永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
今日はまず、文化祭の後片付けから始まる予定。
楽しいお祭りの後も、ちゃんと片付けないといけない。
「おはよー」
「あたしは、文化祭の跡地になった2年2組の教室に入り、適当な場所に座る」
「あ、優子ちゃんおはよう」
「桂子ちゃんおはよう」
教室には浩介くんも居るけど、既に男子に囲まれてしまっている。どうやら高月くんと何やら話し込んでいるみたいね。
ホームルームに向け、クラスの生徒たちが次々無造作に座っていく。
ガラガラ
「はーい、皆さん文化祭お疲れ様ー、クラスからミスコンの優勝者他TOP3が出ました。今日は文化祭の片付けを行いますので、連絡事項は省略します」
ミスコンのTOP3に永原先生自身が入っているのは、みんな知っている。
もとより、小谷学園2年2組は学校でも有名なクラスだった。TS病になったあたしに、あたしが女の子になるまで学園一の美少女とまで言われた桂子ちゃん、そしてテニスの天才の恵美ちゃんにサッカー部レギュラーの虎姫ちゃん、何より御年499歳、地球上で最も長生きの永原先生。
「それじゃあ、みんな後片付けしてください」
「「「はーい!」」」
みんなで返事をして、あたしたちは後片付け作業をする。
自然とゴミ捨てに少数の力自慢の男子が行く、一方、あたしを含めた残された生徒たちは机の位置を元に戻す作業だ。
幸い、机の中のものは準備中にロッカーに入れるということになっていたので、特に指定席がないので、元の形にすればいいだけだ。
「あ、石山さん」
「なんですか永原先生?」
作業の合間に、永原先生が声をかけてくる。
「ちょっとだけ付き合ってくれる?」
「あ、でも片付けが――」
「ああ、いいわよ」
「? ごめん虎姫ちゃん、永原先生に呼ばれたからあたし抜けるね」
「ああ、分かった」
ともあれ、永原先生が教室の隅に行くのであたしも続く。
「それで、話というのはなんですか永原先生?」
「石山さんを、日本性転換症候群協会の正会員に推薦したいのよ」
「え!?」
日本性転換症候群協会、あたしの中では永原先生が会長を務めていて、あたしの担当カウンセラーも兼任しているっていう会。
あたしは永原先生を通じてしか知らないし、概況しか知らない。
「本当は正会員の資格は20歳以上なんだけど、石山さんは特別。だから、私もあのURLを渡したのよ」
「あれ、女性向けのエロサイトでしたよね」
「しーっ、でも見たのはわかったわ。それでどうだったの?」
おっといけない、教室の中だった。女の子が無闇にはしたないこと言っちゃダメよね。
「どうだったも何も、あたし、興奮しすぎて――」
「あーうん、みなまで言わなくていいわよ」
永原先生が手を前に出して止める。確かに女の子としてはしたないもんね。
「実はあれはね、すっかり女の子らしくなって、最後の課題の反射的本能も克服したと思える子に渡すものよ。ちなみに、昔にも似たようなもので代用していたわ」
「つまりあれって?」
「最終試験みたいなものよ」
かつて自分にもあったもの。男のうちは何も感じないそれで興奮できる様になる。
確かに、最終試験という感じではある。
「でも、その様子だと、最終試験は合格みたいだね」
永原先生がにっこり笑って言う。
「もしかして会員になるには?」
「あーうん、正会員はともかく、他の会員なら別に必須ってわけじゃないわよ。正会員は少ないし、このテストの合格者は数多いわよ。女の子になろうと言う意志さえ続けば、時間さえかければ誰でも合格できるテストよ……サンプル数はまだ少ないけど」
