永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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協会本部 前編

  ピピピピッ……ピピピピッ……

 

 日曜日なのに目覚まし時計が鳴る理由。

 それは今日、あたしが永原先生に呼ばれて「日本性転換症候群協会」の本部を訪れることになっていたから。

 あの後詳しい待ち合わせ場所を検討した結果、地下道直結だけど場所が場所なので協会本部の最寄り駅の改札口N4番出口前ということになった。

 

 あたしと同じ病気の人で集まる会の本部へ行くために、今日の服を考える。

 少女性を強調した赤い巻きスカートにするか、それとも、清純さをアピールした白いワンピースにするか?

 はたまたラフに女の子をアピールするために、水色のミニのワンピースにするか、あるいはいっそ礼服代わりに制服にしてしまうか……?

 

 うーん……うーん……悩む。

 事前に永原先生に相談しておけばよかったと悔やむが時既に遅し。

 

  コンコン

 

「優子ーどうしたの?」

 

 なかなか起きてこないあたしに、母さんがノックする。

 

「ああうん、服装で悩んじゃってて……」

 

「入っていい?」

 

「う、うん……」

 

  ガチャッ

 

「着ていく服でしょ……優子がかわいいと思う私服でいいんじゃないかな?」

 

「うーん……」

 

「優子が今までこだわってきた『少女性』を少しアピールしてもいいかもしれないわね」

 

 なるほど。

 

「う、うん……じゃあこの赤いのにする……後はぬいぐるみも持っていこう」

 

「あら、いいわね」

 

 いつぞや、ミスコンの私服審査でのアピールをした時のような格好になる。

 何だろう、やっぱり何だかんだで、この赤い服があたしの勝負服になってる気がする。

 

 ともあれ、着替える服が決まったので母さんには一旦部屋を出てもらい、赤い服に着替える。

 トレードマークとなっている頭の白リボンも忘れてはいけない。

 

 もう一度、姿見で見る。うん、これなら協会の人も満足してくれるに違いない。

 あたしはそう思い、くまさんのぬいぐるみを持って、鞄を肩にかけて部屋を出る。

 

「あら優子、かわいいわね」

 

「えへへ」

 

「ぬいぐるみ持つとやっぱり違うのね」

 

「うーん、やっぱりそう見える?」

 

 あたしが聞いてみる。

 

「うん、その服は幼く見えるけど、ぬいぐるみ持つと相乗効果がすごいわよ」

 

「よかった」

 

 文化祭のミスコンで、永原先生が「永遠の美少女」と言われていた。もちろん、まだイメージつかないけどあたしだって「永遠の美少女」だし、そういう意味でも幼く見えるのは悪いことじゃない。

 

「さて、時間もあるから朝ごはんにするわよ……じゃあ優子、手伝って?」

 

「はーい!」

 

 いつものように、母さんと朝ごはんを作る。

 そういえば、そろそろ「一日優子に家事をやってもらう」って日があるって言ってたけど、どうなったんだろう?

 ……まあ、待っていればそのうち来るかなあ。楽しみでもあり不安でもある。

 

 

「お、優子、それミスコンの服じゃないか」

 

「あ、お父さん、あたし今日永原先生に呼ばれてて」

 

「ああ、協会の正会員だっけ? すごく名誉なことじゃないか」

 

 そうなのかな? 確かに特例とは言ってたけど。

 ともあれ、今は朝食の準備に集中する。一度に複数のことを同時にしやすくなった身だけど、それでもあまり並行作業をしないほうがいいのも確かだ。

 

「ところで優子、そこの会員になって今後はどうするつもり?」

 

「うーん、まずは小谷学園を卒業してからかなあ……会についてはその後よく考えるよ」

 

 とりあえず今は学園生活のことを中心に考えて、TS病患者たちの会合への参加はその後考えることにしようかな? まだ正会員についてもよく分からないし。

 

「いただきます」

 

「「いただきます」」

 

 朝食を並べ終わり、3人で「いただきます」をする。一応家族会員の一員になる父さんはいつものように書斎で休ませて月曜日の仕事に備えさせる予定だ。

 

「優子、もう少し時間があるから歯を磨いて少し休みなさい」

 

「はーい」

 

 あたしは洗面所で歯を磨きながら再び考える。

 今はとりあえず、この服をほかの人が喜んでくれるかどうか、だ。

 そもそも、他のTS病の人ってどういう人なんだろう? 2番目に年上の人でも永原先生の半分以下の年齢って言ってたけど、蓬莱教授の話では25年前の研究の時点で122歳を大きく超える年齢の患者が永原先生以外に2人いた事になっている。

 

 つまり147歳を大きく超えるという意味だから、明治元年がえっと……149年前だから江戸生まれが少なくとも2人いるということかな?

