永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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体育祭への準備

「よーし、今日からはいよいよ体育祭に向けての準備だ! まずは準備運動からするぞ!」

 

「「「はいっ!」」」

 

 11月最初の火曜日の体育の授業、開口一番に体育の先生が言う。

 あたしはこの日、「女の子の都合」で見学になっている。本当は2日後くらいの、ちょうど女の子になって半年の日に来ると予想していたけど、やっぱり2日くらいは誤差範囲なのかな?

 少し気分が悪い中で見学、でも今日着てくれたおかげで、11月の体育祭には重ならないし、多分12月の中間試験にも重ならない。

 女の子になってから6回目だけど慣れることはない。毎回毎回お腹痛くなるし気分も悪くなるし、野菜食べたくなってどうしてもガサツな食べ方しちゃうし。

 生理中だから仕方ないと思っていたけど、やっぱり女の子らしくないことをしちゃうのはどうしても自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 種目は綱引きや玉入れ競争、障害物競走や騎馬戦などなど、体育祭ではおなじみの種目がいくつかあるが、だいたい一人あたり2種目ないし3種目にエントリーすることになっている。

 

 そして体育祭では紅組と白組に別れるわけだけど、あたしはもちろん浩介くんと同じ組がいいと思っていた。

 もちろんまだ組分けは決まらないけど同じ組になるのは2分の1の確率。

 

 ただ、体育祭であたしは懸念していることもある。

 あたし個人としての問題というよりは、全体としての問題がある。

 

 球技大会の時はハンデ付きだったが、あれは学園内部だけでやる大会で、外部の人は参加してないから問題なかった。

 しかし、今回の体育祭は保護者など一般の人にも解放される。

 そんな中でハンデ付きで出たら、「あの子障害でもあるのかしら?」と思われかねない。

 何も知らない無関係の大人にそういうことを言われても、あたしには特に何かデメリットが有るわけではないとは言え、もしかしたら「モンスターペアレント」が現れるかもしれない。

 そうでなくても、あの手の人種はちょっとしたことで文句をいうわけだから、球技大会のあたしのようにハンデという露骨な贔屓をすれば、間違いなくクレーマーが出てくる。

 

 これは、林間学校の部屋割りとは全く次元の違う話だ。

 あれは、見た目も性自認も女性そのものだったあたしがTS病だというだけで隔離された問題だけど、いくら壊滅的な運動能力と言っても、身体障害者でもないあたしがハンデを貰ったら逆差別に見えるのは普通のこと。

 

 しかし、だ。体育の授業を受けて痛いほど分かってはいるが、あたしの運動能力の低さは尋常じゃない。実際、球技大会を見た他の学年・クラスの生徒たちの中にも、「優子ちゃんは軽い身体障害なんじゃないか?」という人さえいるくらいなのだから。

 しかもあたしの場合、優一の頃は運動能力に自信があったし、実際男子の中でも最上位の運動神経を誇っていたからそのギャップは余計に大きい。

 優一の頃はあの浩介くんと張り合うくらいの力も、体力もあった。

 特に20メートルシャトルランでは4月の体力テストで優一だったあたしは浩介くんを負かした。最も、今鍛えている浩介くん相手に勝てるかはわからないけど。

 

 でも今は、女子の中でもとりわけひどい運動能力。だからもしハンデが必要となった場合、最初の種目でハンデが必要なことを周囲に示すしか無い。

 もちろん、示そうとしなくてもハンデが必要と認識されるだろうけど、でもやっぱり色々と難しそうでもある。

 

 もしハンデ無しで体育祭に出れば、当然醜態を晒して足を引っ張り、気まずい雰囲気になってあたしもひどく傷つくことは容易に想像がついた。

 

 準備運動が終わったら今日は綱引きや騎馬戦の練習などで、それぞれ適正を見つけるのが今日の授業の目的なわけだけど、あたしは何をやっても最低適正が目に見えているので、せっかくの見学ということもあって今のうちに体育の先生に相談しに行く。

 

「お、石山か。どうした? ハンデの話か?」

 

「う、うん……」

 

「そうだろうと思った。今回の体育祭は他の保護者も見ているから、ハンデの実現は球技大会以上に高い」

 

