永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件   作:名無し野ハゲ豚

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都会の2人旅

「それで、そう。了承取れた!」

 

 あたしは電話で永原先生から連絡を受け、幸子さん1人であたしと合うことを約束してくれた。

 その待ち合わせ場所として、本部のあるビルの最上層エレベーター前とした。

 正直あの駅は迷うと思うのだが、大丈夫だろうか?

 少しの不安はあったものの、幸子さんとあたしの2人で大都会を旅し、交流することで、解決の糸口を掴めるんじゃないかと思った。

 

 

 その日の午前、まだこっちだって朝早い時間だと言うのに、幸子さんはほとんど朝一の新幹線で来るという。ともあれ、約束の時間の10分前にエレベーターに来た。

 よく見るとまだ幸子さんはいない。ちなみに、幸子さんには具体的に東京で何をするのかはまだ話していない。

 もやもやとした感じだけど、遊びながらあたしの話をし、女の子の自覚を持ってもらうための特別講習をすることにした。ということになっている。

 

 もちろんあたしの簡単な経緯は、あの時塩津さんの家で話したけど、詳しいことは話していない。

 女の子になることへの喜びを伝えることで、まず本人の意志を変えないと、お母さんの「善意」は永遠に勘違いのままだろう。

 もはや外堀を埋めるのは困難と感じてこのようなことを計画した。

 

 

「すみません、待ちましたか?」

 

「あらおはよう」

 

 幸子さんが声をかけてきた。

 幸子さんの服はシンプルなトレーナーとジーパンで髪飾りも何もない。

 緑のワンピースと、いつもの頭の白いリボンでかわいく決めているあたしと並ぶとあまりに地味だ。

 

「もうっ、そんな服で来たの? まあいいけど」

 

「いやその……だって……」

 

「幸子さん、今日は女の子の生活を知るために、あたしの特別講習ということになっているからちゃんとするのよ」

 

「お、おう……」

 

「あと、まだ来ていないという報告ですけれど、そろそろ女の子の日も来ますからね」

 

「うげっ……」

 

 幸子さんが露骨に嫌な顔をする。

 

「生理用品の使い方は習った? 習わないとダメよ」

 

「いや、習っていない」

 

「はぁ……そういうことだろうと思ったわ。あなたのお母さんに連絡して、大至急講習するように言っておきます」

 

「……」

 

 幸子さんは苦笑いをしている。

 生半可な気持ちじゃダメだから注意しないと。

 

「幸子さん、これは笑い事じゃないわよ。これを超えられないで自殺する患者も多いのよ」

 

「う、うん……」

 

「幸子さん? 死にたくないなら、あたしたちの言うことを、お願いだから聞いてね」

 

「は、はい……」

 

 表面的にはちゃんと従ってくれるけど、実際のところは不安がある。

 

「それから、今日は大目に見るけど、服装も、飾りっ気も何もなしはダメよ」

 

「だ、だって……」

 

「いい? 女の子はオシャレして、見られることで可愛くなっていくのよ」

 

「でも……まだわからない」

 

「……じゃあ、あたしの服はどう?」

 

 ワンピースのスカートの裾を摘まんで広げるポーズをして、幸子さんに問いかける。

 

「そ、その……似合ってると思うぞ!」

 

「こら! 言葉遣いに注意してって言ったでしょ?」

 

「に、似合ってるわよ」

 

「よろしい。さ、言葉遣いを間違えたら『私は女の子』でしょ?」

 

 思い出したかのように幸子さんが暗示をかけ始める。

 それにしても、この様子では幸子さんのお母さんは全然責務を果たしていないように思う。

 

「さ、ともあれ、大都会は初めて?」

 

「うん、すごい街並みだ。俺の……」

 

「ギロッ!」

 

 あたしも苦手だけど、幸子さんにギロリと視線を送る。間違いなく、全然怖くないはず。

 

「わ、私の街だって、あの地方じゃ一番大きいのに、やっぱり格が違う……わ」

 

「ふふっ、じゃあ行きましょうか」

 

 とにかく遊びでは積極的に話を振って、なるべく多くボロを出させないといけない。

 クライマックスには温泉施設に行く予定にもなっているしその時には、女性の集団の一人として、裸になる必要がある。

 

「さ、幸子さん。まずはあたしたちの協会の本部に行きますか?」

 

「え? じゃ、じゃあ折角だから」

 

「うん分かった。ついてきて?」

 