「は、はあ……」
「この試験の合格は、普通ならどんなに短くても発病から2、3年はかかるわ。本能まで女の子になって、更に性欲まで確認するテストだから」
「じゃあどうして……」
あたしは女の子になってまだ半年弱しか経っていない。
「石山さんが特別だからよ」
「やっぱりそうなんですか」
今までも何回も言われた。ここまで一生懸命な子は初めてだと。
「ええ、石山さんは……私達TS病患者たちみんなの模範よ。だから半年足らずでもあの紙を渡したのよ」
「それで、どうしてあたしを?」
「篠原君との様子を見てね。期末試験の後くらいにはもう大丈夫だろうって思ってたわ。あの後考えて、石山さんにはまだ高校生だけど特別に正会員として迎え入れたいって思ったのよ」
「そ、そう……」
「本部のみんなにも紹介しようと思うんだけど、今度の日曜日空いてる?」
「あ、うん……今のところは大丈夫」
「よかった。じゃあ明後日、協会の本部で入会手続するわね。ここまでで何か質問はあるかしら?」
「あ、あの……会費とかは?」
「あーうん、正会員は月1500円って事になっているんだけど、私が立て替えておくから心配しないでいいわよ」
「う、うん……」
意外とかかるよねえ、1500円って年間に直すと18000円だし。
「じゃあ、私の話はこれでおしまい。作業に戻ってくれる?」
「あ、あの……永原先生!」
あたしはもう一つ、聞いておきたいことがある。
「ん? どうしたの?」
「実はもう一つ悩みがあるんです!」
やっぱり、ミスコンの時の歪んだあたしの心についても話しておきたい。
「あら? でも今はちょっと長く引き留めてるから、昼休みか放課後に相談室でいい?」
「あ、すみません。じゃあ放課後で」
「分かったわ」
桂子ちゃんには天文部に遅れることを話さないと。
「じゃあ、今度こそ作業に戻ってね」
「はーい」
あたしは作業に戻る。
「優子ちゃん、どうしたの? 先生と話し込んでたけど……?」
桂子ちゃんには話してもいいかな? うん、話そう。
「あ、うん……あたしを日本性転換症候群協会の正会員に推薦してくれるって」
「へえ! 確かそこって先生が会長なんでしょ?」
「うん、本来は20歳以上からなんだけど、あたしは特別にって。会費も永原先生が立て替えてくれるって」
「へえ、良さそうじゃん!」
「う、うん……他のTS病の人が何をしているのかも気になるから、本部に寄っていこうと思って」
「そうよね、収穫は多そうね」
桂子ちゃんが賛同してくれる。
「でね、あたし、放課後永原先生と相談室に行くことになったから」
「あ、そう。じゃあもしかして天文部は遅れる感じ?」
「うん」
「分かった。私の方から坂田部長に話しておくわね」
「ありがとう」
「うん……あ! 優子ちゃん、机はもう少し左よ」
「あ、うん……こうかな?」
桂子ちゃんの言う通りに机を左に移動させる。
「そうそう、そんな感じ」
男子たちが、飾りつけなどをゴミ箱へ持っていき、また、テーブルクロスなどの、元の持ち主がいるものに関しては、その人の机に置いていく。
ロングホームルームの間に、文化祭の片づけは、余裕を持って終了した。
コンコン
「あ、石山さんいらっしゃい。入っていいわよ」
今日はスクールカウンセラーがお休みにもかかわらず、相談室が使用中になっていたので怪しいと思ってドアをノックしたら、準備中の永原先生がいたので、入らせてもらった。
……まあドアの隙間からも確認したけど。
「じゃあ、座ってくれる?」
「う、うん……」
あたしは恐る恐る椅子に座る。
