永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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体育祭 後編

「さあ始まりました。お次は2年女子による、玉入れ競争です。ルールは簡単、お互いの色、赤と白のかごの中に、より多くの球を入れたチームが勝ちです。一回戦は3、4組の紅組白組です。紅組からは3組――」

 

「よーい!」

 

  パンッ!

 

 守山会長が選手紹介をして、小野先生の掛け声とおもちゃの銃声とともにいざスタート。

 

 みんな勢いよくしゃがんで素早く籠に投げる。高くて入らないこともある。

 結構置かれた球が危なくて、あたしも注意すべき場面。体育の授業でも、一回転びそうになった。

 

  ピーッ!

 

「そこまで! 集計作業に入る!」

 

 小野先生の宣言とともに体育祭実行委員の生徒たちがボールを集計する。

 

「紅組の勝利!」

 

  ワー!

 

 よし、まずは先勝!

 今のところ白組が僅かにリードしているから、この玉入れで逆転したい。ともあれ、2回戦までだから、負けても引き離されるということはない。

 

「さ、優子さん、次ですよ」

 

「う、うん……」

 

 龍香ちゃんの声とともに出番に向けて準備する。校庭では実行委員がボールを元に戻し均等にばらしていく。

 

「さあ、準備ができました。それでは第二試合を開始したいと思います!」

 

 会場が拍手の包まれる。さっきの綱引きのように、今回はあたしの運動音痴はごまかせない。

 

「まずは2組の紅組から。石山優子――」

 

 あたしの名前から呼ばれる。最初の配置につく。

 あたしは事前の練習試合で気付いていたが、ボールは真下からよりも少し離れた場所から投げたほうが入りやすい。

 そのため、まずは相手のかごの真下付近まで移動する必要がある。

 あたしはパワーこそないけど、さすがに毬の玉を籠まで上げられないほど弱くはないし、コントロールならある程度効かせることができる。

 

「位置について、よーい……!」

 

  パンッ!

 

 いつもの合図とともに始まる玉入れ競争。

 あたしは足で玉を集めつつ、適当な距離になったらしゃがんでボールを抱きつつ籠に入れる。

 

「えいっ! えいっ!」

 

 なかなか入らないがそれはほかの子も同じ。

 中には勢いよく投げすぎた球とあたしの球がぶつかって両方入ったこともあった。

 

「残り2分です!」

 

 小野先生の声とともに、周囲のテンポも速まる。落ちた毬の球を拾っては投げ、拾っては投げる。意外と入ってくれるが、それでも他の子に比べれば断トツの最下位のはず。

 また相手ゴールの近くにいるので、こぼれ球を拾ったりもできる上、通行の邪魔もできている。

 

「残り1分です!」

 

 さらにみんながあわただしく動き、一部では接触までして会場がちょっとざわついている。

 練習ではあんな激しくやらなかった。

 とにかく、巻き込まれないように注意しないと。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 同じ場所からほとんど動いていないにもかかわらず、しゃがんだり立ったり投げたりを繰り返すだけで、汗がだくだくになり、動きも散漫になる。

 周りの女子はそれに加えて走り回れるんだからすごいよなあ……

 

「残り30秒です!」

 

 しかし、そんなことを考えつつ、球を拾って投げた次の瞬間だった。

 

「わあ!」

 

「!?」

 

「優子ちゃん危ない!」

 

  ドサッ!

 

 誰かが危ないと声をかけたのもつかの間、ボールに足を取られたと思われる女子が転びながらあたしの体に当たってくる。

 

「痛っ!」

 

「きゃあ!」

 

 一瞬だけスローモーションになった気がする。

 しかしすぐに、背中に激痛が走り、あたしはうつ伏せになってその子の下敷きになってしまう。

 

「だ、大丈夫ですか優子さん!」

 

 痛い、痛いよお……

 

「あ、あの……ごめんなさい! 大丈夫!?」

 

 上にのしかかる形になった女の子も心配そうに声をかける。

 目の奥から涙があふれる。痛くて耐えられない。

 

「怪我はない? 大丈夫?」

 

「う、うえええええええんん!!!」

 

 あたしは痛みに耐えられず、その場で泣き出してしまう。大泣きしているあたしに会場は騒然としているが、全く気にならない。とにかく、泣きたくてたまらない。

 とにかく痛くて、泣かないと耐えられない。

 

「ふぇ……ひぐっ……うぇえ……うわあああああああんんん!!!」

 

 大声で泣いていると、誰かが走る音がする。

 

「おい、優子ちゃん! 大丈夫か?」

 

 聞こえてきたのは浩介くんの声。大丈夫じゃないあたしは、泣きながら首を横に振る。

 

「俺が保健室まで連れていく」

 

「あ、あの。実行委員がやっておきますので」

 

 別の女性の声がする。

 

「いい、俺が運ぶ」

 

「いやその……」

 

「俺の彼女だ!!!」

 

 うっ……浩介くん……!

