永遠の美少女になって永遠の闘病生活に入った件 作:名無し野ハゲ豚
「読みながら聞いてくれる? 幸子さんさっき歩いていた時通行人から『センスない』って言われてたわよ」
漫画喫茶でのあたしの読書も一段落したので、あたしは幸子さんに話しかける。
「うっ……だって、まだ1ヶ月も――」
「あたしが女の子になって1ヶ月の時にはあたしはもうこの白いリボンも付けてたし私服はほとんどスカートを穿いていたわよ。あたしが初めてスカートで1日を過ごしたのは女の子になって3日目の日よ」
「そ、そりゃあ、石山さんは――」
「幸子さん、女の子がスカートを穿いちゃダメなんてこと無いんだから。もっとポジティブに、女の子を楽しみなよ。ほら、幸子さん、あなたの顔、もう一度よく見てみて?」
あたしが手鏡で幸子さんの顔を写す。
「どう?」
「そ、そりゃあかわいいとは思うけど……」
「じゃあいいじゃない。あなたには、かわいく、女の子らしくする権利があるのよ。まだ数週間じゃないわよ、もう数週間よ」
「でもやっぱり、まだ中身が伴ってないから……」
あたしが言う。
「まだ1ヶ月という人は100年経ってもまだ100年とも言う」と言うのは幸子さんの家に行ったときにも似たようなことを言った。
「これは男の女装じゃないのよ? 女の子が女装して何が悪いのよ?」
「う、ううっ……」
「いい? 女の子らしくするためには、形から入らないとダメよ。あたしがいる時だけ大人しくしててもばれるのよ。そのために、幸子さんの家の人にも協力してもらうわよ」
「じゃあ、お母さんが服がないって言ってたのも……!」
「あたしが徹さんを通して別の場所に送ったわよ」
さっきの協会本部なんだけどね。
「な、何でそんな……」
「幸子さん、もう一度聞くわ。あなたはもう男に戻ることは出来ないわ。それを踏まえて、あなたは本当に、女の子として生きていくつもり?」
「いや、その……真ん中に……」
真ん中って……
「あなたのどこが『真ん中』なのよ? あなたはやろうと思えば赤ちゃんも産めるのよ」
あたしが問いかける。
「で、でも……!」
「さっきも言ったでしょ? あたしたちTS病患者が目指すのは一人の人格を持った女性だって。それ以外の道は、精神崩壊とその果ての自殺しか無いわよ。現実逃避しちゃダメよ」
「いやだって……その……」
幸子さんは反論しようとするがうまい言葉が思いつかないらしく、具体的な説明になっていない。
「いい? 男か女かで言えばもうあなたは女よ。人間男か女かななんて小学校でやったでしょ?」
いつぞやの恵美ちゃんの言葉。もちろん医学的に特殊な例はあるにはあるけど、それは今のあたしにも、幸子さんにも間違いなく当てはまらない。
「確かにそうだけど――」
「あなたは『女性の特権』を持っているのよ……赤ちゃんを産むとかね」
「いや別に、子供なんて作る気は……」
「だいたい、今のあなただって、『女性の特権』を行使中でしょ?」
「え!? 『女性の特権』って何を!?」
不意を突かれた幸子さんがきょとんとした表情で見つめてくる。
「幸子さん……ここ、女性専用スペースでしょ!?」
「あ、そうか」
「男がこんな所入れるわけ無いでしょ」
「う、うん……」
うーん、これじゃ先が思いやられるわねえ……
「ねえ……石山さん」
「ん? どうしたの?」
「この漫画、結構生々しいよね」
幸子さんが少女漫画を読みながら言う。
「そうだね。少女漫画だと結構そういうシーン多いわよ。ちなみに、これがあたしが最初に読んだ少女漫画だよ」
「へえ、これがねえ……」
幸子さんも少し関心した顔をする。
「それから、主人公の女の子はどう?」
あたしが聞いてみる。
「何かひどい目にあってばかりって感じ。そりゃあいじめっ子も許嫁で嫌な気分なのはわかるけど、それにしたって陰湿すぎると思う」
「ふふっ、最終巻を読んでみて」
「う、うん……」
幸子さんが最終巻を読み始める。
徐々に読むスピードが落ちている。幸子さんの表情はあまり変わらないが、ページ数からして、悪役の子にみんなの前でスカートめくりされるいじめで泣き出しちゃうシーンの近く。
「うわーこれは……」
幸子さんが、ちょっと引いてる。でも次のページで、お坊ちゃまに目撃されてしまうのだ。
「ほほう、やっぱり……」
幸子さんが「予想していた」という表情になる。もしかしたらおなじみの展開なのかもしれない。
この話では、悪役のお嬢様はお坊ちゃまに断罪されて婚約は破棄となった挙句、結婚相手を主人公に取られ、更に悪役のお嬢様の家は会社の経営まで傾いてしまい、転校して所在不明音信不通になってしまう。
「何か、悪役の女の子はお風呂に沈められたって感じがする」
「? お風呂に沈める?」
幸子さんがよく分からないことを言う。
お風呂に沈めるって、何のことなのかな?
