永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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体育祭へ

 塩津さんの家や、永原先生、あるいは他の会員からの幸子さんに関する連絡はまだない。順調に事が進んでいることを祈りつつ、あたしは高校生と日本性転換症候群協会の正会員という二重生活を始めることになった。

 

 最初は体力が持つか不安だったけど、テレビ電話で話せばいいことや、しばらく会合の予定はないこと、また連絡そのものも途絶えているとあって、今や普段の学生生活とほとんど変わらない状況になった。

 

 そして今日は11月も下旬の体育祭の日、あたしは体育が大の苦手科目で、今日はその祭典という、普通なら最大級の鬱イベントになるところだが、皆のサポートもあって体育の時間が辛いということはなくなった。

 

 そして北の方に遅れてここでも寒くなり始めた。

 そこで、あたしは学校でもストッキングデビューすることになった。

 普段の制服よりも行程は一個多くなるけど、これだけで相当暖かくなるのが救いだ。

 あと、ちょっとだけ股がゆるくても、ストッキングのデザイン上パンツが見えにくいというメリットも有る。

 

「いってきまーす」

 

「体育祭でしょ? 頑張ってね」

 

「あはは……」

 

 あたしの出場種目は綱引きと玉入れということになった。

 一応欠席者の代理として、各々補欠となる種目も決めなきゃいけないんだけど、あたしの場合、そこは特別に決めなくていいことになった。

 まあ、この2つ以外の種目だとあたしは存在しない方が戦力上がるからなあ……仕方ない。

 

 一方で浩介くんは100メートル走に大玉転がし、そして2年生と3年生の男子で行う騎馬戦となった。

 どれもこれも浩介くんにとっては得意種目。

 特に騎馬戦では、練習でかなり大暴れしていたため、2年生ながら大将を務めることになった。

 

 最大の懸案であった浩介くんと敵同士になってしまうのではないかという問題も、浩介くんとは同一の紅組になって解消され、いよいよ体育祭の幕開けとなった。

 

「おはよー」

 

「あ、優子ちゃんおはよう。あれ? ストッキングにしたんだ」

 

 桂子ちゃんに声をかけられる。

 

「うん、最近寒くなってきたからね、足太くならないようにって」

 

「へえ、やっぱり優子ちゃんってすごいわね」

 

 そう言うと、桂子ちゃんは恵美ちゃんの方を振り向く、制服のスカートの中にすでにジャージを着込んでいるらしく、椅子に片足を乗せてだらしなく話している。

 

「あはは、あれはダメだよね、うん」

 

 あたしは、「そういう風に面倒臭がっていると、いつまでも女子力が上がらないわよ」と言いたいが、恵美ちゃんは恵美ちゃんだ。ああいうのでいいのかもしれない。

 女子力を少しでも上げていきたいあたしはあたしで、ああいうのを反面教師にしていけばいい。

 

 

  ガラガラ

 

「おはよー優子ちゃん」

 

「浩介くんおはよう」

 

 教室に入ってきた浩介くんと挨拶する。

 朝のホームルームが終われば体育祭、母さんたちも来るかどうかはわからない。

 あたしの体育の成績もあるし、できれば来てほしくないという気持ちもある。

 

 

  ガラガラ

 

「はーい、皆さん、ホームルームを始めますわよー!」

 

 そして、永原先生が教室に入る。

 連絡事項は今日の体育祭の最終確認。

 軽く聞き流しながら、あたしは永原先生について考える。

 あたしが女子高生と協会正会員という二重生活を始めたように、永原先生は教員と協会会長という、もっと厳しいであろう二重生活を100年も続けている。

 学校で先生という職業をしながら、TS病の支援活動までしている。

 症例が少ないから、TS病支援に専念することは出来ない。

 それはきっと、比良さんや余呉さんも同じこと。彼女たちはみんな、ある種二重生活者といえるだろう。

 

「はい、それじゃあ今日は以上になります。早速着替えて体育祭に備えてください」

 

「「「はーい!」」」

 