 

 あたしは浩介くんに膝と肩を持たれる。

 いわゆるお姫様抱っこの形。

 

「「「うおおおおおおお!!!」」」

 

  パチパチパチパチ!!!

 

 泣いていてよく分からないけど、会場が割れんばかりの拍手と歓声でいっぱいになる。

 あたしは徐々に歓声も小さくなるのを聞く。そして集計では紅組が勝ったと言っていたのが聞こえた。

 ああ、また……また素敵な浩介くんに守られちゃった!

 

 

「詳しくは分かりませんがひとまず異常はありません」

 

 保険の先生が言う。

 

「大丈夫か? ゆっくり休めよ」

 

「うん……」

 

 ひとまず、あたしも痛みは引いているけど、大事を取って保健室で休むことになった。

 騎馬戦まではまだかなりの時間があるし、いずれにしてもあたしの出番はもう終わり。ともあれ休もう。

 

「石山さん、これを貼ってください」

 

 保険の先生から湿布を渡される。

 

「はい、ありがとうございます……」

 

 シャツをめくり、打った背中に貼り付ける。ひんやり感が気持ちいい。

 

 あたしはふと、球技大会の時を思い出す。

 あの時も、あたしは痛くて泣いた。でも、その時はまだ、浩介は助けてくれなかった。

 泣いているあたしを見て、罪悪感と恋心とで戦っていた。

 あの時、浩介くんは自暴自棄になっていた。でも、あたしが優しく包みこんで、そして今がある。

 あたしは泣き虫、でも浩介くんはそんなあたしも受け入れてくれた。

 

「では次の種目は――」

 

 体育祭のマイクとつながっているのか、守山会長の声が聞こえてくる。

 体育祭は、何事もなかったかのように続いていく。

 

 あたしは騎馬戦の前の種目が、400メートルのリレー競争だと知っていたので、それを目安にする。

 

 

「優子ちゃん、まだしばらくあるから俺、ここにいるよ」

 

「ありがとう」

 

 少し落ち着いたら、浩介くんが入って来て、看病してくれると言ってきた。って病じゃないかな?

 

「篠原君、あんまり関係ない人は――」

 

「俺の彼女だ。俺が責任取る」

 

 浩介くんが保険の先生を威圧している。

 

「わ、分かりました」

 

 あれだけの大騒ぎも、今では遠くの喧騒。

 これはそう、後夜祭に似ている。

 保健の先生がカーテンを閉め、密室になっている。

 

「痛みはどうだ?」

 

「うん、大分良くなった。浩介くんと一緒に戻れると思うわ」

 

「そうかよかった……」

 

 会話が続かない。

 そうだ、さっきのお礼を言わないと。

 

「浩介くんありがとう。また助けてもらっちゃって」

 

「ああいや、いいんだ。男として、彼氏として当然のことをしたまでだ」

 

 ぼんっとあたしの顔が赤くなる。

 もうかっこよすぎてたまんないよお……

 

 もう、我慢できない。

 

「浩介くん……」

 

「どうした優子ちゃん?」

 

「んっ……」

 

 あたしは目を瞑って唇を尖らしてキスしてアピールをする。

 

「おい、保健の先生が居るんだぞ」

 

「んー!」

 

 あたしがかわいくわがままにキスをねだる。

 

「もう、しょうがないなあ……ちょっとだけだぞ」

 

「ちゅっ」

 

 浩介くんが一瞬だけ唇を合わせてくれる。

 さっきのようなディープなキスではないけど、あたしにはさっきに負けないくらいの興奮がある。

 それは浩介くんに守られた後だったから。浩介くんにまた惚れた後だから。

 

  ガラガラ……

 

 おや、誰か来た?

 

「おや永原先生、どうしました?」

 

「石山さんは?」

 

「こちらです」

 

「分かりました……入っていいー?」

 

「はーい! 大丈夫です」

 

  サッ!