「それで……私に話って何かな?」
「う、うん……実はあたし……一つ女の子になったことで出来た悩みがあるんです」
「うん、どんな悩み?」
「その……ミスコンの時なんですけど……」
やっぱりはっきり言い出す勇気が出てこない。
「うん、それがどうしたの? 石山さん、見事優勝したじゃない。あー思い出しただけで悔しくて悔しくて泣きそうになるわね……」
「実は……あの時、荒れてたんです」
「荒れていた? つまりどんな風に?」
「あたしが予選の時に暫定1位になった時や、特に最後の優勝が決まった時……あたし、永原先生と桂子ちゃんにひどいことを考えてしまって……今まではこんな感情、全く無かったのに――」
あたしが気持ちを打ち明ける。まるで教会での「罪の告白」のように。
いずれにしても「優子」にふさわしくない感情だということは分かる。
「もしかして、負けた私や木ノ本さんを嘲笑ってもっと泣かせたいって思った?」
「え!? 永原先生、どうしてそれを?!」
気持ちを当てられたあたしが動揺して答える。話が早くて助かるけど。
「やっぱり……そんなことだろうとは思ったわ。石山さん、それは石山さんに女の子としての『自信』がついた証拠よ」
「で、でも……あまりいいことじゃないって……あたし……」
「うん、『優子』だものね。石山さんがそう思うのも無理ないわ。でも、今までは受け身だった石山さんの女性としてのアイデンティティが成長している証拠でもあるのよ」
「成長? これが?」
確かに、そういう解釈もあるとは思うけど、でも本当にいいことなのかわからない。
「……そうよ、成長よ」
「確かにそういう考えもあるかなって思ったりもしたけど……永原先生はどうしてそう思うんですか?」
「……今までの石山さんは『精神も仕草も何もかもを女の子らしくしたい』、『そうすることによって、自分を一人の女の子として認めてもらいたい』という承認欲求……つまり受け身の気持ちで常に動いていたわ」
「う、うん……」
確かにそうだ。そういう道に入ることを決心したのはあたし自身だけど、それが承認欲求に繋がったのも確かだった。
「でも今は違うのよ。石山さんが、女の子として立派に独り立ちしたからこそ、女特有の、ある種汚い部分もさらけ出せるようになったのよ」
永原先生がポジティブに言う。でもあたしの不安は解消されない。
「でもあたし、こんな歪んだ気持ちに支配されて……ブスになって……浩介くんに嫌われちゃうんじゃないかって怖いのよ」
「……うん、石山さんがそう思うのも無理はないわね」
永原先生がうんうんと頷きながら言う。
「この感情……捨てればいいのか、今悩んでいて……」
「……それはもう、石山さん次第じゃないかしら?」
「え!?」
「もし篠原君に嫌われたくないなら、理性を常に意識するといいわよ。逆に女として奔放に振舞いたいなら捨てなくてもいいわよ。多分捨てなかったとしても、篠原君は石山さんを見捨てないわ。どちらを選んででも『女として』の選択になるわよ」
難しい問題。今までは女としてか男の名残に任せるかだったから簡単だった。今回はそううまくいかない。
「あたし、自分の中だけじゃ判断できなくて……」
「うん、だから相談したんでしょ? でもね、女の子として一人前になった石山さんだからこそ、この問題は自分の意志で決めてほしいことよ」
「うーん……」
「……でも一つだけヒント。この問題、もし木ノ本さんだったら『捨てる』を、もし田村さんだったら『捨てない』を選ぶと私は思うわよ」
そ、そうよね。あたし、浩介くんに好かれる女の子になりたい! キレイになりたい!