 

 ……まあいいか。本部に行けば分かるだろうし。

 

 

「優子ーそろそろ行くわよ!」

 

「はーい!」

 

 母さんの声とともにあたしは鞄とくまさんのぬいぐるみを持って玄関へ。

 ぬいぐるみを持っていると片手が塞がってしまうので色々と工夫が必要になる。

 今日は母さんもいるから玄関の鍵などは母さんに閉めてもらうことにする。

 

 母さんもそのあたりは分かってくれるみたい。

 

 「日本性転換症候群協会」の本部は学園とは反対方向、区役所の最寄り駅よりも更に先、あたしたちが住む「政令指定都市」の更に奥の、「特別区」と呼ばれる都会のビルの一室にある。

 

 周囲の視線がやっぱりすごい、真っ赤な服で、しかもこの顔、この胸、テディベアのぬいぐるみまで抱えているんだから目立たない訳がない。

 

 今まではあたしは「どうせ何着ても目立つ。それでどうやったって男の視線にさらされる」というある意味諦めに近い感情もあったけど、さすがにもう少し節制するかなあ……

 ……いや、女の子らしく堂々としないと、背筋曲がったりしちゃうかもしれないから、このままでいよう。

 ただでさえちょっと猫背気味で肩もこってるし。

 

「間もなく電車が参ります」

 

 いつものアナウンスとともに、電車に乗る。日曜昼間とあって電車はやや空いている。

 あたしと母さんは端の3人がけの席に座る。

 

「優子、やっぱり視線がすごいわね」

 

「えへへ。もうすっかり慣れちゃったよ」

 

「あらいいことね。かわいい子の中にはちやほやされすぎて目立たなくなりたくなっちゃう子もいるのよ」

 

 そういう意味では桂子ちゃんは結構特殊かもしれない。

 

 

 電車は役所の駅から更に先へ進む。こちらもあんまり来たことがない。

 区役所の駅を過ぎて、またさらに多くの駅を過ぎる。

 全ての駅で、それなりのまとまった人数が乗り降りし、あたしたちも、目的地の駅が近付くと座席を立ってドアに向かう。

 あの電車はこの「特別区」を過ぎて、向こう側の都市まで行くらしいが、あたしたちが行ったことのない街だ。

 その後は地下鉄を乗り換えて都会のターミナル駅に着く。

 

「確かN4番出口だっけ?」

 

 母さんが訪ねる。とにかく人がうじゃうじゃいる場所で、迷わないように注意しないといけない。

 

「うん、そうだよ……あ、そうだ。チャージしないと」

 

 あたしはICカードの残金が少ないことを思い出し、精算機へと軌道修正する。

 

「ぬいぐるみは母さんが持っているわ」

 

「ありがとう」

 

 母さんに荷物を預けたため、清算の処理は早く終わる。

 改札機は片手でも可能なので、ぬいぐるみを返してもらい、通り抜ける。

 

「えっと……N4番出口は……こっちね」

 

 駅の案内に沿って進む。出口が分かれるたびに、他の客がそちらに行き、人が減る。それでも多い。

 やがて、出口が2つの分岐点に到着する。N4番出口とN3番出口との分岐点、更に奥に進むと別の駅にたどり着く。

 あたしたちは、N4番出口に進む。

 

 

「あ、石山さんいらっしゃい。お母さんも久しぶりです」

 

 エスカレーターの上、地上に出ると永原先生が声をかけてきた。

 夏の海や林間学校などの限られた場面でしか見たことのない、永原先生の私服姿。

 そう言えば、文化祭の時に母さんたちいたけど永原先生とは会わなかったのかな?

