永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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協会本部 後編

「そういえば、外国人の会員というのは?」

 

 いくら患者に日本人が8割を占めているからって、2割の外国人はどうしているのかわからない。

 あたしはふと、何の気なしに聞いてみる。

 

「ええ、いますよ。何ていってもTS病の団体は世界でもここだけだから、何人かが普通会員になってますよ。ただ、普段は日本まで来てくれる人は少ないですから……会合には参加してないわね」

 

「ええ。あまりにも珍しい病気なので、日本以上に知名度自体がほとんど0に等しい国もあります」

 

 つまり、事実上TS病患者の行く末は日本人が決めているということになる。まあ、日本人に多い病気だからそうなるのかもしれない。

 

  ピピッ……ガチャッ

 

「只今戻りましたー」

 

 ふと、一人の女性がカードキーを使ってドアをあけて中に入ってくる。

 こちらもあたしたちと同じく、外見年齢10代の童顔の少女。

 

「あら会長もいたのですか? ところで、そちらの方たちは?」

 

 どうやら、やはり会員の1人と見受けられる。

 

「あ、余呉(よご)さん、この子が石山優子さん」

 

「まあ! あの噂の!?」

 

 永原先生に「余呉さん」と呼ばれた女性があたしのことを見て驚く。

 ってやっぱりあたし有名なのか……

 

「うんうん」

 

「永原会長から聞きましたよ。協会始まって以来の優等生だって」

 

「い、言い過ぎですって……」

 

 あまりの褒め言葉に、照れくさくてあたしはつい否定してしまう。

 

「ううん、別に言いすぎじゃないわよ。たった半年でここまで来るのは本当に異例のことよ」

 

 比良さんまで同じことを言う。

 

「あ、あの、あたし……ただやりたいようにやっただけというか……昔の自分が嫌でこうしたかったっていうか――」

 

いきなり褒められたあたしが取り繕う。

 

「石山さん、それがどんなに難しいことか……そうね、ここの正会員として活動して、それを自覚するといいわよ」

 

 永原先生が言う。

 

「ええ、私もそう思います」

 

「そうねえ、私も同感かなあ」

 

 比良さんと余呉さんもうんうん頷いている。

 

「実はね、私が石山さんを普通会員じゃなくて、正会員に推薦したのも、既に正会員並みの優秀さを持っているからだけじゃないのよ。石山さんに、自分が恵まれていること、みんなの模範としての自覚も持ってほしいという気持ちも込めてよ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

 みんなの模範って……あたしこれでもTS病患者の中じゃ一番年下だよね?

 

「そうね、これだけ若くして正会員ですから、得るものも多いと思います」

 

 余呉さんが言う。

 

「あ! そうそう、紹介が遅れたわね。この人が永原会長に次ぐ2番目に年上で、正会員の余呉さんです」

 

 比良さんがそう言う。

 確か177歳の比良さんの7歳上だから……184歳かなあ?

 

「はじめまして、余呉です。天保3年12月生まれの184歳です。以降よろしくお願いします」

 

 184歳と言うが、18歳というのがパット見た感じの外見年齢。

 あたしや比良さん、永原先生もそうだけど、みんなどこか幼い少女というような感じの女の子で、大人っぽい女性というのはいない。

 

「は、はい……それにしても……」

 

「どうしました石山さん?」

 

「何かTS病の人って外見が似ているような?」

 

 あたしが本音をぶつけてみる。

 

「あ、母さんもそう思ったわね」

 

「うん、一定の傾向はあるよ。なにせ不老だからね。といっても石山さんくらいの容姿の美少女はいないわね」

 

 永原先生からお墨付きをもらった。やっぱりこの中に混ざってもあたしはかわいいらしい。

 

「ところで、余呉さんはこれからどうするの?」

 

「資料を取りに来ただけだからすぐに出るわよ。私の管轄で一人TS病になったっていう大学生がいまして」

 

 あたしが倒れてから、まだ半年しか経っていないのにTS病の患者が出たという。有史以来1300人しか居ないといっても、昔は人口も少ないし、1億2000万人もいればそれくらいのペースなのかな?

 

「……そうですか。とりあえず担当カウンセラーをお願いしていいかしら?