 今日はほとんど体操着で過ごすことになる。他のクラスでも一斉に着替えるため、時間帯を分け、まず男子から着替え、次に女子が教室で着替えることになっている。

 クラスの女子と一緒に、教室から出てカーテンを閉める。

 浩介くんが着替えているところみたいなあ……ってダメダメ! 女の子なんだから、彼氏の着替えに興味があるのは当然だけどそういうはしたない子になっちゃダメでしょ優子。

 

 あたしは「優一の記憶」を辿って浩介くんのことを思い出す。

 ……うーん、着替えたことは思い出せるけど、浩介くんのことまで思い出せないや。

 

 半年前まで毎週2回の体育の授業で、あるいは小中学校の時から、ずっとあの中にいたと言うのに、半年いないだけでもう詳しいことを忘れてしまう。

 それは多分、「どうでもいい記憶」だったからかもしれないし、あるいはクラスで孤立していた「優一」だからかもしれない。

 

「優子ちゃん、何考えてるの?」

 

「扉を凝視してどうしたんですか?」

 

 桂子ちゃんと龍香ちゃんが声をかけてくる。

 

「ああ、うん……その……」

 

「ひょっとして中を想像していたりとかですか?」

 

「ギクッ……」

 

「あはは図星だね」

 

 桂子ちゃんと龍香ちゃんに笑われてしまった。

 

「あうう……」

 

 龍香ちゃん鋭すぎる……

 

「でも、優子さん半年前まではあの中にいたんですよね?」

 

「う、うん……でも思い出せなくて……」

 

「へえ、やっぱりそういうものなのねえ」

 

 桂子ちゃんも関心している。

 もちろん、あたしも優一時代の人格を忘れたわけではない。永原先生でさえ最初の20年の人格を忘れたわけではないように。

 でも、思い出す機会も日にちが過ぎるに連れて、確実に減っていっている。

 一歩一歩、影が薄くなっていく。無くなることはなくても、薄くなり続ける。

 食塩水にいくら水を加えても、塩分はなくならないが、割合が薄くなるようなものかもしれない。

 

 

「終わったぞー」

 

 体操着姿の男子たちが教室から出ていく。男子たちは鞄を持っていて、ここに着替えた制服が入っている。

 ちなみに、終わる時は女子から着替えることになっているので女子の場合は制服は机においておけばいいことになっている。

 

 そして、いつものように女子たちで着替える。

 あたしの人生全体で見れば、男子更衣室よりも、女子更衣室に入った回数の方がずっと少ないのに、安心感はこちらのほうが数段上になった。

 最初に着替えた時は……ああそうか、一人で着替えてたんだっけ?

 

 体育の着替えには思い出がある。あたしが女子として皆から初めて受け入れられた時も、これがきっかけだった。

 ふと、幸子さんのことを考える。塩津さんは大学生だけど、女子サッカーの方には参加したように見える。更衣室とかはどうしたんだろう?

 「女子と一緒に更衣室に入る」くらい出来ないと、女の子として一人前にはなれない。いつまでもそれを避けていては必ず破綻が来る。

 でも、幸子さんの通う大学の友人たちがどれだけ事情を知っているかはあたしにはわからない。

 もし事情を知っていると、下手すれば教頭先生や小野先生みたいなことになりかねない。

 

 あたしは自分が女の子だという強い自負があったから何とかなったけど、中途半端な精神状態だとかなりまずいことになる。しっかりと女の子として根を張らないと行けないのがこの病気なんだから。

 ……そうすると大学の人達にも連絡を取らないといけないかなあ。

 

「そういえば、優子さん。会の方はどうなんですか?」

 

「ああうん、順調だよ」

 

 幸子さんの対処法を考えていたら、龍香ちゃんに声をかけられた。

 あたしは、クラスの女子にはまだTS病になったばかりの患者1人の担当カウンセラーになったということを話せていない。

 高校生ということを考えればとんでもない重役だからというのもあるし、周囲も驚くだろうというところからだ。

 

  ブー! ブー! ブー!