 

「こちらこそ。先生も、ミスコンではうちの娘を大分苦しめてくれたみたいでして」

 

 母さんが自慢の娘に立ちはだかったライバルとして永原先生を睨みつける。

 あたしには、母さんの気持ちが痛いほど分かる。

 もし、母さんの気持ちが理解できなければ、あたしはここにいない。

 

「あはは、でも結局石山さんに負けちゃったよ……」

 

「そうね、お母さんびっくりしちゃった。先生ったら泣いてたものね」

 

「うんうん、あたし、永原先生の泣き声聞こえてきたよ」

 

「あ、あはは……」

 

 永原先生が恥ずかしそうに苦笑いする。

 でも本当に悔しそうに泣いてたのが印象的だった。

 考えてみれば、女の子になってからというもの、他人と張り合うことが本当になくなっていた。その意味でも、今回のミスコンは自分を他人と比較させて見つめ直すという意義としても大きいものがあったわね。

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

 

「あ、そうですね」

 

 永原先生と母さんは、世間話を早々に切り上げる。

 

「こっちです」

 

 永原先生が大きな道を進み、すぐに左に曲がる。

 そしてすぐ近くの一つの大きなビルの手前で立ち止まった。

 

「こちらがあたしたち日本性転換症候群協会本部のあるビルです」

 

「うわあ大きいー」

 

「あはは、もちろんテナントの一室だよ」

 

 ですよねー

 

 ビルの中は日曜日だと言うのにスーツを着たサラリーマンだらけ。あたしたちは確実に浮いている。

 

「私たちは49階になるわよ」

 

 ビルの入居テナントの案内があって、そこには確かに「日本性転換症候群協会 49F」と書いてある。

 

「結構上層ですね」

 

「うん。前の本部から移転した時はこの階のこのフロアだけが空いていたんです」

 

 ビルのエレベータは8基1セットで運用されていて、それぞれがセットごとに4セットある。

 見てみると18階までの低層用と、17階から31階までの中層用、31階から43階までの上層用、そして43階から53階までの最上層用の4セットある。

 つまり、あたしたちが乗り込むのは43階から53階までの最上層用のエレベータになる。

 

 休日出勤しているスーツ姿のサラリーマンも何人か乗り込んでくる。

 ちなみに、この他にも最上階へは直行エレベータがある他、「非常用」という名目で、全階各駅停車の巨大エレベータもあるのだそうだ。

 

 永原先生が49のボタンを押す。

 他の人が44と51のボタンを押す。

 

「ドアが閉まります……Close door」

 

 ドアが閉まると、今まで体験したことがないような勢いでエレベータが登って行く。

 数字の変化が半端ないのに、揺れは今まで乗ってきたエレベーターよりも少なく、むしろ本当に登っているのか不安になってしまうほどだ。

 

 やがてエレベータが急減速し、さすがにブレーキ感を感じつつ、速度がゆっくりになる。

 

「44階です……44th floor」

 

 ビジネスビルのためか、アナウンスは英語も流れている。

 サラリーマンが2人出てから、エレベータは4人になり、永原先生が「閉」のボタンを押す。

 今度は先ほどよりゆっくりしたスピードで49階へ。永原先生に続いて、あたしと母さんも出る。

 直前になって緊張してくる。一体、どんな人が居るんだろう?

 

「石山さん、緊張してる?」

 

「う、うん……」

 

「大丈夫、私よりインパクトある人はいないわよ!」

 

 まあそりゃあ、永原先生が一番年上で、2番目の人の倍以上生きてるわけだもんね。

 

「さ、こっちよ」

 

 永原先生がビルの中を歩く。1つの階層ごとにテナントは数区画あってそのうち1区画を除いて残りの区画は全て他の会社のテナントになっている。日曜日で一斉休日なのか物音一つしていない。

 

 そして最後の1区画、扉の前の案内板に「日本性転換症候群協会本部」と書かれていた。

 

「ちょっと待っててね……よし、あった」

 

 永原先生がカードのようなものを取り出し、玄関の機械にタッチする。

 「ピピッ」という音のすぐに「ガチャッ」という小さな鍵が開いた音がする。

 

「さ、入って」

 