「はい、分かってます」

 

 その答えはあたしも予想していた。

 

「だけど、かと言ってハンデ無しじゃ石山を入れたチームが負けることになるな」

 

「はい」

 

 うちのクラスだけ男子女子奇数だからそのあたりも難しい。

 

「とすると、玉入れ、綱引きというのはどうだ?」

 

「玉入れに綱引きですか……? でもそれでも……」

 

「ああいや、チームの人数の合計を奇数にするんだよ。石山はプラスワンのハンデにする」

 

 やっぱり最後はハンデだ。

 

「あ、はいっ! 確かにそれなら面倒な調整がいらないわね!」

 

 綱引きなら、少なくともあたしのように「無能な味方」が居たとしても、マイナスになるということはない。

 玉入れにしても、動き回って味方とぶつかるとかでもない限りは、足を引っ張ることはないだろう。あたしの場合は、無能過ぎてそんな器用なことはできなさそうだ。

 これがリレーなんかになると、無能な味方がいるとその人1人でチームが負けたりするけど、そういう競技には出す必要はない。

 個人戦での100メートル走とかでも、あたしだけ1人遅いとひどいさらし者になることを考えれば、出すのはダメ。

 そうなると、やはり綱引きと玉入れが妥当になる。

 

「そういうことだ。一人多いのは人数調整と実力の都合ということにすればいい」

 

「分かりました」

 

「よし、じゃあ見学を続けてくれ!」

 

「はーい!」

 

 あたしはもう一度見学に戻る。

 種目の練習で疲れていた女子のうち、恵美ちゃんと龍香ちゃんが休息ついでにあたしに寄ってくる。

 

「優子さん、体育の先生と何を話してたんですか?」

 

「あ、うん。あたしが出る種目について話してたの」

 

「ほう、優子、どれに出るんだ?」

 

「綱引きと、玉入れになったよ。これなら競技の都合上単純なプラスワンハンデだけで違和感がないんじゃないかって」

 

「……なるほど! そうすれば優子さんでも違和感なくハンデ戦ができるということですか!」

 

 龍香ちゃんがぽんと左の平手に右の拳を叩き、典型的な「なるほど」のポーズをする。

 

「だな、綱引きは単純な力の総合力だし、玉入れだって動き回らにゃいいだけだな。それなら優子でも足を引っ張ることはねえな」

 

 恵美ちゃんがあたしと同じ考えを述べる。

 

「お、ちょうど綱引きするみてえだな」

 

「じゃあ優子さん、私達行きますね」

 

「うん、頑張ってね」

 

 見学者のあたしと、今日は病気での欠席者が女子に2人いるので、女子の体育の参加者は14人、そのため綱引きは7人チームが2チーム出来る。

 

 

「じゃあ準備はいいみんな?」

 

「はい」

 

「大丈夫」

 

「問題ないです」

 

 桂子ちゃんの声掛けとともに、みんなが問題ないと意思表示をする。

 

「じゃあ……よーい……どんっ!」

 

「「「んんっー!!!」」」

 

 綱引きは一進一退の攻防が続いている。意外と見るだけも面白く、どちらが勝ってもおかしくない状況。

 

「ふうっ……はぁっ!」

 

「わっわっ……!」

 

「きゃああああああっ!」

 

 一番外側で綱を引いていた恵美ちゃんが気合の声を上げると、もう一方の7人チームは一気に総崩れになり、恵美ちゃんのチームが勝利になった。

 どうやら均衡を破るのは比較的楽だけど、確実を期するために長期戦で体力勝負に持ち込んだということかな?

 

「へへん、あたいったら最強だぜ!」

 

「恵美はすごいわね」

 

 恵美ちゃんが勝ち誇ったように言う。

 やはりテニスで鍛えた腕力は相当なものだ。

 小谷学園は運動部が乏しく、いても弱小が大半の中で、全国レベルの身体能力を持つ恵美ちゃんは反則級の強さと言っていい。

 虎姫ちゃんの女子サッカー部も強いけど、基本手を使わないスポーツとして有名なサッカーじゃ綱引きは弱い。

 

「やっぱ体育だと恵美は強いよね」

 

「へへん!」

 