「はい」

 

 あたしはまず、エレベータのボタンを押して呼び出すと、先に幸子さんを中へ。

 そして「49」のボタンを押す。

 

 エレベータがものすごい勢いで上昇する。

 

「うわー速いよこれ」

 

 幸子さんがエレベーターのスピードに驚いている。

 あたしが初めてこのビルに入ったのと同じ反応をする。

 

「でしょ?」

 

「49階です。 49th floor.」

 

 あっという間に49階に到着し、あたしは本部の方向へと案内する。

 

「49階のさらに一室なんだ」

 

「意外に小さいな」

 

「うん、珍しい病気だもんね」

 

 そして、あたしが本部の前に移動する。

 

「ちょっと待っててね」

 

 あたしがポーチの中からカードキーを出す。

 

  ピピッ、ガチャッ

 

「はい、どうぞ」

 

「お、お邪魔します」

 

 幸子さんが恐る恐る緊張しながら足を踏み入れる。

 

「意外と普通ですね」

 

「オフィスビルのテナントだからね」

 

 あたしは別の部屋に行く。

 一番大きい、会議もした部屋だ。

 

「あら、石山さんいらっしゃい……この子は?」

 

 副会長の比良さんと、女の子3人が書類を整理していた。

 

「うん、この人が塩津幸子さんです」

 

「あら、はじめまして。私は比良道子です。僭越ながら、ここで副会長をさせていただいております」

 

 比良さんが椅子から立ち上がって一礼する。

 

「えっと……おっ……私が塩津幸子です」

 

「余呉さんと石山さんから話を聞いているわよ。成績不良何だって?」

 

「なっ……! なんで俺がそんなこと……しまった!」

 

「幸子さん。ちょっとこっちに向いてくれるかしら?」

 

「は、はい……」

 

 幸子さんがトボトボとこちらに顔を向ける。うん、かわいそうだけど早くも3回目だし、幸子さんのためにも、心を鬼にしてしつけなきゃ!

 

「こら! そういう言葉遣いしてるから、あなたは成績不良なのよ!」

 

「っ……!」

 

「そもそも女の子というのはですね――」

 

 あたしはガミガミとお説教する。なんか小姑っぽいけど。

 

「あら、石山さんってスパルタなのね。報告書にもビンタしたってあるし」

 

 比良さんが言う。でも、カリキュラム自体が結構スパルタだとは思うけど。

 

「あはは、あの時の幸子さんは本当に取りつく島もなかったから仕方なくね」

 

「そう……」

 

「幸子さん、次からはもう、私たちにはっきり聞こえるように声に出して暗示しなさい。心がこもってないと、いつまでも女の子になれないわよ」

 

「わ、私は女の子……私は女の子……」

 

「うんいいわよ。言葉遣いを間違えたら、『女の子の言葉を使わなければいけない』とか、『女の子なんだから女の子らしくならなきゃいけない』というのも効果あるわよ」

 

 こっちの方は、本当はあたしが自主的にやってた暗示だけど幸子さんにアドバイスをする。

 

「は、はい……女の子は女の子の言葉を使わなければいけない……女の子は女の子の言葉を使わなければいけない……」

 

「ふふっ、かわいいわね」

 

「うんうん」

 

 比良さんの言葉にあたしが同調する。

 こういう風に女の子として扱い、女の子らしいところをほめてあげることが一つ一つ、幸子さんの財産となっていく。

 

「それで、会というのは?」

 

「あたしたちTS病の患者で作る団体よ」

 

「ええ、それは分かってるけど、具体的な会の主張とかは?」

 

 幸子さんが聞いてくる。

 

「あたしたち日本性転換症候群協会はね、大きな主張は一個だけよ」

 

「うん、それって?」

 

「あたしたちの扱いについてよ。知らない?」

 

「う、うん……」

 

 確かにあたしもカリキュラム中は聞かれなかったかも。

 

「じゃああてずっぽうでいいわ。どんな主張をしてると思う?」

 

「そ、その……やっぱり元男として理解してほしいとか?」

 

 幸子さんが模範的な誤答をしてくれる。

 

「ふふっ、残念ながら不正解よ。今のは模範解答ならぬ模範誤答よ」

 

「え!? じゃあ模範解答は!?」

 

「あたしたちを、一人の女性として扱ってほしいということよ」

 

「え!? ど、どうしてそんな……」

 

「幸子さん、それはね――」

 