あたしの心の中で、女として堕落する気持ちに対して、好きな男の子にもっと好かれたいという気持ちが勝った。
「あたし……やっぱりこの気持ちは捨てるわ!」
あたしが決心する。
「ふふっ、石山さんなら、そう言ってくれると思っていたわよ……さ、今週の日曜日、待っているからね」
「うん……失礼します」
あたしは永原先生にそう言うと、天文部へと急ぐ。
「あ、優子ちゃん!」
相談室から出ると、浩介くんに声をかけられた。
「あれ? 浩介くん、どうしたの?」
「あ、いや……優子ちゃんが相談室に入っていったから何か悩み事かなと思って……」
「あーうん、実はあたし、日本性転換症候群協会の正会員になることになったのよ」
相談室での相談内容は違う内容だけど、多分大丈夫。
「お、そうなのか!? 何かよく分からねえけどすげえな」
「う、うん……本来は20歳以上なんだけど、あたしは特別なんだって。今度の日曜日に本部に招かれることになったのよ」
「お、そうか。じゃあ今週のデートは中止だな」
「って浩介くん、日曜日は元々デートの予定してないじゃん」
「おっとそうだった」
「ふふっ……それじゃあたし、天文部に行くわね」
「うん、いってらっしゃい。俺、また筋トレして待ってるから」
「あ、そうだ! 浩介くん、どうせなら天文部で筋トレしていけば?」
あたしがちょっと提案する。浩介くんとなるべく一緒にいたいというのが本音だけど。
「え!? 俺が筋トレして邪魔にならないかな?」
「ううん、むしろ持て余してるくらいだから。あたし、浩介くんとなるべく一緒にいたいなあ……」
ちょっと顔が赤くなる。
「う、うん……分かった!」
そう言うと浩介くんが天文部へついてくる。
コンコン
「入っていいですわよ」
坂田部長の声とともに、天文部へ入る。
「あら、篠原さん、いらっしゃい」
「あ、あの……俺!」
「浩介くん、筋トレしたいみたいなんです」
「あらあらいいですわよ。ちょうど部室も持て余し気味ですから、筋トレは構いませんわ」
坂田部長があっさり承諾してくれる。
「それで、石山さん、永原先生が会長を務めていらっしゃるTS病の会に呼ばれたんですって!?」
「え、ええ……」
もう広まってる。まあいいけど。
「ふふっ、頑張ってくださいね」
「は、はい……」
天文部はほぼ後片付けは終わっている。というより、展示物を隅に追いやるくらいだから、本当にすぐに終わってしまう。
ザ・シンプル・イズ・ベストという感じ。
桂子ちゃんが、近傍惑星の位置関係を立体図にして残しているくらいだ。
これを使えば、来年にも文化祭の展示物を使いまわせるという。
「1……2……3……4……5……6……7……8……」
浩介くんは黙々と腕立て伏せしている。というかめっちゃ早い。
「あらあら、篠原君かっこいいですわね」
「ちょっと、坂田部長! あたしの浩介くんだから!」
「分かってますわよ。それに私じゃ石山さんに勝てる気がしませんわよ」
坂田部長が言う。
そう思ってくれるうちは大丈夫かな?
あたしはミスコンで優勝だし、何より「おばさんにならない」というアドバンテージがあるけど、それでもちょっとだけ不安になってしまう。
「13……14……15……16……17……18……19……20……」
一方で浩介くんは殆ど乱さずに腕立て伏せを続けている
あたしたちは、部室に部外者が一人増えた状態で、賑やかに天文部を再開した。
今日やったのは、太陽近傍恒星の距離のメモだ、この星は太陽から何度の方角に何センチと言った具合でひたすら計測とメモを取り、それが終わったらセットを部室の奥にどける作業だ。
精密な計測が要求されたから結構疲れた。精神的に。
「ただいまー」
「優子、おかえりなさい」
「うん、ただいま。ちょっと疲れたから休むわね」
「優子、永原先生から日本性転換症候群協会だっけ? そこの正会員に呼ばれたって電話があったわよ」
「え!? 母さんに連絡したの!?」
「当たり前でしょ。それでね、当事者の家族も一応『家族会員』ということで入れるのよ。私達は今まで保留にしてたんだけど、優子が正会員なら私とお父さんも入ろうってことになったわ」
どうやら、母さんサイドの方でも話が進んでいたみたいだ。
「それで、日曜日はお母さんも一緒にいくことになったから、そのつもりでいてね」
「は、はい……」
急転直下に物事が決まりすぎてて、ちょっと動揺してしまう。
「じゃああたし、休むから……色々あって疲れちゃって」
「無理も無いわね。ご飯になったら言うからゆっくり休みなさい」
「ありがとう……」
ともあれ、今までのあたしの中ではTS病と言うとあたしと永原先生しかいなかった。
それ以外のTS病の患者と直接に会ったことはない。
それだから、あたしが「優等生」と言われても、理屈では分かってもそこまで実感がなかったのも事実ではある。
それが、日曜日、あたしはまた価値観が変わる。
そんな気がした。木金土と、浩介くんと今までとそこまで変わらないカップル生活を楽しみながらも、「早く日曜日にならないかなあ」と思いながら、学校を過ごした。