「ああいやその……知らないならいいんだ。知らないなら……」
幸子さんが慌てた様子で言う。
うーん、なんか嫌な予感もするし深く追及しないほうがよさそうね。
「で、物語一つ読了したところでさっきの話に戻るけど……幸子さんは、まだスカートで外出したことはないの?」
「あ、ああ……普段着もまだ……こんな感じだ」
「幸子さん、意地を張っちゃだめよ。それに、スカート、それも膝より上の短いのでで一日過ごしてみて?」
きっとトイレの時に関心するから。
「な、なんでそんな執拗に……スカートはかない女だっているだろ!?」
「そりゃあおばさんのミニスカートとか痛いわよ。でも、あたしたちはおばさんになる事はないのよ。かわいい女の子は相応にかわいく振舞わないといけないのよ」
「だからどうして?」
うーん、もう少し迂回路を使わないとダメかな?
「それはね……変質者が寄ってくるからよ!」
これはあたしの実体験。スカート長くして満員電車に乗ったら痴漢されたことがあった。
「え!? どうして!? 普通狙われるのは派手な格好する人でしょ?」
あたしは首を横に振る。
「もし満員電車にあなたとあたしが乗ったら、痴漢常習犯の100人中99人はあなたの方を痴漢しようと思うわよ」
「だからどうしてそんなことが言えんだよ!?」
また言葉遣いが乱れている。
「こら! 言葉遣いちゃんとしなさい!」
「ど、どうしてそんなことが言えるのよ!?」
「よろしい、じゃあ暗示をかけてね」
「わ、私は女の子……私は女の子……女の子らしい言葉遣いをしなければならない……」
ちゃんと声に出して暗示をかけてくれる。うん、これを続ければきっと大丈夫。
「うんいいわよ。じゃあ話の続きをするわね……痴漢はね、叫ばなさそうな女の子を狙うの。地味な格好でおとなしく、化粧もしていない人を狙うのよ。自己主張が弱いと見られるから、漬け込まれるわよ」
「じゃあ逆に、ミニスカートで髪染めて、厚化粧なら痴漢されないのか!?」
幸子さんが聞く。
「ええそうよ。あたしも一回、制服のスカートを短くし忘れて、しかも運が悪いことに電車が遅れてて混んでいたものだから……やられたわ」
正直思い出したくもない気持ち悪い思い出だけど、話さないわけにはいかない。
スカートの中まで触られなかったのはよかった。おかげで浩介くんに純潔をささげられそうだから。
「で、でも……痴漢なんて……!」
「女の子なんだから、常にそういうのを警戒しないとダメよ。それとも痴漢されたいの?」
あたしはよく分からないけど、中身男で痴漢される方が気持ち悪い気がする。
「ああいや、その……は、はい……気をつけます……」
幸子さんが渋々といった感じで頷いてくれる。
「もし改まらないようなら、スカート以外の服も隠してもらうわよ」
あたしが脅すように言う。
「わ、分かったよ………」
「さ、ほかにも漫画を読みましょ。少女趣味は楽しいわよ」
あたしは個室を出て、読み終わった漫画をもとの場所に戻し、別の漫画を手に取る。
時間はまだ1時間あるけど、延長料金にならないように気を付けていきたい。
うーん、この恋愛ものがいいかも。
あたしが読んだ時はまだ雑誌掲載だった時のもの。最終巻では明らかにヤッちゃっているもの。
見ると全4巻なんだね。
少女漫画の恋愛ものは、少年漫画とかにありがちなひたすら長くダラダラ続くというパターンはとても少ない。
だから、こういう漫画喫茶で読むにもぴったりだ。
「はーい! 新しいの持ってきたわよー」
あたしは新しい少女漫画を幸子さんに渡す。何だかんだで読んではくれているようで何よりだわ。
「ねえ石山さん」
「ん? どうしたの?」
幸子さんがあたしに聞いてくる。
「少女漫画って、どうしてこんなどれもこれも恋愛ものばっかり何だ!?」
「うーん……」
確かに当然の疑問。でもあたしは結局疑問のまま終わらせてそのうち違和感を感じなくなっちゃったんだ。
うーん、どう答えよう?