 

「ええ、そのつもりです」

 

「最初のケアは大事ですから、気をつけてください」

 

「分かってますよ。では失礼します」

 

 余呉さんは資料を取って、慌ただしく出ていった。

 

「ほらね、石山さん有名人でしょ?」

 

「う、うん……」

 

 学校でも知らないうちに有名人になっていたみたいだしやっぱりTS病ってインパクトあるのかな?

 うん、常識的に考えてそうだよね。

 でも、TS病の人が集まる会でも同じって……

 

「普通会員の人は知らない人もたくさん居ますけど、正会員の中で石山さんを知らない人はいませんよ。夏頃にはもう話題になっていたもの」

 

 比良さんが言う。そんな前から噂だったのね。

 

「というか、永原先生が噂したからじゃ――」

 

「ま、まあねえ……でも、石山さんの成功例は今後の患者にも使えそうなのよ」

 

「そういえばさっき余呉さんが言ってたよね、新しい患者が出たって」

 

「うん、去年は1人もいなかったんだけどだいたい毎年全国で3人か4人くらい新しい患者が出るのよ」

 

 やはり人口比的にもそのくらいのペースで発生するものらしい。

 

「でも、長生きできるのは僅かってことよね」

 

 TS病は自殺率が高い病気だ。

 

「それで、正会員の人の中にはああやってカウンセリングをする人もいるのよ……あ、もちろん石山さんにして貰う予定はまだないわよ……いずれはしてもらうかもしれないけど」

 

 比良さんが説明する。あたしが今後のTS病患者のカウンセラーになるのかぁ……まだ先の話とはいえ、なったら結構責任重大だ。

 

「そういえば、あたしは永原先生が担当でしたよね?」

 

「ええ。基本的に担当はいつまでとは決まってないけど、だいたい120歳位まで相談することが多いわね」

 

「ひゃ、120歳……」

 

「120歳と言っても、明治以前の生まれの人は滅多にカウンセリングは受けないわよ」

 

 つまり、同年代がみんな死んじゃえば気持ちも楽になるってことなのかな?

 

「さ、次はお母さんの家族会員について説明しますね」

 

「あ、お願いします」

 

 やや話から置いてけぼりだった母さんにようやくお鉢が回ってくる。

 

「家族会員は先程も説明したように、会費無料で会合への参加は可能ですが、正会員と比べると権限は制限されます」

 

 会合にも参加でき、発言権・投票権ともにあるが1票の価値も変わってくるというのは先程の説明の通り。

 

「それでは、ここに名前を書いてください」

 

 比良さんが出した書類、そこには「家族会員入会届」とあって既に「正会員石山優子の家族会員」と書いてある。

 

「ここにご両親の名前と続柄をお願いします。住所欄は『正会員・普通会員と同じ』でよろしいですね?」

 

「はい」

 

 母さんが自分と父さんの名前、更に続柄で母、父と書き、年齢がある。

 ちなみに、生まれの元号に丸をつける欄は、通常なら「大正・昭和・平成」となっているのに、この書類では「永正、天保、弘化、嘉永、安政、万延、文久、元治、慶応、明治、大正、昭和、平成」とある。永正は永原先生用で、天保は比良さんと余呉さんの生まれた元号かな?

 

「えっと、昭和だから……」

 

 母さんもこれには驚いている。

 

「あはは、永正は私の、天保もここの2人の専用の元号だよ。あと、実は万延生まれのTS病の人は誰もいないんだけどね」

 

 永原先生が説明してくれる。

 

「永原会長はともかく、こういうのはインパクトも重要だから天保以降は全部省略せずにしているわ」

 

「天保の前って本当は文政だからそのあたりの説明が面倒なくらいね」

 

 やっぱり永原先生ってすごい。

 

「そういえば、先生って元号いくつ渡ってきたんです?」

 

 母さんがさり気なく聞く。

 

「えっと……永正、大永、享禄、天文、弘治……」

 

 永原先生が指を折りながら暗証していく。恐ろしい数だ。

 

「……明治、大正、昭和、平成だから49個だね」

 

「ひええ……」

 

「でも、昭和のように64年続いたのもあるし万延は元年と2年だけだったりするわよ」

 

「そうかぁ、昔は元号よく変えてたんだよね」

 

 明治以降に「一世一元の制」になったんだっけ?