 あたしが、理由を説明する。

 不老であることを除けば、あたしたちはほかの女性たちと何も変わらないこと。それこそ赤ちゃんを産んだ人だっていること。

 そしてあたしたちは、心も含めて女の子として生きていくしか選択肢は一切ないこと。

 だから、中途半端な善意での理解はいらないこと。

 

「幸子さん、あなたのことを、何も知らない人が見たら、あなたのことを男だなんて思うかしら?」

 

「それは、思わないと思う」

 

「でしょ? 今のあなたは女の子そのものよ。だからね、もしTS病だと知ったとしても、第一印象そのままに、あたしたちを見て欲しいのよ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「幸子さん、ここの協会の普通会員は、TS病の女の子なら誰でもなれるわ。入会資格はさっきのあたしが述べた協会の方針に賛成できるか。のみよ」

 

「……まだ、おれ……わ、私にはよく分からない」

 

 幸子さんが言う。

 

「そうね、その様子じゃ、入会は時期尚早よね」

 

「うん、あたしもそう思う。言葉遣いも服装も、入会までに矯正しないとね」

 

 比良さんの言葉にあたしも賛成する。

 

「は、はい……」

 

「じゃあ、今日はもう失礼しますね」

 

「お疲れ様でしたー」

 

「失礼します」

 

 長居は無用なのであたしたちはビルを出る。

 次の行き場所は、インターネット・漫画喫茶、ここの女性専用スペースを予約してある。

 実際の所、あたしにとっても学校絡みのイベント以外で女性専用スペースを使うのは初めての体験で、今日のお風呂も久々に新鮮な体験ができそうだ。

 

「次はどこに行くの?」

 

「近くの漫画喫茶よ」

 

「え!? それくらいうちの町にも――」

 

「ふふっ、ただの漫画喫茶じゃないわ」

 

「え!? それって……?」

 

「ふふっ、そこの女性専用スペースよ」

 

「じょ、女性専用……!?」

 

 幸子さんが唾を飲み込む。

 

「当たり前でしょ。あたしたち女の子なんだから。女の子が女性専用スペースを使って何がおかしいの?」

 

「うっ……た、確かにそうだけど……」

 

「じゃあ決まり。予約までしてあるんだから、行きましょう」

 

 あたしは幸子さんの腕を掴み、漫画喫茶に進む。

 幸子さんは落ち着きがなく、「女性専用、女性専用」とうわごとの様につぶやいている。

 これは、いきなり温泉での女風呂はハードルが高いため、いわば「土台」の役目も担っている。トイレ以外でも女性専用のものを使ってしまったという既成事実も、男に戻ることを困難にする効果を狙ってのものだ。

 

 

「ねえねえあの二人組」

 

「うん、二人ともすごい美人だよね。特に緑の服の子」

 

「うんうん、でももう一人はセンスないよね」

 

「ねー緑の子は凄い似合ってるのに」

 

 

 二人組の女性があたしたちの噂をするあたしたちの。幸子さんに反応がない。

 まあ、このことは漫画喫茶で話そう。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

「予約していた石山です」

 

「あ、はーい、石山様ですね。今日はツインルームで女性専用スペース、3時間パックでお間違いないですか?」

 

「はい」

 

「それでは、こちらへどうぞ」

 

 幸子さんが落ち着いていない。というか明らかに挙動不審そのもの。

 

「どうしたの? いくわよ」

 

「あ、うん……」

 

 大丈夫かな? 女装だと思われることは……まあさすがにないかな?

 

「あの、もしかして」

 

「うん?」

 

 嫌な予感がする。

 

「まさか女装とかじゃないですよね?」

 

 女性店員は、何故かあたしの方を疑う。

 どういう神経をしているのよ……

 

「はぁ!? 何言ってんのよ、あたし女の子よ!」

 

 あたしもちょっと怒って言う。

 男扱いという屈辱を受けるのは久々のことで、女の子になったばかりのトラウマが蘇ってくる。

 男扱いだけは、どうしても嫌だ。

 

「で、ですが挙動不審というか……」

 

  カチンッ

 

 あたしを、あたしを女の子として扱わないなんて許せない!!!

 思い知らせてあげるわ!!!