そう言えばこの前の会合でもあたしの恋愛話を聞かれたっけ?
「そうねえ……女の子は色恋沙汰が大好きなのよ。少女漫画だけじゃないわ。女性誌でも彼氏に好かれる服装とか、芸能人の恋愛スキャンダルとかばかりよ」
おしゃれにきれいに若くかわいく美しく。何だかんだ言って男に好かれたくて頑張る。それはやっぱり女の子の本能。
「そ、そうか……石山さんは?」
「うん、浩介くんと恋愛するのも楽しいし、クラスの女の子の恋の話も大好きよ」
でも今は浩介くんとの恋愛が多いかな?
この前の体育祭でも休み時間屋上で……って思いだしたら顔赤くなっちゃうからやめておこう。
「そ、そうなのか……ともかく続きを読んで見る」
幸子さんが黙々と漫画を読み始めた。
そしてあたしもまた、イケメンの先生に恋する女子高生のお話を読む。
「うっ……!」
幸子さんが急に声を上げる。
見るとおそらくあのシーンを開いているんだとわかる。
「な、なあ……これ……本当に少女向けなのか?」
確かにそれは疑問だろう。
「うん、女の子向けの漫画だよ」
あたしはにっこりして言う。
「でもこれ……少女漫画の方が過激な気がする……」
「でも意外とあっさりしてるのも少女漫画の特徴よ」
あたしが付け加える。女の子の感性を学ぶのも女の子の修業になる。
特に表面が女の子になった後の大きな壁でもあるのはあたしも学んでいる。
「た、確かにそうだけど……」
「女の子の恋愛とエロを知るのも大切なことよ」
最終的には、昔ついていた「アレ」を好きになってほしいんだけどそれはずっとずっと先の話。あたしだってつい最近の話だし。
「それにしても、少女漫画は読むのに時間がかかるなあ……」
「ふふっ、女の子の心情描写が多いものね」
あたしが言う。
そう、心情中心の描写に気付くのが大事。
「さ、楽しい時間だけど、そろそろ時間も意識してね」
「あ、ああ……」
幸子さんと残りの時間を過ごす。漫画を返す時間なども考え、時間に余裕をもって店を出た。
追加料金は特になかった。
「さ、次は東池袋に行くわよ」
「い、池袋? 何で?」
幸子さんが疑問符を投げかける。
「あたしたち女の子だよ。秋葉原の電気街もいいけど行くなら乙女ロードでしょ?」
「あ、ああ……」
「心配しないで、あたしも初めてだからね」
「余計に不安な気がする」
ですよねー
ともあれ、駅まで歩き、山手線を使って池袋駅で降りる。
昼食の時間になったので適当に立ち食いそば屋で食べる、幸子さん曰く「地元と味があんまり変わらない」と言っていた。まあ、同じ会社だからかなあ?