 恵美ちゃんがもう一回勝ち誇ったような顔をする。

 あたしは特に羨ましいとは思わなかった。

 

 あたしは注意を男子の方へと向けてみる。すると、他の男子と共に練習中の浩介くんが目に入った。

 浩介くんは大玉転がしに講じていて、他の男子をぶっちぎっている。

 

「つえーよ篠原!」

 

「お前本当何やってもすげえよな!」

 

「あの優子ちゃんが惚れるだけあるよなあ!」

 

 うん、浩介くんが守ってくれる。

 男にナンパされた時だって、そうやって守られてきた。

 

 女の子の中に混じってさえすっかり弱くなったあたしが、恵美ちゃんでさえ出来ない「男に勝つ」何てことを思うことは絶対にダメと、改めて心に誓った。

 

 見学をしていると、浩介くんもちょうど順番の谷間に差し掛かり休息していた。

 あたしは歩いて休んでいる浩介くんに声をかける。

 

「おつかれ浩介くん」

 

「優子ちゃん、今日は見学だから分からないかもしれないけど……そっちはどうなんだ?」

 

「うーんとね、綱引きと玉入れになったよ」

 

 あたしが言う。

 

「なるほど、玉入れはともかく……綱引きは大丈夫か?」

 

 浩介くんが少し心配した顔になる。

 

「ああうん、どっちもあたしがプラスワンになったから」

 

「そうか……無理するなよ」

 

 浩介くんが安堵した表情で言う。体育の授業では、男女別が多いけど浩介くんによく心配されている。

 

「分かってるって……でももしものときはお願いね」

 

「あ、ああ……」

 

「ふふっ、いつもありがとうね」

 

「っ……」

 

 あたしがニッコリとお礼をいうと、浩介くんは照れているのか黙り込んでしまう。

 いつまでも、こんな関係が続けばいいのに。あたしはそう思う。

 

「それより、浩介くんの方はどう?」

 

 会話が続かなくなってきたので、あたしが逆に聞いてみる。

 

「うん、何をやっても強いぞ俺」

 

 浩介くんは体力の下地が良いから、さすがに専門の運動部にその競技では勝てないけど、体育祭の種目のようなもの、特に総合力が要求される部門では本当に強い。

 

 体育祭のことを考える、浩介くんの活躍にうっとりしているあたしが容易に想像できる。

 さっきの大玉転がしもそうだったし、100メートル走やリレー、騎馬戦で活躍する浩介くんを想像する。

 

「どうしたんだ? 何を考えて!?」

 

「あっ……う、うん……その……」

 

 浩介くんに声をかけられてしどろもどろになる。

 

「ん?」

 

「体育祭で活躍する浩介くんを想像してて……」

 

「あはは優子ちゃん、強い俺は好き?」

 

「うん、やっぱり強い男の子って素敵だと思うわ」

 

 そう思った時、ちょっと引っかかった。

 

「でもよ、強いだけなら優一もそうだろ?」

 

「あっ!」

 

 浩介くんの鋭い指摘。

 あたしははっとする。今までは浩介くんを見て「強い男の子」は素敵と思い続けていたが、強いだけなら「優一」も同じだということを、忘れかけていた。

 本当の意味で忘れることは今後もない。それでも、あたしの意識からは確実に消えていく「優一」の記憶。

 だから、こんなことさえ、忘れかけていた。

 

「俺は、責任感あって優子ちゃんを守れたから、守れたからこそ、強い俺に……優子ちゃんは惹かれているんだと思う」

 

 優一は強かったが無責任で乱暴だった。力に溺れ、些細な事で怒鳴り、多くの男子に迷惑をかけた。それは浩介くんも含まれている。

 優一と今の浩介くんとは同じ強いでも正反対だ。浩介くんは、最初こそ優一を負かすための復讐心で強くなりたいと鍛えていたが、今では優子になったあたしのために強くなっている。

 

 そして、優子を守るために、あたしに2回力を振るった。

 

「うん、浩介くんの言うとおりだね、力が強いだけじゃダメ」

 

「俺さ、優子ちゃんが惹かれている強さってそれだけじゃないと思うんだよ」

 

「え?」

 

「優子ちゃんは、多分俺の気持ちに惚れているんだって」

 