 

「そそ、私が生まれた時の天皇が後柏原天皇で104代だから見てきたのは22代よ」

 

 それでも十分過ぎるほどすごいことよね。

 

「あ、書類全部書き終わったわよ」

 

 そんなこんなで、母さんが書類を全部書き終わっていた。

 

「はい、これで石山さんのお父さんお母さんもここの家族会員よ」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 母さんが挨拶する。

 

「ふう、これで入会の手続きもこれで終わりかな?」

 

「ええ、今日からは、石山さんは小谷学園の先生生徒だけではなく、日本性転換症候群協会の正会員としても、よろしくね」

 

「は、はい……ところで永原先生」

 

 もう一つ気になることがある。

 

「ん?」

 

「正会員20歳以上って言うことになってますけど、本当はもっと年長者ばかりなんじゃ――」

 

「ああ、うん。江戸以前の生まれはみんな正会員だし……明治からは普通会員も普通にいるんだけど」

 

「そうねえ、平成生まれの正会員は石山さんが初めてよ」

 

 ですよねー

 

「ま、気負わなくても大丈夫よ。実年齢が行っていると言っても、見た目はみんなこんなだからね」

 

 永原先生が言う。特に古い時代の人は、時代背景もあって小柄な人が多いんだとか。

 

「……それじゃあ、今日はもうすることないわよ。ありがとうね、貴重な日曜日に来てもらって」

 

 比良さんが言う。

 

「いえいえ」

 

「ええ、あたしも最初の会合楽しみにしているわよ」

 

「じゃあ、帰りはエレベーターまで私が送っていくわね」

 

 永原先生がドアを開けてくれる。

 あたしは机に置いておいたくまさんのぬいぐるみを再び持ってから立ち上がる。

 大事なぬいぐるみさんだし忘れたら良くない。

 

「ふふっ、ぬいぐるみを大事に持ってるのを見るとかわいいわね」

 

 比良さんが言う。

 ぬいぐるみ効果があったことを実感できるのは嬉しい。

 うん、あたしはそれでいい。胸も大きいしやろうと思えば大人っぽい魅力も出せると思うけど、顔が童顔だし、何より浩介くんをはじめ男の子の好みを考えれば少女性の強い方がモテそうだわ。

 

「今日はありがとうね」

 

 永原先生が再びお礼を言ってくる。

 

「うん」

 

 そのまま3人でエレベーターまで到着する。

 永原先生が下側のボタンを押すと、音とともにエレベーターの一つが光る。

 するとそこの扉が開く。エレベーターの中には誰もいない。

 

 永原先生が「開」ボタンを押しながらあたしたちが続く。

 永原先生が1階のボタンを押して閉めると行きと同じようにアナウンスが流れ、そして恐ろしいスピードで階を降りていく。

 途中の階には一切止まらずノンストップで1階に戻ってくる。

 

「それじゃ、私はもうちょっと仕事があるから……石山さん、また明日、学校で会いましょう」

 

「うん」

 

 永原先生と別れ、ビルの出口へと向かう。ご丁寧に駅の案内もあるので、あたしたちは迷うこともなく駅に到着する。

 

 電車の中で考える、あたしもついに正会員。

 色々な意味で異例の抜擢になった。

 永原先生の話を聞く限り、正会員というのは要するに「幹部」という意味だ。会社で言うなら「取締役」と言ってもいいかもしれない。

 

 あたしは女の子になってから半年でここまで来られた。

 でも、正会員と言わずとも、普通会員になれる人だって実は多くない。

 

 この病気になると、大抵の場合は自殺してしまうという。

 あたしは、きっかけがあったから良かったかもしれない。

 優一の頃、あたしは乱暴の限りを尽くしていた。

 でも、そうじゃなかったら? あたしが、普通の真面目な男の子に育っていたら、きっと他の大半のTS病患者と同じように女の子の生活に耐えられないまま自殺していたかもしれない。

 あるいはうまくそれを回避したとしても、女の子になりきるにはもっともっと時間がかかったのは間違いない。

 