 

 携帯のマナーモードのバイブが鳴っている。

 よく見ると余呉さんからのメール。

 

 題名:塩津さんの服装問題について

 本文:塩津さんについて余呉さんから報告です。

 私服が頑なにスカートにならない。女物の下着はそうせざるを得ない状況に追い込んだからいいが、荒れることが多く、お母さんの方で「やっぱり男の服を元に戻したい」と言ってきました。もちろん断ったがお母さんは納得していない。

 石山さんはどうしますか?

 

 

 あたしは余呉さんに、もし可能であれば、徹さんとも連絡を取って、スカートを穿かせるかどうかはともかく、男物の服を絶対元に戻さないように徹底させるように言って欲しいとメールの本文を打つ。

 以前にも言ったように、これは転覆しかけの船、あるいは失速している飛行機と同じ。

 本人の状態はともかく、転覆したり墜落したりするのを防ぐためにも……そうか、永原先生と浩介くんがしてくれたTS病の話も、一緒に送っておこう。

 うーん、打つのに時間がかかるなあ……

 

「優子どうしたの? メール?」

 

 虎姫ちゃんが声をかけてくる。

 

「ああうん、協会の人から」

 

「へー何してるの?」

 

 虎姫ちゃんが興味深く聞いてくる。

 

「ああうん、ちょっと仕事があって……」

 

 もちろん後輩のTS病の人の面倒を見ているとは言えない。

 

「そう? でも、そろそろ集合時間だよ。行かなきゃ」

 

 虎姫ちゃんの言葉に、はっとする。そうだ、ともあれ体育祭に出ないと。

 

「あ、うんごめん行こうか」

 

 ともあれ、以前幸子さんの所へ行った帰りの新幹線の中で考えた例え話、あれは使えるかもしれない。

 それを胸に秘めながらあたしは体育祭の集合場所に集まる。

 すると、教員用の体操着姿の永原先生が現れた。

 

「それじゃあ、2年2組、紅組と白組に別れるけど頑張ろう!」

 

「「「おー!」」」

 

 体育祭は紅組と白組に分かれているが、小谷学園の場合、殆どピリピリしていない。

 得点も一応あるにはあるが、大差がついた時はハンデ戦になったり、その場で打ち切ったりしていて、運用としてはかなりのどんぶり勘定なので、きっちりやろうと考えている生徒も先生もいない。

 むしろこういうのって保護者が一番うるさい感じがする。

 保護者の席を見る、ぱっと見ではあたしの母さんはいないように見える。

 

 保護者たちが続々集まる中で、開会式が開かれる。

 守山会長の放送と共に、最初に登壇したのは校長先生だ。

 

「えー、本日は天候にも恵まれ、無事、小谷学園体育祭を開く運びになりました。えー、校長先生の長話は嫌われる元ですので、これで終了します」

 

 相変わらず話の短い校長先生だ。他の生徒たちの中では、印象こそいいもののいまいち影の薄い校長先生だけど、あたしにとっては教頭先生との対立を鎮めてくれた恩人でもある。

 

 守山会長の宣言から、実行委員により最初の種目の開始準備が始まった。

 ちなみに、あたしは林間学校の実行委員をやったので、来年は委員会も別のをしなければいけない。

 林間学校の後で分かったことだけど、当初は学校側でTS病という事情を加味して実行委員義務を免除する方向にもあったらしいけど、結果的に浩介くんを好きになれたきっかけだし、今ではいい思い出になった。

 

 ともあれ、あたしは持ち場に戻ったら持っていた携帯電話をもう一度開き、メールの続きを打つ。

 

 船と飛行機の2つの例え話を余呉さんに伝え、はっきりと幸子さんのお母さんに「お母さんのしていることは、例え善意でも、いや善意だからこそ状況を悪化させる行為」だと伝えなければならない。

 浩介くんが例え話に使った事故でも、別の操縦士が正しい操作をしたにも関わらず、間違いを疑わなかったその操縦士によって打ち消されてしまい、墜落事故という結末を迎えたのだから。