 そうだ、あたしは女の子だもん。男みたいに身体中心ではなく気持ちで恋愛をしているんだ。

 こんな感覚はとても久しぶり、久しぶりに「女の子の感性」で、無意識的な変化に気付けていなかった。

 

 そうか、これが永原先生の言っていた「破片」なんだって思った。

 

「どうしたの優子ちゃん、考え込んで?」

 

「ああうん、あたし、浩介くんの身体的な『力』で恋愛をしていたんじゃなくて『気持ち』で恋愛をしていたんだって」

 

「うん……」

 

「意識は女の子だけど、その辺の知識がまだ女の子になりきれてなかったって思ってね」

 

「え、でももう優子ちゃんは……」

 

「ほら、後夜祭の時の永原先生の言葉を思い出してよ」

 

「え?」

 

「本能まで女の子になっても、頑固な石を金槌で割って、破片が残るようなものだって」

 

「あっ!」

 

「500年も生きてる永原先生でさえ、その『破片』が出ることがあるって言ってたでしょ?」

 

「そ、そうだったな」

 

 浩介くんが思い出した様に言う。

 

「ま、今のあたしにできるのはこうやって一つ一つ、少しずつ取り除いていくことよ」

 

「そうだな」

 

「おーい、篠原―気持ちは分かるがあんまり石山と話しすぎないようになー」

 

 体育の先生に声をかけられた。

 それにしても、うちの体育の先生って結構寛容な人だよな。

 他の学校だと厳しい先生とか結構いるみたいだけど、うちは全然違う。

 

「あ、すいませーん。悪い優子ちゃん、俺もう行くわ」

 

「うん、頑張ってねー」

 

 あたしが浩介くんを見送り、あたしも体育全体の見学に戻る。

 体育祭、ちょっと心配で、ちょっと楽しみなイベントでもある。多分浩介くんとの絆も、深まるはずだから。

 

 

 2日後、11月9日、今日は女の子になってちょうど半年の日。

 半年前の今日、あたしは病院の中で目が覚め、女の子になったことに気付いた日。

 生理痛もまだ万全じゃないけど一応一昨日よりはかなり楽になった。

 

  ガラガラ

 

「おはよー」

 

「優子ちゃんおはよう」

 

 浩介くんが声をかけてくる。

 

「ふうっ……」

 

「大分痛みも引いた?」

 

「うん、まだ本調子じゃないけど概ね大丈夫」

 

「そうかよかった」

 

 浩介くんが安堵の表情を浮かべる。

 

「ありがとう……」

 

「優子ちゃんどうしたんだ? なんかしんみりしているぞ」

 

「今日は11月9日でしょ? あたしが女の子になった日からちょうど半年なのよ」

 

「あ、そう言えばもうそんなに経つんだな」

 

「うん、あたしにとってまだ半年しか経ってないのねって」

 

「そうだな、俺も随分と昔に感じるよ」

 

「色々なことあったわね」

 

 あたしが浩介くんと話していると、永原先生が入ってくる。

 節目の日だけど、学校にとっては特に何でもない日。

 いつものように授業を受け、ノートを取り勉強を続ける。

 

 

「あ、石山さん、今週の土曜日なんだけど」

 

 永原先生が声をかけてくる。

 

「もしかして会合日ですか?」

 

「うん。ちょっと議題が一つあってね、臨時会合なんだけど石山さんにも参加してほしいのよ。強制じゃないけど」

 

「分かったわ」

 

 あたしも高校生とは言え正会員だ。

 せっかく永原先生が原則を曲げてまで推薦してくれたんだ。

 最初の会合くらいは参加しないと。

 

「そういえば母さんと父さんは参加してもいいのかな?」

 

「うん、正会員だけの会合じゃないから問題ないよ、家族会員は滅多に来ないけどね。はい、これ場所と時間よ」

 

「はい」

 

 見ると場所はこの前行った本部で、時間は午前10時からとなっている。

 

 あたしは帰って母さんに土曜日の日本性転換症候群協会の臨時会合に参加する旨を伝える。母さんは参加しないと言ってきた。まあそれなら仕方ない。

 今後は土日が会合で潰れることも計算しながら生活していかなきゃいけない。

 

 改めて責任感を感じて寝ることにした。


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