 

 あたしの声とともに、永原先生が入ってくる。

 

「あ、篠原君いたんだ」

 

「はい。やっぱり心配なので」

 

「ふふっ、責任感強いのね」

 

 永原先生がにっこりと笑う。

 

「それで、永原先生はどうして?」

 

「2つほど。1つ目は石山さんの怪我が心配になって見に来たんだけど、その様子だと大丈夫そうね」

 

「はい、痛みも引きました。でも大事を取って騎馬戦前までここで休もうかなと」

 

 騎馬戦までは時間がある。浩介くんの騎馬戦を観戦するだけだし、休養としては十分だろう。

 

「そう。それからもう1点、石山さんの携帯で、余呉さんから連絡が入ってたよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 永原先生より携帯を受け取り、メールを見る。

 

 題名:塩津さんの悟さん時代の服の件

 本文:徹さんを通して、協会本部に郵送してもらいました。

 今後徹さんとお父さんで、お母さんと幸子さんの説得に当たるとのことでした。

 

 あたしは、「了解いたしました」と打ち、その後考える。

 そして本文に「幸子さんをこちらに招待できませんか?」と書き、「女性への抵抗感軽減の名目で、銭湯に入りたい」と伝えることにした。

 あ、でも、せっかくここに会長が居るから幸子さんの件はここで相談しておくかな。

 

「あの、永原会長」

 

「あらそっち? うんどうしたの?」

 

 永原先生も切り替えが早い。

 

「その、幸子さんをこっちに招待できませんか?」

 

「出来ないこともないけど……どうして?」

 

「幸子さん、まだ女の子になることへの抵抗感があるみたいなんです、それにお母さんの善意が悪い方向に行っていて、今も男物の服を元に戻さないように徹さんを通して協会本部に郵送してもらっていたんです」

 

「なるほど。それで?」

 

「はい、幸子さんと一緒にお風呂屋さんに行こうと」

 

「なるほど……分かりました。私の方では了承するということでいきますので、その旨もメールに書いてください」

 

「はい」

 

「あ、そうそう、幸子さんの服1セットだけこっちに送っておくといいわよ」

 

「え? どうして?」

 

「お風呂屋さんに連れて行くんでしょ? 幸子さんの心境が変わったら、スカートを穿かせてあげなさい」

 

「あ、はい!」

 

 永原先生の言いたいことがわかった。

 

「じゃあ休んだらまた来てね。私はこれで」

 

 そう言うと永原先生が出ていく。

 そして永原先生の了承とアドバイスも含め、メールで送った。

 

 

 その後は、浩介くんとふたりきりで、静かな時間を過ごした。

 安らかで、どこか恥ずかしい時間帯だった。

 

 

「さあ、騎馬戦だぞ」

 

「うん」

 

 あたしはベッドから起きる。うん、痛みはない。

 

「それじゃあ、俺たち体育祭に戻ります」

 

「気をつけてね」

 

 保険の先生に見送られながら保健室を出て、あたしたちはゆっくりと戻る。

 

 

「あ、優子さんおかえりなさい」

 

「ただいま龍香ちゃん」

 

「優子ちゃん、もう大丈夫?」

 

「うん、もう痛みはないよ」

 

「そうか、それは良かったぜ。でも油断すんじゃねえぞ」

 

 恵美ちゃん、桂子ちゃん、龍香ちゃんがあたしたちを迎えてくれる。

 

「さ、もうすぐ騎馬戦だよ、かっこいいとこ見せなよ篠原」

 

「分かってるって安曇川」

 

 虎姫ちゃんに鼓舞される浩介くん。

 そういえば、浩介くんって女子人気はどうなんだろう?

 うーん、高いと言ってもあたしの彼氏だし、あんまり品評しないのかも。

 

 ともあれ、浩介くんが騎馬戦の準備をしに行く。

 

「が、頑張ってね!」

 

「おう!」

 

 浩介くんが手を降って騎馬戦に行く。

 騎馬戦は集団戦と個人戦に分かれている。

 この時点での得点はわずかに紅組がリード。このまま逃げ切るためにも頑張らなければいけない。

 

 浩介くんは大将。集団ではもし取られれば即負けだ。

 浩介くんを担ぐ騎馬役たちも学園でも最重量級の柔道部男子を充てるなど豪華絢爛だ。

 

 男子たちが騎馬の準備を開始する。

 

「それでは、本日体育祭の最後、騎馬戦を開始します!」

 

  ワー!