 

「おや、石山さん、携帯で何をしているんですか?」

 

 意外な声が聞こえてきた。

 

「あ! 校長先生!」

 

 あたしは携帯を隠そうともしない。別に他人に迷惑をかけているわけではないからだ。

 校長先生もそのことを知っているから、携帯電話をいじっているあたしに対して全く注意しようとしない。

 

「いやはや、邪魔しちゃいましたか?」

 

「ああいえ、大丈夫です」

 

「それは良かったです。もし差し支えなければ、何をしていたのか教えて下さいますかな?」

 

「はい。実は東北の方で1人新しくTS病になった人が出たんですけど――」

 

 個人情報もあるし、慎重に話さないと。

 

「ええ」

 

「あたしが担当のカウンセラーになりまして」

 

 クラスのみんなには話していないけど、校長先生ならまあいいかもしれない。

 

「おや、会長の永原さんが石山さんを正会員に推薦したという話は聞いてましたが、もうお仕事ですか?」

 

「はい。最悪の事態は脱しましたが、患者の状況は悪いです。自殺の危険性は依然高いです」

 

 正直、帰った時はここから好転してくれるかもしれないという期待はあったけど、やっぱりそううまくは行かない。

 

「それはそれは。大変ですねえ」

 

「はい、重圧もあります」

 

 具体的なことは話さないし、校長先生も大人なのでそうしたところはわきまえている。

 

「気負わなくていいですよ。私も、校長と生徒という関係だけではなく、日本性転換症候群協会の正会員と、小谷学園の代表者という関係で、あなたと接することもあるでしょうから」

 

「ああいえいえ、とんでもないですよ」

 

 あたしはとっさに謙遜する。そういう関係は永原先生と校長先生だけで十分だ。

 

「ははっ、事実ですよ事実」

 

 校長先生が笑う。

 

  ブー! ブー! ブー!

 

「あ、すいません」

 

 余呉さんからメールが届く。

 

 題名:分かりました

 本文:今の例え話の件も含め、塩津さんには詳細に伝えておきます。

 

「何と来たのですか?」

 

「はい、『了解しました』という返答です」

 

 あたしが答える。

 

「さ、そろそろ最初の種目が始まります。私も、ここで観戦していいですか?」

 

「ええ、もちろん構いませんよ」

 

 校長先生なんだから、あたしに許可を求めるというのもどうかと思いつつ、校長先生がゆっくりと腰を下ろす。

 

「あれ、校長先生、どうしてここに?」

 

 校長先生を見つけた永原先生が疑問の声を上げる。

 

「ああいや、石山さんが携帯をいじっていたのに少し気になりましたので、声をかけたんです」

 

「そうですか……石山さん、携帯で誰とやり取りしてたの?」

 

「ああ、うん……余呉さんから」

 

 あたしが正直に言う。

 

「あ、そう。それで、余呉さんからは何だって?」

 

「えっと……こういう内容です、永原会長」

 

 あたしは、個人情報のこともあって口頭ではなく携帯の画面を永原先生に見せる。校長先生も配慮して明後日の方向を向いている。

 

「うん、分かったわ。それで返信は?」

 

「こう返信しました……それで、返ってきたのがこちらです」

 

「……うん、分かったわ。ありがとう。石山さんのレポートについても言いたいことはあるけど、今はちょっと待っててね。体育祭が終わってからにするわよ」

 

「……分かりました」

 

 あたしと永原先生は2つの顔を巧みに使い分ける。

 そして用事が済んだら、日本性転換症候群協会の会長と会員という立場から、すぐに小谷学園の先生と生徒という関係に戻る。

 これからも、こういった風に関係が切り替わるということは何度も起きるだろう。今のうちに、訓練を積んで慣れておかないといけない。

 

 ともあれ、校庭に目をやると、実行委員の開始準備が終わっていた。

 小谷学園体育祭、最初の種目が始まった。

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