 永原先生がドアを開けたまま支えてくれる。まず母さんから、続いてあたし、最後に永原先生が入ると、オートロックなのか再び鍵がかかる音がした。

 

 奥から女性……というより、ほとんどあたしや永原先生と変わらないくらいの「少女」と言っていい外見の女の子が現れる。

 とはいっても、外見年齢は母さんを除けば一番年上に見える。

 

「あら、会長! お待ちしてましたよ。ということはその子が?」

 

「うん、今回正会員に推薦した石山優子さん。私の教え子でもあるわよ」

 

「あらあら、おめかししちゃってかわいいわね!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 もう言われ慣れた言葉、でもTS病の先輩に初対面で言われるのはやっぱり嬉しいわね。

 

「こちらが副会長の比良さんです」

 

「紹介にあずかりました比良道子(ひらみちこ)です。元水戸藩士で江戸時代に尊皇攘夷運動をしていました、これからどうぞよろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします。比良さんが2番目に年上なんですか?」

 

「ううん、比良さんは3番目、存命の人にもう一人、比良さんの7歳年上の人がいるわよ」

 

「え? 副会長さん、年功序列じゃないんですか?」

 

「ああうん、比良さんは士分だからね。私は途中まで曖昧な地位だったけど」

 

 なるほどねえ……現代なのにそういうことを気にするのか。やっぱりTS病の人ってすごいわね。ってあたしもその病気なのよね。

 

「そうねえ、私が天保11年の生まれだから今年ちょうど177歳よ。誕生日は旧暦で7月23日ね」

 

 蓬莱教授が永原先生と初めて会ったのが25年前、つまり150歳以上かな?

 確かにインパクト強いけど、500歳近い永原先生に比べると随分と若く感じてしまう。

 

「永原先生が499歳だから322歳も離れてるの!?」

 

「うん、だからこそ、私が生きてるのは奇跡なのよ。太平の世はTS病の人も逃げにくかったってことよ。かと言って乱世でも、よっぽど運が良くないと生き残れないのよ。そういう意味では、今のTS病の子は恵まれているわね」

 

 この病気になると、明治初め頃まで不吉として殺されていたという話を思い出す。

 永原先生は、本当に波乱万丈な人生だった。

 ……ってまだまだ永原先生の人生は続くんだよね。

 

「私も幕末のどさくさまぎれて逃げ切れたけど……今は、江戸時代生まれは5人しかいないわよ。明治、特に明治30年以降の生まれは結構たくさんいるんだけどね」

 

 比良さんがしみじみ言う。

 

「でも戦国生まれの永原先生入れて6人かあ……発症例全体で言えばまだまだ少ないよね」

 

「この病気は1300人の発症例が有史以来あるわね。不吉で殺されたとか男に戻りたくて自殺したとかもあるから、本当に100年生きられるのは一握りだし、ここの会員の人口はTS病全体では2割位よ」

 

「本当に狭き門なのね」

 

 母さんが話しに割り込んでくる。

 

「あーでも、会員見込み……石山さんも含めてそういう人を含めれば2割5分位にはなるんじゃないかな?」

 

「そうね。そのくらいかしら」

 

「それでも、長生きする人は少ないなあって……残りの7割5分は……」

 

「そうね、10年以内に早死した人よ」

 

 比良さんがそう言う。

 

「……実は100年前の協会創立時には、江戸生まれは戦国生まれの私を除いて7人いたんだけど1人は自殺で、もう1人は交通事故で死んじゃったわね」

 

「自殺?」

 

 100年前と言っても江戸生まれなら結構な歳のはず。

 

「うん、家族持っていたんだけど、旦那さんがどんどん老けていって子供が独立した後に旦那さんと心中しちゃったわ」

 

「……」

 

 あたしも他人事じゃないように聞こえる。浩介くんに入れ込みすぎると、そうなっちゃうんじゃないかって。

 

「石山さん、大丈夫。それは特殊な事例よ。みんな自分なりに割り切れるようになるから」

 

「そ、そう……」

 

「そうよ、今は恋人との人生を楽しみなさい」

 

 比良さんも優しそうに言う。

 でもあたしは、まだ希望を捨てきれない。

 夏休みのある日を思い出す。それが何かちょっと思い出せない。

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