 

「わっお客様……!?」

 

 まるで「優一」が乗り移ったかのように頭に血が上ったあたしは女性店員の手を掴み、スカートの上から無理やり手を押し付けて股間を触らせる。

 もちろん、そこには「棒きれ」はない。

 

「これでもあたしを男だと疑うの!? ねえ!?」

 

 滅多に出したこと無いような大きな声であたしが叫ぶ。

 

「も、申し訳ありません! 今すぐ案内します!」

 

 女性店員は申し訳無さそうな顔で女性専用スペースに案内してくれる。

 その瞬間、あたしは冷静さを取り戻して、ちょっとやりすぎたかもと自己嫌悪に陥ってしまった。

 

 

「おいおい、やべえもん見ちまったぜ」

 

「うんうん、いくら怒っていると言ってもなあ……」

 

「でもたしかに手っ取り早いというのはそうだよね……」

 

 

 男性客たちがさっきのあたしと店員とのやり取りについてヒソヒソ話している。

 確かに大きな声を出して目立っちゃったし男の子たちには刺激が強すぎる出来事かもしれない。

 まあ女の子同士だし、状況的にも浩介くんも許してくれるだろう。

 幸子さんの方を見ると、茫然自失という言葉がぴったりなくらい、呆けた顔をしてしまっている。

 もしかして、まだ精神が女の子になりきれてないから、ちょっと刺激が強すぎたかな?

 ともあれ、教育名目なのでせっかく協会のお金で予約して、前金まで払っているんだ。協会のためにも引き下がる訳にはいかない。

 

 

「こちらへどうぞ、先程は申し訳ありません」

 

「はい」

 

 店員さんが改めて謝る。あたしもそこまで引きずるつもりはないのでそのまま入る。

 

「じょ、女性専用と言っても、あんまり変わらないな……」

 

 幸子さんが言う。確かに部屋がちょっとピンク色なだけだ。

 

「ふふっ、じゃあいくつか話したいことがあるけど……漫画読みながらでいいわ。取ってくるからここで待っててね」

 

「え、そんな――」

 

「移動で疲れたでしょ? ゆっくり休みながら話しましょ」

 

 あたしは部屋を出て、漫画スペースに行く。

 女性専用スペースにある漫画は、男性向けのいわゆる「萌え系」というものはなく、代わりにあるのは大量の少女漫画。

 ちなみに、「そちら方面の方々」の影響か、少年向け漫画もあるが、それを読ませるよりはまだ「BL系」を読ませたほうがいい。

 

 とは言え、BL系はあたしも手を出さない代物だし、女の子の感性の学習という意味では、女の子が主人公の少女漫画の方がいい。

 

 あたしは、女の子になって最初に読んだ全3巻の少女漫画が目に入る。

 うん、この恋愛ものは悪役令嬢含め王道なので、幸子さんには是非これを読ませてあげよう。

 後は、あたしが読んだことのない少女漫画をいくつか持っていき、部屋に戻る。

 

「おまたせ」

 

「おかえりなさい……な、なあ……」

 

「うん?」

 

「少女漫画ばかりじゃねえか」

 

「当たり前ですわ。あたしもあなたも女の子、それも少女なのよ。少女が少女漫画読むのは普通でしょ? それから、少女がそんな乱暴な言葉遣いするんじゃありませんわ!」

 

 あたしもちょっとだけお嬢様口調になる

 

「す、すみません……私は女の子……私は女の子……女の子の言葉を使わなければいけない……」

 

「幸子さんはこれを読んでみて」

 

 あたしがかつて優子として初めて読んだ少女漫画の第一巻を渡すと、幸子さんは恐る恐る読み始める。

 

 あたしも、別の漫画を読み始める。

 少女漫画は恋愛ものばかりであたしが読んでいる少女漫画も恋愛物がほとんど。

 だから、少女漫画のヒーローはかっこいい理想の男の子に描かれている。

 

 でも今は、浩介くんがあたしにとっての理想の男の子。

 確かに少女漫画の男の子はとってもかっこいい男の子だけど、それでも本当のあたしの危機の時に、救ってくれたのは、浩介くんだけ。

 あたしの身体を弄って、あたしに幸福感を与えてくれるのも浩介くんだけ。

 

 でもそれは、漫画の中の女の子だって同じこと。

 漫画の中の女の子だって、間違いなく浩介くんをかっこいいと言うに決まっている。

 でも、あたしと同じことを、漫画の中の女の子は言うだろう。

 

 そんなことを思いつつ、恐る恐る少女漫画を読み始めた幸子さんを見守る。

 多分、あたしも最初はあんな風に読んでいたんだろうと思いながら。


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