 

 会場の熱気も最高潮に達する。

 守山会長が騎馬戦のルールを改めて説明する。

 集団戦、多くの鉢巻を取れば勝ちだが、大将の鉢巻を取られればすぐに負け。

 だから、普通は大将を守りながら戦うんだけど――

 

 

「うおりゃああああ突っ込めええええ!!!」

 

 浩介くんは敵の中でも一番濃い所を、自らを先頭に敵の大将に一気に進む戦法を取った。

 これは並外れて浩介くんが喧嘩に強いためで、右や左から襲い掛かってくる敵の馬を容赦なくなぎ倒していく。

 

「覚悟しろやああああ!!!」

 

 浩介くんが凄まじい勢いで大将に突進する。大将はひたすら逃げるが、すっかり恐慌状態になった敵軍は連携も取れず、別の騎馬と挟み撃ちになり、あえなく撃沈した。

 

「そこまで! 団体戦! 紅組の勝利!」

 

「キャーーーーー!!! 浩介くん素敵ーーーーー!!!」

 

 あたしの黄色い声が、会場中に流れる。

 続いて個人戦。こちらは、騎馬1馬1馬が戦うことになっていて、大将なら大将同士、副将なら副将同士といった具合で一戦一戦を戦う。

 こちらは一戦ごとに得点が決まる。団体戦で紅組が勝ったとはいえ、ここでボロ負けすればまだ白組に逆転の目がある。

 

 1戦目、白組の勝ち、2戦目、紅組の勝ち。

 試合は一進一退、僅かに白組がリードしているが、それでもまだ逆転圏内ではない。

 副将戦、ここも白組が勝ちだが、あたしの計算では、既に白組の勝利はないと見た。

 

 でも、最後はしっかり締めて欲しい。

 

 大将戦、浩介くんが敵の大将と再び相まみえる。

 

「よーい! はじめ!」

 

  ドンッ! ドン!

 

 太鼓の音が鳴り響き、馬が激突する。

 勝負はあっけなく決まった。

 

 敵大将の両手を浩介くんがつかむと、そのまま力ずくで敵大将を引きずり下ろし、バランスをあっという間に崩してしまう。そして、頭を晒した瞬間に、鉢巻も取ってしまった。

 

「キャーーー!!! 浩介くん素敵ーーー!!!」

 

 目がハートになりながら、あたしは浩介くんへ声援を送り続ける。

 うん、やっぱり浩介くんを好きになってよかった。日を追うごとに、素敵になっていくんだもの。

 

「ただいまを持ちまして、騎馬戦を終了します」

 

 あたしは浩介くんのもとへ駆け寄る。

 

「すごいわ浩介くん! 大活躍じゃない」

 

「へへ、作戦がうまく行ってよかったよ!」

 

「うん、私も感心しちゃったよ。関ヶ原の時の島津左近衛権少将殿を思い出したわ」

 

 永原先生も、よく分からない人の名前を持ち出して、浩介くんを賞賛している。

 

「さ、閉会式に望みましょう」

 

 この後しばらく休憩し、全校で閉会式。

 得点はあたしの計算通りで紅組が勝った。

 

 あたしは浩介くんとハイタッチするが、周囲はあんまり喜んでいる感じではなく、あくまでおまけという感じだ。

 

「えー、続いて、校長先生の最後のお話です。校長先生お願いします」

 

「校長です。皆さん、おかげさまで途中アクシデントもありましたが、本年も体育祭を無事終了することが出来ました。私の話は以上です」

 

 校長先生の簡潔な話が終わる。

 途中のアクシデントって、あたしのことだよね?

 よくよく考えてみると、あたしって本当によく泣く女の子だよね。

 

 でも、繊細でか弱くてもいい。浩介くんが好きでいてくれるし、女の子だから、強さを求める必要はない。

 各自解散する。

 男子は後片付けに駆り出され、その間にあたしたち女子が制服に着替え直す。

 家に帰ったら、お風呂に入ろう。

 

 しばらくし、男子も着替え、今日は解散となった。

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり優子。大丈夫だった?」

 

 母さんが心配そうに言う。

 やっぱり見てないとは言っても連絡はいっていたようだ。

 

「ああうん、怪我はないよ」

 

「そうよかった。体育祭で転んできた子の下敷きになって大泣きしたって聞いた時はびっくりしたよ」

 

「あはは……母さん、風呂沸いてる?」

 

 恥ずかしいので話題を変える。

 

「ああうん、湧いているわよ。入ってきなさい」

 

「はーい」

 

 今日の体育祭の思い出、多分また、浩介くんとの思い出にもなるんだろう。

 そう思いながら、あたしは風呂場へと進んでいった。




劇中で永原先生の口から出てくる島津左近衛権少将とは島津義弘のことです。
関ヶ原での島津の退き口を永原先生は生で見ています。

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