可能性が高いため、徳川と豊臣の勢力差は縮まり、開戦の可能性は更に低くなるだろう。

 

しかし、そうなれば、徳川方、主に加賀前田からの経済的報復を喰らう恐れもあった。

 

勢力均衡による平和か、経済的繁栄か……。

 

「義母上。 少し考えさせて下さいませ。

…………誰かある。  義母上をご案内さしあげろ」

 

忠高は義母・常高院を下がらせた。

 

 

 

 

「さて、如何したものかな」

 

常高院を下がらせた後、忠高は家臣団を呼び寄せた。

 

「徳川方に逆らわぬ方が得策かと」

 

「しかし、徳川方が小浜にすぐに攻め込んでくるとは言い難いのでは??」

 

「前田殿(前田利光。後に前田利常)に命じればすぐであろう。

前田殿は120万石を有する大大名であり、前田利光殿本人も利家殿に劣らぬ器量人。

我らなど容易くひねり潰せます。」

 

誰かの一言に、途端に一同は黙りこむ。

 

 

すると

 

「若狭の隣国、越前の松平忠直殿と将軍様は仲が悪ぅございましょうから、将軍様も無闇な行動をとれば、忠直殿を刺激することになりますから、攻めてくる可能性は低ぅございますよ。」

 

「信隆?!」

 

その静寂を破ったのは、庶子であった忠高が赤子の時に、忠高を養育してくれた恩人であり、老臣の磯野信隆である。

 

「それに、殿は、唐土の三国時代、張繍が参謀の賈クに袁紹ではなく曹操への降伏を勧められた理由をご存知では??」

 

張繍は、敢えて小さい方の曹操勢力につくことで、自勢力をより大きく売り込むことが出来たのであった。

 

「……………つまり、豊臣方は、今は小勢力だが、後々徳川を凌ぐと?」

 

「左様でございますよ。

豊臣方には福島殿、加藤殿はまず馳せ参じましょうし、先ほど彦根を奪取した真田幸昌殿、4000の兵で前田15000相手に奮戦した大野治房殿、藤堂殿の部隊を寡兵で撃破した長宗我部盛親殿、真田と同じく徳川方に大打撃を与えた毛利勝永殿。

 

豊臣方に確実につかれる方だけこれだけの名将がいるのに対して、徳川方に確実につかれる方は誰がおりますか?

真に名将たるお方は、上杉景勝殿、立花宗茂殿と前田利光殿くらいのものです。」

 

磯野信隆は敢えて豊臣方に巣くう病巣・淀殿には触れてはいない。

 

淀殿は既に50を超えており、長くないと見ているからであろう。

 

「つまり、いつか遠くないうちに徳川と豊臣がぶつかるのだから、今の内に豊臣方についた方が京極としては得策と?」

 

「左様でございます。 秀頼様の御母上と、常高院様は姉妹。 

つまり殿は秀頼様の従弟でございますから、親戚勢力として我らがより重用されるのは目に見えております。」

 

「確かに、徳川方には全国に松平家が点在しているが、豊臣方にはそういう親戚勢力が無いな。

 

よし、決めたぞ!!

儂は豊臣につく!!」

 

「「ははっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

秀忠の娘婿…………京極忠高、離反。

 

その報せは徳川家に衝撃を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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