今回のプランはあたしが考えたけど、まさに女の子という感じの日帰り旅行になってくれるはず。
池袋駅の東口を出る。しばらくすると、「乙女ロード」に到着する。
「色々な店があるね」
「すげえよ、お……あたしの地元じゃそういうのあんまなくて」
あたしの街だって無いわよ。
ともあれ、大きなビルに入る。ここが本店らしい。
色々な女性向けキャラグッズがあるけど、あたしは彼氏持ちだし幸子さんのために買ってあげようかな?
「ねえあの2人……」
「うん、あそこまで服が違うのって珍しいよね」
「緑の人は気合入ってるよね」
「というか、かわいいし胸でかいし絶対彼氏いそうじゃん? 何でこんな所にいるのよ」
やっぱり噂になる。
「ほら幸子さん、服のセンスであれこれ言われてますよ」
確かにラフな格好の女性も多いけど、あたしほどでなくてもおしゃれしている人も多い。
そんな中で、女らしくない服を着ている幸子さんと、外出のために思いっきりオシャレしているあたしではやはりかなりギャップがある。
「うううっ……」
幸子さんもさすがに落ち込んでいる。これに懲りて次からはオシャレしてほしいかな。
「女子は正直だからね。さ、エレベータに行くわよ」
「う、うん……」
正直言うと、あたしも初めてでこの空間は落ち着かない。
ともあれ4階で降りる。
そこは少女漫画とかBL系の漫画とかが大量にあった。
「ねえ、この男同士って……」
「あーうん、BLはあたしもよく分からないんだよ」
「でも、ホモが嫌いな女子なんていないって話もあるけど」
幸子さんが言う。確かにそんなことを口走る人もいるよな。
「うーん、好き嫌い以前に判断できないって感じかな」
でも、あたしや幸子さんだって女子だし、永原先生も含めて、本当にホモが嫌いな女子はいないのだろうか?
うーん、謎だ……
館内はほぼ女性一色、この所ずっと浩介くんとデートしていたし、女性ばかりの空間というのをあんまり経験していなかった。
って、元々共学だから体育の着替えくらいかな?
「見事に女性ばかりだね」
幸子さんが、あたしが思っていることと同じことを言う。
そりゃあ乙女ロードっていうくらいだし女性ばかりなのは知っていた。
「そりゃあそういう場所だし」
ここでは色々なコミックが売っていて、あたしも少女漫画の続きや気に入った作家の過去作を買い物かごに入れていく。
「幸子さんは何か買わないの?」
「ああいや、その……まだよく分からないというか」
「ふふっ、しょうがないわね。でもこういうのを買えるようになると世界が変わるわよ」
なんて偉そうなことを言うけど、あたしだってまだ女の子になって1年と経ってない。
でも、だからこそ、幸子さんは最悪の事態を脱することは出来た。
まだまだ迷走飛行中だけど、もうそろそろ、カリキュラムを受けさせてもいいかもしれない。
問題は、教育係となる母親の方かもしれない。ともあれ、大学が冬休みになる頃には、決意を固めてもらわないと困る。
うーん、幸子さんはもう大学生だけど、高校の制服の着付けもさせた方がいいかな? そのあたり、永原先生と相談してみよう。
4階での買い物を終え、再び1階へ。そこにはガチャガチャがある。
「今日の記念に何かプレゼントしてあげるよ」
幸子さんにあたしが言う。
「ああ、うんありがとう……」
とりあえず、適当に男の子キャラのガチャを回す。
まあ何のキャラかよく分からないけどまあいいだろう。
「はいこれ。よく分からないけど」
「あ、ありがとう……」
スマホあたりに使えるストラップかな? まあ、記念品だしとりあえず記念になればいいかな?
「さて、もう少し楽しもうか」
「う、うん……」
どうも幸子さん受け身だなあ……
「幸子さん、どこ行きたいとかあったら言ってね」
「は、はい……」
仕方ない。
ともあれ、あたしもこの辺の地理はよくわからないし、行きあたりばったりでいいだろう。
途中、メイド喫茶ならぬ「執事喫茶」というのも見つけたけど、幸子さんの教育にはいいものの、あたしとしては浩介くんという彼氏がいることもあって、入るのはやめることにした。
うーん、あたしの代わりにここに居るのが永原先生とかならいいんだろうけど。