 昔の自分を捨てたいとがむしゃらに思っていたからこそ、そのために女の子らしく女の子らしくと頑張って、永原先生からも褒められて、女の子として恋に落ちて、男の子と恋愛し、最終的には異例の抜擢まで受けられた。

 

 今日も本部の人が言っていた、「女の子らしくしたいと思うことが、どんなに難しいことか自覚して欲しい」のだという。

 

 電車の席で座ったまま足下を見る。

 愛らしいくまさんのぬいぐるみを何となく優しく撫でる。

 

 少女漫画にぬいぐるみやおままごとにはまるようになったのも、最初はもっと女の子の世界を知りたいという単なる純粋な好奇心だったようにも思う。

 しかし、今はすっかりその魅力に取り憑かれてしまった。多分それはあたしの心が変わったから。

 

 電車を乗り換え、そして自宅の最寄駅まで行く。

 母さんとはあまり話さない。あたしは自分のこれからについて考えていたかった。

 浩介くんともどうしよう?

 このまま行けば、ここの会の人との付き合いのほうが浩介くんとの付き合いよりも遥かに長くなる。

 比良さんや余呉さんだけじゃない。

 明治生まれはもう105歳以上だから僅かしかいないしあの様子だと120年以上生きている人は他にもたくさんいるはず。

 昔と違って現代社会は寿命以外ではそうそう死なない。今はあたしが17歳で、比良さんが177歳、余呉さんが184歳で結構年齢差があるように見えるけどだけど、例えば1000年後はあたしが1017歳、比良さんが1177歳、余呉さんが1184歳になる。

 そうなると、あんまり変わらないように見えてしまう。あ、でも永原先生は1499歳だからまだ結構年齢差があるように見えるわね。

 むむむ……永原先生恐るべし……そりゃあ100年前の創設時は余呉さんでも84歳だったものねえ。その時の永原先生は399歳、うん、今よりインパクトは大きそうだ。

 

「優子、降りるわよ」

 

「あっ、はい!」

 

 危ない危ない、危うく乗り過ごすところだったわね。

 

 

「「ただいまー」」

 

「お、優子にお母さんか。おかえり。どうだった?」

 

 書斎にこもりっきりのはずの父さんが珍しく出迎えてくれる。

 

「うん、私も優子も特に問題なかったわよ」

 

 母さんが答える。

 

「それは良かった」

 

「それじゃ夜ご飯作るから優子、手を洗ってしばらくしたら呼ぶから台所に来てちょうだい」

 

「はーい!」

 

 あたしはまず部屋に戻りくまのぬいぐるみさんをベッドの位置に戻し、洗面所に行き手を洗う。

 とりあえず、将来のことを考えすぎても仕方ない。

 

 

「優子ー! 手伝ってー!」

 

「はーい!」

 

 母さんに呼ばれる。

 そして今日も家事の手伝いをして、日曜日を過ごした。

 

 

 月曜日、学校に登校するなり、浩介くんに捕まった。

 

「優子ちゃん、昨日、日本性転換症候群協会の本部に行ったんだって? 正会員、どうだった?」

 

「ああうん、どうも異例のことみたいよ」

 

「へえ、そうなのか! 教えてよ」

 

 あたしは、あの日起きたことを浩介くんに教える。

 永原先生の2番目に年上の人でも半分以下しか生きていないというのは本当だった。

 浩介くんは改めて「やっぱりあの先生ってすごい人だよな」と言っていた。

 

「はーい、ホームルームはじめますよー」

 

 いつものように、レディーススーツに身を包んだ永原先生が教室に入ってくる。

 今日は月曜日でこのまま永原先生の古典が始まる。永原先生もいる中だけど、あたしと浩介くんは気にせず昨日の話を続ける。

 

 

「……というわけよ」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 あたしの話は長く、途中朝のホームルームと1時間目と2時間目の休み時間を挟んで、ようやく話し終えた。

 

「ま、優子ちゃん頑張れよ」

 

「う、うん……」

 

 朝のホームルームでは、これから11月の体育祭に向けてのことを話していた。

 この前まで文化祭だったのに、今度は体育祭。小谷学園は本当に忙しい1年を過ごしている。


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